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 紗英のお父さんに、宮地は説明した。牛の病気のニュースから始め、その国から牛肉を輸入している会社のラベルが書かれた肉が林の中に捨てられていた、ということ。そこからの連鎖なのか、林の中では街中のゾンビより前に見かけていたこと。小泉の遺体が失われていた話しをした。

「葬儀所で小泉の遺体が動き出したとしたら、それがこのゾンビ化の原因かも」

 紗英のお父さんは、頭を下げた。

「紗英、お父さんがお友達の遺体の話にもっと積極的に動いていれば、もしかして由恵(よしえ)は」

「……違うわ。今日、私が学校から早く帰っていれば、きっとママは助かった」

 宮地が割って入った。

「小泉くんの遺体の話の時には、このゾンビのようなものを信じる人はいなかったから、仕方ないです。紗英が早く家に帰れなかったのは、紗英がわるいんじゃなくて……」

「君のせいじゃない。紗英が早く帰っていたら、紗英もゾンビになっていたかもしれない。終わったことを後悔するな」

「ねぇ、早く移動しないと、追い付かれる」

 ケンが慌ててそう言った。

 四人はまた急ぎ足で移動を始める。

 学校が近づくにしたがって、あちこちの路地からゾンビが合流してくる場面が増えてきた。

 果たして学校に逃げ込むのが正解だったか、宮地は疑い始めていた。

 ただ、通学路を戻る方向にはゾンビがいて、どうにもならなかった。

 宮地が言う。

「数が増えすぎている。学校に入る前に学校が安全か見極めないと」

「みんな、簡単に噛まれすぎるよ」

 ケンの言葉に、紗英が言った。

「……自分の子供とか、自分のお母さんがゾンビだって、誰が信じられる? だからみんな噛まれてしまうのよ」

 子供が熱をだして具合が悪いとか、お母さんがぐったりしているとか、そういう状況なら、近づいて話を聞くだろう。宮地は考えた。お母さん。大丈夫だろうか。返事のない他人(たにん)に扉を開けなければ、大丈夫だから。祈るように目をつぶった。

「?」

「あっ、ケン! どこいくの?」

「ちょっと寄り道していく」

「だめだよ! 危ないよ! ケン!」

 宮地は追いかけたが、ケンが素早く路地を曲がったのか、あっという間にケンの姿を見失ってしまう。

「ケン?」少し間を置いて、紗英が言う「ミヤジ?」

 宮地はしかたなく紗英のところに戻って来た。

 じりじりと詰め寄ってくるゾンビの集団と距離を保ちながら、宮地たちは学校に着いた。

 学校の門は閉まっていて、校庭には誰もいなかった。

「大丈夫。すくなくとも校庭には誰もいない」

 宮地は門の格子に足をかけ、上ると学校側に飛び降りる。

 紗英はお父さんに抱えられ、門の上に上げてもらって、門から飛び降りる。

 振り返ると、お父さんは学校に背を向けている。

「お父さん?」

「紗英。お父さんは警察官だ。市民の平和を守る仕事だ。たとえ、相手がゾンビでも。まだゾンビになっていない人々を助けなければ……」

 紗英は門にべったりついて、隙間から手を伸ばす。

「待って、待って。私も一緒に連れて行って」

「大丈夫。ゾンビと言っても、あれだけ動きが鈍ければ、お父さんが走ればすぐ逃げられる。お前はここを動くな」

 お父さんは振り返らずに門の前の道を戻って行ってしまった。

「お父さん!」

 門をよじ登ろうとする紗英を、宮地がしがみついて抑える。

「だめだよ。紗英、紗英まで危険なことをしちゃだめだ」

「お父さん……」

 諦めたように上ることをやめた紗英は、その場にしゃがみこんでしまった。

 宮地は声を掛けれないまま、立ち尽くしていた。

「紗英、ミヤジ」

 そう呼ぶ声に宮地が振り返ると、そこに飯塚が立っていた。

「飯塚、お前、学校にいたのか」

「うん」

「紗英、飯塚がいたよ」

 紗英は、顔だけチラッと振り返って、うなずいた。

 まだ泣いているのか、と宮地は思った。何か話をして明るくしないと。

「飯塚、よかったよ! 飯塚の家に電話したけど、電話が通じなかったから、心配したんだぜ」

「?」

 宮地はてっきり飯塚が『街中ゾンビ化』していることを知っていると思って話していた。しかし、飯塚の反応が変だった。こっちが『心配した』とかけた言葉に反応していない。

「ちょっとまて。飯塚、今、街がゾンビだらけになってるって、知ってるよな?」

「えっ?」

 まさか、飯塚は何も知らないのか。宮地は変に思った。

「だって、いつもなら校庭解放しているから、門が開いてなきゃいけないのに、閉まってるじゃないか」

「……」

 ガッチリ南京錠が閉まってる。普通ならこの時間、学校の門は開いているはずなのに。

 誰かが気付いて閉めたのに、中にいる人間に知らせていない……とか。

「それに校庭で誰も遊んでいない」

「いや、さっき放送があって、教室に入るように言われたんだけど。光化学スモッグとかだと思ってた…… 本当にゾンビが?」

「そうだ、林どころの騒ぎじゃない。いたるところに人間のゾンビが」

 宮地が手を広げて、大勢のゾンビがいることを示した。

「えっ……」

 飯塚はやっと状況が把握できたようだった。

 つまり、電話がつながらなかった、もしかしたら飯塚の親も。

「うそだろ……」

 飯塚は踵を返して学校の校舎に入っていった。

 宮地はしゃがみ込んでいる紗英を引っ張り起こし、手を引いて学校に入っていく。

 ケン…… どこまで寄り道してるんだ……

 学校に入ると、生徒で騒がしかった。いつも校庭で遊んでいる人数より多いような気がする。何の指示があるわけでもなかったが、宮地は自分たちの教室に向かった。

 教室には誰もいなかった。

 紗英は自分の席に座ると、腕の上に頭を乗せるように突っ伏してしまった。

 宮地はなんとなく、紗英の前の席に横座りした。視野の片隅に、紗英を入れて座る。

 飯塚が遅れて教室にやってきて、何か複雑な表情を浮かべる。

 電話がつながらなかったこと、街がゾンビであふれていること。悲観的な人間でなくても、自分の家が大丈夫か確認したくなるだろう。宮地は言った。

「職員室で電話借りて、電話してきたら」

 紗英が顔を上げ、言った。

「飯塚、ミヤジも。こういう時は電話は非常通話に限定するべきなの」

 顔は上げたが、飯塚を見る訳でも、宮地の顔を見る訳でもなかった。じっと机の上を見ながら話し続ける。

「だから、そういう無用な電話は控えるべきよ」

「……」

 飯塚はさらに困ったようすを見せる。

「飯塚、きっとそういうことなんだよ。今は非常事態だから、電話が通じなかったんだと思う。ケンにつながった方が奇跡なんだよ、きっと」

 宮地が喋っている間に、紗英はまた顔を突っ伏してしまった。

「そうだ、ケンはどうしたんよ」

「えっ、学校にくる途中まで一緒だったんだけど、寄るところがあるって一人で行ってしまった」

「ゾンビ? まさかケンがゾンビにやられたってことはない…… よな?」

「……」

 飯塚と宮地の座っている距離が、絶妙に距離があるせいか、二人の間に嫌な雰囲気が漂った。

「よお!」

 扉がガラガラと開いて、ケンがそう言った。

 白いビニール袋をたくさん抱えていた。

 飯塚と宮地が立ち上がる。宮地はそのまま戸口まで駆け寄った。

 紗英も、顔をあげて、ケンの方を向いた。

「ケン、大丈夫だったのか。心配したよ」

 宮地が言うと、

「大丈夫だよ。まだゾンビとは距離があっただろ」

「けど……」

 宮地の話しに飯塚が割り込む。

「ケン、その袋はなんだ?」

「ああ、これこれ。これで時間がかかったんだよ」

 白いビニール袋が透けて中身が見える。

 『よっちゃんイカ』、『ラムネ』、『カステーラ』、『餅太郎』…… 駄菓子ばかりだった。

「もしかして、全部駄菓子かよ。いったい、いくら金使ったんだ」

 飯塚が言う。

「(使ってねぇよ)」

 ケンは急に小さい声で返事した。

 一番近くにいた宮地はその言葉を聞き逃さなかった。

「まさか」

 宮地の言葉に、飯塚と紗英も反応した。

「おばちゃんを何度も呼んだんだよ。けど、店開いてるのに誰も居ねぇんだもん。本当だよ、何度も呼んだんだ。けど、ゾンビがうろついているこんな時だからさ、黙って持って行ってもおばちゃん怒らないと思うんだよね」

「ケン……」

 宮地が肩を叩く。

「なんだよ、じゃあお前たち食わないのかよ。どうせ、この調子じゃ昼ごはんも食べれないぞ」

 ケンの言う通りだった。

 朝学校に登校して、そのまま休校に決まって、林によって、家に帰った。

 その時には街はゾンビに(おか)されていた。

 お昼ご飯をつくる母も、食べ物をうるお店も、ゾンビ化していたのだ。

 もうお昼過ぎだが、四人とも食事をしていない。

「……」

 ケンはニコニコしながら『餅太郎』の袋を飯塚に放り投げる。

 次に紗英。

 最後に宮地に突き出した。宮地が取ろうとすると、ケンが素早くそれを避けた。

「嘘だよ」

 宮地に『餅太郎』が渡されると、ケンが言った。

「おばちゃん、いただきます」

 他の三人も続いて『おばちゃん、いただきます』と言って頭を下げた。

「おいしいね」

「実は腹減ってたんだよ。ケン、もう一個くれ」

 ケンが片手で取り出すと、そのまま飯塚に投げた。

「……」

 宮地は『餅太郎』を食べながら、万一、このゾンビの騒ぎが長く続いた場合を思い描いた。この駄菓子が唯一の食料だとしたら、欲求のまま食べたらすぐになくなってしまう。

「もしかて、ここに助けが来なかったら、これが唯一の食料ってことになるよな」

 他の三人が宮地の方を向く。

「その時はまた取って来るよ」

 ケンは笑った。

「ここがゾンビに囲まれたらそんなこと出来なくなる」

「なんでここがゾンビに囲まれるんだよ」

 宮地は必死に考える。

「ここにゾンビの食べ物があるから?」

 ケンが宮地の語尾が疑問形なことに気付く。

「ちょっとまて、大体、ゾンビの食べ物ってなんだよ」

 飯塚が話に割って入ってくる。

「ケンも映画みたんじゃないのか?」

「じゃあ、何だよ、飯塚、言ってみろよ」

 飯塚は指で顎の先を触りながら言った。

「ゾンビに食べ物、っていうのはなかったような」

「なんだ、それ」

 ケンの突っ込みに、紗英が答える。

「けど、ゾンビは普通の人間に噛みつくことで、自身の痛みを和らげることが出来るらしいよ。だから正常な人間を探し回って、噛みついて回るの」

 紗英の話した内容に、宮地がビビって聞き返す。

「そ、それ本当? じゃあ、やっぱり、いつか小学校(ここ)も囲まれるってこと?」

「映画と同じなら、そうなるわね」

 けれどゾンビはこれまで映画と同じような性質を持っている。噛みつかれた人が死んでゾンビになること。脳がないかのような動きをすること。全部映画のゾンビの通りなのだ。

「やっぱりそうだ。お腹が減ったからって、一度に食べてしまうと、後で大変なことになる。貴重な食糧だから、無駄に食べないようにしよう」

「けど『餅太郎』一袋じゃ足りないぜ」

「……」

 宮地が決められないでいると、紗英が言った。

「じゃあ、今ある駄菓子を人数で割って先に渡したら? 個人で管理すれば文句ないでしょう?」

「そんなことをしたら先に自分の分を食べたやつが、残っている人のを取ったりするかも」

 そう言って飯塚が反論した。

 ケンが怒ったような表情で言う。

「人数で割って分けるって…… 紗英、悪いけど、自分の分を確保したいなら、自分で取って来いよ」

 と飯塚が言う。

「分ける気ないってことかよ?」

「違うけど、今均等に分割するのはずるくないか。命がけで取って来たのに」

「さっきの話じゃ、楽勝そうじゃないか」

駄菓子(これ)を持ってくるまで、食べ物のこと、思いつかなかったんだろ」

「……」

「それに、非常事態だから持ってきたのに、盗人みたいな言い方して。傷ついたんだぞ」

 飯塚とケンとのやり取りを聞いていて、宮地は考えた。

 今はこの程度で済んでいるが、他にも食べたがっている人間がいた場合はどうするんだ。それこそ争奪戦になる。

「じゃあ、何か、同じ価値のものと交換する?」

 ケンがニヤリと笑い、飯塚と紗英が宮地を睨む。宮地自身もまずいこと言ったと思った。

「ミヤジいいな、それ、いいな。欲しいものと食べ物を交換すればいいんだ。お互い欲しいものが手に入るってことじゃないか。そうしよう」

 いきなり飯塚に渡した二個目の『餅太郎』を奪って、言った。

「飯塚さ、これ食べたいなら、スーパーカー消しゴム一個と交換な」

 ケンに聞こえないぐらいの舌打ちをしてから言う。

「そんなの持ってきてないよ」

 ケンが確かに前から飯塚の持っている消しゴムを欲しがっていたのは知っていた。ケンも持っていない訳ではないのだが、飯塚は特にレアな車のものをいくつか持っていて、ケンはそれが欲しいのではないかと思われた。

「紙に書いて約束してくれればいいよ。この紙をもって交換しますって書いて」

「今すぐ食べなくてもいいから…… ちょっと考える」

「フン。強がりがいつまで続くかな」

 ケンは駄菓子の入った袋を教室の後ろにある、自身のカバンを入れたりする場所に入れた。鍵などがあるわけではなかったが、自分のものだと主張するには十分だった。

「私はそんな消しゴムもってないんだけど」

 紗英が言った。

「そっか。紗英はどうしようかな……」

 ケンは紗英のことをじろじろ見つめた。宮地は、自分の言ったことに後悔するのと同時に、大きな不安に押しつぶされそうだった。

「な、なによ」

 服の上からでも何かが見えているような気がするのか、紗英は手で体を隠すような仕草をした。

「いや、いいや。紗英が何か食べたくなった時に考える」

 ケンの態度に、宮地は腹を立てていた。

「ミヤジは……」

「スーパーカー消しゴムなら……」

「いや、ミヤジのスーパーカー消しゴムはいらない。それより、シャープペンシルがいいな」

「えっ」

 それはスーパーカー消しゴムなんかと比較にならないほど高価なものだった。勝手にあげたりしたら親に怒られてしまう。宮地は言った。

「ちょっとそれは……」

「シャーペンと交換なら、二個やるよ。二個」

「いいよ。まだ食べないから」

 宮地もしばらく食べないことを宣言した。

 それより宮地にとっては、気になっていることがあった。学校の中に他の人が残っているか、ということだった。飯塚の言っていることが正しければ、校庭で遊んでいた連中は一旦学校に入ったはずだから、中を歩いていればそいつらを見つけることが出来るだろう。

 宮地は教室の戸口に立って、

「ちょっと、学校の中を歩いてくる」

「あ、私も行く」

 と言って紗英が後を追って来た。




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