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三人は公園から直接畑に出て、畑の畝の間を走った。
「畑は畝があって走りにくいよ。道に出ようぜ」
ケンが立ち止まってそう言った。宮地は公園を出てからゾンビ出会わないことを不思議に思い、周りを観察した。
畑の周りにはバラ線(※有刺鉄線の俗称)が張ってあった。
「ここで畑から出たら、ゾンビがいるかもしれない。ほら、畑の外にバラ線があって……」
まさに、そう言って指さしたところに、人影が見えた。
ケンの体が、ブルッと震えた。
「ミ、ミヤジが変なこというからだぞ」
右肩が前に、右足がつれて動く。また肩が回って左肩が前、左足がついてくる。ゆっくり進んでくるその人物の肌は、青黒く、死人のようだった。
「……」
小さく杭が打ってあって、そこにバラ線が張られていた。ゾンビはその低い柵を超えずにぶつかってしまう。
バラ線が軋むような音を立てるが、ゾンビは前に進まない。
「ミヤジ、バラ線なんて時間の問題だよ」
「うん。走ろう」
三人は畑の中を走った。
畑を抜けると、いつもの学校の通学路に出た。
そこは誰もない、間抜けな田舎道にしか見えなかった。
これだけ人に変化が起こっているのに、風景はただそこにあるだけ。
ケンがあちこち見回した後、言った。
「誰もいないな」
「誰いなければ、ゾンビもいない…… よね」
宮地はそう言った。何となく二人も首を縦に振った。
「でも…… 気を付けようよ」
と紗英が久しぶりに口を開いた。とても元気になった感じではなかった。
「うん」
三人は前後左右を警戒しながらゆっくりと通学路を学校に向かっていた。
ゾンビたちの速度から考えれば、先に見つけてしまえば逃げられるはずだ。道のど真ん中を歩くようにした。
「車も通らないね」
「ミヤジ…… もし、全員がゾンビになってしまったら、残っている意味あるのかな」
「な、何言ってるの? ゾンビって『生ける屍』、死んじゃうんだよ。残らないと」
「いや、だからさ他の人全員がさ。いなくなった世界でどうするんだよ。映画の中でも、恐怖に耐えきれなくなって自分からゾンビになっちゃう人がいたんだよ」
「えっ……」
確かに、世界の人口がこの三人だけになった時、そこまでいかずとも、ゾンビじゃない人間の方が多くなった時、ゾンビではない自分たちは仲間外れ、ということになる。いっそ噛まれて死んだ方が……
「ゾンビになる前に殺してくれよ。その傘で突いて」
「ケン。な、何いうんだよ」
「待って!」
紗英が声を上げた。
「犬…… 子犬」
同時に、金属が擦り合わさるような、奇妙な音が聞こえてきた。
「ど、どこ?」
紗英の指さす方向を見ると、川の方向から子犬が道に上がって来た。
ここから川の方向…… 宮地は考えた。橋。そしてその先には林。
「犬の歩き方……」
宮地は寒気がした。
「っていうか、あの子犬、松崎さんが餌をやっていた」
チリンチリン、と自転車のベルがなった。
「松崎さん?」
宮地が言うと、それに答えるかのように自転車のベルが鳴る。
「ミヤジ、やばいって」
体の大きいケンが、宮地の背中に隠れるように縮こまる。
「!」
道に上がって来た。
おかっぱ髪で、頬が膨らみ、体も顔と同様に丸々と太っていた…… が、肌は静脈が浮き出て模様のようになり、青黒く見える。
自転車を押してはいるが、肩を捻るようにしながら、ゆっくりを歩いている。
「松崎さん!」
「ミヤジ、だめだ、ゾンビだ」
紗英は両手で自らの顔を覆った。
さっきまで生きて話をしていた人が、死んだ。その事実だけでも恐ろしいのに、助けることが出来なかった後悔も混じって、宮地の心を締め付けた。
松崎が自転車のベルを鳴らす。
ケンが、何か気付いて紗英と宮地の背中を叩く。
「あ、あっち」
「えっ?」
宮地たちが振り返ると、川と反対方向にある家からゾンビが出てきた。
「『ダブルオー』がベル鳴らす度に、どんどん家から出てくる気がする……」
チリンチリンと再び音がする。
思っているより早く、松崎の姿をしたゾンビが、宮地たちに迫ってくる。
宮地が慌てて動く先に、子犬が回り込んでいる。
「こ、子犬もヤバい」
ケンが言う。
宮地がよく見ると、子犬も首回りの毛の抜けたあたりが、青黒くなっている。おそらく、そこに噛みつかれたのだろう。
歩き方も含めて、ゾンビだと判断するしかない。
「ケン、どっちに逃げれば?」
「わかんねぇよ……」
三人は背中を合わせて、お互いの体の震えを感じていた。
パン、と爆裂音がした。
すると、熟しきった果物が床に落ちたように、松崎の頭が砕けた。
粘り気のある赤黒い血が、地面に広がる。
動きが止まった松崎の体は、仰向けに倒れていく。
その後ろにスーツを着た男の姿が見えた。右手に銃を握っている。
「えっ?」
三人は倒れた松崎とその後ろに現れた男の方を振り返る。
「紗英」
と呼ぶ低い声。
「パパ!」
駆け寄っていく紗英。
ケンも宮地も紗英の後をついて、男の傍による。紗英の『パパ』だとすれば警察官だ。銃をもっていてもおかしくない。
「紗英……」
紗英を抱きとめる父親。紗英は眼を閉じて何度も言葉を繰り返す。
「パパ、ママが、ママが……」
近づいてくる子犬。
紗英のお父さんは、体を入れ替えて紗英を犬から遠ざけると『耳を塞げ』という。ケンも宮地もそれを聞いて手で耳を押さえる。
パン、と音がして、子犬の頭が撃ち抜かれる。
倒れた子犬の体が、痙攣したように震える。
再び抱き付く紗英は、父親に言った。
「ママが、ゾンビに……」
「!」
紗英のお父さんは目を閉じると、涙が頬をつたった。
お父さんは、体を離すと言った。
「街に何が起こってる?」
宮地はこっちがそれを知りたい、と思ったが、とにかく分かっていることを話そう、と思った。
「あんな風に、街中の住民がゾンビになって」
「林! 林にゾンビの肉があって、みんなそれを食っちまったんだ」
宮地はケンの背中を叩く。
「おい、それは確かどうか分からないじゃないか」
「どういうことだ?」
宮地は倒れている松崎さんの遺体を指さして言った。
「松崎さん…… 松崎さんが、林の中で病気の牛の肉を廃棄したのを見たって」
「パパ、逃げないと」
さっき自転車のベルで出てきた連中が、宮地たちに向かってきていた。
「移動しながら話します」




