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松崎『ダブルオー』かなえ、と、宮地たちは林の奥へと入っていく。
紗英が宮地の袖を引っ張る。
「怖い」
宮地は真剣な顔で振り返ると、ゆっくりと「大丈夫」と言った。顔を前に向けると、心の中でガッツポーズをした。
「どこにいくんだよ」
ケンは相変わらずの調子でそう言った。
「私に心当たりがある」
そう言って林を進んでいく。
「この子犬を拾ったのがこの近くで……」
「あれ、あそこは、ぼうこうごう?」
「バカ、防空壕だって何回言ったらわかるんだ」
飯塚がそう言った。
人が入れるような横穴が開いていた。
「あそこ」
松崎が差したのは防空壕から少しずれたところだった。
宮地たちが歩いてきた方向とは逆方向から、車が入って来たような轍が出来ていた。
轍が無くなったあたりは、地面が抉れていて、そこにビニールやプラスチックのゴミが捨ててあった。
ビニールやプラスチックには見慣れない文字が書かれていて、外国から来たもののように思えた。
「ゴミ捨て場?」
「そう。業者が違法投棄しているのね」
「なんだよそれ。ぼうこうごうと関係あるのかよ」
紗英が口を開いた。
「ケン、ちょっと黙って。捨てちゃいけない場所に隠れて物を捨てているのね」
「ここに、以前牛肉が捨ててあったわ」
その破棄している穴の周りを歩きながら、松崎がそう言った。
「例の病気の牛が出た国からの輸入品よ」
「なんでそんなことがわかるの」
宮地がきくと、松崎が答えた。
「私は給食室で、輸入牛肉を何度も見ているから間違いないわ」
「そうか」
宮地は言った。
「病気になった牛の肉だとしたら、それを食べたものに感染する。ゾンビ牛の肉を食ってゾンビ病に罹るってことか」
「ミヤジ、早口過ぎてわからない」
「その情報を先に知った業者は、慌てて輸入した肉を捨てたんだ」
「よくわからないけど」
宮地はまとめようと考えた。
ゾンビ病に罹った牛肉は売れない、と分かった時点で、業者はここに捨てた。捨てる時に一部の肉は、ビニールやパッケージが傷つき、この場所で匂いを放つ。臭いに誘われて林の中にいる肉食・雑食の生き物が集まってくる。肉をつっつけば、死ぬ。死んでゾンビ化する。またその肉を食うモノが現れ、食って死ぬ。その繰り返しで、林の中にゾンビが増殖していく。やがて、この林の中のものを採って食べた人も、ゾンビ化したに違いない。
宮地はその考えを全員に聞かせた。
飯塚が言う。
「林のものを食うって、カラスとか、鼠を食うような人いるのかな?」
「……考えたんだけど、ゾンビの体液、つまり血とかのことだけど、それがかかったキノコや山菜を食べても、ゾンビになるんじゃないかな」
「そんなことあるのか? じゃあ、ここで息をしてたらゾンビになるのかよ?」
紗英が言う。
「じゃあ、この子犬もゾンビに……」
「キノコは洗ってから上げているもの」
「ゾンビ化した人は、きっと洗わずに食ったんだよ。木苺とかなら、洗わないだろ?」
飯塚が「けど……」と言って、話し始めた。
「そうだとしたら、もっとゾンビがいてもいいだろ。確かにゾンビは見たけど、そんなにすごい数いたわけじゃない。そんな風に増えるんだったら、もっといてもよさそうだけど」
「……」
宮地は腕を組んで考えた。不死のものが、増殖したら『不死』なのだから、鼠算的に増えなければならない。もしそんなことになったらあっという間に世界はゾンビ化している。しかし、現実の世界はゾンビ化していない。
「あっ、危ない!」
紗英が、宮地をグイっと引っ張った。
宮地はよろけながら、紗英の体に飛び込んでしまう。柔らかな胸の感触。
『ゾンビ!』
飯塚とケンが同時にそう叫ぶ。宮地が立っていた場所に、くの字に体が曲がったゾンビが立っていた。
「逃げろ!」
飯塚が言うと、全員元来た方へ走り出した。
林の中には、いつの間にかうっすらと霧がかかっていて、先が見えなくなっている。
すこし走ってから、
「あっ、あれがゾンビ?」
松崎がたずねる。飯塚が頷いて、答える。
「そうだ、あれがゾンビだよ。けど、動きは遅いし、目も耳も弱いから走れば逃げ切れる」
「!」
松崎は何かに気付いて立ち止まる。飯塚も立ち止まって、松崎に「走るように」と話しかける。
「ねぇ、逃げないと。ゾンビはあいつだけじゃない。鼠もゾンビになっているんだ」
「タロがいない……」
「何言ってるの? 早く逃げよう」
宮地も立ち止まってそう言うと、手招きする。
「先に行ってて」
「まさか、子犬?」
飯塚と宮地は松崎を追いかけるか、迷っている。
「君たちは逃げて。タロは私が探すから」
「一人で戻るのは、ダメだよ」
「良いから! 君たちは子供なんだよ。自分のことだけ考えてればいいの!」
そう言って松崎が、飯塚に向かって走ってくると、勢いよく両手を突き出した。
突き飛ばされた飯塚は、石ころのように林の中を転がる。
今度は、宮地の腕をとると、グルんと水平に回ってから腕を離す。宮地も飯塚と同じように吹き飛んでいた。
「な、なにするんだ」
宮地が立ち上がった時には、松崎の姿は見えなくなっていた。
宮地が松崎が行った方へ足を踏み出すと、腕を引っ張られた。
「宮地。止めとけ。今は『ダブルオー』の言うことに従うべきだ」




