13
宮地が教室入った時、違和感があった。
宮地は自然に教室の時計を見上げる。
「……」
そのままケンに視線を動かすが、ケンはよくわかっていないようだった。なので、飯塚に向かって言う。
「ねえ、どうしたんだろう」
「確かに、人数が少なすぎる」
飯塚と宮地が紗英の方を向く。
「私も知らないよ」
すると、教室に担任の『ザップ』が入ってくる。
いつもの真っ白いタンクトップから、褐色の肌が晒されている。
「時間は少し早いけど、人数を確認するからみんな席についてくれ」
のろのろと生徒が席に着く。しかし、人数が少ないせいで、すぐに座り終わった。
座っている席は、空いている席とほぼ同数だった。
『ザップ』が指をさして数え始める。
「……十五、十六、…… うーんと、出席者は半数か」
『ザップ』は出席簿の端に小さくメモすると、言った。
「このまま教室で待っていてくれ。すぐ戻るから」
そのまま『ザップ』は教室を出て行く。
飯塚とケンと紗英、宮地は顔を見合わせる。
「これ、きっと、学級閉鎖…… だよね」
紗英の言葉に、ケン反応する。
「学級閉鎖? インフルエンザでもないのに?」
「これだけ学校を休む人が多ければインフルエンザじゃなくても学級閉鎖になるのよ」
飯塚がもっともらしく口を開く。
「学級閉鎖になるほど大勢が休んでいる。その理由が問題だ」
「インフルエンザじゃないの?」
「ケン…… 一回、インフルエンザは忘れようか」
宮地は立ち上がる。
「小泉だ」
「……まさか」
紗英は少し体を震わせながら、そう言った。
じっと見ていると、言った宮地も震えているのが分かる。
「えっ、つまり、みんなゾンビになったってこと?」
飯塚が自身に言い聞かせるようにそう発言する。発言した直後に震え始める。
「なんだよ、皆も寒気がするのか? やっぱりインフルエンザに」
『違うって!』
飯塚、紗英、そして宮地が声を揃えてそう言った。宮地がケンの耳元で説明をすると、ケンもようやくわかったように震え始める。
「ミヤジ、ゾンビは映画の中の話じゃないのかよ」
ケンは怖くなったのか、声が大きくなった。
「朝話したろ、牛がかかる病気の話」
「けど、牛と人間は違うだろ?」
「違うけど、同じ哺乳類だ。同じ病気になる可能性もあるということさ」
宮地は自分で言って、自分で怖くなってきていた。紗英が言う。
「そのニュースの話だけど、死んだ牛が立ち上がった後、他の牛に噛みついたりしたのかしら?」
映画の中のゾンビのように、噛みついて感染が拡大するとなると、単純にキノコを食べないというだけでは感染の拡大を防げない。
飯塚が映画の話をする。
「あのゾンビの映画」
宮地以外の三人が見ていた『リビング・デッド』生ける屍という映画のことだった。
「もし、牛がそうだとしたら、あの映画は事実をもとに作られた…… ってことになる」
ケンが手を上下にバタバタと動かしながら話し始める。
「ちょっとまてよ、小泉はどうしてゾンビになんかなったんだよ」
宮地は方法は二つある、と思った。
一つは給食。
『ダブルオー』がキノコを給食に混ぜていたとして、そのキノコを食べ過ぎてゾンビ化した。
もう一つは、林の中で見たゾンビか、ゾンビ鼠に噛まれた。
小泉の母親が首筋に不自然な傷跡があった、と言っているから、噛まれたとすればゾンビ鼠ではなく人型のゾンビに違いない。
「えっと……」
宮地が整理して話しだそうとした時に飯塚が言った。
「給食じゃないか? 給食のキノコ」
ケンはまだ手をバタバタさせている。
「じゃあ、『ダブルオー』が犯人じゃないか」
「小泉が給食のキノコでゾンビ化したかは別として、『ダブルオー』が給食にあのキノコを入れたかどうか問い詰めよう」
ケンは賛同する。
「そうだそうだ」
「飯塚はどう?」
「うん」
飯塚もうなずいた。
紗英は顎に指を当てて視線をずらした。それを確認したところで何も解決しない。宮地にもそれは分かっていた。だが、テレビのニュースで流れていたキノコと同じキノコである以上、給食に入っていた場合、自分たちもゾンビ化する可能性があるということになる。
宮地たちがそんなことを話しあっていると、『ザップ』が戻ってきてクラスのみんなが席につく。
先生が黒板の前に立つと、真っ白い歯を見せながら話し始めた。
「今日は休校とします。地域ごとに集まって、集団で帰るように。ただ、今日は先生方もみんなについていかないから、先生を待たずに帰ってください。それじゃあ、起立」
クラスのみんなが立ち上がる。『ザップ』の「礼」に合わせてみんながおじぎする。
「さようなら」
『さようなら』
人数が少ないせいか、いつもよりまばらで、小さい声に聞こえる。
同じ地域の飯塚、ケン、紗英、宮地の四人は固まって、話し合う。
「今日、『ダブルオー』は学校来てたよな」
「自転車すっ飛ばしてるの見たから、来てるはず」
「ねぇ、問い詰めるのはやめようよ」
紗英が反対した。宮地は戸惑って、言葉が出ない。
「……」
飯塚とケンがスタスタと前を歩き、紗英もそれ以上騒がなかったせいで、四人はあっという間に給食室の前についていた。
扉を叩いて、飯塚が給食室に入っていくと『ダブルオー』が振り返った。
デッキブラシを手に持っている。給食室には『ダブルオー』一人しかいなかった。
飯塚が口を開く。
「松崎さん」
「何?」
思ったより優し気な声だった。ケンは突っかかるように言う。
「お前、給食に林で取ったキノコ入れたろ?」
「なんのこと」
「ミヤジ、キノコを見せろよ」
宮地はランドセルから透明な袋に入ったキノコを取り出す。
「あっ!」
「あっ、じゃねぇよ。これ給食に入れたのか、って聞いてるんだよ」
ケンが乱暴な言葉を浴びせかける。
『ダブルオー』は大きな体を横にして、飯塚とケンとすれ違い、宮地のところにくると、袋を取り上げた。
「あんた達が……」
「松崎さん、これ給食に入れたんですか?」
宮地がきくと『ダブルオー』は口を閉じた。
「……」
再び体を横にして、デッキブラシを手に取り、水を切ってデッキブラシを片付ける。
そして手招きをする。
「ついてらっしゃい」
『ダブルオー』についていくと、屋根がついている駐輪所にあるママチャリのところに出た。
鍵を開けて『ダブルオー』が跨る。
「あんた達帰る方向は、あの林の先よね?」
全員が首を縦にふる。
自転車は突然走り出す。
「どこいくんだよ!」
ケンが言いながら追いかけ始めた。
残りの三人も、慌てて走り、追いかける。
学校から出て坂を下り、左右に広がる田んぼを通り抜けると、川があった。川を渡る為、橋に回り込むと、その先に上り坂があって、先は薄暗い林になっている。
坂の下で『ダブルオー』は自転車を降りた。
「林じゃねぇか」
「どこまで、いくんですか?」
紗英の声に『ダブルオー』は振り返る。
「……」
振り返ったものの、何を話すわけでもなかった。そのまままた正面を向いて、自転車を押しながら坂を上がって行く。
宮地は自転車のスピードについていくのがやっとで、はぁはぁと息を切らせていた。
坂を上り切り、林の中を進んでいくと『ダブルオー』は自転車を止め、道を外れて林の中に入っていく。
「どこ行くんだよ」
「……」
やはり何もしゃべらない。
四人は恐る恐る『ダブルオー』の後ろをついていく。
しばらく進んだ先で『キャン』と甲高い声がした。
「?」
ケンが急いで『ダブルオー』のところまで走っていくと、声を上げた。
「かわいい!」
飯塚、紗英、最後に宮地が『ダブルオー』のところにたどり着く。
そこには人が入れないような小さなな小屋と、子犬がいた。
「子犬?」
飯塚もケンも、紗英も微笑みながら子犬をなでたり、触ったりしている。
松崎が言う。
「家で飼えないから、ここで買っているの」
そして、おもむろにビニール袋からキノコを取り出す。
それを片手で軽く崩すと、子犬の鼻先に持っていく。
「えっ?」
子犬は、クンクンとキノコの匂いを嗅いだかと思うと、パクパクと食べ始めた。
宮地は犬はキノコを食べるのかどうか、必死に考えていたが、答えは出なかった。
「キノコはこの子の餌よ。三田村さんが病院に運ばれた日は、他の人がこのキノコの袋、を見つけて給食に入れるものだと勘違いして入れてしまったの。大した量が入っていないから、全員がたべることはなかったはずよ」
しかし、宮地の皿には入っていた。変な味のキノコで、すぐに口から出して、トレイに避けた。
他の人が間違って食べた、こともあり得る。
「給食に入れるつもりで採ったキノコじゃないの。この子が好きだから取ったのよ」
「けど、自分のには入ってました……」
「だから、他の人が間違えて入れた、その日しか入っていないわ」
この犬はずっとこのキノコを食べている。
けれど子犬はゾンビ化していない。
つまりこのキノコでゾンビになることはない、ということかと宮地は考えた。人、鼠、テレビでは牛もゾンビになっていた。このキノコを食べてゾンビになるのなら、犬も例外ではないと思われる。
宮地は考えを整理して、松崎を含めた全員に話し始めた。
「キノコを食べてゾンビ化するのなら、この子犬がゾンビになっていないとおかしい」
「何の事?」
『ダブルオー』は突拍子もない話でびっくりした様子だった。
宮地は話を最初から順を追って説明した。
林でゾンビのような人物にであったこと。
次に人と鼠のゾンビを、飯塚もケンも見ていること。
小泉がこの林で亡くなったこと。
小泉の遺体が無くなっていること。
ゾンビのような牛の病気のことをニュースでやっていたこと。
その原因がこのキノコと同じものであったこと。
それらを総合すると、キノコはゾンビ化の原因ではなく、ゾンビに噛まれることでゾンビになると思われること。
「その話、本当なの?」
松崎は半信半疑と言った様子だった。
「もしかしたら……」
と言って、以前、宮地たちが入っていった林の奥を指さした。




