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 宮地の母は、小学校の友達の母親たちと話し込んでいた。

 宮地は母親の傍を離れ、葬儀所の中を歩き回って紗英(さえ)を見つけた。

「紗英!」

「ミヤジ、まだいたんだ」

「お母さんが話し込んでて」

「私も」

 宮地は紗英の服をじろじろ見ていた。

「あっ、これね、中学校を卒業した近所のお姉さんから、頂いたの」

「や、やっぱり中学の制服なんだ。なんかそうかな、って」

「私の方が大きくなるのが早かったから、あっちこっちきつくて」

「……」

 宮地は紗英の体をじっと見つめた。

 胸のふくらみ、腰からスカートが広がるところまでのヒップライン。膝丈のスカートの下から出ている生足の白い肌。宮地は、いやらしい気持ちになって、言葉が出なくなった。

「あっ、ミヤジ。言っとくけど、私、太ってるんじゃないよ。背が大きいだけ」

 宮地は慌てて首を縦に振った。

「ミヤジ、紗英、おまえらも来てたのか」

 飯塚がそう言った。後ろに、ケンの姿も見えた。

「なんだ紗英、その服パンパンだな」

「なによ、今ミヤジに説明したのよ。頂いた制服で、私の方が背が高くなっちゃって、だから、しかたないでしょ」

「ミヤジ顔赤いぞ」

「やめろよ」

 宮地は、そう言って飯塚を叩いたが、これ以上からかわれるのは嫌だった。宮地は、話題を変えようと考えた。

「それより、知ってるか? 小泉の遺体なんだけど」

「なんだよ、急に」

「いいか、小泉の遺体はあの棺桶の中には入っていないらしい」

「えっ?」

 飯塚は、パッと奥の小泉の遺影の方を見た。

「葬儀所に入った時、そんなことを話してたの、聞いちゃったんだ」

「うそだね」

「じゃあ、確かめよう」

 とケンが言った。

「死んだ人の顔見るのヤダよ」

 飯塚が一歩引いた。

 宮地は逆に前に乗り出した。

「じゃあ、行ってみよう」

「私はいかないから」

「紗英はいいよ」

 とケンが言って、飯塚の襟を引っ張って、葬儀所の中に入っていく。

 棺桶の近くには、葬儀社の人が立っていて何をするわけでもなくじっとしていた。

「見張りかな」

「飯塚、ちょっと行ってみろよ」

「やだよ、死体の顔なんて見たくないもん。ケンが行けよ」

「しょうがないな」

 ケンはスルスルと壁沿い奥に進み、棺の傍の、葬儀社の人が立っている後ろに回った。

 そして、棺桶の頭の方へ近づくと、葬儀社の人に気付かれた。

「あっ、ごめんね。これから片付けがあるから危ないよ。向こうに戻ってもらえるかな」

「最後に小泉の顔を見たかったんです」

 ケンは渾身の演技で、泣き出しそうな顔をしてそう言った。

「ああ、そうだよね。けど、事情があって見れないんだ」

「事情ってどういう?」

 葬儀社の人はあごに指をあてて、天井の方に視線を移す。

「ああ、だから、なんだ。その、事情だよ。ご家族の。そう。ご家族の事情。だから、小泉くんの顔は見れないんだ」

「本当にこの中にいるの?」

「いるいる。いるんだけど、ご家族の事情でお顔はみれないんだ。ごめんね」

 ケンは、肩を葬儀社の人に押されて棺の近くを離れざるを得なかった。

 飯塚が言った。

「確かに怪しいな」

「確かにどころか、『絶対』怪しいだろ」

 ケンが戻ってくると、飯塚が言った。

「紗英に手伝ってもらおう」

「?」

 宮地はどういう意味か分からなかったが、飯塚は紗英の所に行って何か話していた。

 話が終わると、おもむろに紗英が小泉の遺影の方へ進んでいく。

 葬儀社の人が紗英の前に出て紗英を止める。

「(今だ)」

 飯塚が合図して、座席の影になるくらいに姿勢を低くして、葬儀所に入っていく。

 ケンもそれを追いかけるようについていく。

「(こいよ)」

 手招きされると、宮地も姿勢を低くして中に入っていく。

 紗英は、何とか棺桶の方近づこうとするが、葬儀社の人が前を塞いでしまう。

「どうして小泉くんのお顔をみれないんですか」

 紗英が泣き出しそうな表情を浮かべるせいで、宮地は反応して立ち上がりかける。

「(バカ、ここで立ち上がったら紗英の努力が水の泡だ)」

 ケンに言われて宮地は思いとどまる。

 紗英と葬儀社の人のやり取りは続く。

「な、泣かないで」

「小泉君、小泉君……」

「君、この子と仲良かったのかい?」

 葬儀社の人はさりげなく紗英の方に手を置く。

 椅子の影からそれを見た宮地の表情が変わる。

「(おちつけ。たのむ)」

 飯塚が土下座するかのように頭を下げる。宮地の口がギュッと結ばれて、我慢しているのが見て取れる。

 三人は姿勢を低くしたまま、ジリジリと進んだ。そして、棺桶までの数歩を残していた。

 葬儀社の人が、紗英の体に視線を集中させているタイミングを見て移動する。

 宮地は、結んでいた口が歪むほど力が入っていた。

「(あいつ!)」

「(エロい目で紗英のこと見てるな)」

「(ケン、そういうこと言うのやめろって。ミヤジが反応する)」

 幸い、宮地はケンの言ったことには気づいていなかった。

 三人は棺桶の近くで音をさせないように息をひそめている。飯塚が、すっと蓋に手をかける。

「(二人でそっと蓋を持ち上げるから、遺体はケンが確認しろ)」

「(わかった)」

「(せーの)」

 飯塚と宮地がゆっくりと音をさせないように蓋を持ち上げる。

 持ち上げすぎて、蓋がズレると、それを引き戻そうとしてさらに力が必要になる。

「(見えたか?)」

「(もうちょっと)」

 宮地の手がプルプルと震え始めた。体格の勝る飯塚も、少し震えてくる。

「(見えた。いいぞ、しめろ)」

 飯塚と宮地は棺桶の蓋をそっと下げる。

 最後の最後で、宮地は指を挟みそうになり『ガタ』っと音を立ててしまった。

「?」

 とっさに状況を把握した紗英が言う。

「ハンカチ! ハンカチ貸してください」

 葬儀社の人が、パッと紗英の方に向き直ると、ポケットからハンカチを取り出した。

「ほら、これを使って」

「ありがとう…… うわぁぁぁ」

 紗英が大きな声で泣き出し、葬儀社の人に寄りかかるように近づいた。

 葬儀社の人は肩に手を回し、抱き寄せる。

「!」

「(いいから)」

 三人はその隙に葬儀所から外に抜け出した。

 抜け出して、三人が顔を見合わせる。

 宮地は怒った顔で言った。

「なんだよこの作戦!」

 ケンも飯塚も両手の平を下に向けて押さえつけるような仕草をする。

「中には、やっぱりいなかった。空っぽだった」

「家族の事情で中にいないなんて訳ないだろう」

「……」

 そこへ紗英が戻ってくる。

「うまく行ったね」

「大丈夫だった?」

「何が?」

 宮地の言葉に、紗英は首をかしげる。

 宮地は戸惑いながらも、言った。

「いやらしいこととかされなかった?」

「えっ? いやらしいこと」

 飯塚が笑った。

「バカだなぁ。そんなこと言うなんて、ミヤジ自身が(・・・・・・)がいやらしいこと考えている証拠だよ」

 宮地は飯塚の背中を叩いた。紗英は何のことかわからないようで、もう一度首をかしげる。

「?」

「紗英は気にしなくていいよ」

 紗英はケンの方に向き直る。

「それで?」

「あの中に小泉はいなかった」

 びっくりした表情を見ると、宮地が付け加える。

「小泉は林の中でゾンビに噛まれたんだ。それで死に至り、その後、ゾンビになった」

「そんなの映画よ。実際にはありえない」

「映画が、何かしらの事実をもとに作っていたとしたら?」

「……」

「飯塚とケンと一緒に林に入って見たんだ。鼠だったけど、死んだと思ったのが生き返った」

「うそ」

 紗英は口に手を当てて、三人に向けて『信じられない』という表情を見せた。

「マジだぞ」

 飯塚がそう言って首を縦に振る。

「小泉くんのご両親に言いに行こう」

「紗英、何言い出すんだ」

「そういうことだって知らないかもしれないじゃん」

「信じてくれるわけ……」

 飯塚がそう言いかけた時には、紗英は話し込んでいる母親たちのところに行き、小泉の両親の場所を聞き出していた。

 母親たちが指さす方向に、喪服で肩を落として座っているおじさんとおばさんがいた。

 紗英が戻ってくる。

「ほら、あそこにいらっしゃるのが小泉くんのご両親」

「お前が言えよ」

「一緒に来てよ」

 宮地がスッと紗英の横に立つ。

「他は?」

 飯塚がケンの顔を見たが、ケンも横を向いてしまった。

「ミヤジ。行きましょう」

 紗英と宮地は椅子に座ってうつむいている小泉の両親の前に立った。

 宮地が言った。

「あの、こんな時なんて言っていいか分からないけど」

 両親が宮地の声に顔を上げる。

「ああ、ジュンイチのお友達」

 紗英が口を開く。

「ジュンイチ君のご遺体どちらに…… その…… あるのでしょう」

 頭を上げていた両親が、その言葉に反応した。

「!」

 けれど、そのまま下を向いてしまう。

「棺桶を見たのかね」

「はい」

 小泉の父親の方が、宮地を睨みつけた。

「……ジュンイチは葬儀社の手違いでどこかに行ってしまっただけだ。大切な息子を失って、遺体に合うことも出来ない。墓にいれる遺骨も残らない。まったく、腹立たしい話だよ」

 紗英が言う。

「あの、そんな手違いがあるとは思えないんです」

「しかし、事実ないんだから、どうしようもない」

「それは、そうですけど」

 宮地が、紗英を横目で見た。

 そして振り払うように首を横に振ると、言った。

「問題は違うんです。遺体が動いたんです。だから棺桶に遺体がないんです」

「はぁ? ジュンイチは死んだんだ。死んだ人間が勝手に動くわけないだろう」

「動くんです」

 という宮地に、紗英が言葉をつなぐ。

「小泉くん、林で亡くなったってきいたんですが、体のどこかに噛まれたような跡はなかったですか」

「しらん」

 うつむいて聞いていた母親が顔を上げた。

「……林の枝や石や岩で、体中傷だらけだったけど、肩というか首筋あたりに、そんな感じのものが」

「やっぱり、それだ、それでゾンビに」

「なんだ『ゾンビ』って、ジュンイチをバカにするのか」

「警察に、早く警察に届けましょう」

「いいから、やめてくれ」

 父親が立ち上がった。

「もう騒ぎは十分だ……」

「私の父は警察官なんです。聞いたことがあります。死体遺棄は犯罪なんです」

「もうやめてくれ。何をやってもジュンイチは戻ってこない」

 父親は紗英と宮地の手を取り、グイグイと引っ張って、外に連れ出した。

「放っておいてくれ」

「……」

 紗英と宮地は顔を見合わせた。

「紗英、紗英からお父さんに『したいいき』のことを言ってよ」

「うん。けど」

「けど?」

「なんでもない」

 宮地のところに飯塚とケンがやってくる。

「どうだった」

「体に噛まれたような傷はあったってことなんだけど」

 紗英が首のあたりを手で示しながら、そう言った。

「そうか」

「いったい、どこに行ったんだ小泉は」




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