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全校生徒の集会があって、一時間目の授業が中止になって行われた。
立っていると倒れる者が出る為、全員、校庭で座って先生の話を聞いた。
内容は、宮地たちが住んでいる地域にある林の話だった。
何人かの先生が入れ替わり朝礼台にたったが、一人の生徒が林で亡くなった、ということと、林は危険な人物がいるかもしれないから、立ち寄るなという話しの繰り返しだった。
幸い、曇っていたために気温の上昇が緩やかで、座らせていたため、気分が悪くなる生徒は出なかった。
全校生徒の集会の後、教室に戻ってそれぞれのクラスで朝礼があった。
宮地のクラスは担任の『ザップ』が黒板の前に立った。
「全校集会では名前は出ていなかったが、林で亡くなったのは四年一組の小泉純一くんだ。一昨日の夜、林で遺体が見つかった」
一昨日の夜…… 宮地は、また思いだした。一昨日は林で初めてゾンビを見た日だった。あの時、小泉は生きて林にいたのか、もうすでに死んでいたのか。どちらかは分からない。ただ、ゾンビの体は『誰かの血で』染まっていたように見えた。
「あと、三田村のことだが、まだ回復していない。病状は不安定だ」
病状は不安定って、どういうことだ、宮地はそう思った。
昨日の給食の為に病気が悪化した、ということなのだろうか。
「今から、一時間目の残りの時間を使って、小泉と三田村にそれぞれ手紙を書く時間とする」
教室から、勉強の苦手な連中から声が上がる。
「え~」
「書く枚数は自由だ。書いた者から先生のところに持って来い。書いたものから休憩時間とする」
『ザップ』が配る原稿用紙を、後ろの席に回す。配られた用紙にみんなが書き始めた。響く鉛筆の音。
書いて、机にもっていく、一人、一人。書いては出し、休憩時間になった連中は、廊下に出て雑談を始める。
『ザップ』が廊下に顔を出して言う。
「おい、もっと静かにしてくれ」
廊下の連中の声は小さくなったが、それでも教室内の静けさとは比較にならない。
だから、自然と廊下で行われる噂話が聞こえてくる。
「葬式って、死んだ人の顔を見るんだぞ」
「死んだ小泉の顔みるの?」
「死んで、棺桶に入ってるんだ」
宮地は、葬儀所の前で考えた『死』についてまた考えてしまった。
原稿用紙に書く文字が止まる。
「先生、絵を描いてもいいですか?」
「おう、いいぞ。空いてるスペースならな」
教室の中に残っている人間が少なくなってきた。
宮地も、開いているスペースにアニメの落書きのような絵を描いてスペースを埋めた。
原稿用紙を提出して、廊下に出た。
そこでは飯塚とケンと、紗英が話していた。
「お前は葬式いくのか?」
宮地は自分の顔を指差して確認した。
「そうだよ」
「行くよ」
「私も、お母さんとお葬式行くの」
紗英が行くと知って、宮地は重たかった気持ちが、少し軽くなるのを感じていた。
「そ、そう」
宮地の声に、飯塚とケンがにやりと笑う。
「な、なんだよ」
「良かったな、宮地」
宮地は頬が熱くなっていた。
授業が全部終わると、地域ごとに集団で下校することになった。
寄り道を差せないとか、何か危険なことが起こらないようにする為だと思われた。
地区ごとに教師がニ、三人ついて、下校する生徒を統率していた。
宮地たちも、先生に付き添われながら下校し、それぞれの家の方へ分かれて行った。
帰り道は、友達とロクに会話もできなかった。
宮地は暗く、滅入った感じだったが、小泉の葬式に紗英が来ることが救いだった。
家に着くと、母が着替えをしていた。
ぴかぴかの新しい服ではなかったが、今まで来ているのを見たことがない、真っ黒な服だった。
「何、その服」
「喪服っていうんだよ。そうだ、お葬式に行くからお前も着替えるんだよ」
「えっ?」
宮地は、イヤな予感がした。
変な服装にさせられたら、紗英になんて思われるか分からない。自分で『カッコいい』服を探して持ってこないと、と思い先回りしてタンスに走った。
服を持ってきて、着ると、母親が言った。
「駄目、明るい色の服は戻してきなさい。喪服はないけど、ちゃんとした格好じゃないと失礼よ」
ちゃんとした格好? 宮地はよくわからなかった。
結局、母がタンスから選んで、白いシャツと黒いチョッキを着せられた。少し丈が短くなってしまった黒いズボンと、黒い靴下。
母親と合わせるかのような黒ずくめ。
これで紗英と顔を合わせなければならないのか、と思うと逆に気が重くなった。もっと格好いい服があったはずなのに。
「さあ、遅れないように、そろそろいくわよ」
靴もいつも履かない、真っ黒な靴を出されてそれを履いた。
歩き始めると、慣れていないせいで、足が痛くなってきた。
何度か立ち止まって、足をさすっていると、宮地の足に母が絆創膏を貼ってくれた。
葬儀所に着くと、周囲には人がたくさん集まっていて騒がしかった。
受付を過ぎて、葬儀所に入ると、さらに騒がしかった。
「どうしたのかしら」
母は葬儀所に何か違和感をもったようにそう言った。
小泉の遺影が飾られ、段いっぱいが花で埋められているところで、大人が神妙な顔で話し合っている。
周りの大人たちは、いつになったら葬儀が始まるのかと葬儀社の人にたずねている。
このまま葬儀が始まらないと、人が帰れないせいでどんどん混雑していってしまう。
「何があったんだろう」
「いっぱい人がいるから、うろちょろしないで」
「すぐ戻るよ」
宮地は、そう言うと、棺が置いてある中央の方へ近づいた。
少し体を屈めると、大人の視線から宮地は棺桶に隠れて見えないのだろう。棺桶の近くにいた葬儀社の二人は、話し始めた。
「どうする」
「ここは棺を閉じたまま、式だけ済ませよう。この状況で全員に返ってもらう訳にもいかん」
「いや、しかし遺体を見れないというのは不自然じゃ」
「だが、遺体を失ったとは説明できまい」
遺体を失った…… 宮地はびっくりして顔を上げてしまった。
遺影と棺の間にいた葬儀社の人間は、宮地に気付くと、口をつぐんだ。
その後は、宮地に目を合わせようともせず、口も開かなかった。
宮地は諦めて母のもとに戻る。
母は座席に座っていた。
宮地が母の横の席に座ると、前の席に紗英の後ろ姿が見えた。
「!」
少し腰を上げて前の席を見ると、紗英は普段と違う大人っぽい服装だった。
限りなく黒に近い紺のブレザーを着ていた。もしかすると、中学の制服だろうか、と宮地は思った。
中学の制服が着れるほど、紗英は大きいのに、自分は…… 宮地は少し失望して腰を下ろした。
けれど、視線はずっと紗英に向かったままだった。
時折、横を向いた時の顔を見る度、宮地の心は高まっていった。
葬儀場にお坊さんの念仏と木魚の音が響き始めると、宮地はびっくりした。
何を言っているのか、何をしなければならないのか。周りの人間はだまってそれを聞いている。宮地には退屈で仕方がない。
紗英ももう横を向いたりしなくなってしまい、ただ後ろ姿を見つめるしか出来ない。
永遠に同じフレーズが繰り返されているのかと思ったころ、宮地の母が言った。
「前の人のやるのをよく見て、まねをするのよ」
式に出ている人が、一人一人、棺の前に言って、何かを指でつまんで移している。
そうすると、小さい煙が立ちのぼる。
そんな儀式を端から順番に行っていくのだ。
宮地は、紗英の順番が来るのに期待し、じっと待っていた。
紗英と紗英の母親が立ち上がると、ブレザーを着た紗英の姿が目に入った。
紗英の短い髪は、さらに後ろでまとめられていた。白いブラウスに紺のブレザー、同じ紺色のスカートをはいている。
普段着とは違って、きっちりしたブレザー姿のせいでそれだけでも紗英がさらにかわいく見えた。その上、今着ているブラウスとブレザーでは、紗英の胸が収まらないようで、胸元が張っているように見える。
宮地は初めて紗英に対して、エッチな感情をもった。
遺影に向いて頭を下げるとき、見えたひざ下の白い足と、スカートごしのお尻に、考えてはいけないような感情が湧き上がって来た。
「ほら、立って、そっちにならんで」
宮地は母に言われて立ち上がり、壁沿いの列の後ろについた。
見ると、紗英はもう席に座ってしまっていて、また後ろ姿だけが見えていた。
お焼香の列が進んでいくと、宮地はチラチラと横を向いて、紗英の姿を確認した。
小さく手を振ると、紗英が気が付いたように宮地の方を見た。紗英は、手を振り返さなかったが、歯を見せないまま小さく微笑んだ。
お焼香のやり方を何回かみて覚えると、宮地と母の番が回って来た。
香をつまんで額の高さに上げると、香炉に落とした。
香が焼かれて煙が立ち、臭いが広がる。
その先に小泉の遺影がある。
ほっそりした面長の顔に細い目。鼻の横に小さめの豆粒がついたような『ほくろ』。それが小泉の顔の特徴だった。
この姿の『死んでいるはず』の小泉は、今、この棺桶の中にいない…… かもしれない。宮地はそんなことを考えるうち、棺を見つめて固まってしまった。
「ほら、君、先にすすんで」
後から来た参列者に、肩を叩かれて宮地はハッとした。
母も端壁際で手招きをしている。
パッと座っている人の方を向くと、紗英が笑って宮地を見ている。宮地は一瞬だけ微笑み返し、慌てて母の所に駆け戻った。
宮地と母が座席に座ると、お葬式は淡々と続いていった。




