SALVATION
1
静かな日だった。
「この前の話なんだけどね」
妻はいつもと変わらず穏やかな表情をしていた。港町の住宅街にある公園。昼下がりには絶え間なく数十匹のカラスが騒いでいるはずなのだが、珍しくその音が止んでいた為、妻の声が一層落ち着いて聞こえる。
「いいと思うの。今住んでいるマンションも素敵だけど、やっぱり夢じゃない?家を建てるのって」
公園のブランコで息子の和也と娘の加恋が遊んでいた。正確にはお兄さんの和也が加恋の乗っているブランコを押してあげている。
「切り出そうか迷ってたよ。僕の収入は下がる一方だし、安定しない。不安だらけだ。子供達にもっと贅沢をさせてあげたい」
「あら、私にも贅沢させて頂戴な」
妻は悪戯っぽく微笑む。高校生の頃から彼女は真面目な癖をしてたまに僕をからかう。
「それでもいいから何とかやっていこうよ」
力強く彼女は言う。ほぼ毎日四時間スーパーでパート業務をして、共働きの状態が続いている。僕は仕事の合間で家事や子供の世話を手伝っていた。
「ありがとう」
妻はどんな時でも優しく僕の味方をしてくれる。公園内では和也と加恋の笑い声が響いていた。
2
率直に言うと僕は「売れないフリーのカメラマン」だ。
Webを使って写真集を売る事で稼ぎ、たまに個展を開いてそこでも収入を得ていた。だがそれも少し前までの話。僕の写真にはオリジナリティが無いらしい。一体何を言っているのか分からなかった。
全盛期に比べ収入は半分。なんとか出してもらっている写真集で家族と生計を立てている。
二人の子供が今より幼い頃と比べると生活は苦しくなくなった。少ない給料で少しずつ貯金をし、家を立てようと考えていた。
優しくて物事をよく考える妻だ。結婚して10年。彼女とは高校生の頃に知り合った。同じクラスで、僕はその頃から写真を撮る事が好きだった。父のお下がりの大きなカメラをよく学校に持ってきていた。
真面目だった妻はよく図書室で授業の予習復習や読書をしていた。港町だったので潮風が気持ちよく海が見えた。
当時の妻は図書室の窓から校庭や海辺の写真を撮る僕を密かに観察していたらしい。
大人しく内気だった妻は高校時代やんちゃ坊主で夢中で写真を撮っている僕に惹かれ、僕は既にとびきりの美人だった妻に一目惚れしていた。
お互いに惹かれ合った僕らはお付き合いをし、結婚した。
周りは僕がカメラマンになる事に反対したが妻だけは応援してくれた。
3
今日、僕はモロッコのシャウヘンへ撮影に出掛ける。真っ青な町並みが美しく、モロッコの代表的なスポットになりつつあった。少し前まで異教徒の出入りが禁止されていた為、観光客はそんなにいない。
空港の待ち合いラウンジで出発の時間を待つ。昨日、和也が地元の漁師の方から魚を頂いた事を聞いた。最近は大漁らしい。とても助かる事だがまだちゃんとお礼を言っていない為、仕事から帰ってきたら挨拶に行かないと。
そんな事ですら幸せに思える日常であった。
そろそろ出発の時間かと席を立ち上がろうとした時であった。一瞬、頭が揺れた。立ち眩みかと錯覚した直後。急に地面が大地の波のように揺れてバランスを崩し、その場に倒れ込みそうになった。咄嗟に座っていた席にしがみつく。自分から動く事が出来ない程の大きな揺れ。周りから他の等乗客の悲鳴が聴こえる。
その中に混じり、物が倒れる音。ガラスが割れる音。あらゆる轟音が鳴り響いた。
待っても待っても揺れは収まるどころか大きくなっていく。今までに体験した事のない程の大きさと時間だ。何かが僕の後頭部にぶつかった。激痛が走るが今はそんな事さえ気にできない程、揺れは長く続いた。
揺れは最高潮に達した。縦揺れか横揺れか分からないまま僕は必死に収まるのを待った。
それから30秒程経っただろうか。揺れは一旦収まったようだ。落ち着き、その場でぐったりと膝をついた。またじんじんと痛む後頭部を押さえると手のひらにべっとりとした何かが付く。拭く物が無いかと周りを見渡す。ラウンジにいる等乗客はパニックになり、スタッフも慌てて対応が遅れているようだった。
しばらくして室内アナウンスで今の揺れが地震だという事が発表させられた。
『緊急地震速報です。強い揺れは再び起こる可能性があります。スタッフの指示に...』
日本語、英語、韓国語、中国語でアナウンスは繰り返される。僕に気づいたスタッフの方が包帯を持ってきてくれた。
続くアナウンスで僕は耳を疑った。
大津波警報
4
空港の一階部分は全て津波により飲み込まれてしまった。僕がいた場所は二階にあたる場所だった為被害は直接なかったが、一階から大急ぎで上がってきた人々も含め大勢の人間でごった返していた。
滑走路の飛行機が全て流されていった。津波は何回も押し寄せ濁流となり、空港へ激突する度、建物内は揺れた。
家族はどうしているだろうか。自宅は港に近いが地震から津波までの時間はかなりあった。無事に逃げているだろうか。不安で仕方がない。この気持ちは一体どこにぶつければいいのだろう。
5
僕だけが助かった。
家族は三人とも行方不明になり、しばらくして遺体で見つかった。遺体安置所で三人の姿を見た時、とても死んでいるようには見えなかった。
ただ疲れて眠っているだけだろう。自分に言い聞かせて納得させられる程、僕はできた人間ではない。
その場で目眩を起こし、崩れ過呼吸になった。安置所のスタッフに運ばれたらしいが良く思い出せない。
息子、娘は通学の途中で学校に辿り着く前に被害に遭ったという。もし、学校内の高台まで登っていれば、
妻は自宅周辺でなく、子供達と同じく通学路の近くで見つかった。きっと妻は地震の揺れが収まってから子供達を探しに街へ出たのだろう。
最後まで優しい人だった。しかし、こんなにも呆気ないものなのか。
6
慣れないタバコを吸って自分を落ち着ける。頭がぼんやりして嫌な事も煙と一緒に無くなったしまえばいいのに。
僕は毎日ボランティアの仕事を手伝っていた。独りでいるのが怖かったのと単純に体を動かして家族の死を忘れたかったのだ。
ボランティアの活動に誘ってくれたのが和也に魚をおすそ分けした漁師の息子の青年だった。彼も漁に出ていた父を亡くしていた。
これは後に彼から聞いた話だが、地震前の異変を察知した魚類は危険を察知し、海面近くまで現れるらしい。また、同じく異変を察知した鳥類もその地域から離れるらしい。
ボランティア活動の休憩時、夜のほとんどの時間する事がなく、ひたすらタバコを吸い続けていた。食欲がなくて、何かをしていないと家族の後を追いそうな自分が怖かった。
周りからも僕が自殺をするのではないかと心配された。僕はとにかくひたすらボランティア活動に明け暮れた。
7
夢に出てくるのは妻や子供達が苦しむ姿と震災当日の事だけだった。あまり夜でも眠らず一晩を過ごす事が多かった。
ある日、僕が寝泊まりをする施設にある子供達がやってきた。震災の被害が比較的少ない地区の小学校から元気を届ける為に駆け付けたらしい。息子や娘と同じくらいの年齢の子供達は演劇やダンスをして施設の住民を一時だが元気にさせた。
くだらない。
僕はそう思った。そんな事をしても何も変わらない。僕の家族は帰ってこない。
子供達の出し物を見ずに横になっていると女の子に話し掛けられた。
施設に訪れている子供達の一人だろう。
「おじさんカメラ持ってる」
持ち物は震災当日のまま、カメラを使う事もないままかなりの月日が経っていた。
「そうだよ、でも今は撮ってない」
「どうして?」
女の子は真っ直ぐ僕の顔を覗き込んだ。どうして子供はこんなにも無垢なのだろう。
「おじさんはね」
僕は重い体を起こした。
「写真を撮る事が怖くなっちゃったんだ。だから今はこれを使っていない。君も地震や津波が怖いだろ?」
我ながら何を言っているのか。女の子は「うん。こわいよ」と短く答える。
で、でも...と前のめりになり僕を見つめる。
「でも、みんな笑ってた方がいいんだよ!私ね、お母さんいなくなって、おじいちゃんとおばあちゃんと住んでるんだけどね。二人とも私にね。笑ってくれって。こんな時だからこそ笑ってくれって。私達が元気いっぱいに遊んでるのがいいんだって!」
女の子はニコッと笑顔を見せ同級生の所まで走って行った。その後ろ姿を見て僕は自分の子供達の事を思い出してしまった。
僕の目からは段々と自然に涙が溢れた。こんな時だからこそ。
8
憎い震災を撮るのが辛かった。カメラを持つ手は震えていた。ロクな写真が撮れなくても何枚も何十枚も、何百枚もフィルムに収め、泣いた。
瓦礫の山。元は住居だった場所。泥。土。ボランティアや自衛隊の方々の活動風景、そして子供達含め、みんなの「笑顔」全てを手が震えながら、時に涙を流しながら。
この世の中で自分ができる事は何か。それが分からないままでも今はやれる事を死に物狂いでやる。正しい事なのか。これで自分自身は納得できるのか。すぐに止めたくなる。だけど止めない。苦しい。だけど続ける。逃げたい。人は迷いながらも前に進む。いや、それが前なのか分からないまま。
悪夢は見なくなった。今は良く眠れる。
9
あの女の子が再びやってきた。
「写真撮れるようになったんだね!よかった」
どこからそんな情報を仕入れてきたのだろう。
「私も写真撮れるように勉強しようかな~」
無邪気に笑い、また同級生の元へと駆け出して行った。
10
震災の被害が復旧し始めた頃、津波に飲み込まれた僕の街に震災を伝える施設を作る計画が立った。僕が撮った写真が数百枚も展示され、全国各地から震災を知る為に多くの人々が訪れる。
施設が完成してから僕はそこに訪れた人々に展示の説明をし、またテレビの取材にも協力した。
皮肉だが震災の事をまとめた写真集が売れて、その資金の半分を募金し、半分で世界を旅する事にした。
11
この道で正解かなんて分からない。
目が覚めたらクアラルンプールのホテルで朝を迎えていた。
「それでもいいから何とかやっていこうよ」
微笑んだ妻の声が聴こえた気がした。




