第九話 少女の目覚め、張り切る執事見習いショタート
少女が目覚めた。そんな報告がヒイロから齎されたのは、少女を助けた日から四日も経った日のこと。
やっとかという思いと、ちょっとした安堵感と共に、早速シュヴァートを伴って少女の元へ向かうことにした。
少女に与えられたのは客間ではなく牢屋だ。まぁ一般的に想像するような寒々しい牢屋とは違って、ちゃんとした部屋である。ただ逃走防止の鉄格子があるだけの牢屋だ。
この牢屋、実はかなり意外な効果があることが判明した。
それはDP取得量の増加。
侵入者を閉じ込める事によって、侵入者から得られるDPが大幅に増加したのだ。この情報の価値はエリクサーを使った事を差し引いてもプラスだと俺は考えている。
今までは侵入者の死亡が一番効率良くDPを取得できると思っていたのだけれど……考えを改めなければいけないな。この効果を使えば……色々と出来る事が増えそうだ。
あ、そうそう。少女を助ける為に2000DPもするエリクサーを使った訳だが、あの後、シュヴァートと共に魔物狩りに明け暮れ、8200DPまで取り戻している。
レベルも順調に上がっているし、DPも目標まであと1800DPだ。ホント、順調順調である。
因みに、戦闘時のシュヴァートは黒狼形態である。まぁ人形態のショタートでも戦えるのだが、やっぱりまだ完全に身体を使いこなせてないみたいだ。いつかは人形態のままでも戦えるようになると、相当意気込んでいたっけ。
そんなことを考えながら牢屋へと辿り着く。
鉄格子越しに中を覗くと、少女は身を起こし、ベッドの縁に座っていた。一時は瀕死の状態だった少女が起きられるまで回復したようである。
これなら色々と情報を聞き出しても問題なさそうだな。ただ……俯き加減で覇気が感じられないのが気になるけれど。
とにかく話を聞くために、中へ入ろうとした時。
「シャン様、お待ち下さい、危険です。奴はシャン様の下僕ではありません。不用意に近付くことはお止め下さい」
後ろで控えていたシュヴァートが待ったを掛けた。あ、ちなみに日ごろ頑張ってくれているシュヴァートには執事服を与えている。……まぁ、執事的な仕事は不器用すぎて全く出来てないけれど。
まぁそれでも執事としての矜持は備わりつつあり、これも俺のことを心配して進言してくれているのだろう。かなり真剣な瞳をしている。
けれど……俺はシュヴァートの言葉を無視して、中へ入っていく。
「シャン様ッ!」
慌てて後に続いてくるシュヴァートに、俺は気負いなく軽く言ってのける。
「いやまぁ、シュヴァートの言う意味も判るけどよぉ。第一、LV差があり過ぎるだろ。それに万が一の時は、お前が守ってくれるんだろ?」
ニッと笑い掛けながら言ってやると、シュヴァートの態度が激変した。
「……仰せのままに」
ブルッと身を震わせたかと思うと綺麗な所作で一礼。シュタッと俺と少女の間に立つ。何気に俺の前を塞がないような位置取りをする辺り、シュヴァートの成長が良く判る。
「よう。目が覚めたみたいだな」
シュヴァートの成長にちょっぴり感心しながら、俯いたままの少女へと声を掛けた。
少女はやっと俺たちの存在に気付いたのか、ゆっくりと面を上げる。
純金を鋳溶かしたかのような黄金の髪がはらりと流れ落ち、少女の美しい容貌が初めて露になる。
小さな頤に、スッと通った鼻筋。きめ細やかな綺麗な肌。
出会った時は土埃に血汚れと荒んだ印象だったが……それらが綺麗に拭い去られた今の少女はまるで西洋人形のように精緻でありながら儚い印象の少女だった。
澄み切った青空の様な瞳がより一層そう思わせる。けれど……死んでいる。眼が死んでいる。
全ての感情が無くなってしまったかのようなその蒼い瞳に、まさしく人形だと思ってしまった。
この様子じゃあ、俺が知りたかった情報を聞き出せるのは、しばらく後になりそうだな。なんて、ちょっと期待外れだと思っていたのだけれど……。
急速に蒼い眼に満ちる生気。そして、うるうると涙が溢れ出す。
「か、か、か……」
とめどなく涙を流し、ぶるぶると唇を震わす少女。そして――。
「神様っ!」
「へ?」
《ほぅ》
ブワッと、少女が勢いよく俺に飛び掛かって来る。
ちょっと待て。今、なんて言った? 神様?
《ふむふむ。中々良く判っている娘じゃないですか》
ヒイロが感心した素振りを見せているが、俺はそれどころじゃなかった。少女の一言が予想外過ぎて、脳裡が疑問符だらけだ。
だけど……まぁいいか。こんな美少女に抱き締められるシチュエーションなんて今まで考えられなかったしな。
俺は飛び込んでくる少女を受け止めるべく、軽く手を広げ待ち構え――。
「離れろ、下郎がッ!」
耳をつんざくような怒りに満ちた罵声が響く。
シュヴァートが飛び込んでくる少女をインターセプト。容赦なく顔面を鷲掴みすると、勢いよく放り投げ返した。
ポフッとベッドに投げ返され呆然とする少女。そして、俺も同じく呆然としてしまう。
「貴様の様な下等生物の分際で、我が主であるシャン様に抱き着こうとは……万死に値する愚行。貴様、覚悟は出来ているんだろうな?」
額に青筋を浮かべ、めちゃくちゃ怒っているよ、ショタートくん。
《怒髪天を突くとはまさにこのことですね》
感心している場合か……って、そんな悠長な事を言っている状況じゃない。シュヴァートの影が蠢き、少女を狙っている。このままじゃあ、シュヴァートが少女を殺しちゃう!
「シュヴァート、落ち着け」
「しかしッ!」
あ~……俺の声でさえ、コイツを落ち着かせられない。それくらい怒っているんだ。
俺としては美少女の抱擁を邪魔されてイラっとしているんだけど……まぁ見方によっては、俺に襲い掛かったとみられなくはないし、さっき発破を掛けたばっかしだしな。
はぁ~……これも俺の責任か……。さてどうやってこの怒れる忠犬を御そうか。
「なぁ、シュヴァート。お前、下郎って意味知っている?」
「……は?」
めちゃくちゃキレている奴を落ち着かせるには、予想外の一言がよく効くんだよね。ほら、俺の予想外の一言に、シュタートくん、お口がぽっかりと開いちゃっているよ。ショタコン垂涎ものの表情してんぞ、ショタート。
「いや、今さっき『離れろ、下郎がッ!』って、お前言ってただろ?」
「そ、それが何か?」
「いやさ、下郎って『召使などの身分の低い男』っていう意味なんだ。そうだよね? お嬢さん」
ベッドに放り投げ返されて、女の子がしてはいけない態勢のまま、呆然としていた少女に確認を取る。
「え、えぇ」
状況についていけず、戸惑いながらも少女は俺に頷いてくれた。
よし、シュヴァートの怒気に怖がらなくなっているな。まぁそのかわり、『何言ってんだ、コイツ』って顔しているけど。
《大丈夫です、マスター。いつものことです》
……おい。
「んんっ! ほら、見ろ。お嬢さんもそう言っている。お前は急速に成長したけど、ちゃんと言葉の意味を判ってから使えよ? じゃないと恥ずかしいからな。お前の主として」
「も、申し訳御座いません!」
シュッパッとフライング土下座をかますシュヴァート。うんうん、怒気が完全に霧散したな。まぁ代わりに激しく怯えているみたいだけど。
「気にするな。お前が無知で、いくら失敗して恥をかかされようが、俺は気にしないさ。いっぱい失敗すればいい。ただ、同じ失敗だけはすんじゃねぇぞ」
「は、はい……以後気を付けます」
「おう。判ったなら立て。お前が俺の為を思って、怒ってくれたのは素直に嬉しいしな。まぁだけど、早まったことはするな。……コイツは大事な情報源だぞ?」
最後の一言だけは、少女に聞こえないようシュヴァートの耳元で囁くように伝えた。
コクコクと力強く頷くシュヴァートは立ち上がり、俺の後ろへと控えた。
正直、シュヴァートが暴走して彼女を殺してしまっても、別に俺にとっては痛くも痒くも無い。情報源が無くなったなぁと思うだけだ。
……俺ってこんな非道な奴だったっけ? 多分、俺が人間じゃなくなり、悪魔族に転生したことが関係しているんだと思うな。
この世界に来るまでの俺なら、虫一匹でも殺してしまったら罪悪感に胸を痛めていたというのに。純真な俺はどこに行ってしまったんだぁぁぁああ!
《純真? マスターが純真だったことは今の今まで一度もありませんが? 頭おかしくなっちゃいましたか?》
酷い言われようだ。まぁ確かに純真だった時は無かったと思うけどな。
ただ、生き物を殺して平然とはしていなかったと思う。でも今では、魔物とは言え生き物をバンバン倒しまくっているけど何も感じない。心が麻痺しているのか? まぁいちいち罪悪感に苛まれなくて済むけどね。
さて。何ともカオスな状況だが気を取り直して。
「すまんかったな。俺の眷属が粗相をした。申し訳ない」
配下の不始末は俺の責任。素直に少女へ頭を下げる。……ショボ~ンとするシュヴァートはこの際放置しておこう、うん。
「い、いえ。頭をお上げ下さい。わたくしにも過失はありましたから。わたくしこそ、はしたないことをしてしまい、申し訳御座いません」
「そうか。そう言って貰えると助かる。それで……」
さて、この事実を言ってもいいのだろうか。いや、言わないと可哀想か。
「そろそろ隠した方がいいぞ、それ。まぁ眼福だけど」
俺は少女の露になった下腹部を指差す。
少女は小首を傾げ、疑問符を浮かべつつも俺の指差しの先を追って――シュバッと神速で隠し、赤面。お顔真っ赤っか。
「~~~~っ。う……うぅ……」
終いには泣き始めてしまった。
《女性に対してなんてデリカシーのないことを……。今後は女性に対して優しくして下さい。勿論、私にも優し――》
それは無理、ゴメン。
《……》
ともかく、こりゃあ少し時間を置いた方がいいな。
俺は少女が落ち着くまで、時間を置くことにしたのだった。
◇ ◇ ◇
少女が落ち着いたのは、あれから五分後。正直、もっと立ち直るまで時間が掛かるかと思っていたんだが……中々気位が高いのかもしれないな。
それは彼女のステータスを確認して、そう思ったんだけど……めちゃくちゃ厄介なステータスであった。
名前:シシリア・ヴァン・ブラッドフォールン LV6
種族:人族(偽装状態:デミヴァンパイア)
称号:元ロードスティン王国ブラットフォールン公爵家令嬢
性別:女性
年齢:14歳
髪:金 瞳:青 肌:白
特殊能力:(偽装状態:「吸血」)
技能:「礼儀作法」「家事」
魔法:(偽装状態:「闇魔術(操血)」)
耐性:「精神耐性」
な? めちゃくちゃ厄介なステータスだろ? 公爵家って確か……貴族位の最高位だったはず。そんな少女が何でこんな森の奥深くにいたんだ? それにお供をつけずに……あいや、確か一人いたな。だけど、俺が確認した時には、既に死亡していたんだっけ。
まぁそれはいいとして。やっぱり一番はステータスにある『偽装状態』って表示だろう。こんな表示、初めて見たわ。
「それにしても……吸血鬼だったとはな」
俺が思わずポツリと零すと、少女――シシリアは大きく目を見開いた。
「な、何故それを……」
「ん? あぁ口に出してたか。ただステータスを確認しただけだ」
軽くそう告げると、ますます驚くシシリア。あれ? まさかステータスって第三者からは確認出来ないものなのか?
そう思って率直に訊くと、極稀に「鑑定」というスキルを持つ者がいるらしい。その者なら他者のステータスを覗くことが出来るそうだが……。
「しかし、「鑑定」スキルを持っていたとしても、精々名前・種族・称号しか判りません。偽装ステータスは見破れないものなんですよ」
「へぇ~、「鑑定」ってあんまり有能スキルじゃねぇんだな。というか、ステータスって偽装できるの?」
「はい。極稀に迷宮から出土する魔導具でのみ、ステータスを偽装出来ますが……勿論ステータスの偽装は重罪であり、尚且つ、その魔導具はとにかく貴重で、ステータスを偽装している者はそう居ません」
おいおいおいおいおいおい。ちょっとちょっと待て待て待て。
今、なんて言った? 迷宮って言ったよな? 迷宮……つまりダンジョンのことだろ。ということはつまり……。
「……俺以外にも……誰かいるのか……?」
もし、俺と同じように、この世界に地球から招かれていたとしたら……? そいつは絶対に固有能力を持って、転生しているはずだ。
この固有能力の効果は凄まじい。俺自身、それをよく理解している。もし、固有能力を所持している転生者と敵対してしまったら……?
ブルッと悪寒が背筋を走った。今のままぶつかってしまえば……確実に負ける。そんな直感があった。
というか、ヒイロ、お前もしかして知っていたのか?
《その問いに対して明確な答えは持ち合わせておりません。しかし、マスター、私はヒイロという素晴らしい名を頂きましたが、旧名は迷宮核116番です》
そう……だった。いや、判っていたはずだ。ヒイロが116番なら、それ以下の番号を持った迷宮核が存在しているということを。
《マスターが危険視されている転生者に関しての情報は、残念ながら不明です。私は、良くも悪くもダンジョンマスターを補助するサポート機能ですから》
淡々と答えるヒイロだが、どことなく悲哀が込められているようだった。
あ、悪い、ヒイロ。そんなつもりじゃ――。
《いえ、判っております。マスターの暖かい御心は伝わっておりますから》
「どうかされましたか?」
シシリアの声でハッとする。見れば、シシリアは心配したような表情で俺を見詰めていた。
チッ。俺はそんな焦った顔をしていたのか。チラッと背後に立つシュヴァートを横目で窺うと、コイツも心配そうな表情をしてやがる。
あ~クソッ。こんな弱気な姿をコイツらに見せるべきじゃない。それに……まだ転生者の存在を確認したわけじゃないし、そもそも敵対するとは決まった訳じゃないんだ。慌てるにはまだまだ早過ぎる。
取り敢えず頭の片隅に置いといて、今は情報収集に専念しよう、うん。
俺は心を落ち着かせて、シシリアに色々と質問していく。
種族に国家形態、風土や文化に至るまで様々な質問を繰り返す。勿論、迷宮と呼ばれるダンジョンについても……心のざわめきを必死に抑え付けながら。
シシリアからの情報はどれも俺にとっては重要なものばかりだった。
まず、俺のダンジョンがあるこの森は、巷では『魔の森』と呼ばれる危険地帯であるそうだ。
高レベルモンスターに、凶悪な魔物が跋扈する極めて危険な地帯であり、冒険者でさえ森の奥深くまでは侵入しないそうである。
確かにあのクソ虫野郎などの強力な魔物も居る事には居る。だけれど……『魔の森』なんていう大層な名が付くような危険地帯とは俺には思えなかった。
「そうですね……ここがどの辺りなのか正確な位置までは判りませんけど、わたくしが神さ――シャン様に助けて頂いた場所は、森の奥深くではありませんでした」
シシリアによると、詳しくは覚えていないが、魔の森に入ってからおおよそ三日は経っているとのこと。冒険者の活動範囲ギリギリを狙って移動していたそうだが……運悪くマンティスに遭遇してしまったと、辛そうに語る。
なるほど。シシリアが倒れていた場所は、まだ森の入り口付近ってことか。
そりゃそうだわな。なにせシシリアはLV6だ。『魔の森』なんていう大層な名を冠する森の奥深くまで進める訳がない。つーか、また俺の事を神様って……勘弁してくれよ。
そして、またマンティス……ホント厄介な奴だわ、アイツ。
少しげんなりしつつも、一度地理情報を確認すべきだと感じた俺は、DPを消費し、紙とボールペンを取り寄せ、早速地図を作成しようと思ったのだが……。
「こ、これは何ですかっ!? この真っ白な羊皮紙はっ!」
「お、おぉう。これは紙だ。え~っと……なんて説明すればいいんだ? 羊皮紙よりも丈夫で……まぁ百聞は一見に如かずって言うし、これで何か書いて試してみろ」
興奮気味のシシリアに押されながら、俺はボールペンを渡す。
ノック部をカチカチするだけでも興奮し、紙にボールペンを滑らすだけでも興奮し……と、子どもの様にはしゃぐシシリア。
「す、すごいですっ! ペンにインクを付けることもせず、文字を書けるなんて! 中にインクが詰められているのでしょうか……なるほど、それならばインクを付ける手間を無くし、更にはインクの乾燥も防ぐことが出来る。ふわぁ~本当に素晴らしい発想です。それにこの……紙? というのですか? こんなにも薄いのに書きやすく、更にとても丈夫です! 一体どうやって作ったのでしょうか? 本当にすごいっ!」
興奮しながら語るシシリアの話を聞けば、大体この世界の技術力がよく判るというもの。
まぁ魔法なんていう代物があるから、地球とは別発展している可能性はあるが……まぁ地球の中世くらいだと考えてみて問題なさそうだな。
因みに俺が物質召喚で取り寄せられる物は、地球産のものばかりだ。
ヒイロ曰く、どうやらダンジョンマスターの知識によって物質召喚の内容も変化するとの事。
ただし、俺が触れた事があるというのも条件の一つらしい。なので、銃器なんていう武器類は物質召喚することが出来なかった。まぁモデルガンは物質召喚出来るみたいだけどな。無意味だからしないけど。
「本当にすごい……はっ! それにこのぼーるぺんなる物と紙を一体どこから取り出し……まさか、アイテムボックスのスキルまで……やはりシャン様は神さ――」
「お~い。そろそろ戻って来ぉ~い」
「はっ! も、申し訳御座いません。少し取り乱してしまいました」
ブツブツと何やら物騒な事を言い始めたので、すかさずインターセプト。神様扱いは勘弁してほしいし、それ以上に話が進まないからな。
ちょっぴり恥ずかしそうな美少女は物凄く可愛いなと思いながらも、話を進める事に。
「まずは、大体の地理情報が欲しい。俺はこの森以外知らないからな。えっと……」
紙を一枚取り出し、まずは東西南北を四辺に書き込む。中心にまるっと円を描き、その中に『魔の森』と書き込み――あるぇ? 何だか見慣れない文字? に変換されて書かれている。
いや、ちゃんと『魔の森』と何故か読めるんだけど……。
《マスターは「異世界言語」スキルを習得済みです》
あぁ、そうか! 俺のスキルに「異世界言語」ってあったな。なら、この見慣れない文字はこの世界の文字なのか。
どうでもいい事にちょっぴり感動しつつ、シシリアを見やる。それだけで自分が何を求められているのか判ったようで、「あまり詳しくはありませんが……」と、前置きをしつつシシリアが説明していく。
「えっと……この『魔の森』の北側には『イグニス大山脈』が東西に渡って連なっているそうです。あ、でもこの『魔の森』がある地域だけ『イグニス大山脈』は途切れているみたいですね」
ふむふむ。シシリアの言う通りに『イグニス大山脈』と書き込む。
「この『イグニス大山脈』の北には帝国領があります。あ、帝国の正式名称は『北リギア・マクス連合帝国』です。『魔の森』の東南側には小国群があり、東から『カトレア王国』、『アルメニア王国』の二国が隣接していますね。そして西南側には……『ロードスティン王国』があります」
シシリアの表情が少し曇った。それだけで何となく察せられた。
未だシシリア本人の口から詳しい事情は聞いていない。だが、俺はシシリアがロードスティン王国の公爵令嬢だと知っている。
母国であるロードスティン王国の名を口に出すだけで、こんなにも悲しそうな表情をするくらいだ。相当辛い思いや、のっぴきならない事情があるのだろう。
「ふぅ、こんなもんか。助かったよ、シシリア」
「お役に立てたようでなによりです」
なるべくシシリアの暗い表情に気付いていないように軽く振舞う。
別にシシリアの事を慮ったわけじゃない。並々ならぬ厄介事の匂いがして、正直面倒だからだ。他人の厄介事に巻き込まれる事ほど、面倒なことは無い。
ただ……シシリア自身の口から事情を話し、俺に助けを求めると言うなら、俺は手を貸そうと思っている。シシリアにはこの世界の情報を提供してもらった恩があるしね。
さて、魔の森の周辺国は大体把握出来た。因みに、俺のダンジョンはロードスティン王国に近いみたい。これはアレだな。フラグって言う奴だよね、絶対。
今後、確実に関わるであろうロードスティン王国について詳しく聞きたいのだけれど……さすがに、な。今は聞き出すのは難しそうだ。少し時間を置くべきだろう。
地図を見ながら今後の予定を考えていると、きゅるるぅ~と何とも可愛らしい音が。面を上げると、その音の発生源であるシシリアがめちゃくちゃ赤面していた。可愛い。
あぁ、そうか。四日も寝込んでいたんだし、そりゃあ腹が減るわな。
「一旦休憩にして、飯にするか。何か食べたい物でもあるか?」
「い、いえ……その……」
「ん? 遠慮なんてしなくていいぞ。って、言ってもアレか。俺、どんな料理があるのか知らねぇわ。こっちが用意しても良いか? 口に合うか判らんけど」
「す、好き嫌いはありませんので、大丈夫だと思います。でも……よろしいのですか? 命を救って頂いたばかりではなく、食べ物まで……これ以上、ご迷惑になるわけには……」
あ~これはアレだな。公爵令嬢としての慎み深さみたいなもんだな。常に謙虚であれ、みたいな教育を受けて来たのかもしれん。だけどさ、謙虚が過ぎると卑屈になるんだぜ?
「気にするな。充分対価は受け取っているよ」
「……?」
よく判らないといった表情だな。
「正直に言うけど、お前を助けたのは、何も善意からじゃねぇ。この世界について何も知らない俺にとって大事な情報源だと思ったからだ」
俺の偽りない言葉に、シシリアは少しショックを受けたようだった。
「そう……ですよね。判っていますとも……判っています……」
まるで自分に言い聞かせるかのようにシシリアは繰り返した。
「判っているならいい。俺は別に聖人君子でも、慈愛の神様でもないからな。利益があると思ったから助けただけ。まだ君には色々と聞きたいことがあるんだ。飯でも食って少し休め」
俯き加減のシシリアを横目に、ササッとシステムウィンドウを操作し、たまご粥をシシリアの前へと差し出す。
湯気と共に出汁のいい香りが部屋に広がっていく。いい香りに釣られてシシリアの顔が持ち上がった。
「このお料理は……?」
「たまご粥だ。寝起きに肉系は辛いだろうから、軽めの物を選んだんだが……口に合わなかったら言ってくれ。他のものに変えてやるよ」
「い、いえ、大丈夫です。見慣れないお料理だったので、少し驚いただけで」
「そうか。まぁゆっくり食べろ。んじゃ、俺は席を外すわ。食事風景を見られるのはかなわんだろうからな。あ、シュヴァートは残すから、何かあればコイツに言ってくれ」
シシリアの返事を待たずに俺は立ち上がると、シュヴァートの肩を軽く叩いて「任せる」と伝え、さっさと退散することにした。
シュヴァートとシシリアの相性は良くなさそうだけれど……一人きりにしてしまうのもちょっとな。かといって、俺が残っても気が休まらないだろうしね。
まぁ本当は、ちょっと俺も一人で考えたいことがあったからなんだけどね。
さて、これからの事をよく考えなくちゃ。ロードスティン王国の事も、そして……他の迷宮についても。
*ここまでご覧下さって、誠にありがとうございます。
*次回更新日は、2019/8/28 16:00の予定。
*ブクマ登録、評価、感想等々よろしくお願いします。
*誤字・脱字や設定上の不備等・言い回しの間違いなど発見されましたらご指摘下さい。