第六話 『支配者』の効果は凄まじい
囮作戦決行から数日。
ダークウルフを使った囮作戦が見事にはまり、順調にDPを獲得。今や初期DPである2000DPを優に超え、4500DPまで貯まった。
「ホント、お前のおかげだよ」
俺の隣でお座りしているダークウルフの頭をワシャワシャと撫でる。雄々しい顔付きは変わっていないが、尻尾がブンブンと振られている所を見ると、嬉しがっているんだな、これ。
さてさて。順調にDPは貯まってきているものの、ここでガツッとDPを使って防衛機能を高めるべきか、それとも……。
「ん~、やっぱり一万DPまで貯めるべきだよな、ここは」
DPを使って色々試したいことはある。新しいトラップだったり、魔物召喚だったり。
あ~そろそろ居住性も高めたいよなぁ~。六畳一間にお布団だけって寂しすぎるし。
俺がああでもない、こうでもないと頭を悩ませていると、ツンツンと脇腹に感触が。見ればダークウルフが真剣な表情で俺を見詰めていた。
「ん? どした? あぁ……なるほど」
どうやらもっと囮作戦の回数を増やして、DPを稼ぐと伝えたいみたいだ。ホント、頼りになるねぇ。
最近気付いたのだが、喋られないダークウルフとでも意思疎通は可能らしい。何となく伝えたいことが判るのだ。
どういった原理かは判らない。ダンジョンで召喚したからなのか、それともダークウルフの称号にある「シャンの眷属」が関係しているのか……まぁ十中八九こっちが関係しているんだろうけど。あいや、どっちも関係しているかも。
あぁそれと、領域内であれば、配下に俺の声が届けられるらしい。初めての囮作戦時に、ダークウルフがちょっとしたピンチに陥り、思わず『飛べッ!』って叫んだんだが、どうやらダークウルフには聞こえていたそうだ。
伝えるという意思を持っていれば、声を届けられる。これはかなり大きな発見だ。現場に出る事無く指示できるんだからね。
それにしても……ダンジョンコアに初めて触れた時、ダンジョンに関する知識を得たはずなんだけど……全部では無かったのか。細かい所で色々と発見があるのが、その証拠。これは色々と検証していかなければ……。
《そういった細かな情報をサポートするのが私の役目です》
まぁ確かに、これらの細かい情報は全てヒイロ経由で伝えられている。とはいえ、俺が疑問に思った事についてしか答えてくれないからなぁ~。やっぱり検証は大事だろう。
と、俺が色々と考えていると、隣から「くぅ~ん」と情けない声が聞えて来る。見れば、ダークウルフの尻尾がめちゃくちゃ垂れ下がっていた。
「あぁ、悪い悪い。ちと考え事してた」
すまんすまんと謝れば、余計に縮こまるダークウルフ。多分、主である俺が謝ったのがいけなかったのだろうな。む、難しい……。
眷属との距離感に悩みながらも、さっさと方針を決めないといけない。これ以上、萎縮させたままでは可哀想だしね。
さて、どうするか……。チラッとダークウルフを見て……即決。このままDPは温存して一万DPまで貯めよう、うん。
何故、一万DPなのか。それはダンジョンコアが一万DPで複製できるからだ。
現状、俺が持っているダンジョンコアはたった一つ。ヒイロの抜け殻の迷宮核だけだ。
これは非常に危険だ。今、このダンジョンコアを破壊されてしまうと、全ての権能が使えなくなってしまう。絶対に死守しなければいけない。
だが、もう一つダンジョンコアというかフェイクコアがあれば、心に余裕が持てる。これがめちゃくちゃ大事。
たった一度の失敗で取り返しのつかない事態というのは、どうしても避けたいのだ。
ただ、現状一万DPまで貯めるのは、かなり辛いものがあるのも確か。何とかダークウルフを使った囮作戦で、順調にDPは増えているけど……結構時間が掛かっているんだよな。4500DPまで貯めるのも。
それに今の所、このダンジョンの侵入者数はゼロ。あ、いや、正確にはダンジョン領域には侵入者はいるんだけど、俺の本拠地であるダンジョン階層には誰も侵入して来ていないってことね。
まぁこれも、なるべくダンジョン近くの魔物をあのクソ虫野郎の所まで誘導して、間引きしているっていうのもあるんだけどね。
そのおかげか、マンティスは領域ギリギリからあまり移動する気配を見せていない。大人しく待っていれば、いつの間にかエサの方から寄って来ると思っている節があるのだ。
これも俺が一万DPまで貯めようと決めた理由の一つ。現状、ダンジョンに危険が無いのなら、新しくトラップを設置したり、魔物召喚する必要性は少ないと考えている。
けどまぁ、それは小さい理由だ。大きな理由としては……想像以上にダークウルフが頼りになっているということ。
正直、囮作戦が失敗し、ダークウルフが死亡してしまうかもしれない……と、頭の片隅にあるにはあった。
当時全てのDPを費やしたとはいえ、たった220DP。危惧していなかったと言えば、嘘になってしまう。ホント、こんなにも頼りになるとは思ってもみなかったよ。
疑う事も反抗することも無く、従順に俺の指示を確実にこなすダークウルフ。……まぁ、今はショボ~ンとしたままだけど。ホント、今の俺にとってはかけがえのない配下だ。
「確かにお前の言う通り、囮作戦の回数を増やすのもいいかもしれない」
俺がそう伝えると、ガバッと勢いよく面を上げ、やる気に満ちた表情を見せるダークウルフ。だが……。
「……でも、それはナシだ。これ以上、回数は増やさない」
俺はダークウルフの提案を受け入れる事は無かった。その決定に、またしてもダークウルフは項垂れてしまう。
「悪いな。別にお前を信頼していない訳じゃないんだ。ただいくつか懸念があるのも確かだし」
一つ、これ以上、囮作戦の回数を増やすのは、ダークウルフに更なる負担を強いてしまうこと。今でさえ、作戦を決行する度にダークウルフは消耗して帰還してくるのだ。
一度、かなり危ない場面があり、傷付いたダークウルフが帰って来た時は、流石に肝を冷やした。
いくらDPの限り魔物を召喚出来るとは言え、この一所懸命なダークウルフをむざむざ殺される訳にはいかない。愛着も信頼感もある配下を失う訳にはいかないのだ。
二つ、これ以上回数を増やしたとして、効果があるのかが疑問だ。今は日に二回ほど、クソ虫野郎に他の魔物を誘導しているのだが……これ以上誘導回数を増やし、逆にマンティスが鬱陶しがり、移動を始めたら目も当てられない。一日二回が案外いい塩梅だと思っている。
そして、最後の三つ目。これが一番重要なのだが……あのクソ虫野郎、いつの間にかレベルが上がっていたんだよな……。ホント、これは誤算だった。
LV42からLV43にレベルアップしていた事に気付いた時、俺は何やってるんだと愕然としたものだ。クソ虫野郎を強化してしまうなんて、ホント痛恨の極みである。
以上の事から考えて、作戦決行回数を増やす事はしない。現状維持の方針。
その事をしっかりとダークウルフに伝えると、納得したのか心持ち顔が上を向くようになった。なったのだけれど、やっぱり尻尾は垂れ下がったままである。
「お前が俺の為に頑張ってくれていることは、ちゃんと判っているぞ」
こういう時は、ちゃんと褒めてやるのが上の者の義務だ。ほら、尻尾が持ち上がって……あるぇ? やっぱり垂れ下がっちまった。何故だ?
俺、失敗したかなぁっと思っていると、どうやらそうでは無いらしい。俺に褒められて嬉しい気持ちはあるが、それ以上に自身の力の無さを嘆いているようだ。はぁ~……なんて愛くるしい奴だ。思わずモフモフしたくなったぜ。
でも、今はしない。なんかそんな雰囲気では無かったしね。
さて、どうするか……と、頭を悩ます事、一瞬。解決策なんて一つしかない。
「んじゃあ、鍛えるか」
解決策はレベルアップ。至極簡単な事である。
というか、いつかは取り組まなければいけないと思っていたしね。あのクソ虫野郎を駆除する為にも、レベルアップは必要不可欠なのだ。
やる気を漲らせるダークウルフを横目に、俺はシステムウィンドウを開き、獲物の選定を始めるのであった。
◇ ◇ ◇
俺は今、久しぶりにダンジョンの外へとやって来ていた。
はぁ~空気が美味い。新鮮な空気を胸一杯に吸い込み、深呼吸。鼻腔をくすぐる新緑の匂い。
前世(?)では都会育ちの俺にとっては、こんな些細な事でさえちょっとした感動である。やっぱ都会って気にしたことは無かったけど、空気が汚れているんだな。空気が美味いと思ったのは初めてだ。
感動している俺の隣にいるのは、勿論ダークウルフ。ダークウルフは呑気な俺とは違い、せわしなく辺りを警戒している。ちょっとした変化も見逃さないと言わんばかりの鋭い眼光だ。
「おいおい、警戒し過ぎだって。この辺りは強い魔物はいねぇから」
そう安心させるようにダークウルフに言ったのだが……一向に警戒態勢を解く素振りは見せない。本人(?)は俺の護衛だと思っているようで、かなり気合が入っている様子である。
というのも、当初俺も外に出るとダークウルフに伝えた際、強固に反対されたのだ。俺を危険にさらす訳にはいかないと。
いや、ダークウルフだけではない。ヒイロもそれはもう猛烈に反対してきた。
《マスターが危険な外界へと出向く必要はありません。外は危険です。多くの悪意や殺意に溢れているんですよ? そんな危険地帯にマスターを送り出す訳には絶対にいきませんからッ!》
ちょっと過保護過ぎね? なんて思っていたのだが、ヒイロやダークウルフにとっては、俺は主であり、召喚主。絶対に失う訳にはいかない至高の存在なんだと。そんな大それた者じゃないんだけどな、俺って。
ヒイロたちに強固に反対された訳だが……そうも言っていられないのだ。レベルアップをしなければいけないのは、なにもダークウルフだけじゃない。俺自身も力を付けないといけないんだ。
なんとか説得を試みたのだが……ダークウルフが首を縦に振ることは無かった。なので、禁じ手を使う事にした。
『俺、お前より強いよ?』
たった一言。その一言がダークウルフにクリーンヒット。あわあわと口を開いたり閉じたりして……最終的にはガックリと項垂れてしまったほどである。ちょっと可哀想な事をしてしまったとちょっぴり反省したのは秘密である。
因みにヒイロには。
『どうしても止めるって言うなら、今後一切口をきかないよ?』
《そ、それは嫌ですぅぅぅううう!》
と、脅迫(?)して、何とか外出許可をもぎ取った。
それはともかく。おっと、早速接敵のようだ。
アルドゴート LV12
二本の大角を有する中型草食獣の魔物。低級モンスター。肉質は少し硬めではあるものの、滋味溢れる味。皮は防具などに用いられる場合あり。
ふむふむ。見た目は大角の付いた羊の様なヤギの様な感じ。滋味溢れる味って……ラム肉のような感じなのかな。まぁラム肉食った事ないんだけど。
というか、〈分析〉先生、何だか食に関する情報が多い気がする。ラビットフットの時も、『肉質が柔らかくとても美味』とかあったような気が……。
と、ホントどうでもいいことを考えていると、スザッと勢いよく飛び出す黒い影。目にも止まらぬ速度で――まぁ俺は見えているんだけど――瞬く間にアルドゴートに接近したのはダークウルフだ。
何者かに接近された事にアルドゴートは気付いたのだが……時既に遅し。
驚き、硬直したアルドゴートの一瞬の隙を見逃さず、ダークウルフは強靭な前脚を振り抜く。
鋭爪がアルドゴートの首筋を捉え、頸動脈を掻っ切った。
噴き出す鮮血。事態に追い付けず驚愕した表情のままアルドゴートはドシンッと地に倒れ伏した。
まさに電光石火の一幕。ちょっと考え事をしていた隙に、戦闘は終わってしまっていた。
《そうです。マスターに何人たりとも近付けてはなりませんよ、ダークウルフさん》
いや……それじゃあ俺の為にならないから。
ダークウルフが俺の元に戻って来る。表情は至っていつもの通り雄々しい顔付き。だけど……尻尾がまるで『褒めて褒めて』と催促しているかの様にブンブンと振られていた。
「お、おぉ、よくやった」
つっかえながらも一応褒めてやると、『大したことはしておりません』といった表情なんだけど……尻尾がえらいことになってやがるぞ……その内千切れちゃうんじゃないかとちょっと心配だ。
というか、LV12のアルドゴートを瞬殺か……。確かダークウルフの現レベルは9だったはず。四レベル差は大した差じゃないってことだな。
ここでレベルアップについて話しておこう。まぁ現時点で判っている範囲だけね。
レベルアップをする為に必要なのは経験値を取得する事。ただ経験値といっても数値化されているわけでは無い。なので、次のレベルに必要な経験値はあとどれくらいって計算が出来ないのである。元ゲーマーにはちょっと痛い仕様だな。
そして、経験値と一口に言っても、何が経験値となるかはよく判っていないのだ。
ちなみにダークウルフが先程の戦闘で瞬殺したわけだが、俺の知る限りダークウルフの戦闘は初めての筈。まぁ俺の知らない所で戦っていたかも知れないけどな。
経験値を取得する方法なのだが……まず、魔物を倒す事。これが、現状一番取得経験値が多い。
続いて、戦闘による経験値取得。これは魔物を倒さなくてもある程度取得できるみたいだ。ダークウルフが囮となって魔物を誘導し、マンティスに仕留めさせていたのだが……いつの間にかダークウルフのレベルが上がっていた時には、ちょっと驚いたものだ。
勿論、ダークウルフが誘導魔物に対して攻撃を仕掛けたとかは一切ない。なのにも拘らずレベルアップしたのだから、結果に関わらず戦闘によっても経験値を取得するのも確定的である。
他にも経験値取得方法や条件はあるかもしれないが、何かしら経験を積めば、経験値を取得できるのではないかと俺は睨んでいる。一応、検証の為にある実験を行っている最中なので、結果が楽しみだ。
因みにLV9のダークウルフがLV12のアルドゴートを瞬殺した事には理由がある。それは、俺の固有能力『支配者』が大きく関係している。
『支配者』……〈魔物調教〉、〈奴隷術〉を行使可能。配下のステータス値大上昇、成長率大上昇。配下の能力値に応じて自身のステータス値増加。配下スキル還元。
『支配者』の効果を見て貰えば判ると思う。『配下のステータス値大上昇、成長率大上昇』。この二つの効果が思った以上に高かったのだ。さすが固有能力だと思ったね。
因みに現在のダークウルフのステータスは……。
名前:―
種族:ダークウルフ
称号;シャンの眷属
性別:雄
年齢:0才
毛:黒 瞳:赤
LV:9
HP:513/513
MP:98/98
STR:283
DEF:172
INT:89
MND:76
DEX:162
AGI:447
特殊能力:〈影移動〉
技能:「俊足」
……なぁ? 爆上がりでしょ? AGIなんてヤバ過ぎだと思うわ。
まだまだ比較対象が少ないから何とも言えないけれど、俺がLV5のときと比べると……まぁ四レベル差あったとは言え、完全に負けているしね、俺。
だが、別に凹んだりはしていない。何故なら『支配者』のもう一つの効果が俺を強くしてくれているのだ。
『配下の能力値に応じて自身のステータス値増加』。
この効果によって、ダークウルフのステータス値の約一割が、俺のステータスに加算されているのだ。
わっはっはぁ~! これに気付いた時、マジで高笑いが止まらなかったわ。配下が増える程に、俺は強くなっていくんだから、笑いたくなるのも仕方がないでしょ?
因みに俺の現ステータスは……。
名前:シャン
種族:悪魔族(上位悪魔)
称号;来訪者・自然破壊者・死線を越える者
性別:男
年齢:一七歳
髪:黒 瞳:紅 肌:白
LV:23
HP:720/720
MP:1620/1620
STR:270
DEF:233
INT:514
MND:456
DEX:122
AGI:414
固有能力:『支配者』
特殊能力:〈分析〉〈炎威〉〈影移動〉
技能:「魔力操作」「異世界言語」「逃走」「悪路走行」「俊足」
魔法:「火魔法(上級)」
耐性:「火耐性」
と、こんな感じである。LV23のくせにダークウルフに所々ステータスが負けているじゃんって思われるかもしれないが……俺はあまり気にしていない。
ダークウルフが強くなるにつれて、俺に加算されるステータスも増加していくんだしね。それに……今はまだ配下の数が少ないんだ。俺はこれからの男なのだよ、うん。
『支配者』の効果を期待してもっと配下の数を増やすべきだと普通なら考えるが、俺は敢えてそれは選ばなかった。
前世(?)で俺が熱中していたMMORPG『セブンズフェリアル』では、少数精鋭が俺のモットーでもあった。いくら数が多くとも、個が弱ければ意味がないことを俺はもう学んでいるのだッ!
と、言い訳してみるが、実際にはただ単にDPが少ないから、大量に魔物を召喚出来ないだけなんだけどね。
とは言え、今は地力をつける時。例え鈍足だとしても、しっかりと着実に力を付けていくべきなんだ。
「よし! この調子でドンドン魔物を倒してレベルアップしていくぞ!」
俺がダークウルフに声を掛けると、「ワンッ!」と気合十分。必ずやお役に立ちましょうと、ちょっと態度が硬いが、頼もしい返事だ。
……ふむ。配下がこんなにも気合を入れているんだ。上司としては、それを後押しするのが務めなのではないだろうか。
そう思って、ある提案をすることに。
「そうだな……LV15までいったら、そろそろ名前でもつけてやろう」
――ピシッ。空気が張り詰める音が聞こえたような気がした。そして……。
「ワオォォォォン!」
天まで轟くような遠吠え。まるでやる気がオーラの様に幻視出来る程、ダークウルフの周囲に満ち溢れ始める。
《マスター、発破を掛け過ぎです》
……あれ? 何か俺やっちゃったかな。ふ、不安だ……。
*ここまでご覧下さって、誠にありがとうございます。
*次回更新日は、2019/8/19 16:00の予定。
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