第三八話 権能停止による影響と拡大していく戦争
「ふぅ~……何だかめちゃくちゃ疲れたわ」
やっと解放された俺は、執務室の椅子に腰掛けると、ク~ッと背伸びし、はふぅと脱力した。
何故、俺がこんなにも疲れているのかと言うと、俺が快復したことを皆が喜び、そして揉みくちゃにされたからである。
まぁ俺が気絶してから数日経っていたわけで、皆が心配してくれていたことは素直に嬉しかった。心配してくれる人や、待ってくれている人がいるって言うのは本当に嬉しいことだ。嬉しい事なんだけど……。
「皆、喜び過ぎじゃね? マジで……」
愚痴の一言も言いたくなる有様だったのだ。
まず幹部達。朝、食堂に姿を現した俺に吶喊してくるちびっ子三人組。あいや、リーシャは飛び掛かって来てはいなかったけどね。飛び掛かって抱き着いて来たのは、ココとレリルだ。満面の笑顔で出迎えてくれたココには、もうめちゃくちゃほっこりしたね。
年長組もそれぞれ嬉しそうに俺の快復を祝ってくれた。中でもシシリアは特に嬉しそうで、眦に浮かんだ雫が印象的であった。
ここまでは良かったんだ、ここまでは。
それから眷属達だが……。
「それはそうですわ。シャン様が無事、お目覚めになられたのですから」
「はい。私も心の底より安堵しております」
甲斐甲斐しく俺のお世話をするレイラとシュヴァート。今ではすっかり落ち着き、給仕をしてくれている二人だが……何故、緑茶が二つ? そんなに俺、飲めないんだけど……というか、まだ全然落ち着いてねぇわ、コイツラ。
まずシュヴァート。それはそれはもう、めちゃくちゃ泣き叫んでていたね、うん。見た目がショタだから、何だかめちゃくちゃ心にきてしまったわ。
シュヴァートは、俺が気絶した瞬間に唯一立ち会っていた眷属だ。だからこそ、何も出来なかった自分を責め、茫然自失となっていたと、後でシシリアに聞いた時は本当に申し訳なく思った。
まぁシュヴァートのその気持ちは判らなくもない。シュヴァートは俺の初めての眷属であり、この異世界にやって来てしまってから、ずっと共に過ごした俺の一番の腹心だ。俺もシュヴァートの身に何かあったら、多分平静では居られないだろう。
次にグリュー。コイツは感極まり過ぎて、俺に跪きながら何やらずっとブツブツ祝言を述べ続けていた。俺が止めなければ一日中祝言を口にしていたに違いない。
最後にレイラだが……。レイラも眦に涙を湛えながら、俺をギュッと強く抱き締めてくれた。レイラの豊かな胸に抱かれるのは、この世の何にも勝る至上の喜びだったんだけど……。
その後がめちゃくちゃ面倒臭かったのだ。ムッとしたシシリアに引き剥がされた後、始まってしまったシシリアとレイラの言い争い。
詳しくは説明しないよ? ただ言える事は、女性って怖いねと言う事だけです。
住民達にも俺が快復したことを告げる為に自ら出向いてみたんだが、ここでも揉みくちゃにされてしまい、めちゃくちゃ疲れた。
喜び湧き上がる住民達と、滂沱の如く感涙する魔物達。一種異様な光景だったと言えよう。
俺としては嬉しさ半分、申し訳なさ半分といった心境だ。俺の迂闊さから皆に多大な迷惑と心配を掛けてしまった。今後はこういった事が無いよう、慎重さを身に着けていきたい所存であります。
《マスター、報連相は大切ですよ? 今後は何をするにしても私に許可をお取り下さいませ》
うむ、報連相は大事だとは思う。今後は何するにしてもヒイロに許可を――いや、待て。それはおかしくないか?
《チッ》
し、舌打ちだと……。怖ぇ~、ヒイロが怖ぇ~。
とまぁ以上の事から判るように、俺は盛大な歓待を受け、精神的に疲れてしまったので、執務室に逃げ込んできた訳である。嬉しい事は嬉しいんだよ? ただ、限度ってものがね。
ズズゥーっと緑茶を一口啜り、ほぅっとひと息つく。
「ふぅ~。さて、と。俺が気絶していた時に起こったことを報告してくれるか?」
表情を改めた俺がシュヴァート達に問う。
「ハッ。ご報告致します。まず初めに、現在階層間の移動が制限され――」
居住まいを正したシュヴァートが、迷宮権能の停止中によって引き起こされた諸問題をつらつらと列挙していく。
まずは、全階層間への移動不可。これによって、現在我々はダンジョン内に軟禁状態となってしまっている。
まぁ俺やシュヴァートなど、〈影移動〉が出来る者であれば、ダンジョン外への移動は可能だ。なので、特に問題ではないかと思うかもしれないが、これは由々しき大問題である。
俺達〈影移動〉が使える者はいいが、その他――特に亜人達は完全に監禁状態であり、脱出不可となっているのが現状だ。
もし今、災龍襲来並みの非常事態に見舞われてしまったら……と思うと気が気でない。何事も起こらなければいいんだけど……。
次に、物質召喚不可だ。現在俺のダンジョンでは、多くの物を物質召喚で賄っている。その大部分は食料品だ。ダンジョン内でも食糧生産を始めているが、まだまだ始めたばかり。更に狩猟も同時に行ってはいるが、決して備蓄が多いとは言えない。
「――試算しましたところ、全住民が消費する食料品の備蓄は、半年分程御座います」
「半年か。なら迷宮権能が復旧するまでは持ち堪えられそうだな」
上位種の魔物であれば、必ずしも食事は必須では無い。魔素さえあれば食事を摂らなくても生きてはいける。なので、問題は食事が必要な亜人達だったのだが……ちょっぴりホッとした。
とはいえ、半年分の備蓄はダンジョン全住民約三〇〇名試算でのことだ。正直、決して多いとは言えない。なので今後は長期保存可能な食料品の備蓄を増やしていこうと思う。
ホッと安堵する俺だったが、見ればシュヴァートは少し困惑気というか、何やら聞きたそうにしている。
「ん? どうした? シュヴァート」
一体どうしたんだろうか。遠慮せず何でも聞いてくれていいのに。俺とお前の仲なんだしな。
《シャン×シュヴァ――》
おい、そこッ! 気色悪い掛け算なんてすんな! つーか、いつからヒイロは腐女子になったんだよ……。
《マスターの記憶から再現しました》
やめて? その言い方だとまるで俺がそっちの趣味があるみたいだからさ。ホントにやめて?
「あの……シャン様。お聞きしたいのですが、迷宮権能の復旧はいつ頃のご予定でしょうか?」
あぁ~なるほど。確かにそれは伝えていなかったな。だから俺が安堵しているのに、シュヴァートは疑問顔だったわけね。
「復旧予定日は、後二四日後だ。だから備蓄はもつだろうよ」
「そうでしたか。それならば問題はありませんね」
得心がいったとシュヴァートは大きく頷いた。
「では、報告を続けます。現在迷宮権能停止により、このダンジョンは本来の堅牢さが失われている状況です。確認しましたところ、各トラップ類は正常に作動していませんでした。その為、魔物軍――黒狼部隊及び狼鬼兵隊を第零階層へ派遣。指揮はグリューが務め、このダンジョンがある洞窟を中心として、陣地を構築。既に周辺哨戒を行っております」
ほほぉ。俺が全てを指示しなくても、ちゃんと皆は考えて動いてくれているんだな。良きかな良きかな。
「それでグリューから少し気になる報告がありまして」
「少し気になる事?」
「はい。どうやらダンジョン領域内では、魔素が大幅に減少している様です」
魔素が大幅に減少か……。思い当たる節はある。多分ヒイロが魔素喪失による消滅を食い止める為に、魔素循環を強引に行ったのが理由だろう。それによって、周囲の魔素の著しい減少が起こっているのだと推測される。
「問題は? 何か問題が起こっているのか?」
「問題……という程でもありませんが、私が聞いた話によると、どうやら魔物達の消耗が激しい様です。以前に比べ、疲労の蓄積が見られ、活動時間が大幅に下がっているとグリューは言っておりました」
「ん~魔素に影響を受けやすいからなぁ~、魔物って。希薄な魔素による活動時間の低下……もしかすると、魔の森でも何か変化が起こっているかもしれない。魔の森の環境調査も並行して行ってくれ」
「判りました。そのように伝えておきます」
「時間が解決してくれるとは思うけど……もしかするとこのまま低魔素状態が続く可能性もある。くれぐれも魔物軍には無理をさせないよう、調整を行ってくれ。いざという時に『動けません』なんて話にならないからな」
「承知しております」
しかし、こんなところでも影響が出るとな。俺がぶっ倒れた余波は、色んなところに影響を与え、様々な問題を引き起こしている。ホント申し訳ない気持ちで一杯です。
「私からの報告は以上です。何かご質問等御座いますか?」
「いや、特には。色々問題が起こっていて負担を掛けるが、よろしく頼むな」
「ハッ。お任せ下さいッ!」
シュヴァートの報告は以上で終わり。続いてレイラからの報告を聞くことに。
「各地に派遣しております紫影が入手した情報によれば、現在アルメニア王国、カトレア王国共にカッツ平野へ向けて行軍中とのことです。開戦予定日である二か月後には、両軍ともカッツ平野に集結する見込みですわ」
「あ~、すっかり忘れていたけど、そういや近くで戦争やっているんだったな」
うん。正直色々あり過ぎて、すっかり忘れていたぜ……。
「うふふ。何も問題はありませんわ。その為にわたくし達がいるのですから。調査はしっかりとさせております」
いやぁ~レイラさんは俺にダダ甘だねぇ。おんぶにだっこで頼らせてもらいます。
「頼りになるねぇ~、レイラもシュヴァートも。で、どれくらいの規模になりそうなんだ?」
「お褒め頂き光栄に存じますわ。規模で御座いますが、カトレア王国軍の総数は三万四八七二名。最低限の防衛戦力を残し、ほぼ全勢力を此度の戦争に投入しております。総指揮はカトレア国王陛下が自ら執り、兵達の士気もかなり高いとのことです」
ほう。カトレア国王自ら指揮を執るのか。カトレアの本気度合が良く判るな。
「対してアルメニア王国でございますが、総数三万一〇三名。こちらも同様にアルメニア国王陛下が指揮を執っております。どうやらカトレア国王陛下が出陣すると知り、格を合わせる為にも慌ててアルメニア国王陛下の総指揮が決まったそうですわ」
ふむふむ。聞く限りではアルメニアの足並みはあまり揃っていないように聞こえるな。
というか、何でその情報を知っているんだろうか。もしかして……いや、もしかしなくても、紫影が両陣営に潜り込んだんだろうな。じゃないと一名単位で報告できないだろうし。
紫影の情報収集能力が高いと言えばいいのか、たった五人で無茶すると呆れればいいのやら……。
とにかく、情報は武器だ。今後も紫影の活躍には大いに頼る事になりそうだ。それにしても――。
「兵力差、四千か。多少アルメニアの方が劣勢かな?」
「そうとも限りませんわよ。一見、アルメニア王国の方が兵数によって劣勢に見えますが、アルメニア王国軍には亜人部隊がございます。亜人族や獣人族は比較的人族よりも戦闘能力が高く、たった四千の兵力差では、カトレア王国軍がアルメニア王国軍を打ち破ることは非常に困難――いえ、実質不可能でしょう。アルメニア王国の亜人部隊は精強と名高いことですし」
なるほどねぇ。レイラはアルメニア王国の勝利を確信しているのか――
「ですが、此度の戦争ではアルメニア王国の勝利は絶望的でしょう」
――と思ったけど違ったみたい。あるぇ? さっきまでアルメニア勝利押しじゃなかったっけ?
「レイラよ。先程貴様が言っていた事と違うではないか」
シュヴァートも俺と同じく疑問に思ったのだろう。レイラにそう問いかけていた。
「うふふ。シュヴァート様、戦争は二国間だけで行われるというルールは存在しませんのよ?」
「まさかとは思うが、我々が参戦すると?」
「いえいえ、わたくし達では御座いませんわ。結論から申し上げると、ロードスティン王国で御座います。かの国が此度のアルメニア―カトレア戦争に介入するという情報を得ました」
えぇ~……小国同士の戦争に、大国であるロードスティンが参戦するのかよ。レイラの口振りから考えて、加勢するのはカトレアに違いない。
「それにしても何でロードスティンが参戦を?」
「それはですね、シャン様。ロードスティン王国は、魔族に通じているアルメニア王国に対して非難すると共に、魔族によって国内を荒らされたカトレア王国に加勢すると声明を出しております。どうやらロードスティン王国国内で先日起こった魔族事件を、アルメニア王国の陰謀だと発表しているようですわ」
ロードスティン国内で起こった魔族事件。つまり――。
「利用されたってわけか」
「ええ」
呟かれた一言が妙に冷たい。多分、今の俺は酷く冷徹な表情をしていることだろう。
「目的はなんだ?」
「ロードスティン王国が魔族に与していないという事を諸外国に強く示す為でしょう。表の目的としては」
「表の? ということは、本当の目的は……」
「恐らく、アルメニア王国の領土が目当てだと思われますわ」
チッ。胸糞悪い話だ。つまりレイラが言いたいのはこう言うことだ。
『シシリアの一件が、そもそもアルメニア―カトレア間の戦争に介入する為の口実だったのでないか』と。
という事は、だ。今回の戦争もロードスティン王国が企てた可能性が高い。そして裏で糸を引いているのは恐らく――シシリアの元婚約者であり、ロードスティン王国第一王子ラディウス・フォン・ロードスティンだろう。
確証は全くないが、俺はそう確信している。
《確固たる証拠はありませんが、状況から察するに、マスターの御考え通りかと》
ほら、ヒイロもこう言っているし、俺の勘もあながち間違ってはいないだろう。
「ロードスティン王国軍の総数は約二万。正確な数字では無く申し訳御座いません。ロードスティン王国を警戒するあまり、紫影の潜入が遅れてしまいました」
レイラが申し訳なさそうに頭を下げようとしたが、俺は手で以ってそれを制す。
「頭を下げる必要はないぞ、レイラ。ロードスティン――いや、ラディウスを警戒するのは何も間違っていないしな」
「寛大なお言葉感謝致しますわ」
いやいやいや。こんな事で一々怒らないからね? 俺は。というか、俺は一名単位まで詳細な数字は求めていないから。大雑把でいいのよ、大雑把で。
「ロードスティンの参戦によって、兵力差が逆転したな。レイラが言っていたアルメニア敗北はこの事だったのか?」
「いえ、それだけでは御座いません」
え? マジ? ロードスティン参戦だけじゃないの?
「ロードスティン王国だけではなく、かの戦争に参入する勢力がもう一つ御座いますわ」
「おいおい。戦争とは言え、元々は小国同士の小競り合いだろ? 大国であるロードスティンが参戦するだけでも驚きなのに、もう一国家まで参入するのかよ……」
げんなりしつつ、口許を歪める俺。このまま世界大戦に発展していかないだろうな……?
「大丈夫ですか? シャン様」
シュヴァートが気遣わしげに眉尻を下げて、俺を見詰めていた。
「え? あぁ大丈夫。で、レイラ。その勢力とは?」
「アスカ神聖法皇国で御座います。現在この国について、至急調査するよう紫影に命じております」
アスカ神聖法皇国か。それにしても、アスカ、ねぇ……。
「どうも宗教国家みたいな名前だな。俺達とは相性が悪そうだ」
「ええ。シャン様の仰る通り、アスカ神聖法皇国は、神聖人アスカを信奉する宗教国家で御座いますわ。何やら人類の守護者と見做されているようで、魔に連なる者に対して非常に強硬な姿勢を取っているようですわね」
「へぇ~、人類の守護者ねぇ。大層なこった。つーことは、今回アスカ神聖法皇国が参戦する理由は魔族関連か?」
「恐らく、ですが」
レイラが断言しないってことは、まだ正確な情報を得ていないからか。まぁ十中八九、アルメニア王国が魔族と通じているという話からだと思うけどね。
これで、アルメニア対カトレア、ロードスティン、アスカという対立図となったわけか。
あっ、察し。これじゃあどう考えてもアルメニアの敗北は必至だろう。地図からアルメニアの名が消えそうだ。
「アスカ神聖法皇国なんていう物騒な国が参戦するんだ。魔物の俺達は、この戦争に関わらない方がいいだろう。まぁ俺としては、別にどっちの勢力が勝とうが負けようがどうでもいいんだけどな」
そう。結局俺としては別にどうでもいいことだったりする。小国同士の小競り合いが発展して、大規模な戦争になってしまっても、こっちに被害が来ないなら放置だ。
「戦争の勝敗は別にどうでもいいが、この機会に乗じて、多くの人材を確保したいところだな。このダンジョンを発展させる為にも。何かいい案は無いか?」
「それでしたらシャン様。ご提案が御座いますわ」
レイラの事だから何か案があるんじゃないかなぁと、思って訊いてみたんだが。やっぱり案の定、レイラに何やら案があるらしい。
「現在、要注意人物であるラディウス・フォン・ロードスティンが、かの戦争に参戦する為に国元を開けて出陣しております」
あぁ~やっぱり。予想通り、ラディウスも出陣しているんだな。
「この機会を利用して、闇ギルド《三つ首》を乗っ取ってしまわれませんか?」
艶然と微笑みながら、レイラが何か物騒な事を言い出したんだが……。
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