第四話 ダンジョンを造ろう
…………。
……んん~。
「んん~っ、良く寝た……はぁわ~……」
大きな欠伸をしながら、俺は目覚めた。のっそりと上半身を持ち上げるが、鉛のように重い。それに体中ズキズキと痛む。
それでもなんとか起き上がると、ボ~ッと眠気眼で周囲を見渡す。
「あるぇ~? 起きたら今度は洞窟だった……」
草原の次は、洞窟か……。野生児かッ、俺はッ!
と、次第に覚醒していく意識。そして思い出される気絶前の出来事。
「あ~……あのクソカマキリに追い詰められて、ここまで来たんだっけ……フッ、神敵は滅した」
誰も見ていないからこそできる厨二仕様。あ、でも俺悪魔族だし、俺が神敵なのか?
まぁそんなことはどうでもいいんだよ。とりあえず身体の調子を確認することに。
「倦怠感は残っているけど……スゲェな、これ」
鉛の様に身体は重いが、マンティスの大鎌に抉られた左肩の傷はいつの間にか塞がっていた。
多少は痕が残ってはいるものの、それほど気にならない。それにしてもこれが悪魔族の肉体ってわけなのだろうか。人間の身体よりも高性能だ。
身体の調子を確認し、オールオッケイ。正常、オールグリーンですッ!
次に気になったのは、どれくらいの時間、気絶していたのかということ。気絶中に魔物に襲われることも無かったみたいだから、そこまで時間は経っていないとは思うんだけど……。
洞窟内じゃあ時間感覚は全く掴めない。ちょっと外に出てみるか。
立ち上がり、洞窟を進む。
「あ~……全体的にまっくろくろすけだわ」
煤汚れた洞窟内。指でなぞってみるとべっとりと黒煤が付着した。
「あのクソ虫野郎は……影も形も残ってないな、うん」
死骸さえ消失していることに満足する俺。あのクソ虫野郎は存在自体許してはいけない害悪だ。次見かけたら速攻で有無も言わさず焼却処分にしよう、そうしよう。
「あれ? 完全に真っ暗だ。もう夜じゃん。結構気絶してたんだな、俺。つーか、よく魔物に襲われなかったよな」
洞窟を出ると既に陽は落ち、夜闇が訪れていた。
気絶する前はまだ陽が高かったから、ざっと六時間ほど気絶していたわけだ。ホント、魔物に襲われなくて良かったわ。
夜の帳が降りた森には静謐な空気が漂い、どこか心を落ち着かせてくれる、そんな心地よい空間だった。
ふと、空を見上げれば……。
「――ッ!?」
思わず息を呑む俺。
夜空に瞬く星々の煌めき。まるで夜空というキャンパスに黄金を散りばめたような――いや、そんな無粋なものじゃない。あれは……生命の輝きだ。星々の生命の煌めき。
暫く夜空を見上げ続けていた。柄にもなく感動し、見入ってしまった。魅入られてしまった。
不意に思い出したのは、MMORPG『ユグドラシル(仮)』の世界設定。
この世界では魔力が循環することによって環境を作り、保っている。だが、現在謎の魔力循環不全を引き起こし、このままではいずれ星としての生命が尽きてしまう。
そして、その対策として、来訪者――即ち俺の事だ――に魔力循環装置を託し、魔力の循環を促そうとしている。
俺はこの世界を救ってやるとか、そんな大それた事は言えない。出来もしないのに「俺が救って見せるッ!」なんて無責任な事は言えない。俺はマンガやアニメの主人公じゃないしな。だけど……。
「この光景くらいは守ってみせたいな」
ぽつりと呟かれたからこその偽りない本心。
俺にどれ程の事が出来るのかは判らないし、正直自信も無いのだけれど、やれるだけやってみるとしますか。
「という事で、まずは――」
取り出した白い球体――ダンジョンコアを見詰め。
「――寒いから暖を取ることから始めよう、うん」
そっとダンジョンコアを仕舞い、薪になりそうな枯れ枝を集め始めるのであった。
◇ ◇ ◇
「いや~火魔法って便利だわ」
パチパチと焚火が爆ぜ、その前に陣取った俺は冷えた身体を暖めていた。
火魔法が使えると、焚火を起こすなんて造作もないこと。それに火って言うのは文明の始まりを意味しているし、土魔法とか風魔法とかじゃなく、火魔法を選んでホント正解だったわ。料理にも使えるしね。
「でもまぁ、何でか知らないけど、腹減らないんだよなぁ。喉も乾かないし」
どうやら〈分析〉によると、悪魔族は身体構成の大部分を魔素という謎物質で構成されているらしく、魔素さえあれば究極的には食事は不要とのこと。それに俺は上位悪魔という上位種(?)らしいので、余計に食事は不要だとか。
因みに、俺から生えている角や翼なんかも魔力的物質で具現化しているそうで、寝転がる時に邪魔な翼は意識的に仕舞う事が出来る。角も同様。まぁちょっと窮屈に感じるが、普段は仕舞っておこうと思う。
話を戻すが、魔素が薄い地域では食事によって魔素を摂取しなければならないようだ。食事が出来ないってわけじゃなく、ちょっぴり安心。食は人生(悪魔生?)の楽しみだからね。
ただ、俺が現在居るこの森林地帯は魔素濃度が比較的濃いらしく、食べなくても生きていけるわけだ。
まぁその内、落ち着いたら狩りでもして、食事する予定だけどね。
さて、身体も充分に暖まったところで――食事は不要なのに、寒さは普通に感じるのが謎だ――、早速始めますか、ダンジョン制作!
本当はもっと場所を厳選したいところなのだけれど、周辺を探索しようにも安全な拠点が無いと、不安で夜も眠れないからね。ここは妥協してこの洞窟を起点に作成することにした。
さてさて。ダンジョン制作の前に俺が得た情報を確認しておこう。
ダンジョンに関する情報
・魔力及び魔素を循環させる装置のこと。
・ダンジョンを構成する核のことをダンジョンコアと呼び、ダンジョンポイント(DP)により複製も可能。
・DPとは、魔力・魔素を循環させた際に生じる報酬であり、DPによって様々な権能を行使可能となる。
・権能は主にダンジョン創造、魔物召喚、物質召喚の三つ。
・魔物召喚及び物質召喚に関しては、ダンジョンマスターの種族及び知識に応じて項目に変化あり。
・DPの獲得方法は四つ。
1、ダンジョン内にダンジョンマスターの配下ではない侵入者がいる状況(強さ――MP量など――により取得DP上昇)
2、ダンジョン内で侵入者の死亡(強さ――MP量など――により取得DP上昇)
3、ダンジョンが糧となる何かを吸収する(物によって取得DP上昇)
4、自然回復(ダンジョン領域の規模に応じて取得DP上昇)
大事な情報はこんなもんかな。他にも細かい機能はあるが、それはまぁそんなに重要じゃないから、今は置いておくとして。
重要なのはやっぱりDPだ。DPが無ければダンジョンの拡張ないし制作さえ不可能となってしまう。
そして俺の現在の所持DPは、2000DPである。正直少ない。世知辛い世の中だ……。
とにもかくにも、ダンジョン作成はっじめっるよぉ~!
まずはダンジョンの領域設定からだ。何をするにもこれを決定しないと始まらないからね。
俺は取り出したダンジョンコアを徐に落とす。ダンジョンコアは地面に衝突し、割れる事なくそのまままるで水の中に落ちていくように、地面へと飲み込まれていった。
「おぉ~、なんと摩訶不思議な現象――」
《ダンジョンの作成を確認しました》
「おわぁっ!?」
突然聞こえた謎の声に、素っ頓狂な声が上がってしまう。
もしかして洞窟に誰かいるのかと辺りをキョロキョロと見回すが……人の気配は何も感じられない。
「……ふぅ。空耳か」
《否定。空耳ではありません》
「ひゃっ!? だ、誰だッ!? どこにいやがるッ!?」
またしても聞こえて来た声に驚きつつ、誰何するが……いくら頭を巡らしても人っ子一人いない。
すわっ!? 幽霊か!? なんて、ちょっぴり戦々恐々としていると……。
《否定。幽霊ではありません》
やっぱり聞こえて来る抑揚の薄い謎の声。つーか、何か心を読まれた気がするんだけど……。
《肯定。ダンジョンマスターとの魂の回廊は既に構築済みです》
魂の回廊? それは良く判らんが、要するに聞こえて来るこの謎の声は実際に音では無く、俺の頭に直接話し掛けているってことか?
《肯定。音波による信号ではありません》
ふむふむ。つーか、あんた誰?
《初めまして、マスター。私はダンジョンマスターをサポートする機能――迷宮核116番と申します》
迷宮核116番……?
俺は不意に視線を落とす。すると、そこには地面へと飲み込まれていったはずのダンジョンコアがぷかぷかと浮いているのだった。
「つーことは、アレがお前ってことか?」
《肯定及び否定。ダンジョンコアにインプットされていましたが、既にマスターとの魂の回廊を構築済みであり、本機能は既にマスターへと移譲及び同化しております》
えーっと……つまりこのダンジョンコアは本体だったけど、俺と同化? したからこのダンジョンコアは抜け殻ってことか、な?
《少し肯定。ダンジョンマスターをサポートする疑似人格である私――迷宮核116番はマスターと同化済みです。そのダンジョンコアには疑似人格はありません。破壊されたとしても私――迷宮核116番が消失するわけではありません。ただし、現状一つしかないダンジョンコアを破壊されますと、全てのダンジョン機能が使用出来なくなります》
もし、このダンジョンコアを破壊したとしても、この声は消えて無くならないのか……ちっ。
《……以後、マスターの呼び掛けがあるまで、沈黙しておきます》
抑揚が薄い声ながらも、どことなく悲哀じみた感じがする。というか、拗ねたか?
《……》
ありゃりゃ、何か拗ねちゃったみたいだな。まぁ仕方がないじゃん。誰だって自分の中に入り込まれたら拒絶するもんでしょ? プライバシーの侵害はダメ、絶対。
とはいえ、コイツ――迷宮核116番だったか。俺のサポートをしてくれるみたいだし、あんまり邪険にして、そっぽ向かれてしまえばこの先色々問題がありそうだしな。多少は妥協するしかないか……。
「つーことで、サポートよろしく、迷宮核116番」
《……》
む、無視……。脳内でプイッとそっぽを向く桃髪美少女のイメージが提示されてしまった。案外器用なんだな。
まぁ今はそっとしておこう。あくまでもサポートだし、俺には強制的にインストールされたダンジョンの知識もあるから、まずはダンジョンの体裁を整えていく事が先決だ。そのうち口きいてくれるだろう、うん。
ダンジョン機能の使用方法だが、意識すると目の前に半透明なボードが現れる。なんと宙に浮き、手に持つ必要はないのだ。何でもありだね、ファンタジーって。
操作画面は、俺の知識・記憶が反映されているのか、ほぼほぼPC画面と変わりはなく、操作に手こずることは無さそう。
まずはダンジョン領域の確保から着手することに。
ダンジョン領域って何? って思うかもしれないが、簡単に言えば土地のこと。日本でも土地を購入していないと、色々建物が建てられないのと同じように、ダンジョン領域を確保していないと何も出来ないのだ。
ちなみに土地の掌握にもDPが消費されてしまう。ダンジョン領域500㎡につき100DP。ただし、領域が拡大するに比例して消費DPも増えてしまう仕様だ。
取り敢えず洞窟を中心として1㎢はダンジョン領域として欲しいところ。お値段は300DP。必要経費だと思って早速購入。すると――。
――ピーッ、ピーッ!
操作する半透明なボード――これをシステムウィンドウと名付けよう――からけたたましく鳴り響く警告音が。
なんだなんだ? 何が起こった!?
ちょっぴりテンパりながらも確認してみると。
「あ~なるほど。侵入者の警告か。この赤いマークで表示されているのが敵対者なのかな?」
システムウィンドウに表示されたのは、俺がたった今購入したダンジョン領域の地図だ。そこには侵入者を示す赤マークが多数確認できる。
試しにそのマークをタッチしてみると……。
羽虫……ただの羽虫。
……おぉふ。ただの羽虫でも侵入者として認識されるのかよッ!
流石に羽虫如きに一々警告音を鳴らされたくないので、システムウィンドウを色々いじってみる。こんな時にこそ、サポート機能の116番さんの出番だと思うんだけど……。
《……》
……うん。どうやらまだまだ絶賛シカト中らしいので、自力で色々と探ってみると、どうやらフィルター機能があるようだった。
無害そうな生物は排除して……あ、でも、小さい虫でもヤバイ病原菌持っているやつとかいるよな? ん~どうやって無害な奴だけをフィルターに掛けるか……。
《……チラッ、チラッ》
悩みながらシステムウィンドウを見ていると、端の所に「スキルを同期」と小さく書かれていることに気付いた。
《……しょぼーん》
……。
もしかすると、俺の所持スキルを同期させることができるのかもしれないな。物は試しでやってみよう、ポチッとな。
すると、俺の奥深くで何かと繋がった気がした。その繋がりを辿っていくと、そこには淡く光るダンジョンコアが。
なるほど。ダンジョンコアと同期しているのか。マジで謎原理だわ。
待つこと暫し。しっかりとダンジョンコアと同期が完了したようで、システムウィンドウ上でも〈分析〉が使用可能となっていた。
因みに他のスキルも同期されたのだが、遠隔で火魔法をぶっ放す! なんてズルは出来ないみたいである。残念だ。
とにかく〈分析〉の力を借りて無害な者はフィルターに。
随分とマップ上では赤マークは減った。未だ表示されているのは主に魔物類、それも現状危険と判断したレベル帯の者たちだけ。コイツらが洞窟付近に移動してきた時だけ警告音が鳴る様に設定。ふぅ、ずっと鳴り響いていた警告音がやっと止まったぜ。サポートが無くても案外自力で解決出来るもんだな、うん。
《……あの、マスター?》
何か聞こえた気がしたが……まぁいいや。次はダンジョン作成に移ろうと思う。
この洞窟はそこまで奥行きがある訳ではないが、洞窟の最奥からダンジョンを作成していこう。
試しにダンジョンを作成してみると……。
「うおぉっ!? ……びっくりしたぁ~」
システムウィンドウで「ダンジョン作成」ボタンをポチッと押すと、突如として目の間に無骨な扉が出現してきた。余りにも突然だったので、変な声が出たのは仕方がないことだと思いたい。
どうやらこの扉の奥からが本格的なダンジョンとなるみたいだ。まぁ今はデフォルト設定なので、何も無いんだけどね。
色々いじるのは後にして、もう一階層追加して――ってぇえええっ!? 「DPが足りません
」だって!?
おいおいマジかよ……マジだよ……。ダンジョン階層作成ってワンフロア1000DPもするのか。
それにダンジョン階層作成も階層が増える毎に消費DP増加するみたいだし。ワンフロアを拡張するにも改造するにもDPが必要と……。
圧倒的DP不足! この世界に来てまで金欠とは……とほほ。
無いものは仕方が無いとして、残りDPは700DP。慎重に使い方を決めないといけないな、これは。
とにかく、何もないだだっ広い閉鎖空間である一階層なのは頂けない。俺の生活スペースがないじゃないかッ!
これは大問題だ。だだっ広い暗闇の中、ポツリと孤独に生活する俺……そんなものは許容できないぞッ!
《……あの、マスター? 私もおりますが》
脳内で困った様子の桃髪美少女のイメージが提示されるが、今は構っている暇はないッ!
《酷いです……マスターぁ~……》
段々と感情が顕わになって来ているようだけど……無視!
とにもかくにも即座に小部屋を作成。一応最奥に設定しておく。
内装は……白い石材のベタ塗。家具は灯りとお布団を設置。
「ふぅ~。これで野宿だけは避けられたな」
かなり殺風景だが、まぁ取り敢えずの空間だしね。よしとしたくはないが、良しとしておこう。
あ~そういえば、あのクソ虫野郎に服をボロボロにされてしまっていたんだっけ? 流石にみすぼらしいから、取り敢えず適当に上着(簡素な服)を購入しておく。
ん~田舎の村人が着ていそうな地味な服だけど……しばらくは我慢だな。
《マスターぁ~~~~っ!》
「おわっ!?」
一息ついていると、ドドンッ! と脳内表示される泣きっ面の桃髪美少女のドアップ。
《拗ねてしまって申し訳御座いませんでしたぁぁああ! 謝りますから、無視しないで下さいぃぃぃいい!》
恥も外聞もかなぐり捨てて見事な土下座をかます迷宮核116番さん(脳内イメージ)。
「あー、なんだ。ちょっぴりイジメ過ぎた気がしないでもないし、な。これからはちゃんとサポートよろしくな」
《よろしくお願いしますぅぅぅううう》
……はぁ。何だか最初の印象とはかけ離れた感じだけど……まぁこっちの方が話し相手としてはいいか。
ササッとシステムウィンドウを操作し、小さな台座を設置。そこにダンジョンコアを乗せておく。
さて、残りのDPは……120DP。
おぉふ……本当にこれからどうしよう?
〈DP消費内容〉
・ダンジョン領域……1㎢ 300DP
・ダンジョン階層……ワンフロア 1000DP
・小部屋・家具等……580DP
計1880DP 残120DP
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*次回更新日は、2019/8/13 16:00の予定。
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