第三二話 ダンジョンに白焔龍をご案内
「ほぉ~、これが迷宮の中かぁ~」
人化した白焔龍を連れてダンジョンへと戻った俺は、最初に何処を案内すべきかと迷った後、先ずは第三階層へとやって来ていた。
俺の腕を取ったまま、辺りを物珍しく見渡す白焔龍から感嘆した声が聞こえる。
「ここは第三階層、農業地区だ。主に亜人達が住んでいる階層だな。だから、絶対に妖気を出したり、元の姿に戻ったりするなよ」
「判っておる、判っておる」
念には念を入れて、釘を刺すが……これは正しく『糠に釘』にならぬ『災龍に釘』だな、はぁ~……。
農地を眺めつつ、公民館の方へと歩いていくと。
「「「シャン様っ!」」」
目敏く俺の姿を見詰めたシュヴァートを先頭に、避難していた全住民が駆け寄って来る。
「ご無事でしたか!」
俺の無事を確認し、ホッと安堵するシュヴァート。いや、シュヴァートだけじゃないな。皆が皆、安堵の息を付いているようだ。
「うむ。出迎え御苦労」
何故か上機嫌な白焔龍が胸を張って、鷹揚に頷いている。
お前の出迎えじゃねぇし、お前のせいで皆不安だったんだぞと、言葉にしないがジト目を送っておく。
すると、シュヴァートが俺の隣にいる謎の美少女に気付いたようだ。
「……シャン様、この者は一体?」
俺の腕に張り付いている白焔龍にムッとしつつも、シュヴァートは何者かと訊ねて来た。
以前であれば、即座に『無礼者ッ!』と、怒りを露にしていたシュヴァートが、己の感情を押し殺すなんて……。まぁ表情に出してしまっているが、大した成長だと思う。とても誇らしく、嬉しい気持ちだ。
「あぁ、コイツは――」
「妾はこの世の頂点たる災龍が一柱、〝白焔龍〟である!」
ドドンっ! というような効果音が付きそうな態度で名乗りを上げるせっかちな白焔龍さん。つーか、俺の言葉を遮る回数多くない?
そんな白焔龍の名乗りは、シ~ンとした静寂をもって返された。
「む? 何か妾は間違ってしまったのか?」
「いや、別に間違ってない。ただ驚いているだけだ」
「そうか、そうか! おぬしがそう言うのであれば間違いないのう」
うんうんと頷く白焔龍だけど……何だか俺、なつかれてない?
「ええっと……シャン様? 今、〝白焔龍〟と聞こえた気がするのですが」
まるで空耳であって欲しいと言わんばかりの表情であるシュヴァート。だがな、シュヴァートよ。そう思いたいのはお前だけじゃなく、俺もなんだよ……はぁ。
「何をっ! 貴様は妾を疑うと申すのかっ!」
「落ち着け。いきなり白焔龍と言われても、疑ってしまうのが普通の反応だ。それに今、お前は人化しているんだし」
「む!? そうであったな。では、妾は人化を解いて――」
「おいッ! それはやめろッ! お前、約束はどうしたッ!」
「――やろうと思ったが、気が乗らんのでやめておくことにするかのう」
慌てて止めに入ると、白焔龍が一瞬ハッとした表情を見せた後、白々しくも気が乗らないと言い換えやがった。
ほんの数分前にした約束さえ忘れている事に、俺はめちゃくちゃ頭が痛くなる。思わずジト目を送れば、そっぽを向いて鳴らない口笛を吹く始末。
「あの……シャン様?」
「あぁ悪いな、シュヴァート。コイツが言ったように白焔龍で間違いない」
と、俺がそう言った瞬間。
――ギャァァアアア!
阿鼻叫喚の大絶叫が轟いた。俺が認めたことによって、それが真実だと皆理解し、大混乱を齎してしまう。
やべ~、もうちょっと配慮するべきだった。白焔龍に振り回され過ぎて、気が回らなかったわ……。
そう内心で反省していると、事態の収束を図ったのは、グリューの大叱責だった。
「静まれッ!」
たった一言。されど、その一言に込められた意志は強く、混乱していた者達がハッと我に返り、誰もが口を閉じた。
その統率力の高さに俺は驚くと共に、成長しているのはシュヴァートだけでは無いんだと嬉しくなる。
「シャン様、皆の者が大変失礼をしました。申し訳御座いません」
グリューがスッと傅き、謝罪する。すると、グリューを見習ってか、誰もが一斉に頭を垂れた。
「いや、俺も配慮が足りなかった。悪いな」
「とんでも御座いません」
「うん。で、だ。もう一度紹介しておくが、コイツが白焔龍で――」
「うむ。妾が誇り高き〝白焔龍〟じゃ!」
「――どうやらこのダンジョンを見学したいらしい。その上で、絶対に元の災龍の姿に戻らないこと。決して妖気を放出しないこと。ダンジョン内で暴れないこと。住民達に危害を加えないこと。以上の四つを約束してくれている。コイツの事は信用出来なくとも、俺が監視して約束を守らせるから安心してほしい」
跪く住民達を見渡し、真摯な気持ちでそう伝えた。眷属達は問題ない。俺の言葉というだけで、絶対の信頼を置いてくれるから。
問題は亜人達だ。まだまだ不安そうにしている者が多い。だが――。
「畏まりました、シャン様。白焔龍様を客人としておもてなしさせて頂きましょう」
と、シシリアが口を開けば。
「ココもおもてなし頑張るのですっ! リーシャちゃんも一緒にですっ!」
「えぇ!? えとえと……が、頑張ります!」
ココとリーシャも歓迎の意を示した。それが亜人達にいい影響を与えたようで、怯えや不安の感情がはっきりと薄まっていくのが伝わって来た。
「偉いぞぉ~、ココ。リーシャもありがとな」
「うむ。世話になるぞ」
思わずココとリーシャの頭をわしゃわしゃと撫でる。白焔龍もココ達に穏やかな笑みを向けていた。
「つーことで、コイツ――〝白焔龍〟を客人として迎えるっ! 何かコイツが問題を起こしたら、直ぐに俺に伝えてくれッ! お前らの安全は俺が保証するからッ!」
俺は声を張り上げて、住民達に宣言する。それによって大部分の住民達が安心した表情を浮かべていた。……俺の隣に居る奴が、ブツブツ文句を言っているようだが気にしない。
色々とあったが、無事(?)解決したので、住民達には解散を告げる。
住民達には図らずも周知できたことだし、白焔龍と判って、怒らせるマネはしないだろう……しないよね?
と、ともかく。迷宮を見学したいとさっきから五月蠅い白焔龍を、次はどこに案内しようか……と、悩んでいると。
「それでシャン様? 何故、白焔龍様はバスタオル姿なのでしょうか?」
ススッと近寄って来たシシリアが、疑問顔で訊いて来た。
「あぁそれはな、コイツって元は見上げる程デカくてな」
「うむ。本来の姿のままでは、迷宮に入れんと言われてのう。器の小さい奴じゃ」
肩を竦めて首を横に振ると共に、まるで見せつけるかのように溜息を吐く白焔龍にムカッとしたが、一々構っていられないので無視する。
「あはは……それはちょぉ~っと、色々問題がありますわね」
シシリアも言葉を濁そうとして失敗。頬が引き攣っている。
「だろ? まぁそれで小さくなれないかと聞けば、この通り人化してな。全裸だったからバスタオルを――」
「全裸?」
白焔龍の厄介さを共通認識出来て、思わず口を滑らせてしまった俺。その結果、ハイライトの消えた昏い瞳のシシリアが、ゾッとするような冷たい声音で問い質してきた。
「~~ッ!?」
「「「ひぃっ!?」」」
辛うじて悲鳴を飲み込む事に成功した俺とは違い、近くにいたちびっ子達と、何故か白焔龍さえも悲鳴を上げてしまう。
「それでバスタオルを、という事ですか。あら? 皆様、如何いたしましたか?」
「い、いや何でもないぞ、うん」
「「「(ウンウンウン)」」」
見間違いかと思う程、元通りとなったシシリアに、ただただ頷くばかりの俺達。
「そうですか。それはさておき、先ずは白焔龍様にはお召し物が必要で御座いますわね。少々刺激がお強過ぎる格好ですし、ね」
「そう……だな、うん。コイツに似合う服を選んで貰えるか?」
「はい、畏まりましたわ。では、白焔龍様。ご案内致しますわ」
「え? わ、妾はコヤツに案内を……」
おいおい、白焔龍さんよ……。この世の頂点たる災龍が、何ビビッてんだよ……。いや、まぁ俺もめちゃくちゃ怖かったけれども。つーか、俺の袖を掴むな! 放せ! 巻き込むな!
シシリアに完全に恐れをなした白焔龍が、俺の袖を強く掴んで放さず。俺は俺で巻き込まれたくないので、何とか振り解こうともがく。
ふと白焔龍と視線が合い。
(妾を一人にせんでくれっ!)
(ごめん、ムリ。俺の為に生贄になってくれ)
うるうると涙目の白焔龍の懇願を、俺はバッサリ切って捨てる。すると、唖然とした白焔龍の一瞬の隙をついて、振り解くことに成功。ハッとした白焔龍が必死に手を伸ばしてくるが……。
「白焔龍様?」
シシリアの一言で、ピタリとその動きを止めた。ギギギ……と、まるで油が切れた機械のように振り返り、ひぃっと小さく息を呑む。
俺はシシリアを見ていないが、白焔龍の様子から察するに、あのハイライトの消えた昏い瞳にでもなっているんだろうな……。あぁ、あの山が綺麗だなぁ~……。
「それとシャン様、白焔龍様にも温泉をご案内してもよろしいでしょうか?」
「お、おう、いいぞ。案内はシシリアに全て任せるから」
「畏まりました。では白焔龍様、参りましょうか。ココさん達もよろしくお願いしますわね」
「う、うむ。よろしく頼む……」
「「「は、はい(なのです)っ!」」」
事ここに至っては、抵抗は無意味と悟ったのだろう。白焔龍は大人しくシシリアの後に続いていく。
トボトボと歩く白焔龍が、チラチラと何度も振り返って俺を見て来るが、残念だが俺は何の力にもなれそうにない。強く生きてくれ、白焔龍!
心の中でエールを送り、去っていく白焔龍達を見送った。
白焔龍にはちょっと申し訳ない事をしてしまったと思わないわけでもないが、まぁ結果的にはこれで良かったと思う。あの様子を見る限り、白焔龍はシシリアに強くは出られないだろうしね。シシリアが白焔龍のブレーキになってくれるはずだ。
とはいえ、最強の災龍だ。無暗に暴れるような奴では無いと思うが、監視は必要だろう。
「レイラ。白焔龍の監視にハナビ達を回してくれるか?」
「畏まりました。お任せ下さいませ」
打てば響くいい返事。レイラの事だから、俺に指示される前に、紫影を監視に回しているだろうけどね。
「シャン様、この後のご予定は?」
「ん~と、そうだな。もうしばらくしたら陽も暮れるだろうし、少し休んだ後、久しぶりに晩飯でも作ろうかと。一応は客人だし、もてなしてやらないとな」
「畏まりました。大食堂の準備はお任せ下さいませ」
「よろしく頼――あっ、待て。折角だから、大天守の二階に宴会場を設置しようか。そっちの方が、ぽい感じがするし」
大天守にはまだまだ余剰スペースが多い。この際だから客人をもてなす為の宴会場を増設しようと思う。全面畳張りの純和風チックに。
システムウィンドウを起動し、残DPを確認し――ブホッ!? と、思わず噴き出す。
「シャ、シャン様!?」
「ゴホッ、ゴホッ。す、すまん、レイラ」
突然、噴き出した俺の背中をレイラが慌てて摩ってくれる。
「如何なさいましたか? 何か問題でも?」
「悪い、悪い。別に問題とかじゃないから安心してくれ」
何か問題でも発生したのかと、心配そうに訊ねてくるレイラだったが、安心させるように否定しておく。
そう、別に何か問題が起こった訳じゃない。いや、ある意味これも問題なのか?
俺はシステムウィンドウに表示された残DPに、もう一度しっかりと目を通す。やはり間違いない……。
階層を追加したり、設備を増設したり、眷属を召喚したりと、今日一日で貯まっていたDPは余さず使い切ったはずだった。それなのに……。
《侵入者――白焔龍によるDP獲得量が、最高値を記録しております》
白焔龍を警戒して、ずっと沈黙を貫いていたヒイロが報告してくれたように、かつてない程までにDPが急激に増えていたのである。
たった一人。されど、この世の頂点たる災龍の一柱。
減っていたDPを補充出来て嬉しい反面、白焔龍の規格外さを再認識し、頭を抱えてしまう俺であった。
◇ ◇ ◇
――大天守二階。
余剰スペースであった一角を、約一〇〇畳の広さを持つ大宴会場に大改造。全面畳張りにし、上座に舞台まで設えた本格的な造りだ。
イグサの良い香りに、ゆったりと寛げる広いスペース。柔らかに降り注ぐ魔力灯の淡い光。
完成した大宴会場に俺も大満足。これも全て白焔龍によるDP獲得のおかげだ。白焔龍様々である。まぁ絶対に本人には言わないけどね。ドヤ顔されて調子に乗る姿が見えるしな。
さて。もうすぐ白焔龍達は温泉から上がるだろうし、ちゃちゃっと夕食の準備を始めるとするか。
今回のお手伝い人員は、シュヴァート君、グリュー君、カネオミ君、エイト君の男四人衆です。
人数分の座椅子を運んでもらい、コの字型になるように、ローテーブルを設置してもらいます。
やっぱり力仕事は男の仕事だからね。頑張ってくれたまえ。
俺は何をしているかって? 俺は現場監督だよ。ただ突っ立って指示するだけの簡単なお仕事です。
まぁ実は俺も手伝おうとしたんだが、眷属達に慌てて止められちゃったんだよね。『このような雑事は私共配下にお任せ下さいッ!』って。それはもう必死に止められちゃいましたわ。
いい感じで設営が整っていくと、ワゴンカートを押したミリルとレイラが到着。
どうやら俺も手伝った――料理だけは何故か誰にも止められない――本日の晩御飯を運んできてくれたようだ。
本日のメニューは、和風おろしハンバーグに、甘い卵焼き、お味噌汁、付け合わせのサラダ小鉢、そして白いご飯。
本当は純和風の宴会場だし、雰囲気に合わせて懐石料理にしたかったんだけど、流石に俺の腕前ではちょっと無理があった。繊細な味付けとか、子ども舌の俺には判らないし。
《コモンスキル「思念伝達」であれば、マスターの記憶にある味付けを他者に伝えることが可能です》
なるほど。言葉に出来なくても、「思念伝達」であれば伝えられるのか。今度、試しにシシリアにでも伝えてみるかね。配下の中で一番の料理の腕前だし、再現してくれるかもしれない。
男四人衆もミリル達を手伝って、料理を配膳していく。《大将軍》であるグリューが配膳している姿は何だがシュールである。鬼軍曹と呼び声高いグリューがいそいそと配膳している姿なんて、魔物軍の誰にも想像出来ないだろうな。
恙なく夕食の準備も完了。後は客人である白焔龍が到着するのを待つばかり。と、ドタドタドタした足音が近付いてきた。
「ぬしよっ! オンセンなるものは、気持ちがいいものじゃのう!」
バンッ! と、勢いよく開け放たれた襖。そこには腰に手を当て仁王立ちする白焔龍の姿が。湯上りとあって、浴衣の隙間から覗く上気した肌が何とも色っぽい。
外見は白髪の美少女なので、黙っていれば思わず目を引き付けられる魅力があるんだが……はぁ~、残念かな。有り余る元気がその美しさを台無しにしている。
「満足してくれたみたいで何より。ただ、もっと落ち着きを持ってくれると有難いんだが」
「カカッ。妾に落ち着きを求めるなど、愚の骨ちょ――」
「白焔龍様?」
静かに紡がれた一言に、高笑いの状態のまま固まってしまう白焔龍。
そんな固まって動きを止めた白焔龍の背後から現れたのは、浴衣姿のシシリアだ。大雑把に浴衣を着る白焔龍とは違い、シシリアはしっかりと前を合わせ、綺麗に浴衣を着こなしている。
「廊下は走ってはいけませんし、勢いよく扉を開けてはいけませんよ?」
相手がこの世の頂点たる災龍の一柱であれど、下品な振舞いにはしっかりと注意するシシリア。肝が据わっているというか、何というか……。
「お返事は?」
「わ、判ったのじゃ。これからは気を付けよう……」
すげぇ~、シシリアさん、マジすげぇ~。あの白焔龍が謝ったよ……。
怒られてショボ~ンとするその姿を見て、誰がコイツを白焔龍だと思うだろうか。めちゃくちゃ気落ちしすぎて、ちょっぴり可哀想である。
「シシリア、説教はそれくらいにしてやってくれ」
俺がそう言うと、シシリアは辺りを見渡し、はぁと小さく嘆息する。
「判りましたわ。お食事の準備も整っている事ですし、ね」
食事時に説教するのは、良くないと思ってくれたのだろう。シシリアが折れてくれた。やっぱりご飯は楽しく食べたいしね。
パッと顔を輝かせて『助かったのじゃ!』と、視線で伝えて来る白焔龍には悪いのだが、シシリアの後ろで涎を垂らしているちびっ子達が哀れだっただけなんだけど。
客人という事で、上座に招かれた白焔龍が俺の隣に座る。と、同時に小声で。
「あのおなごは恐ろしいのう。災龍である妾にさえ、一切臆することなく注意してくるのじゃ。恐ろしや、恐ろしや」
なんて文句を言ってくるが、気付いているのかな? シシリアがニッコリとしながらこっちを見ていることに。
こりゃあ、後でシシリアに長時間説教されるんだろうなぁと、思わず苦笑。巻き込まれたくは無いので、心の中でエールを送っておく。
さて。全員――いつの間にか、カネオミとエイトは消えている――も着席した事だし、ちびっ子達が限界を超えそうなので、ちゃちゃっと始めるか。
既に大人にはお酒を、子どもにはジュースを配り終えている。俺が、清酒がなみなみと注がれた杯を手にすると、皆も同じように掲げた。因みに白焔龍もキョロキョロと皆を見渡して、マネをするように酒杯を手にしている。
こんな時だけ空気を読む白焔龍に何とも言えない気持ちを抱えながらも、俺は口を開いた。
「え~、本当は大天守の完成を祝して、皆で大宴会をしたかったが、色々あって延期とする」
俺が「色々あって」と言った際にチラッと横を見ると、サッと目を逸らされた。
だが可哀想な事に、白焔龍が目を逸らした先にいるのはシシリアだ。ニッコリと微笑むシシリアから発せられる形容しがたいプレッシャーに、白焔龍さんは血の気が引いたように蒼褪めている。いい気味だ。
「なので、ミリルとグリューの二人は、三日後に正式に宴を催すと皆に伝えてくれ」
「判りました」
「承知致しました」
快い良い返事だ。二人に任せておけばちゃんと周知してくれることだろう。
「うん、頼んだ。みんなには悪いが、俺らだけ先んじて今日という日を祝おうと思う。では、新たなる門出を祝って――乾杯ッ!」
「「「乾杯ッ!」」」
「カンパイ(?)なのじゃ!」
誰もが笑顔を浮かべながら杯を掲げ、一斉に唱和した。……一人、勝手が判らず遅れているけど。
くいっと一口。スッとした清涼感溢れるのど越しが、うぅ~たまんないね。
「な、何じゃ、こここれは!?」
白焔龍も一気に清酒を呷ると、目を見開いて驚いている。
「何って、清酒――お酒だ。もしかして呑めないくちか? それとも口に合わなかったか?」
「妾は黒烈龍の奴のように飲兵衛ではあらんが、酒は少々嗜む。いや、そういうことではあらん! 何じゃ、この美味い酒はっ! これほどまでに美味い酒は初めてじゃ!」
清酒に大興奮の白焔龍。大好評みたいで何より。というか、少ぉ~し気になるワードが聞こえた気がするんだが。
「なぁ、その黒烈――」
「もっとじゃ、もっと! 寄越せっ! この美味い酒を!」
訊ねようとした俺の言葉を遮り――つーか、毎回じゃね? ――、白焔龍は酒瓶をひったくると、直に呑もうとし――。
「お行儀が悪いですよ、白焔龍様」
――シシリアの冷ややかな視線に、ビクッと身を竦ませると、白焔龍は静々と手酌。くいっと一気に呷り、また手酌と、あまり上品とは言えないが、酒瓶から直に呑むよりは大分マシだ。
「ささ、シャン様もどうぞ」
「お、ありがとな、シシリア」
俺の方は、シシリアが手ずから酌をしてくれるので、有難く頂く。
「で、白焔龍。さっき黒烈龍とか聞こえたんだが……もしかして災龍だったりする?」
「む? おぬし知らんのか? 黒烈龍は妾と同格の災龍ぞ」
あぁ、やっぱり黒烈龍も災龍の一柱だったわけね。
「シャン様、災龍には四柱の龍がおります。それぞれ四大元素を司ると言われておりますわ」
「うむ。このおなごが申すように、災龍は四柱じゃ。〝地〟を司る黒烈龍、〝氷〟を司る銀霜龍、〝雷〟を司る金轟龍、そして――」
くいっと清酒を呷り、少し赤みが差した顔で俺の方を向く。
「〝炎〟を司る白焔龍こと妾じゃ!」
どうじゃ、すごいじゃろ! と言わんばかりのドヤ顔だ。ちょっと気に障ったので、冷たい酒瓶を首筋にあててやると、「ひやぁ!?」と、可愛らしい悲鳴を上げる。
「な、何をするのじゃ、おぬし!」
「いや、何だかムカつく顔だったから」
「ム、ムカ……」
きっぱりと言い捨てると、白焔龍は心底驚愕したように瞠目し、ブツブツと声にならない声を上げている。
「なぁ、シシリア。俺が知っている四大元素は、火・水・土・風なんだが?」
「あぁ、それは魔術にある四大元素の事だと思いますわ。火・水・土・風の四つの属性を持つ魔術を四大元素魔術といいます。その四つ以外の属性以外にも、闇・光・空の三つの属性があります」
「なるほど。つーことは、災龍が司っている炎・氷・地・雷の四大元素は上位版っていう認識で間違いないか?」
「えぇ、シャン様の仰る通りですわ」
ご名答です、とにこやかに微笑むシシリア。
俺が所有している魔法には、「火炎魔法」と「獄炎魔術」がある。これは〝火〟というよりも〝炎〟だ。
ということは……俺の魔法の大元が、白焔龍ってことになるのか? つーか、今気付いたんだけど〝炎〟を司る白焔龍には、俺の魔法が一切通じないんじゃないか?
あ、やべ。相性最悪だわ。コイツが暴れたら、俺じゃあ抑えきれないかも……。
そう思った瞬間、ゾクッとした悪寒が背中を駆け上った、が……今更だなと、同時に思う。どっちにしろ天災級モンスターであるコイツには、俺の勝ち目は無いんだし。
というか、俺の隣で、しょぼくれながらちびちびと酒を呑む姿を見ていると、天災級モンスターであっても、大したことが無いように思える。不っ思議ぃ~。
「おい、いつまでしょぼくれているんだよ」
「む? 何じゃ、何じゃ。妾はどうせムカつく顔をしておるのであろう?」
ほらね? 子どもみたいにいじけているし、やっぱり凶悪な天災級モンスターとは思えないわ。というか、いじけつつ、上目遣いで俺を見るな。ちょっぴりあざと可愛いだろうが!
心の動揺を悟られぬよう、俺はハンバーグを一口サイズに切って、白焔龍の小さな口に無理やり押し込む。
「~~ッ!? ……(モグモグ)、んくっ! う、美味いのじゃ! 何じゃ、これは!?」
「これはハンバーグだ。美味いだろ?」
不景気顔が一転、キラキラと瞳を輝かせる白焔龍に、ニヤリと笑い掛けた。
「はんばーぐと言うのか! もっと、もっと食べさせてくれっ!」
ひな鳥の様に大きく口を開けて待つ白焔龍。いやいやいや、何故俺が食べさせなければならんのだ。
「いや、お前の分も目の前にあるだろうが。自分で食えよ」
「ぬおっ!? これは妾の分じゃったのか! なら遠慮なく頂くぞ!」
本当に美味しそうにハンバーグを食べる白焔龍を見ていると、なんだがほっこりとする。この感じは、ココ達ちびっ子を見ている時と同じ感じだな。
「む? そんなに見てもやらんぞ?」
「いらんわ!」
騒がしくも楽し気な雰囲気に包まれ、みんな笑顔でそれぞれ宴会を楽しむのであった。
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*次回更新日は、2019/11/5 16:00の予定。
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