第二九話 大天守へとご案内
外堀に流れる綺麗な川に掛けられた橋を渡り、立派な城門へ。
大天守に合わせた白漆喰に木製の門。正直、防衛力はあまり期待できないが、これも雰囲気作りの一環だ。
城門を抜け、石垣に沿って緩やかな勾配の道を進む。
東側面にある虎口を上ると、そこはもう本丸である。本丸と称しているが、特に何もない広場みたいなものだけどね。
ここまで来れば、大天守はもう目の前だ。天高く聳え立つ大天守が間近に感じられ、幹部達は改めてその威容に感嘆しているようだった。
そして、いよいよ大天守内部へ。幹部連中を引き連れて城内に入れば、新築特有の木の良い香りが鼻孔を擽る。
「ほう。中もかなり広いのですね」
シュヴァートが首を巡らせながら感想を漏らす。
「まぁな。正直、かなり大きくスペースを確保している。この城を増改築するのは手間だからね」
物珍しそうに幹部連中は城内を見渡している。まぁまだ装飾など施していないので、城内はかなりシンプルなのだが。
さて。ここでひとつ、大天守各階の内訳を説明しておこう。
地下一階……食料倉庫。武器庫。
一階……警備兵詰め所。
二階……謁見の間、客間(洋室・和室)。
三階……各執務室、大会議室、書庫、鍛冶場。
四階……大食堂、厨房、団欒室、遊戯室。
五階……幹部の私室。
最上階……俺の私室。
以上の通りだ。まぁまだまだスペースはあるし、それは追々で。
キョロキョロと物珍しそうに辺りを見渡している幹部達を促して、中央部へ。そこには、日本式城には似つかわしくない、エレベーターが。
ヒイロ力作の五重六階地下一階の大天守を上下に貫く魔道エレベーターなる昇降機だ。
多分、俺の記憶にあるエレベーターを解析、参考にし、この異世界で使用可能な物を作り上げたんだと思う。まぁDPもそれなりに高額だったけど。
最上階を俺の私室とする為、移動が大変だなぁと思っていたのだけれど、ヒイロ大先生による魔道エレベーターによって移動も楽ちんとなった。
この魔道エレベーターの素晴らしい点は、魔晶石を動力源としているところ。
因みに魔晶石とは、魔物から取れる魔石を加工・合成した物で、様々な魔導具に用いられている。内包魔力・魔素が魔石よりも大きく、魔力を再充填することで再利用可能だ。
本来は手ずから魔力を注いでエネルギーを補充しなければならないのだが、ヒイロ大先生は満足出来なかったようで、即改良。その結果、周囲の魔素を取り込み、蓄える性質を付与した高性能の魔晶石を生み出し、魔道エレベーターの動力源としたのである。
これだけでも凄いのだが、ヒイロの魔改造はまだまだ終わらない。
魔道エレベーターを使用するには、事前に個人の魔力を登録した者しか使用できない仕組みまで作り上げたのだ。これでセキュリティー面もバッチリ。さすヒイである。
「なるほど。登録者のみ使用可能であれば、防犯面も問題ありませんね」
シュヴァートが感心すると共に、安心したように満足げに頷く。まぁ眷属にとっては俺の安全が最優先だからな。この仕組みは、過保護なシュヴァートをも納得させたようだ。
魔道エレベーターに搭乗し、キャッッキャと嬉しそうに騒ぐのはちびっ子三人組だ。ちょっとしたアトラクションみたいに感じているのかもね。
一方、年長組であるシシリア、エリー、ミリルは、魔道エレベーターが上昇すると共に、取り付けた手すりにギュッと掴まり、ちょっと表情が強張っているけど。まぁその内慣れるだろう。
各階を説明しながら案内していく。一応、三階以上は俺、幹部専用スペースである為、許可なき者は立ち入り禁止である。
五階で、幹部達は各々の私室を軽く決めてもらい、希望者には洋室へとその場で変更していった。まぁ大半が、洋室希望だったんだけどね。和室はグリュー、ココ、ミリルだけだった。
グリューは侍っぽいので和室を選んだのは理解出来たが、ココとミリルはてっきり洋室を選ぶかと思っていた。
ちょっと気になったので話を聞くと。
「リーシャちゃんとレリルちゃんと一緒に使うのです」
「素朴な雰囲気が気に入りました」
とのこと。なるほど、ココはちびっ子達で共同使用する為に、一室は和室にし、ミリルは落ち着いた雰囲気を気に入ったようだった。
そして、最後に俺の私室も紹介しておく。あ、勿論俺は和室派だよ。
「うわぁ~、すごく高いのですっ!」
最上階である俺の私室から見える風景に、ちびっ子達は大興奮。うんうん、ちびっ子達――レリルは除く――はリアクションが良くて、俺も大満足だ。
眷属、年長組も圧倒的な高さからの風景に感動しているようだ。だが、その中で一人、顔色が悪い者が。
「エリー、どうした?」
「……高所は、に、苦手で……」
クールビューティーのエリーがまさかの高所恐怖症だったみたい。ちょっと意外だ。
さて、以上で城内の案内は終了。皆に解散を告げようとして、まだ案内していない場所を思い出した。
俺としたことが、何たる失態を……。一番の目玉だと言うのに。
ちょっぴり反省しつつ、幹部を伴って一階へ。
裏口から出て少し歩くと、立派な日本家屋が見えて来た。
「シャン様、この場所は一体何でしょうか? 立派なお屋敷みたいですが」
小首を傾げながら疑問を呈してきたシシリアに、俺は笑顔で答える。
「よくぞ聞いてくれた! この場所は今回の一番の目玉! 露天風呂だッ!」
いつになく声を張り上げてしまったのはご愛敬。だって、大きな風呂だぜ? 露天風呂だぜ? それも温泉だぜ? 興奮しない方がおかしい。
元日本人だからこそ入浴という素晴らしい文化が魂に深く刻まれているのだ。この異世界に転生してからそう強く思う。
「風呂、ですか」
「露天? 外で水浴びするのでしょうか?」
男性陣であるシュヴァートと、グリューの反応は芳しくない。しかし、一方女性陣は……。
「うふふ。流石はシャン様で御座いますわね。わたくし、とても楽しみですわ」
「城内にお風呂が無くて、心配していましたが、離れにあるのですね。よかったわ、エリー」
「はい、お嬢様。この迷宮に来てからは、贅沢にも毎日お風呂に入らせて頂きましたし、入浴せずに日々を過ごすのは、もう私には出来ません」
「ろれんぶろって何です? リーシャちゃん、判るのです?」
「ん~わたしもよく判ってないんだけど、多分お外にあるお風呂だと思うよ」
「お、お風呂っ!? このお屋敷が全部お風呂場なの!?」
「お姉、興奮しすぎ」
と、女性陣には俺の気持ちが判るようだ。うんうん、その期待に応えよう。
俺は上機嫌で中に入り、皆に一つ一つ説明していく。
内風呂には大きな檜風呂や、薬草風呂、打たせ湯、寝湯、サウナ、水風呂等、自重せずに様々な各種風呂を完備。その全てが源泉かけ流しという贅沢極まりない温泉施設となっている。
そして、忘れてはならない最高の贅沢である露天風呂だ。
日本庭園っぽく仕上げた風流な庭を眺めつつ、大きな岩風呂に浸かりながら一献なんて……うぅ~今から楽しみで仕方がないな。
あ、勿論、男女別だよ? 混浴という日本の素晴らしい文化はあるが、流石にここで試す度胸は俺には無いんで。
《マスターが混浴など、断固阻止します!》
……まぁこのように、俺が混浴を実施しようものなら、ヒイロに何をされるか判らないしね。パワーアップしたヒイロ大先生を怒らす訳にはいかないのです。
以上で、第六階層の案内は終了。その場で解散を告げると、各々俺に一礼してから去っていく。
ちびっ子達は引き続き探検するみたい。キャッキャッと楽しそうに駆けていき。
《大将軍》であるグリューと、《執事長》であるシュヴァートは、防衛体制を整えるべく、互いに意見交換しつつ、去っていく。
そして最後に残った女性陣は、早速お風呂を楽しむようで、入浴準備を始めていた。
俺ものんびりと露天風呂に入りたいところだが、まだまだやる事が残っている。断腸の思いで、その場を後にすることに。
まぁやる事やってから気兼ねなく楽しみたいからね。後の楽しみとして、ちょっくら頑張るとしますか。
これで俺の居城が完成したわけだ。本当は大天守だけじゃなく、小天守も造りたかったのだが、そこはまぁDPとの兼ね合いで断念した。大天守だけでもスペースが余っているから、必要なかったのも理由だけど。
幹部連中の反応も良かったし、上々の出来だろう。念願の居城も、露天風呂も造った。まだまだ作りたいものが多いけど、俺は大満足だ。
ちょっぴり上機嫌で鼻歌を口ずさみながら、俺は執務室へと歩を進めるのであった。
ちびっ子達の楽し気な声を耳にしつつ、執務室へ。
新しい執務室は、和室ではなく洋室だ。やっぱり仕事場である執務室は、和室よりも洋室の方が使い勝手がいいだろうと考えたからである。
壁際には大きな書架――何も本は入っていないが――が並び、中央にはシックな色合いの大きな執務デスクとチェア。装飾類は特になしと、とてもシンプルな執務室だ。
身を包むような黒の革張りチェアに腰掛けると、早速システムウィンドウを起動。そして、ある項目に目を向けると、思わず溜息が漏れ出す。
「おふ……あんなに大量にあったDPが……」
新階層追加に、詳細な環境設定。調子に乗って造り上げた大天守に、温泉施設等々。他にも色々な設備を増築し、と。
まぁこんな感じで惜しげも無くDPを注ぎ込んだ結果――大富豪から都落ちした極貧生活に舞い戻ってしまったのである。
まぁいっか。別に後悔もしていないし、反省するつもりもないし。
折角異世界に転生したんだから、面白おかしく、気の向くままに生きようと思っていたんだし、何も問題はないね、うん。
《何も問題はありません。このダンジョンは全てマスターの所有物なのですから》
ほら、ヒイロ大先生もこう仰っているしね。
《……大先生はやめて下さい》
あ、やべ。ちょっぴり不機嫌になったみたいだ。パワーアップしたヒイロにへそを曲げられると、困った事になりそうだし、ちょっと自重しよう。
さて、大量のDPを使って増改築したダンジョンの概要をまとめてみると。
第零階層……草原地帯、ダンジョンの出入り口の洞窟。
第一階層……侵入者防衛用迷路。
第二階層……各環境エリア、レジャー施設予定地、魔物軍駐屯基地、訓練場。
第三階層……農業・鉱山地区。農地、水源、鉱山、公民館、共同住居、詰所、公共施設(共同便所・銭湯)。
第四階層……更地(街建設予定地)
第五階層……侵入者防衛用迷路、最終防衛拠点。
第六階層……大天守、温泉施設。
階層も倍増したし、ほんとハンクメン伯爵軍には感謝しかないね。
因みに、住民向けの銭湯も新しく増設した。正直、俺達だけ温泉施設が使えるっていうのは、ちょっと罪悪感があったしな。まぁ銭湯は温泉じゃなく、ただのお湯だけど……。
そこはほら、DPとの兼ね合いでね? 仕方が無かったのだよ、明智君。
こ、これ以上、墓穴を掘らない為にも、次にいこう、次に!
お次は、現在のダンジョンの人口及び軍部の詳細である。あ、勿論俺がまとめたんじゃないよ? ヒイロがまとめた物を今から確認するのだ。
〈人口〉
・亜人族/獣人族……九四名
・人族……一名
・魔族……三名
・黒牙狼……八〇名
・影牙狼……二〇名
・暗黒牙狼……一名
・中鬼族/鬼女族……八〇名
・大鬼族……二〇名
・鬼人族……一名
――計三〇〇名
〈軍部〉
・黒狼部隊――隊長シュヴァート 黒牙狼八〇名
・緑鬼部隊――隊長グリュー 中鬼族/鬼女族八〇名
・狼鬼兵隊――隊長グリュー 大鬼族二〇名、影牙狼二〇名
・治安部隊――隊長クルト 亜人族/獣人族一八名
ヒイロがまとめてくれた情報を確認してビックリ。なんと人口は三〇〇名ぴったりだった。狙った訳じゃないよ?
大半を魔物が占め、住民は凡そ三分の一しかいない。今後の課題だな。因みに、人族一名はエリーの事である。
軍部に関しては、その兵数に増減は無い。名付けを行ったことによって、全ての魔物が一段階進化しており、戦力はハンクメン伯爵軍との戦とは比べるまでも無く、格段に増強されている。
あと、初陣で活躍の目覚ましかった狼鬼兵隊を独立部隊として認める事にした。まぁ隊長はグリューが兼任しているけどね。
グリューには《大将軍》として軍部を取り纏めてもらっているので、あんまり負担は掛けたくないんだけど……適任者が選出されるまでは、暫定的に狼鬼兵隊の隊長を引き受けてもらうしかない。これも今後の課題だな。
こうやってダンジョンの各種情報をまとめて――各種情報をまとめたのはヒイロだが――みると、不足部分がよく判るというものだ。まだまだ足りないものが多すぎるな。
一番はやっぱり、ダンジョンの住民の少なさだろう。ハード面はダンジョンの権能で用意できるけど、ソフト面や人材はそうはいかない。
丁度、魔の森に隣接しているアルメニア王国とカトレア王国が戦争中だ。出来れば、戦争孤児や難民をダンジョンに迎え入れたいね。
それにはまず、情報収集が大事だ。戦争の経過も知りたいし、ラディウスの情報も得たい。
前回は俺が直接出向いたけれど、途中で引き返す羽目になってしまった。仕方が無かったのは理解しているが……圧倒的に人手が足りないと思う。つーか、俺一人だけで情報収集をしようとしたのが、そもそもの間違いだろう。
《間違いというより、無謀でしょう。それにマスターに危険が及ぶ可能性があるので、マスターには自重して欲しいです》
あらら、ヒイロから小言をもらっちゃったよ。でも、あの時は仕方が無かったんだよ。シュヴァートやグリューに任せるにはめちゃくちゃ不安だったし。
《シュヴァート、グリュー両名に情報収集など不可能ですね》
だろ? だから俺が直接出向く必要があったんだよ。
《……本音は?》
折角異世界に転生したんだから、この世界をもっと楽しみ――って、あぁ!? 見事、誘導尋問に引っ掛かってしまったわ……。
と、とにかく! 今回は前回の反省を生かして、情報収集部隊を編成する予定だったんだ。その為にもちゃんと魔物召喚用のDPは残しているさ。
《……新第四階層が更地なのは予定通りなのですね?》
うっ。鋭い、鋭すぎるよ、ヒイロ。的確に指摘してくる……。
《まぁいいでしょう。第六階層を充実させる事には私も賛成しております。マスターの住まう階層を快適な空間にする事が、私にとって最優先事項ですので》
おし。ヒイロの太鼓判をもらった。何も恐れる事は無い! まぁちょっとはっちゃけて、DPを使いすぎちゃったかなぁ~って、ちゃんと反省しています。後の祭りだけど。
さて、貴重な貴重なDPを使って早速魔物召喚と行きましょう。
*ここまでご覧下さって、誠にありがとうございます。
*次回更新日は、2019/10/27 16:00の予定。
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