第二八話 迷宮を大改造
さて、ヒイロによるスキル統廃合で、横道に逸れてしまったが、本題であるDPの使用について考えていこう。
いくら大量のDPがあるからと言って、無駄遣いは出来ない。資源は有限なのだよ。
という事で、色々と悩みながら考えた結果。先ずはダンジョン階層の増築をすることに。
現第二階層を下層へと下げ、新たに第二階層を追加。この新第二階層には、様々な環境設定を施した。
山あり谷あり森あり海あり。灼熱地帯である砂漠や、氷雪地帯の雪原等、様々な環境を再現している。
中央エリア……山岳地帯。中央に聳える巨大な山脈に渓谷。裾野には生い茂る森林群。
北部エリア……氷雪地帯。見渡す限りの雪原。最北端には極寒の吹雪が吹き荒れる険しい雪山に、クレバスもあり。
東部エリア……湿地地帯。幅広い泥濘に、塩湖。マングローブの群生地もあり、更には毒沼なんてのもあったり。
南部エリア……海洋地帯。遠浅の海域に白い砂浜。釣りスポットの為に、防波堤に桟橋まで完備。
西部エリア……砂漠地帯。見渡す限りの大砂丘。ヤシの木が生えたオアシスが最北部にある。
東西南北中央には、以上のような環境エリアを細かく設定した。勿論、それには理由がある。
一つは、この新第二階層に魔物軍を常駐させ、防衛戦力としつつ、訓練に使用してもらう為だ。どのような環境にも対応出来るように、魔物軍にはここでしっかりと軍事訓練に励んでもらいたい。
もう一つの理由としては、娯楽の為だ。今のところ俺のダンジョンには娯楽施設が全くない。これではダメだと考えた。
勿論、この異世界の人々が生きるのに必死で、娯楽なんて――とそんな暢気な事を言っている余裕がないのは知っている。まぁ俺が、この異世界で初めて見たのが貧相な辺境村だったので、大国の王都とかではどうなのかは判らないけど。
とにかく、俺のダンジョンの住民には心にゆとりを持って欲しい。日々の生活に追われるだけでは、人生の無駄遣いだと思うのだ。
そこで、新第二階層の様々な環境が役立ってくる。簡単に言えばレジャーだな。
海水浴を楽しんだり、のんびり釣りをしたりしてもいい。雪原での雪合戦や、スキーなんてのもいいかもな。
住民がこの新第二階層を使用するにあたって、安全地帯もちゃんと設定している。その範囲内で楽しんでもらう予定だ。貴重な住民をみすみす危険な目に合わせられないからね。
あ、そうそう。説明するのを忘れていたが、海には何故か魚介類が生息している。物質召喚では生物の召喚は出来ないはずなのだが、階層環境設定であれば、魚介類も問題なく生息出来るみたいなのだ。
それは何故なのかと、ヒイロに聞いたところ。
《正確な情報は持ち合わせておりません。しかし、推論ではありますが、環境設定の場合、実際に存在している地域の復元コピーではないかと》
階層環境設定は、実際の地域をコビー、復元しているかもしれないとのこと。
ということで、ダンジョンの海でも釣りが楽しめるのである。どこの海域をコピーしたのかは判らないけど、魔物の存在は確認されていない。
カツオやマグロなど有名な魚類がいるから、多分日本のどこかの海なんじゃないかなぁと思っているけど。俺の記憶から復元した可能性が大だ。
何故、物質召喚ではダメで、階層環境設定ならばオーケーなのかは大いなる謎だが、まぁ魔法がある異世界だ。だから一々深く考えるのはやめておくことにした。
これで魚介類を楽しめる。それだけでいいじゃないか、うん。
新たに追加した階層は他にもある。前第二階層である農業地区の下層に一層追加した。
ここには何も建造物は無く、今後街を造る予定の階層。今からミリルやシシリアと共に都市構想を考える為に、何もない階層を用意したのである。
更にさらに、最下層にも一層追加し、俺のパーソナル階層とした。今までは迷路と闘技場を併設した階層だったが、一層丸々俺だけの為の階層を確保したのである。
何故、一層丸々確保したのかと言えば……。
「ふっふっふ。これで俺だけの城が作れるぞ」
ダンジョン全体が俺の城と言えば、そうなのだが……それでは俺は満足できないのだ。
一層丸々使って、俺の城を造る。なんてロマンがある響き。これは俺の飽くなき探求心を満たす為の大いなるロマンへの挑戦なのだッ!
この異世界に合わせて、西洋風の城を造るべきか……それとも……。
あぁでもない、こうでもないと唸りながら、思考加速を用いてまで考え続け……そして決まった。
「やっぱり城と言えば、姫路城でしょう!」
澄んだ青空を背景に、白い漆喰壁が映える美しい城。桜吹雪が舞い散る中で佇む、雅でありながら威風堂々とした城構え。
昔、遠足で見た姫路城の圧巻たる風景が、今でも俺の記憶に色鮮やかに深く残っている。
という事で、最下層に俺の居城である姫路城を再現することにした。
ただ、完全再現はしない。実際の日本の城は、便利で快適な環境で育った現代っ子には、正直ちょっと住みにくい。なので、外装は美しい姫路城のままで、内部はとことん居住性を高める事にした。
ここで大活躍したのがヒイロだ。俺の記憶を元に、外観は完璧に美しい白亜の城を再現しつつ、内部構造はとことん近代化してくれたのである。
さてさて。システムウィンドウ上でのシミュレーションは完璧。後はポチッと決定ボタンを押すだけである。
既に住民には『本日実施予定である迷宮改変に伴い、階層間の移動は禁止。第二階層農業地区に全住民は待機せよ』と、宣告済みだ。
迷宮改変する際、改変する階層に生物が存在していると、上手く改変が実行されない場合がある。なので、ダンジョンの住民には、変更点の少ない第二階層農業地区に事前に集まってっもらっているのだ。
因みに、階層ごとの入れ替えであれば、そういった制限は無い。ただし、階層入れ替え後、二四時間は再入れ替え不可となる。
ということで、現在ダンジョン第二階層には全住民・魔物が集結しているはずだ。俺も向かうとしますかね。
早速、執務室を後にし、第二階層に移動。転移門を出ると、そこには多くの住民・魔物達が集結しており、皆ソワソワと落ち着きがない様子。
何か問題でもあったのかと小首を傾げていると、俺の姿を視認した幹部達がササッと集まって来る。
代表してシュヴァートが口を開く。
「お待ちしておりました、シャン様」
「おう。待たせたな」
「いえいえ滅相もありません」
「で、何だかみんなソワソワしているみたいだが、何か問題があったのか?」
「ふふ。皆様、楽しみにしておられるのですよ。迷宮改変に立ち会うなど、中々出来ない貴重な体験ですから」
シュヴァートの代わりに答えたのはシシリアだ。とても楽しみだと、そのワクワクとした表情が全てを物語っている。
なるほどね。だから皆ソワソワしているのか。というか、俺が姿を現した事で、もうじき改変が行われると判っているのだろう。ジィ~っと、期待に満ちた複数の視線が俺に突き刺さっている。
何だか急かされている気分だと、思わず苦笑しながら、俺は最終確認を行う。
ヒイロ、改変を行っても大丈夫か?
《問題ありません。マスターの御命令通り、全住民及び魔物は現第二階層に待機中です》
うん、よかった。ちゃんと皆指示に従ってくれたようだ。
では、早速。待機状態だった決定ボタンを押す。ポチッとな。
その瞬間、迷宮改変が行われ――無事完了。システムウィンドウ上で確認する限り、シミュレーション通りに新たな階層が追加されている。
と、そこでふと思う。どうして変わらず期待に満ちた眼差しが、俺の背中に突き刺さっているのかと。
《迷宮改変は無事完了しましたが、前第二階層――現第三階層に大幅な変更点はありません。よって、誰も迷宮改変が完了した事に気付いておりません》
し、しまったぁ~……。確かに言われてみれば、この階層に変更点はほとんどないんだった。
そしてある事を思い出す。初めてダンジョンに亜人達を招いた時、何もない草原に建造物を召喚するパフォーマンスをした記憶が……。
つまり、この期待の眼差しは、あの時のような劇的な変化を期待しているってことだよな? や、やっべ~……何か考えておくんだった。
ツツーっと冷や汗が流れる。ど、どうしよう……ヒイロ、何かいい案は無いかッ!?
《堂々としていれば、何も問題はありません》
へ? 堂々としてればいいの?
「シャン様、何か問題でも?」
俺の雰囲気に何かを感じ取ったのか、レイラが心配そうに訊ねてきた。
迷宮改変は無事に完了したから問題は無い。いや、それこそが問題なんだけど。
とりあえず、ヒイロのアドバイス通りに堂々と宣言することにしよう。
「何も問題は無いぞ、レイラ。無事、迷宮改変は成功したッ!」
そう堂々と言い放った俺だが……シーンと静まり返る周囲に、冷や汗が止まらない。
おい、どういうことだ!? 堂々としていれば何も問題は――。
ヒイロに文句を言おうとしたその時。
「まぁ無事に完了したので御座いますわね。おめでとうございます、シャン様」
レイラがとても嬉しそうに祝福の言葉を述べた。それがきっかけとなり。
――ウォォォオオ!
まるで怒号のような大歓声がダンジョンに響き渡った。
「無事成功したんだってよ! やったな!」
「あぁ、良かったぜ! 流石シャン様だ!」
「おっしゃぁ! 宴じゃ、宴!」
「あはは! 宴は大賛成だが、お前はただ酒が呑みたいだけだろ!」
「うるせぇ! ダンジョンの住民としては、祝わずにはいられんだろうが!」
「すごいね! お母さん!」
「えぇ、すごく貴重な経験になったわね!」
「……? 皆喜んでいるけど、何も変わってないよ? 父さん」
「お、おい、コラ! そういうことは、判っても言っちゃダメだ!」
う、うん。なんだが凄い騒ぎになったな。概ね喜んでいる者が多いけど……中にはやっぱり疑問に思っている子もいるんだな……。
「成功を祝って、このまま宴と洒落込みたいところだが、先ずは新階層をお披露目しようか」
という事で、転移門を直接最下層である第六階層へと繋ぎ、住民達に俺の居城をお披露目しよう。
転移門を潜れば、ドンッと目の前に聳え立つ白亜の城。澄んだ青空を背景に、石垣の上に築かれた白い漆喰壁が美しく映える大天守。
残念ながら俺の記憶に深く印象に残っている『桜吹雪が舞い散る中で』とはいかなかったが、充分満足できる出来だ。いずれは転移門から大天守まで続く桜街道でも作りたいね。
さて、皆の反応はどうだろうか。西欧っぽいこの異世界で日本の城は受け入れられるのか、ちょっと心配だったのだが……それはどうやら杞憂だったようだ。
「堂々たる風格。これぞ正しくシャン様が住まう城として相応しい」
「うむ。シュヴァート殿の言う通りだな。素晴らしい」
「えぇ、至高なる存在であらせられるシャン様の偉大さを表しているようですわね」
シュヴァートが満足げに頷けば、グリューとレイラが同調し、褒め称える。
「初めて見る形のお城ですが、とても綺麗ですね、エリー」
「はい、お嬢様。これ程の高さを誇る建築物は、寡聞にして存じておりません」
シシリアがその美しさに感嘆すれば、エリーがその高さを称賛する。
「とっても大きくて、きれいなお城なのですっ! すごいのですっ!」
「そうだね、ココちゃん。本当にすごいね」
「お兄、すごい。お姉、レリル達、ここに住む?」
「え、えぇ、多分そうだと思うけど……大丈夫かしら。汚さないように気を付けないと」
すごい、すごいと素直に褒めて、興奮するちびっ子三人組。と、ちょっぴり不安が過るミリル。
「はぁ~……スゲェな……」
ポカ~ンと口を開けて、放心するのはクルトだ。いや、他の住民達も似たり寄ったりで、ただただ感嘆しているようだった。
俺の居城のお披露目は大成功と言っていいだろう。皆喜んでくれているみたいだし、よかったよかった。
出来れば、城の中も自慢――ゲフンゲフン。もとい、案内したいのは山々なのだが、流石に全員とはいかない。プライベートスペースになるわけだし、ここに住まう幹部連中だけ、城内を案内しようと思う。
住民達には、新第二階層である各レジャー地域を見学してもらうか。
「お~い、クルト。ちょっといいか?」
「あ、はい。どうしました?」
呆けていたクルトを強制再起動させ、新第二階層の詳細なマップを手渡す。
「他にも新しい階層があってな。そこはお前たち軍部の訓練場になる予定なんだけど、それ以外にもレジャー施設として一部エリアを住民に開放しようと考えている」
クルトに手渡した詳細なマップを見ながら、軽く説明。と、内容が聞こえたのか、グリューが近寄って来た。
「俺もお聞きしたいのですが」
「ん? あぁいいぞ。けど、今は各レジャー地域の説明だけだぞ? 詳細については追って詳しく説明するつもりだが」
「それでも構いません。そのレジャー地域なる場所は、俺たち魔物が使用してもよろしいのでしょうか?」
「それは勿論。俺は亜人と魔物に差は付けないから、ダンジョンに住まう者なら誰にでも使用許可を出すつもりだ。それで各レジャー施設は――」
グリューも加わって、俺はクルト達に軽く説明していった。
「――という感じだ。流石に全員を城内に案内するのは無理だから、クルトには新第二階層の案内を頼みたい」
「あぁ、なるほど。そういうことでしたか。判りました。俺が説明役として皆を案内しましょう」
クルトが快諾してくれて助かった。俺が幹部連中を案内している間に、皆を引率してもらおう。
「シャン様、流石にクルト殿お一人では、この人数は荷が重いかもしれません。俺の部下からも補佐を幾人か付けてもよろしいでしょうか?」
「グリュー様のその申し出は、俺としては有難いです。治安維持部隊だけでは少し不安なので」
あぁなるほど。暗に治安維持部隊だけでは魔物達の統率が取れない事を示唆しているのか。ならグリューの進言通り、魔物軍から誰か補佐として付けた方がいいね。
「判った。魔物軍から補佐を付けよう。人選は任せるぞ、グリュー」
「御意。ゴブノスケ以下、数名をクルト殿の補佐として付けましょう」
ゴブノスケ……アイツか。野球部員みたいな「~~っす」と語尾を付ける間抜けそうな奴だな。名前も何だか間抜けみたいだし――って、俺が名付けたんだったな。
クルトがゴブノスケと協力して、住民達を新第二階層へと誘導していく。移動していく住民達を横目で確認しつつ、俺は俺で幹部連中を城内へと案内しますか。
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*次回更新日は、2019/10/24 16:00の予定。
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