第二三話 着々と進む戦準備
――カトレア王国、ハイラーンの街――別名灰色の街。
何故、そのような別名が付いたのかは、街の様子を一見すれば直ぐに判るだろう。
吹き込む寂れた風が冷たく、人の足音がしない大通り。ぽつぽつと店を構える露店にさえ、誰も寄り付かない。広すぎるがらんとした空虚な街並みだ。
たまに出歩く人を見かければ、誰もが痩せ細り、俯き気味に歩いている。
街の規模に対して、圧倒的に領民の数が少ない。だが、それも仕方がないことだろう。
非人道的にまで重い税。事あるごとに課せられる徴税。
搾取され続ける領民は音を上げ、しまいには逃げ出してしまった。今なお、ハイラーンの街で暮らす領民は、逃げたくても逃げられる財さえ無くなってしまった者たち――もはや虜囚と相違なかった。
活気がない。人が居ない。未来が無い。色が無い。全てが灰色に沈んでいるかのような街。
だが、そんな灰色の街にも一か所だけ、煌びやかに輝く場所があった。
贅の限りを尽くされた豪華絢爛な屋敷――ハイラーン領主館。そこから放たれるギラギラとした欲望だけが、唯一この街に色を灯している。
そんな欲望という名の色が塗られた領主館――その執務室というには豪華すぎる一室にて。
「おぉ~。ワシの可愛い可愛い息子よ。よくぞ無事に戻った!」
悲鳴を上げ続ける椅子に座った、でっぷりと肥え太った豚――いや、ハイラーン領主ハンクメン伯爵が、愛息子の帰還に嬉しそうに微笑む。
「最愛なる父上。ただ今戻りました」
ハンクメン伯爵にそう答えるのは、彼の豚息子――ブッターラ・ベノ・ハンクメンだった。
「うむ。疲れてはいないか? 怪我はしておらんだろうな?」
「えぇ。私はこの通り元気ですよ。何も――そう、何もありませんでした」
醜く肥え太った顔を和らげて、そう答えるブッターラ。だが、その心境は酷く緊張しており、額には汗が滲んでいた。
「そうか、そうか。それは良かった。ワシはお前の無事を心から願っていたからのう」
しかし、ハンクメン伯爵は、息子の内心を読み取ることが出来なかった。
それは仕方が無いのかもしれない。何せブッターラが汗をかいているのはいつもの事なのだから。勿論、ハンクメン伯爵に人を見る目が備わっていないこともあるが。
「お前はハンクメン伯爵家の嫡男だ。そのような大切な身であるのに、中央の奴らときたら――」
王都に勤める貴族に対して、ハンクメン伯爵は唾を飛ばして憤る。
他の貴族に対して悪態を付いて罵るのは日常茶飯事で、この時に余計な口出しをすれば、理不尽な八つ当たりをされてしまう。誰もが嵐が過ぎ去るのを黙して待っていた。
「――畜生のアルメニアとの戦争の際には、文句を言ってやろう。うむ、まぁそれは良い。ワシの可愛い可愛い息子が無事で帰って来たのだ。まずは祝いの宴を開かなければのう。して、息子よ」
「はい、何でしょうか、父上」
「確かお前には、お前の身を命を張って守る兵士が侍っておったと記憶しておるが……その兵士共の姿が見当たらんのだが」
遂に来たと、ブッターラはゴクリと唾を飲み込む。
「その件に関しまして、父上にご報告があります」
「む? 何か兵士共がお前に粗相をしでかしたのか? ならば即刻首を刎ねてやらねばならん」
「いえ、兵士共が何か粗相をした訳ではありません。私の供をしていた兵士共は、現在とある場所にて待機中なのです」
「んん~、お前の護衛を放り出して、か?」
不機嫌そうに醜く顔を歪めるハンクメン伯爵。
「それ程までに、重大事があったのですよ、父上」
「ふむ、して、その重大事とは?」
「まずはこちらをご覧下さい」
ブッターラは傍に控えていた兵士へと視線をやった。この兵士もブッターラと共にレイラによって尋問を受けた一人だ。
酷く緊張しながら、数々の黄金に輝く美術品をハンクメン伯爵へと差し出す。
酷く緊張しているのは、高価な美術品を扱っているからではなく――レイラから課せられた使命を果たさなければ、自身の命が危ういと心底理解しているからだった。
とはいえ、裏事情を知らないハンクメン伯爵は、差し出された黄金の美術品に目が眩み、兵士の事など気にも留めない。目を見開き、ただただ驚嘆していた。
「おぉぉ~! 素晴らしい品だっ! これほどまでに素晴らしい美術品は、王宮でも見たことが無いぞっ!」
脂ぎった手で黄金の裸婦像を手に取るハンクメン伯爵。
「素晴らしい、素晴らしいぞっ! このような裸婦像が全て黄金で出来ているとはっ!」
感嘆するハンクメン伯爵だが……実はその黄金はメッキだったりする。シャンがDPで取り寄せ、説得材料としてブッターラに与えた物だった。
ただただ驚嘆するハンクメン伯爵の様子に、ブッターラは内心でホッと安堵した。
(疑う様子は見受けられない。これならば、父上も予定通りに動いてくれるだろう)
ブッターラはふぅと深く息を吐き出し、口を開く。
「父上。先程、重大事だと申しましたが、この素晴らしい品がその答えです」
「む? もしやこのような品が畜生共の村などに隠されていたというのか!?」
「いえいえ。それは違いますよ、父上。その品が発見されたのは……魔の森にて発見した未知の迷宮です」
「魔の森に迷宮が存在しておったのかっ!?」
驚愕して思わず立ち上がるハンクメン伯爵。その瞳は欲望で酷く濁っていた。
「はい。現在、私の部隊が迷宮を監視、及び攻略しております。次々と出土される品は、その黄金の裸婦像のように素晴らしい品ばかり」
「このような品が他にもあるというのかっ!」
「はい。それはそれは素晴らしい品ばかりです。ですが……一つ問題がありまして」
「何? 問題だと? それは一体何だ?」
身を乗り出して、食いつくハンクメン伯爵に向かい、ブッターラはある提案をする。それが実父を死出の旅に誘う甘言だと知りながら。
「出土される品の数がとても多く、私の部隊だけでは手が足りないのです。そこで父上には部隊を率いてもらい、私と共に迷宮へ向かっては頂けませんか? 幸い、アルメニアとの戦争が迫っており、父上が兵を率い、先んじて出兵しても問題視されないでしょう」
「確かにな。しかし……」
でっぷりとした二重顎を摩りながら、渋った様子を見せるハンクメン伯爵。やはり、魔の森と訊いて、即断即決は出来ないようだった。
しかし、続くブッターラの一言によって、直ぐに欲望に駆られることになる。
「父上、中央の貴族共の横槍が入らない今しか、好機はありませんよ?」
「ふむ……そうであるな。確かにお前の言う通りだ。戦争準備に忙しい中央の貴族共を出し抜くには、今しか無いであろう。うむ、良かろう! すぐさま出立の準備をするぞっ!」
「父上、ご英断感謝致します」
サッと跪いて頭を垂れるブッターラ。俯いた顔に浮かぶのは、ただただ安堵だけだった。
◇ ◇ ◇
「おぉ~、やってるなぁ~」
第二階層の草原地帯の端。村から少し離れた場所では、剣戟やら怒号やらが飛び交い、ダンジョンの戦力である魔物たちが激しい訓練を行っていた。
今日は、視察を兼ねて訓練場に訪れている。魔物軍はグリューに任せっぱなしだったし、ここいらで成長具合を確認しようと思ったのだ。
俺が訓練場に現れると、途端に訓練を中断し、敬礼してくるゴブリンたち。俺は気にするなとばかりに軽く手を振って、訓練の再開を指示する。
すると、俺に手を振られた者がやけに気合を入れて、俺にアピールしてくる健気な姿には、すこし苦笑いを零してしまう。
《それは仕方がありません。マスターは彼らの召喚者であり、創造者。無様な姿は見せられないのでしょう》
まぁそうだよな。言うなれば、会社の社長が視察に来ているようなもんだし、平社員が張り切ってしまうのも判る。
魔物たちの訓練を眺めつつ、歩いていると。
「シャン様、この様な場にご足労頂き、感謝致します。しかし、何用で御座いましょうか?」
スッと俺の傍に現れたのはグリューだ。少し緊張気味なのはご愛嬌か。
「いやなに、ずっとグリューに任せっぱなしだっただろ? だからちょっとした視察だよ。どれくらい鍛えられているのかなぁって。あと、グリューにイジメられている奴がいないかと思ってな」
「シャ、シャン様!? お、俺はイジメてなど……」
「ふふ。悪い悪い。ちょっとした冗談だよ」
クールなグリューが慌てる様子に笑いながら、肩を竦め、冗談だと肩を軽く叩く。
「まぁ今回はこいつらの初陣になる。だから俺自ら確認しておかないといけないなぁと思ってね。調子はどうだ?」
今回、俺が魔物軍の様子を見ようと思ったのには理由があった。
亜人の村を救った際、襲撃犯のブッターラ捕縛し、尋問を行った。ブッターラには俺も感謝している。奴のおかげで、気になっていた情報を手に入れられたんだからな。
感謝しているからそこ、慈悲の心をもって、苦痛なき死を与えようかと思ったのだけれど……レイラがある提案をしてくれて、俺はその案を採用することにした。
その提案とは……ブッターラを一度領地へと戻し、親類縁者を説得――いや唆してもらい、このダンジョンに連れて来る事。それも出来れば多くの兵を率いさせて。
聞く所によると、ブッターラの実家――ハンクメン伯爵家は、治める領地でカトレア王国随一の酷く重い税を領民に課し、その統治は惨憺たる現状らしい。
更に当主のハンクメン伯爵は金銀財宝に目が無く、欲望の権化だと息子であるブッターラにさえ、扱き下ろされる程、性根の腐った奴らしい。子は親に似るんだなぁと思った次第である。
という事で、ブッターラにはハンクメン伯爵軍をダンジョンに誘き寄せる事を条件に、俺は命を取らないと約束した。俺は、ね。
説得材料として、ちゃちな美術品を数点持たせて、領地へと返してやったのだ。
今回、ハンクメン伯爵軍を誘き寄せる目的としては、第一に報復行為だ。ココ達に酷く辛い思いをさせたブッターラの係累は、皆殺ししか有り得ない。この世の地獄を見せて始末させてもらおう。
そのついでに、DPを大量獲得しようと思っている。救った亜人たちをダンジョンへと招き、順調にDPは増えているのだが、まだまだDPは足りないのが現状だ。いずれ訪れるであろうハンクメン伯爵軍の方々には、貴重なDP源になってもらう予定だ。これが第二目的。
そして第三目的は、魔物軍の練度を高める為に、ブッターラたちを活用し、戦闘経験を積ませることだ。
魔物軍は魔の森で魔物狩りや訓練などを行い、その技量を高めているが、実戦経験は無きに等しい。なので、いい機会だから実戦経験を積ませようと思っている。
「そうですね。古参である二〇名に関しては、全員が中鬼族や、鬼女族に進化を果たし、中々の猛者へと仕上がっています。しかし、シャン様が新たに召喚して下さった者共は、まだまだ未熟としか言いようがありません」
「へぇ~、最初の奴らは全員進化したのか。それは重畳。新入りに関しては、まぁ長い目で見てやってくれ。ブッターラが戻って来るのは、一か月は掛かるだろし」
「一か月ですが……それまでには必ずや、一騎当千の猛者へと鍛え上げましょう」
「まぁ程々に頑張れよ」
鼻息荒く意気込むグリューに、俺は苦笑してしまう。正直、元がゴブリンだし、一騎当千の猛者は難しいんじゃないかなぁ~と内心で思っていたり、ね。勿論、口には出さないけど。
「そう言えば、ダークウルフたちの姿が見えないんだが……」
訓練場をいくら見渡しても、ゴブリンたちしか見つからない。折角モフモフパラダイスをしようと思ったのに。
「あぁ。ダークウルフたちは、シュヴァート殿が指揮して、魔の森で魔物狩りを行っております。ここの所、食料の消費が激しいので。森林地帯での実地訓練を兼ねて、食糧調達を引き受けて下さっています」
な~るほど。このダンジョンも人が増えたし、食料関係が少し厳しくなって来ているのか。
ダンジョンモンスターである俺の眷属たちは、必ずしも食事を必要とはしていない。ダンジョン内であれば、魔力によって生命が維持されるからだ。まぁダンジョンから離れてしまえば、食物からエネルギーを補給しなければならないんだけどね。
だから食べなくても平気と言えば平気なのだが、俺は一日二度の食事を義務付けていた。やっぱり食は人生の楽しみだしね。娯楽が少ない現状、食事だけでも楽しんでストレス発散に役立てて貰いたいと思っている。
とにかく、亜人たちに預けた農地が軌道に乗るまでは、少し多めにDPを使って備蓄を増やすとしますか。
「あ! シャン様じゃないですかっ!」
背後から声を掛けられ振り向くと、そこには武装したクルトと治安部隊の奴らが。
「おう、クルトか。ここでの生活は慣れたか?」
「はいっ! おかげさまで、村にいた時よりも随分と日々の生活が楽になりました。シャン様、皆を代表して感謝します」
クルトが俺に向かって頭を下げると、他の亜人達も少し緊張しながら頭を下げた。
「そうか。なら良かったよ。何かあれば、フロア長のミリルに言ってくれ」
「ミリルちゃん――あ、いや、フロア長ですね。判りましたっ!」
「なんだ? ミリルがフロア長って未だに慣れないのか?」
「えぇ、まぁ」
苦笑しながらも、クルトは素直に答えた。
「ミリルはまだ小娘っていう年齢だからな。まぁそのうち皆慣れるだろう」
「……そうですね」
クルトは何だか歯に物が詰まったかのような微妙な表情を浮かべた。
「ん? 何か問題でもあったのか?」
「問題って言う程でも無いんですが……慣れない役目に戸惑っていると言うか、ストレスが溜まっているみたいですね、フロア長は。まぁそれは俺もなんですけど」
「あぁ」
俺は納得してしまった。そう言えば、最近ミリルが一人きりの時、よく眉間に皺を寄せて、難しい表情をすることが多くなっていたな。
「まぁミリルは俺の奴隷――じゃなかった、側近だからな。ミリルはその内俺の方でフォローしておく。クルトは……まぁ自分で頑張れ、隊長殿」
ちょっぴりいじるかのように言いながら、ポンッと肩を軽く叩く。
「そりゃないっすよぉ~、シャン様ぁ~」
クルトの情けない声に、亜人達――だけじゃなく、そっと俺たちの様子を窺っていたゴブリン達も声を上げて笑っていた。
「ん? なんだか結構打ち解けているみたいだな。お前らとゴブリン」
「あぁ、俺たちは治安部隊としてちょくちょく訓練に参加させてもらってますからね。戦友っていうのは大袈裟かもしれませんけど、気の良い奴らですよ、ゴブリンたちは」
へぇ~。俺の与り知らぬところで、交流して仲を深めていたのか。この調子で魔物たちと仲良くなってくれると有難い。同じダンジョンを守る者として。
「あぁ、そうだっ! シャン様に是非ともお願いしたいことがあったんですよ!」
「ん? 何だ?」
スッと居住まいを正し、真剣な顔付きとなったクルト。いや、クルトだけじゃなく、他の亜人達も同様に引き締まった表情で俺を真っ直ぐ見詰めていた。
「一か月後、このダンジョンにアイツラが兵を率いてやって来ると聞きました。是非とも俺たちも戦線に加えてはもらえませんか?」
あぁ、コイツラも仇討ちがしたいんだな。いや……それだけじゃない。使命感と言うと大袈裟かもしれないが、ダンジョンに住む一員として、自分たちも力になりたいという強い意志が、その真っ直ぐな瞳から伝わって来た。
その気持ちは素直にとても嬉しい。だけれど俺は直ぐには答えず、まずはグリューを見やった。
「今回の戦ではグリュー、お前を総指揮官に任じようと思っている」
「お、俺に、ですかっ!?」
「あぁ。俺よりも正確に魔物軍の戦力を把握しているだろうしな。勿論、サポートはするが……なるべく口は出さない。だからお前が決めろ。クルトたちの参戦を認めるかどうか」
「グリュー様、どうかお願いしますっ!」
「「「お願いしますっ!」」」
グリューに向かって、一斉に頭を下げて懇願するクルトたち。
暫し沈黙を保ち、ジッとクルトたちを見ていたグリューは、ややあってゆっくりと口を開く。
「ゴブリンたちとは体格差があり、連携は取れないだろう。なので、クルト殿たちは中鬼族たち精鋭部隊に組み込むことになる。一番危険な部隊だが、それでもよろしいか?」
どうやらグリューは、クルトたちを参戦させることに決めたようだ。まぁ実力的には問題ないだろうしな。
「勿論ですっ! 有難うございます、グリュー様!」
参戦が認められ、クルトたちは顔を輝かせて喜んでいる。気合十分といった様子のクルトたちの為に、ちょっくら後押ししてやろう。
「気合入っているみたいだし、グリュー。死なない程度にしごいちゃっていいぞ」
「「「え゛っ!?」」」
バッと一斉に勢いよく振り向くクルトたちに、俺はニタァ~リと爽やか(?)に笑ってやった。
《正しく悪魔の微笑みですね。意地が汚い》
うるせぇ。これも全てコイツラの為なんだよ。死んでもらっては困るからな。少しでも生存確率を上げる為に、グリューに鍛えてもらうんだよ。
《本心は?》
なんかクルトっていじりやすいし、イジメたくなっちゃう――んんっ! き、期待しているからだッ! 他意は無いぞ! ほんとだぞっ!
「判りました、シャン様。俺が直々に訓練を付けましょう。クルト殿、あまり時間は無いのだ。早速訓練開始と行こうではないかっ!」
「えっ? えっ!? ちょっ――」
「では、シャン様。申し訳御座いませんが、所用が出来ましたので、これで失礼します」
ガシッとクルトの首根っこを押さえるグリュー。と、いつの間にか現れた中鬼族たちが、グリュー同様に他の亜人たちを引き摺っていく。それはそれは、とてもいい笑顔で。
《中鬼族たちは知っているのでしょう。グリューが課す鍛錬がどれ程辛く、厳しいものなのかを。その分、とても強くなるのは間違いないのですが……新たな生贄が増え、とても喜んでいますね》
まぁね。グリューの奴、鍛錬の鬼だからな。俺が呼び出さないと、ずっと剣を振っているし。
《やはりマスターは鬼畜ですね》
俺が鬼畜? いいや、それは違うね。俺は悪魔だよ?
「一応、殺すなよぉ~!」
グリューに引き摺られていくクルトたちに、俺は満面の笑みで手を振って見送る。
「ちょっ――た、助けて下さいッ! シャン様ぁぁああああ!」
ドナドナド~ナ~、クルトを連~れ~て~。
クルトは地獄へと旅立った。もう俺に出来ることは何も無い。俺はクルトの悲鳴をシャットアウトして、踵を返すのだった。
その日からまるで幽鬼のような精気のない表情で、フラフラと村を巡回する治安部隊の面々が目撃されたとかなんとか。
オレ、ワルクナイヨ?
◇ ◇ ◇
次に俺が向かったのは、ダンジョン零階層と呼ぶべき場所。ダンジョンへの出入り口がある洞窟近辺だった。
『シュヴァート、聞こえるか? 悪いが訓練を一旦中断して、全員集まってくれ』
外へ出ると同時に、念話でシュヴァートを呼び出す。
『畏まりました。直ぐに参ります』
即座にシュヴァートから返信が入った。暫く俺はボーっと風景を眺めながら、シュヴァートたちを待つことに。
「お待たせ致しました、シャン様」
ショタッと――あ、いや違った。シュタッと俺の影から現れ、即座に跪くシュヴァート。
「おう、悪いな、シュヴァート。訓練中に呼び出したりなんかして」
「いえ、シャン様が御呼びとあらば、私は万難を排して即座に馳せ参じましょう」
あ~うん。シュヴァートなら間違いなくどんな事をしていたとしても、俺が呼んだら飛んで来るだろうな。
「で、シュヴァート。俺は全員呼んだつもりだったんだが……」
「えぇ。もう間もなく」
シュヴァートが答えると同時に、木陰から続々と現れていく黒牙狼とダークウルフの群れ。
その数、一〇〇頭。圧巻だ。モフモフパラダイスだ。
《マスター、御尊顔が見られないような情けない表情になっています》
つい、頬がだらしなく緩んでしまったようだ。いけない、いけない。
「シュヴァート、これで全員か?」
「はい。シャン様麾下黒狼部隊、総勢一〇一名。御身の前に」
総勢一〇一名……期せずして、某人気映画のわんちゃんと同じ数になってしまったようだ。狙った訳じゃないよ?
因みに黒狼部隊とは、シュヴァートを隊長とした部隊名の事。黒牙狼――何故か「人化」スキルは有しているのに、俺の前だと人化してくれない――二〇名、ダークウルフ八〇名の総勢一〇〇名の部隊だ。
あ、そうそう。シュヴァートの奴、いつの間にか黒牙狼から暗黒牙狼へと進化していた。それも俺が留守中にだ。
流石に、俺はシュヴァートを厳しく叱った。進化中は、進化の繭に包まれるが、かなり無防備となるのだ。俺が居ない時に、何進化しちゃってんの? と、それはもう強く叱ったわ。つーか、留守を任せているのに、進化中に付き、身動きが取れないなんて……ホント、何考えてんの? って感じだったわ。
シュヴァート曰く、進化条件が俺の留守中に揃い、俺の帰還時に喜んでもらいたかったそうだ。
まぁ進化とは、とても喜ばしい慶事には違いないが……まぁいいや。この話は終わったことだしな。
脱線した。話を戻そう。
勿論、シュヴァートだけではなく、グリューにも隊長を任命している。部隊名は緑鬼部隊。中鬼族一五名、鬼女族五名、ゴブリン八〇名の総勢一〇一名だ。
この緑鬼部隊、黒狼部隊が、魔物軍の主力二部隊だ。そして、その中でも精鋭による部隊として、狼鬼兵隊――黒牙狼二〇、中鬼族一五名、鬼女族五名――がある。
他にも色々と部隊を設立したいが……まぁそれはおいおいだな。DPの兼ね合いもあるしね。
「了解。んじゃ、ちょっと手伝って欲しい事があるんだが」
「何なりと御命令を」
まぁコイツラが俺の頼みを聞かない訳ないしな。一応の確認というものだ。
俺は影空間から直剣を取り出す。本当は斧の方がらしいっちゃ、らしいんだけど。
「今回、ブッターラを利用して、ハンクメン伯爵軍をこのダンジョンに誘き寄せることにしたのは、当然知っているよな?」
シュヴァート麾下黒狼部隊の面々が一斉に頷く。
「正直、ソイツラをダンジョン内に呼び込むのは難しい。ダンジョンは大軍仕様になっていないからな。二階層の草原地帯ならば、大軍を迎え撃つのも可能だろうが……二階層は亜人たちに貸し与えているし、折角の住民をむざむざ危険に晒すわけにもいかない」
俺はシュヴァートたちに説明しながら、シュン、シュンと剣を振り、感覚を確かめる。
「じゃあ、どこで大軍を迎え撃つのかということになる。まぁ新しい階層を増やしてもいいんだが……ちょっとDPが足りないみたいでな」
俺はフッと鋭く呼気を放ち、近くの樹木を斬り裂く。ズズッと幹がずれ、倒れ行く巨木をそのまま影空間へと収納する。
「つーことで、この辺り一帯を草原地帯へと改変することにした。階層改変であれば、消費DPも抑えられるしな。まぁボタン一つで瞬時に草原地帯へと改変出来るんだが……ちょっと勿体ないだろ? 折角こんなにも立派な木に育っているんだ。木材として確保したい」
刃毀れは……うん、大丈夫だな。まぁ予備はまだあるし、ココ曰く失敗作らしいしね。有効活用させてもらおう。因みに、ちゃんとココには使用許可を取りましたよ。
「畏まりました、シャン様。私共は木材の運搬をお手伝いすれば宜しいのですね?」
「うん、そういうこと。〈影操作〉が使えるお前たちじゃないと出来ない頼みだ」
俺は特に何かを意図したわけじゃなく、サラリとそう言うと。
――ウォォォオオオオンン!
シュヴァートたちが一斉に身体をブルルと震わせ、気合の籠った遠吠えを上げる。
総勢一〇一名による遠吠えだ。魔の森が揺れ、小枝で休んでいた小鳥たちが、慌てて一斉に飛び立っていった。ついでに俺も恥ずかしながらビクッと肩を跳ねさせてしまった。
「「「お任せ下さいッ! シャン様ッ!」」」
……あ、うん。なんかゴメンね? 大した事、言っていないはずなんだけど……それにただの荷運びだよ? 気合入り過ぎじゃない?
《マスターが焚き付けたのではありませんか》
え? ど、どこが?
《マスターから『お前たちじゃないと出来ない頼み』などと期待されれば、奮起しない眷属はおりません》
お、おう……そ、そうだったのか……。
予想外の結果だが、まぁやる気が無く、嫌々手伝ってくれるよりはこっちの方がいいか。
ということで、黒狼部隊の面々に、木材の回収及び運搬を任せ、俺はとにかく伐採だけに専念――時々挟むモフモフタイムは考慮しない――することに。
日が暮れる頃には周囲一帯を斬り拓き終えた。バッと開けた視界に、真っ赤な夕焼けが差し込む。
とても清々しい気分だ。何か仕事し終えた解放感みたいな、そんな満足感。
さて。乱立している切り株はそのままに、俺はササッとシステムウィンドウを操作し、草原地帯へと改変する。
その瞬間、乱立していた切り株は消失し、大草原へと姿を変えた。
青々とした芝が風に攫われてササッと波打つ。夕日が暖色の陽光を注ぎ、幻想的に煌めく。
そんな光景を見ながら、俺は一か月後に迫った初の戦に、思いを馳せるのであった。
*ここまでご覧下さって、誠にありがとうございます。
*次回更新日は、2019/10/9 16:00の予定。
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