第二二話 会議をはっじめっるよぉ~
「おう。皆集まっているみたいだな」
俺は新たに設置した会議室へ入ると、そこにはこのダンジョンの主要メンバーが既に勢揃いしていた。
俺の眷属からシュヴァート、グリュー、レイラ。そして奴隷からはシシリア。と、奴隷では無いがシシリアの従者としてエリーが参加している。
ミリルとレリルは、このダンジョンへ新たに来た村人たちとの会議だ。色々と議題はあるだろうが、まずは村民全員の名簿を作って貰っている。
ゆくゆくは村民全員に身分証を発行しようと思っている。まぁダンジョン機能を使えば、個人データは容易に手に入るのだが、先の事を考えると身分証は必ず必要になって来るだろうしな。
まだ幼いココとリーシャは会議には参加させていない。ココは鍛冶場へ、リーシャはミリルの手伝いに向かったようだ。
子どもなんだから、もっと自由に遊べばいいのに、と俺は思っているんだけど……妙に二人とも張り切っているんだよなぁ。
《仕方がありません。二人ともマスターの力になりたいと行動しているのですから》
ホント、働き者の可愛いちびっ子たちだ。
「お紅茶をお淹れ致しました。どうぞお召し上がり下さいませ」
俺が着席すると、シシリアが紅茶を差し出す。いつも思うが、どうやって音も立てずにコップを置けるんだろうか……。
「うん、美味いな。でも、いつもと違う?」
「お気付きになられました? 少し茶葉をブレンドしてみたんですけど、お口に合ったようで何よりですわ」
うふふと嬉しそうに微笑むシシリア。紅茶にもブレンドとかあるんだな。
さて、一息付けた所だし、早速会議を始めようと皆を見渡すと。
「失礼ながら会議の前に、お伝えしたいことが御座います。宜しいでしょうか?」
手を挙げ、そう発言してきたのは、シシリアの従者然としたエリーだ。
「ん? 別にいいけど……何だ?」
俺が続きを促すと、エリーはスッと深く頭を下げた。
「此度の件に関しまして、シシリアお嬢様をお救い下さり、誠に有難う御座いました。また、謝意を直接伝えるのが遅くなってしまい、大変申し訳ありませんでした」
あぁそう言えば、昨日はシュヴァートの暴走によってそれどころじゃなかったし、夜は夜で、ハンバーグに一心不乱だったしな。
「……その……とても美味でしたので……申し訳御座いません」
頬をポッと赤らめ恥ずかしがるエリー。
「あれ? 声に出してた?」
うんうんと頷く一同。ありゃりゃ、ちょっと意地悪したみたいになっちゃったな。
「こほん。とにかく、俺としてはシシリアを助けたのは結果論に過ぎないし、特に感謝されるほどでもないと思うが……まぁ話は判った。その言葉は受け取っておこう。で、話はそれで終わりか?」
「いえ、ここからが本題なのですが……」
エリーがゴクリと生唾を呑んだ。そして、キッとまるで睨み付けるかのような眼差しで俺を見据える。
「厚かましい願いだとは重々承知ですが、どうかお嬢様を奴隷の身分から解放して頂きたい」
「エリーっ!」
「ほう」
シシリアは驚いて立ち上がり、眷属たちはスッと目を細めた。
「その話は何度も説明したでしょっ! わたくしはちゃんと受け入れてシャン様の奴隷となったのです!」
「そのお話は伺いました。しかし、お嬢様。私はお館様からお嬢様の未来を託されたのです。お嬢様が奴隷の身分へと堕とされたなどと、到底許容出来る話ではありません」
「それでもわたくしは――」
「ストップだ、シシリア」
ヒートアップするシシリアを俺は止めた。感情的になってはちゃんとした話し合いにはならない。
「エリー、君の言い分は判った。で、シシリアを奴隷の身分から解放して、一体どうする気だ?」
俺としてはシシリアを奴隷から解放しても別にいいと思っている。シシリアを助けたのは、この世界についての情報を得る為だったし、それが得られた今では情報源としての価値は低くなっているのも事実。
まぁ情報源としての価値は低くなったものの、メイドとしての技量は確かだし、慢性的な人材不足だしね。半端な理由では解放するつもりは微塵も無い。
それに例え解放したとして、この先シシリアはどこで生きていくと言うのだ。
シシリアは亜吸血族――魔族だ。魔族を敵対視する傾向のあるこの世界では、シシリアの安住の地は、魔が棲むこのダンジョン以外には無い……はず? いや待てよ? もしかしてエリーにはどこか思い当たる場所があるのかも。
「あ、いえ。申し訳ありません。少し言葉が足らなかったようです」
……ん? どういうこと?
「シシリアお嬢様がシャン様の奴隷とならねばいけなかった理由は、充分存じております。それに奴隷とはいえ、昨日一日だけではありましたが、奴隷が虐げられたり、酷い扱いをされていないことは充分に理解しております」
「それが判っているなら、どうしてなの? エリー」
「それは外聞が悪いからです、お嬢様。私としては対外的にだけでもお嬢様が奴隷では無いと公言して下されば、それだけで結構なのです」
「外聞も何も無いとは思うのだけれど……」
エリーの言い分に、シシリアは困惑顔だ。だが、俺は少し内心で驚いていた。
「お嬢様、シャン様はこの度亜人の村人達をこのダンジョンへと招きました。それは何故です?」
「えっとそれは……襲われた人々を助ける為に……」
「御冗談を。シャン様が博愛の神だと仰られるのですか?」
「え、えっと……シャン様はお優しい方ですよ? で、でも……とても冷徹な面もあって、それがとっても魅力的で……」
おい、シシリア。話が脱線しているぞ。つーか、エリー。俺は良いけど、シュヴァートの堪忍袋の緒が切れそうだから、その辺にして欲しい。浮き上がった青筋が今にも破裂しそうだ。
「私も詳しい事は判りませんが、ダンジョンに人を招く必要があったからだと愚考しております。間違いがありませんか? シャン様」
「あぁ正解だ。ダンジョンに人を集めるのが目的だったよ」
「やはり。でしたらお嬢様を奴隷から、対外的にだけでも解放して頂きたい。今後の為にも、そのようにしていた方が宜しいかと具申致します」
はぁ~……。ただの脳筋護衛騎士かと思っていたら、結構頭が回るんだな。
エリーは僅かな情報から、俺がこの先何を目標として行動しているのかを察したようだ。このダンジョンをいずれ表舞台に上げようとしていることを。
見れば、レイラも察しているようだった。シュヴァートとグリューは……まぁコイツラはバカだから放っておこう、うん。
「エリーの言い分は判った。でも、奴隷術を解くわけにはいかない。それは判っているんだよな?」
「えぇ、勿論です」
「だけど、対外的に奴隷じゃないと公言したとしても、シシリアの奴隷紋は消えないぞ? そこんとこはどうする?」
シシリアの首元に刻まれた首輪のような赤と黒の紋章。奴隷術を解かなければ、その紋章は消えることは無い。
「それは問題ありませんね。奴隷術というのですか? このような魔術は寡聞にして聞いたことがありませんし、普通の奴隷――と言っていいのか判りませんが、奴隷は『隷属の首輪』を嵌められた者しかおりません」
ほう。奴隷術という魔術は存在しないのか。なら問題ないな。
「それに安全面を考慮するならば、出来れば紋章は残していた方がいいかと。シャン様の庇護下にいるということを示す為にも有効的ですね」
俺の庇護下に居るという事だけで、相応の安全は確保出来るのか。いや、逆に狙われる可能性も高くなるが、ダンジョン内であればその可能性も限りなくゼロに近付くな。
「判った。なら対外的には奴隷という身分から解放しよう」
「有難う御座――」
「ただし! エリーも奴隷術を受け入れてもらうことが条件だ」
エリーの言葉を遮って、俺は条件を突きつけた。
「今は特例中の特例として、俺の居住区であるこの階層にエリーを迎えてはいるが……流石の俺でも、眷属や奴隷では無い奴は傍に置きたくないからな」
人間というのは非常に利己的で欲深い。寝首を掻かれるような可能性は排除しておきたいしね。
「判りました。その条件をお受け致しましょう」
一切悩む素振りも見せず、エリーは俺の条件を受け入れた。
「エ、エリーっ!? 貴方それでいいの?」
「お嬢様、何も問題はありません。というより、私が奴隷とならねば、お嬢様の傍に侍ることさえ出来なくなってしまいます。それだけは絶対に避けなければなりません。それに……」
エリーはフッとシシリアに優しく微笑んだ。
「ここのお料理はとても美味しいですから」
「……」
まさかの理由に、絶句してしまうシシリア。
「エリー、貴方……美味しいお料理の為に……」
「はいっ! 昨晩のはんばーぐなる物は大変美味でしたし、朝食も素晴らしい物でした。あの味を知ってしまえば、もう外で食事など出来ませんっ!」
胸を張って堂々と、エリーがそんなことを宣言した。
エリー……君は胃袋を掴まれたみたいだね。掴んだ俺が言うのもなんだけど、それでいいのか、護衛騎士……。
とはいえ、多分料理なんてのは二の次、三の次なんだと思う。茶化して話すのはシシリアを慮ってのことだろう。……そうだよね?
とにかく、エリーが条件を受け入れたので、早速奴隷術を行使。エリーの首元にも赤と黒の紋章が刻まれた。
名前:エリー LV32
種族:人族
称号:元ブラッドフォールン家護衛騎士・シャンの奴隷
性別:女性
年齢:二〇歳
髪:茶 瞳:茶 肌:白
技能:「剣術」「盾術」「体術」「家事」「算術」
魔法:―
耐性:―
意外にも、っていうとアレだが、エリーはスキル「家事」に「算術」を有していた。地頭も良いみたいだし、皆に算術を教えて貰うのもいいかもな。
そこでふと気付く。奴隷術が一般的ではないという話だったが、称号に『シャンの奴隷』とはっきりと表示されてしまっているのだ。これについてはどうするべきか……。
「確かステータスを偽装できる魔導具が迷宮から出土されると聞いたことがあります。シャン様の方でその魔導具をご用意出来ませんか?」
エリーに言われて思い出した。確か前にシシリアからそんな話を聞いたことがあったな。
ササッとシステムウィンドウから確認してみると……『隠蔽の腕輪』というアイテムが任意のステータス項目を隠蔽状態に出来るみたい。
早速物質召喚してみると、『隠蔽の腕輪』は飾りっ気のない細い銀の腕輪だった。
「この『隠蔽の腕輪』を装着すれば、多分ステータス項目の隠蔽が出来るみたいだ」
「わたくしが以前拝見した物とは、どうやら違うみたいですね」
シシリアが珍しそうに『隠蔽の腕輪』をまじまじと見つめていた。
聞けば、シシリアが幼き頃に使用した魔導具は『偽装の魔導具』という物らしく、特殊な魔力によってステータス偽装状態にするのだとか。
まぁ偽装も隠蔽もあんまり変わりないだろう。「鑑定」スキルでは見破れないみたいだしね。
「ふむ。確かに任意でステータス項目を隠蔽出来るようですね。有難う御座います、お館様」
試しにエリーが『隠蔽の腕輪』を着用すると、称号にある「シャンの奴隷」が隠蔽状態となったようだ。
つーか、お館様って……俺の事? まぁいいや。ちょっぴりむず痒いけど、呼び方なんてどうでもいいしね。
他の奴隷達の為にも必要数物質召喚し、シシリアに預けておく。一々、説明するのも面倒だし、シシリアに諸々任せる事にした。
さて。称号関係はこれにて一件落着だな。後はエリーの処遇か。
「エリー、君が俺の奴隷になったからには、シシリアの従者だけを務めるというわけにはいかない」
「はい。それは承知しております。ですが、出来ればあまりお嬢様のお傍を離れたくはないのですが……」
「お前の気持ちも判っている。今後、シシリアはフロア長であるミリルの補佐を頼む予定だ。なので、外部の者と接する機会が今後増えていくだろう。エリーはシシリアだけじゃなく、ミリルやレリルたちの護衛を任せたい」
「なるほど。畏まりました。その任を拝命致します」
「おう、宜しく頼む」
元ブラッドフォールン家護衛騎士にはピッタリの任務だろう。それにエリーには「算術」スキルもあるし、書類仕事もこなせるだろうしね。適任だ。
「えっと……シャン様? わたくし、初耳なのですが……」
シシリアがおずおずと訊いて来た。初耳なのは仕方がない。だって言ってないんだもん。
「簡単に言えば、街を一からミリルと共に造って貰う予定だ」
「えっ!? 街ですかっ!? そそそそんなの出来ませんっ!」
村を飛び越え、街を造れと言われ、シシリアは驚愕しつつ、激しく首を横に振る。
「落ち着け、シシリア。いずれはっていう話だ。何も今すぐやれって話じゃない。そうだな……まずは、今回やって来た者たちをまとめ、村ベースで運営を任せる。幸い、ミリルは村長の娘らしいし、多少は村長の役目について知っているだろうしな。村を運営しつつ、経験を積ませる。様々な問題が出て来るだろう。それをミリルと共に処理していき、経験を積んでもらうことが、今のところシシリアにやってもらいたいことだな」
俺もいきなり素人に街を造れなんて無茶振りはしない。まずは村からだ。そこで様々な経験を積んでもらい、徐々に街へと規模を拡大していく。そして最終的には……。
「シャン様は……わたくしに務まるとお考えなのですか?」
「さぁな。シシリアに運営者としての才覚があるかなんて、俺には判らない。まぁ俺もフォローするし、頑張ってくれ。当たって砕けろってわけじゃないが、あんまり気負わなくていいぞ」
そうシシリアを励ますが……不安げな表情は変わらない。まぁ未知の事に試みる際には、不安になるものだ。是非ともシシリアには頑張って貰いたい。
「さて。随分と話が脱線してしまったが、本題に入ろうと思う。レイラ」
「はい」
俺が呼び掛けると、早速レイラは資料を皆に配っていく。
配られた資料を手に取り、皆が一様にササッと読んでいく。その中で、シュヴァートとグリューだけが「ぐぬぬ」と苦し気に唸っていた。
シシリアを教師役として文字を習ってはいるのだろうが、まだまだ難しい報告書を読めるまでには至っていないらしい。まぁ二人にとっては今後の課題だな。
「皆様にお配りした資料には、今回、出張の際に捕らえたカトレア王国軍指揮官から得られた情報を記載しております。あ、シュヴァート様、グリュー様、ご安心を。口頭にて、ご説明させて頂きますので」
レイラがそう言うと、あからさまにホッと安堵するアホ眷属の二人。
レイラが俺に向かって、というよりは他の皆に向かって説明していく。まぁ俺は既にレイラから報告を受けているし、この会議は情報共有の意味合いが強い。
「情報提供して下さった指揮官の名は、ブッターラ・ベノ・ハンクメン。カトレア王国の貴族、ハンクメン伯爵家のご子息様で御座いました」
「ハンクメン伯爵家のご子息……捨て駒か」
エリーがポツリとそう呟いた。
「えぇ、わたくしもエリー様と同意見ですわ。裏付けは取れていませんが、捕捉として、ご実家であるハンクメン伯爵家の情報を。ハンクメン伯爵家は権力、財力共に並み以下。いえ、財力に関しては、大店の商人よりも下と言った方が正しいですわね。様々な所からお金を借り、家計は火の車だそうですわ」
「私の記憶が正しければ、ハンクメン伯爵家は王国の要職には就いておらず、どうでもいい名誉職に任じられているだけだったはずです」
権力に関しても無きに等しいとエリーが付け加える。
「そのような家のご子息様が、今回指揮官として先遣隊というよりは別動隊ですわね。その別動隊を率いておりました。指令は『アルメニア王国に属する亜人の村の襲撃』であり、ミリル様の村以外にも既に三つの村を焼き滅ぼしたと証言しております」
「レイラ様、もしかしてその村というのは……」
「シシリア様のご想像通りかと」
「そう……ですか……。ココさんやリーシャさんが会議に呼ばれていない理由はそれだったのですね」
シシリアが辛そうに顔を伏せた。何かに耐えるようにキュッと強く手を握り締めている。
シシリアの言う通り、『ちびっ子だから』という理由以外にも今回の会議に参加させなかったのは、これが原因だ。わざわざ辛く苦い思い出を思い出させることはないと思ったのだ。
乗り越えた訳じゃないだろうが、今では明るい笑顔を浮かべる事が多くなったリーシャとココの表情を曇らせるべきじゃない。
「えぇ。リーシャ様、ココ様のお顔が曇ることになれば、それは即ちシャン様の御心を曇らせるということ。そうなれば――」
「殲滅だな。シャン様の御心を曇らす原因は、万難を排して排除しなければならない」
レイラの言葉を引き継いで、シュヴァートが力強く言い放った。つーか、言葉と共に殺気まで放たれているからッ! 抑えて、シュヴァートッ!
「こほん。シュヴァート様のお気持ちはわたくしも同様ですが、殺気を抑えて下さいませ。それでは話が出来ませんわ」
「あぁ、それは済まない」
おぉ~。流石はレイラだ。天然暴走機関車であるシュヴァートの手綱を上手く取っているな。
「え、えっと……レイラ殿は別動隊だと言っておりましたが、他に部隊展開は無かったのですか?」
軌道修正する様にエリーがレイラに質問を飛ばす。
「エリー様のご質問にお答えしますと、どうやらハンクメン様の部隊のみだそうですわ。まぁハンクメン様がご存知ないという可能性もありますが……その可能性は低いでしょう。ミリル様の村に三日程滞在し、広範囲に渡って調査しましたが、後詰部隊は発見出来ませんでした」
「それは何故だ? 後詰が居ない侵略など、片手落ちではないか」
ずっと沈黙を保っていたグリューが疑問を呈す。
「グリュー様の仰る通りですわ。だからハンクメン様は捨て駒なのです」
「?」
グリューは良く判らないと首を傾げた。レイラに代わって俺が説明する。
「後詰が居ない侵略軍なんて無意味だよな。村を占領しても後詰が居なければ、その占領地域を継続的に占領状態には出来ない。補給も無いし、防衛戦力も無いからな。最終的には折角占領したのに手放さなくてはならなくなる」
「はい。シャン様の仰る通りかと俺は思うのですが」
「だから違うんだよ。これは占領とか侵略とかじゃない。ただの虐殺だ。盗賊とかよりもタチの悪い嫌がらせに過ぎないんだよ」
俺は吐き捨てるかのように言った。ホント、胸糞悪い話だ。
「それに何の意味が……?」
「意味か……そんなもん一つだろ」
「報復行為……ですね」
静かにそう答えたのはシシリアだった。
「そういうこと。つまりだ。カトレア王国はどうあってもアルメニア王国と戦争がしたいらしい」
はぁ~……戦争なんて人的資源の喪失だし、金が掛かる。なんでこんな面倒な事をするのかね。まぁ国の威信を示す為なのは判るが……バカバカしいことこの上ない。
「どうやらカトレア王国第一王子の暗殺から端を発しているようですわ」
裏付けは取れておりませんがと、前置きしてからレイラは淡々と説明していく。
「王族の暗殺を企て実行した主犯格は、カトレア王国の大貴族、ローリック公爵様で御座います。動機は権力欲。ローリック公爵様のご息女様が第二王子と婚約されており、邪魔になっている第一王子を暗殺。第二王子に王位を継がせ、自身の傀儡にしようと画策したというのが、王族暗殺事件の真相だとされております」
「それでは既に事件は解決しているのではありませんか?」
そう。シシリアの言う通り、レイラの話だけでは、既に事件は解決し、アルメニア王国は全く関わっていないのだが……。
「そうですわね。シシリア様の仰るように、今申し上げた情報だけでは、既に解決済みだと判断されてもおかしくは無いのでしょうが……そう単純な話ではありません。主犯格はローッリク公爵様ですが、実行犯が現在行方不明。そして、その実行犯というのが、魔族だと考えられているようですわ」
魔族と訊いて、シシリアはバッと勢いよく俺の方を向くが……。
「おい。何だ、その視線は? 俺がそんな面倒臭いことする訳ないだろ」
「あっ。申し訳御座いません。確かに言われてみれば、シャン様ならば陰謀を張り巡らせずとも、正面から叩き潰しますわね」
……おい。俺はどこかの魔王様かよっ!
「ハァ~……。シシリアが俺の事をどう思っているか判った。今後の接し方は後で考えるとして」
「えっ!?」
いや、驚くなよ、シシリア。口は禍の元って教えられなかったのか?
「レイラは随分と曖昧な言い方をしてたよな? 『実行犯が魔族だと考えられている』って」
「えぇ、そう申しましたわ。主犯格の公爵様は即日処刑されたようですが、実行犯は未だ行方不明。魔族が実行犯だという証拠は、公爵様の屋敷から押収した密書に記載されていた内容のみ。いくらでも捏造することが出来ますでしょう?」
まぁそれを言ってしまえば、現代のような科学技術が発展してないこの異世界では、指紋やDNA鑑定なんて出来ないだろうし、何でも捏造しようと思えば出来ると思うんだが……。
あいや、この異世界には魔法があるんだ。どういった方法なのかはさっぱりだけど、魔法を使って犯人を特定することが出来るのかもしれないな。
「どうやらその密書の送り主は、アルメニア王国の要人――さらに言えば亜人族の名が記されていたようですわ」
シュヴァートとグリューはそれがどうしたと言わんばかりだったが、シシリアとエリーは腑に落ちたと納得しているようだった。
「つまり、そのアルメニア王国の亜人族の要人が送り主という密書が本物かどうかは判りませんが、カトレア王国にとっては大義名分を掲げ、アルメニア王国に進軍するきっかけとなった。そういうことですわね?」
「ご明察で御座いますわ、シシリア様」
そう。シシリアの言うように、密書が本物とか偽造とか、はたまたそんな密書が存在していないとしても、実際に第一王子が暗殺された事実は変わりない。
この件にアルメニア王国の要人が関与していると、カトレア国王が宣言しているのだ。大義名分を掲げつつ、戦争を仕掛けるきっかけに過ぎない。
そして、更には実行犯が魔族。つまり、魔族とアルメニア王国の要人に深い繋がりがあると他外国に示し、カトレア王国の正当性を主張しているのだ。
この世界では魔族に対する敵愾心や悪感情は中々根強いみたいだからな。
「この件が事実なのか、それとも利用しているに過ぎないのかは判断出来兼ねますが、元々、カトレア王国とアルメニア王国の対立は非常に有名みたいですわね。カトレア王国は極度の人族至上主義国らしく、他種族に対して非常に排他的な国家。そのような思想を掲げる国家と隣接しているのは――」
「亜人に対して寛容的なアルメニア王国ですわ。そういう下地が元々あったからこそ、カトレア王国は強硬策として戦争を選択したのでしょう」
レイラに続いてシシリアがそう説明した。シュヴァートもグリューもその説明によって理解が及んだのか、なるほどと頷いていた。
「加えて、カトレア国王は大変野心家と言われています。今の王位も激しい後継者争いによって簒奪したと聞き及んでおります」
エリーが補足情報として付け加えた。
「領土欲も少なからずあるんだろうな。つーことで、カトレアはどうしても戦争がしたいらしい。亜人の村を襲ったあの豚の部隊は、徹底抗戦の意志表示もあるだろうが、実質は嫌がらせに近い。ついでに、あの豚貴族をアルメニアに処分させようっていう魂胆だろうな。後詰もなければ補給部隊も居ないんだから」
「なるほど。理解致しました」
グリューが慇懃に俺に向かって謝意を示しつつ頭を下げた。
「ハンクメン様の証言に基づけば、既に宣戦布告済み。部隊編成も既に始まっていたようですわ。開戦布告日時は約三か月後のアンクラルの月――八月の予定です」
あ、そうそう。暦に関しては今まで触れていなかったが、この世界は一年が三六五日だそうだ。ひと月三〇日で一二月あり、更にこの世界が生まれた神々の大戦の五日間を零月としている。
それぞれの月には、良く判らない名称があって、地球生まれの俺としては全然頭に入って来ないので、このダンジョンでは数字月を採用している。
この世界生まれのシシリアとか戸惑ってしまうかと思っていたが……。
『あぁそうですね。数字の方が判りやすいですね』
と、あっさりと数字月に順応していた。やっぱり心のどこかで、面倒臭いと思っていたんだろうな。
「開戦予定地はアルメニア王国との国境にあるカッツ平野。魔の森外縁部から数㎞離れた辺りだと証言しております」
「地図が無いと正確な位置まではよく判らないよなぁ~。レイラ、あのブタ野郎は地図持ってなかったのか?」
「申し訳御座いません、シャン様。ハンクメン様はお持ちではありませんでした」
「そうか。地図に関しては今後の課題だな。レイラ、報告ご苦労さん」
「勿体なきお言葉で御座いますわ」
報告してくれたレイラを労って、俺は皆の顔を見渡す。
「さて、レイラの報告によって魔の森周辺国家の情勢がどういった状況なのか、皆理解してくれたと思う」
一旦言葉を区切って様子を窺うが、特に問題は無いようだ。
「アルメニアとカトレアの戦争だ。対岸の火事とはいえ、いつ何時、このダンジョンへ飛び火するか判らない状況だ」
「警戒を厳にするということでしょうか」
シュヴァートが言った事は正しい。隣国が戦争状態なのだから国境を警戒するのは必要な事だ。それはそうなんだけど……。
「確かに普通なら警戒すべきなんだろうが……今回はこの戦争を利用する。リーシャにココ、そしてミリルとレリル。俺の奴隷を悲しませた奴らだ――」
俺はニヤリと嗤った。
「――精々俺たちの糧になって貰おう」
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*次回更新日は、2019/10/6 16:00の予定。
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