第二一話 ハンバーグを作るその裏で
*今回は、それぞれミリル・シシリア・ココ視点でお送りします。
私は夢でも見ているのだろうか。
目の前に広がる草原。そして、突然地響きが轟いたかと身を竦ませれば、いつの間にか現れた立派な家屋……。
奇想天外な出来事ばかりで、やっぱり夢を見ているに違いないと、私は頬を抓る。
「あ、ちゃんと痛みがあるわ」
「何してるの? お姉」
夢心地の私の前に、ひょこっと顔を出したのは、私の最愛の妹――レリルだ。
「ううん。何でも無いわ」
私が首を振ると、無表情ながらもコテンと首を傾げるレリル。
そんな可愛い妹の頭を撫でながら、私は三日前の事を思い出していた。
私の村は、つい先日、人族の兵士に蹂躙されて無くなってしまった。
父も母も村の為、そして私たち姉妹の為、武器を取って果敢にも兵士に挑み……そして私の目の前で殺されてしまった。
蒼褪めていく父母。色褪せていく世界。やけにはっきりとした鮮血の赤色。
私は無我夢中で妹のレリルを抱え、逃げ出した。でも、屈強な兵士から小娘が逃げられるわけもなく――父を切り飛ばし、母を貫いた剣で、私は斬りつけられた。
背中が焼け付くような激痛は今でも覚えている。血が噴き出し、四肢の感覚が抜け落ちていく絶望の感覚。
それでもレリルだけは逃がさないといけない。そんな思いだけで駆け出し――遂には力尽き倒れ落ちてしまった。
――この子だけでも……レリルだけでも……。
死の淵に私が思っていたことは、死に対する恐怖では無く、レリルの事だけだった。
そんな思いが通じたのか、神様は私を見捨てなかった。
朧げな視界の中でも、はっきりとその時のことは覚えている。
この地域では見慣れない艶やかな黒髪。そして涼やかな目許に鎮座する紅い瞳。
彼は言った。俺は悪魔だと。
私は願った。妹を救ってほしいと。
その御方――シャン様は私の願いを聞き届け、私が目を覚ました時には全て終わった後だった。
その後、私はシャン様の奴隷になり、村人と共にシャン様に付き従い、このダンジョンへとやって来たのだ。
シャン様が本物の悪魔だったことに驚き。新天地を用意してくれるそのご厚意に驚き。
魔の森を進めば、見たことも無い黒い狼の魔物の出現に驚き。シャン様がダンジョンマスターだったことにも驚き。
洞窟に入ったと思えば、目の前に広がる草原に驚き。一瞬の間に私たちが住む家屋をお造りになられたことに驚き。
私はこの三日の間に一生分驚いたと思う。
「――以上で案内は終わりです。今日はみなさん疲れていると思いますので、ゆっくり休んで下さいとのことです」
小さい虎人族の少女が私たちに振り返って、そう言ってきた。
この虎人族の少女と、隣にいる土人族の少女はシャン様の奴隷らしい。私もシャン様の奴隷だし、同僚になるのだろうか?
「あれ? みんなどうしちゃったのです?」
「ココちゃん、多分みなさんビックリしているんだと思うよ」
「ふふふ。リーシャ様の仰る通りですわ。シャン様のお力をその眼で拝見してしまえば、誰もがこのような反応をお見せになられると思いますわよ」
「なるほどなのです。ココも鍛冶場が出来た時、ビックリしちゃったのです」
驚きの連続のあまり、そんなどうでもいいことを考えていた私は、彼女たちの楽しそうな会話にハッとした。
このままじゃいけないわ。私はみんなのまとめ役としてシャン様に期待されているのだし、私がいつまでも呆けたままじゃいけない。
「え、えっと、皆さん。シャン様がお与え下さった住居は男女別のようです。なので、男女分かれて綺麗に使って下さいっ!」
私は慌てて皆にそう指示を出す。ずっと夢心地だったけど、ちゃんと説明を聞いていた私凄いと思いながら。
「暫くは皆様で共同生活をして下さいませ。後日、ご家族様には一軒家をご提供致しますわ」
捕捉する様に、私たち救ってくれたレイラ様がそう仰っていた。というか、ここまで高待遇なのに、一軒家までくれるの!?
……本当にシャン様は神様だと私は思ってしまった。
とにかく、夢心地でポカ~ンとしている皆を住居へと促し、私はふぅと一息つく。そんな私に声を掛けて来たのは、虎人族の少女――リーシャ様だ。
「お姉さんが、ご主人様の奴隷になられた方ですか?」
「えぇ、そうです。私はミリルと言います。この子は、私の妹でレリルと言います」
「レリルはレリル。よろしく」
「ちょっと、レリルっ!?」
いつも通りのレリルにギョッとし、私は慌てて頭を下げた。
「も、申し訳ありません、リーシャ様、ココ様、レイラ様。ほら、レリルっ! 貴方も謝りなさいッ!」
レリルの頭をガシッと掴んで、ペコペコと謝る私たち。そんな私たちの様子に、リーシャ様たちは苦笑いを浮かべていた。
「あはは……大丈夫ですよ、ミリルさん。わたしたちはミリルさんと同じご主人様の奴隷ですし。気軽に接して下さい」
「そうなのです。よろしくお願いしますなのですっ!」
ふぅ~……良かった。どうやらレリルの無礼は許して貰えたようだ。と、私が安堵した直後。
「レリルもよろしく。リーシャ、ココ、レイラお姉――痛ッ!?」
「レリルッ! 貴方はもうッ! 申し訳御座いません」
こともあろうに、レイラ様をお姉呼ばわりとは……うぅ、胃に穴が空きそうだわ。
「ふふふ、ミリル様。お気になさらずに」
レイラ様も寛大な御方のようで、笑って許してくれた。
私は安堵と共に強く決意する。レリルの言葉遣いは絶対に矯正しなければならないと。
「お、お姉の後ろにオーガが、み、見える……」
ぶるぶるとレリルは震えているけど、今回ばかりは絶対許さないからねっ!
◇ ◇ ◇
「大丈夫ですか、エリー?」
「えぇ、もう大丈夫です、お嬢様。不甲斐ない姿をお見せして申し訳ありません」
ソファーに座ったエリーが申し訳なさそうに頭を下げて来た。
「謝る事など何もありませんわ。あれはシュヴァート様のいつもの暴走でしたし」
そう。私は先程、生き別れていたエリーと感動の再会を果たす――ことも出来ず、シュヴァート様の暴走によって水を差されてしまったのでした。
気絶したエリーを新しく造った一軒家に運び、シャン様に頂いていた下級ポーションを飲ませ、先程エリーが目覚めたばかりです。
凄まじい勢いでシュヴァート様に叩き付けられたようにわたくしには見えましたが、どうやらシュヴァート様はちゃんと手加減をしてくれていたようです。
あまりの光景にすっかり頭に血が上ってしまったわたくしは、少しシュヴァート様に言い過ぎたのかもしれません。
「私にも落ち度はありましたし、ええっと……シュヴァート殿でしたか。あまり責めないようにして頂けると」
確かにエリーの言う通り、あの場で駆け出してしまったエリーの落ち度もありますわね。後で謝罪しておこうと思います。
「えぇ、その事に関してはシュヴァート様に後で謝罪致しましょう。それよりも……」
わたくしは勢いよくエリーへと抱き着き、ポロポロと嬉し涙を流してしまいます。
「本当に良かったわ。エリー、貴方が生きてくれていて」
「お嬢様……」
互いの生命の暖かさを感じるように、ギュッと抱き締め合います。
暫く抱き締め合った後、少し気恥ずかしくなりながら離れると、互いに今までの事を報告し合いました。
わたくしがシャン様の奴隷となったと告げた時、エリーの瞳に剣呑な色が浮かび、必死に宥める事になったのは予想外でした。
いえ、エリーの反応が普通なのですね。すっかりシャン様の奴隷として楽しい日々を送っていたので忘れていました。これも奴隷の身分が板に付いて来たということなのでしょうか。
エリーの話は、やはり胸に来るものがありました。どうやらエリー以外は助からなかったようで、胸が苦しくなります。
「お嬢様がご無事だったことが、アイツらの最高の手向けとなりましょう」
そうエリーが慰めてくれますが……素直に割り切れる事ではありません。
「お嬢様、泣かないで下さい。お嬢様の笑顔が私は勿論、アイツらも好きでした。お嬢様の笑顔を、幸せを願い、散っていったアイツらの為にも、お嬢様は幸せにならねばなりません」
ジッと真っ直ぐ見詰めて来るエリーの表情は真剣そのものでした。
「そう……ですね。わたくしは彼らの分まで幸せに生きて行かねばならないのですわね」
「はい。これからは私もお嬢様の幸せの為に、一層励みますので」
ニコッと微笑むエリーに、何だかわたくしは元気付けられたよう気がしました。
「えぇ、一緒に幸せになりましょう」
「はい。ではまず初めに、お嬢様を奴隷に堕とした不遜の輩に天誅を――」
「エ、エリーっ!? それだけはダメよっ!?」
「止めないで下されッ! 私は刺し違えてでもお嬢様を奴隷から解放しなければいけないのですッ!」
「だ、だからちゃんと説明したわよねっ!? シャン様は命の恩人で――」
お互いのこれまでの話よりも、エリーを宥める事に使った時間の方が長かった気がするのは、わたくしの気のせいでしょうか……?
何度も繰り返した説明を再度聞かせ、渋々ながらもエリーを宥める事に成功しました。……いえ、表面上は納得しているように装っていますが、その眼が雄弁に物語っています。
――隙あらば、ヤッてやる、と。
わたくしは頭痛のする頭を抱え、暫くはエリーから目を離さないよう、心に決めるのでした。
◇ ◇ ◇
今日、お兄ちゃんが帰って来て、たくさんの人たちをダンジョンに連れて来たのです。
あ、ほんとはお兄ちゃんのことはご主人様と呼ばないといけないんですけど、お兄ちゃんはご主人様っていうよりも優しくて暖かくてお兄ちゃんみたいだから、心の中でだけお兄ちゃんと呼んでいるのです。
お兄ちゃんが連れて来た人たちはココの村と同じように、人族の兵隊さんたちに襲われた人たちだったのです。
ココたちはお兄ちゃんの代わりにみんなを案内するお仕事を任せて貰ったのです。
みんな傷付いているし、優しくしてあげないとっ! と、思っていたのですけど、みんなポカンと口を開けっ放しになっていたので、ちょっと怖くて優しく出来なかったのです。反省。
お兄ちゃんに任されたお仕事をリーシャちゃんとレイラちゃんと協力してこなしたのです。
ココはがんばりました。だって、頑張ったらお兄ちゃんが晩御飯をはんばーぐにしてくれるって言ってたから。
晩御飯がはんばーぐになったのも嬉しい出来事だったけど、もう一つ嬉しい事があったのです。
それは、ココたちと同じ奴隷さんの仲間が増えたことなのです。それもココたちよりも小さい子が居たのです。
妹です。後輩なのです。小っちゃい子だから、ココたちがしっかりときょーいくしないといけないのです。だってココはシシリアちゃんにきょーいくしてもらったから。
「ココなのです。よろしくね、レリルちゃん」
「ん。よろしく」
あれ~? ずっと無表情だし、やっぱり傷付いているのかなぁ? さっきは失敗したけど、今度は優しくしてあげるのですっ! だってココはお姉ちゃんだからっ!
と、思っていたのですけど……。
「レリルは十二才。立派なれでぃー」
まさかレリルちゃんの方がお姉ちゃんだというきょうがくの事実だったのです……。ガックシなのです……。
「立派なれでぃーだけど、レリルは新入り。ココたちに色々教えて貰う」
「ふぇ?」
「これから仲良くしてくれると嬉しい」
ジッとココを見詰めて来るレリルちゃん。ココは嬉しくなって、バッとレリルちゃんに抱き着いたのです。
「はいなのですっ! レリルちゃんと仲良くするのですっ!」
レリルちゃんはココに抱き着かれても無表情だったけど、ほんのちょっぴり微笑んでくれたのです。
いつもはリーシャちゃんと手をつないで歩くんだけど、今日はレリルちゃんと手をつないで帰ることにしたのです。
レリルちゃんはココよりもお姉ちゃんだけど、身体がちっちゃいからココが気を付けてあげないといけないのです。
途中でシシリアちゃんときれいなお姉さんのエリーちゃんと合流して、みんなで仲良く帰ったのです。
晩御飯はお兄ちゃんが言っていた通り、はんばーぐだったのです。だけど……。
「お兄――ご主人様、なんだかはんばーぐが変なのです?」
前に食べたはんばーぐとは違い、黄色いトロッとした物が掛かっていたり、真っ白なお山がはんばーぐを組み敷いていたのです。大変ですっ! はんばーぐがピンチなのですっ!
「あぁそれは、チーズハンバーグと和風ハンバーグだ。前に作った物もあるけど、こっちのも美味いぞ? ほれ、ココ」
お兄ちゃんがちーずはんばーぐを一口切り分けて、ココに食べさせてくれたのですっ!」
「んんっ! はんばーぐがとってもおいしく進化したのですっ! ご主人様、とってもおいしいのですっ!」
「おぉそうかそうか」
ココがとってもおいしいと伝えると、お兄ちゃんは優しいほほえみでココの頭をなでなでしてくれたのですっ!
でも……ちーずはんばーぐも美味しかったけど、お兄ちゃんに食べさせてもらったから、一段も二段も美味しかったのです。優しいお兄ちゃんがココはとっても大好きなのですっ!
その後……。
「シャ、シャン様? わ、わたくしのも味見してみませんか?」
「え? いや、シシリアの食べている物は俺と同じだろ?」
「そ、そうですけど……」
「シャン様、旅の疲れはありませんか? まぁ! 疲れて手も動かせない? まぁそれは大変で御座いますね。僭越ながらわたくしが食べさせて――」
「レイラ様もシャン様にご同行してお疲れでしょう。その役はわたくしがさせて頂きますわ」
「あら? シシリア様、わたくしは一切疲れておりませんわ?」
「いえいえ、ご無理なさらずに」
「うふふ」
「ふふふ」
シシリアちゃんとレイラちゃんとの間に激しい火花が散っているのです……。
お兄ちゃんは「またか……」と額を抑えていたけど、どうやらココはお兄ちゃんの力にはなれそうにないのです。なので、隣で鬼気せまる勢いではんばーぐをバクバク食べているリーシャちゃんを見習って、ココもはんばーぐを食べる事にせんねんするのです。
「うんっ! やっぱりはんばーぐは、さいきょーなのですっ!」
お兄ちゃんのお手伝いも出来たし、おいしいはんばーぐを食べられてココは大満足の一日でした。
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*次回更新日は、2019/10/3 16:00の予定。
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