第一七話 ハンバーグはさいきょー
「ふふ~ん、ふんふんふ~ん」
ミンチにしたワイルドボアの肉をボールに入れて、リズムよく捏ねる。
ある程度粘り気が出て来たところで、みじん切りにした玉ねぎ、卵黄、パン粉を投入。
「ふんふ~ん、ふふん、ふ~ん」
程よく混ぜ合わせた後、形を大判型に整え、リズムよく叩いて空気を抜く。
熱したフライパンに、これまたワイルドボアから取ったラードを引き、成形した肉を焼いていく。
「ふふ~ん、ふんふんふ~ん」
両面にしっかり焼き色を付けた後、蓋をして暫く蒸し焼きに。
絶妙なタイミングで蓋を外すと、ジュージューと肉が焼けるいい音と美味そうな匂いが。
「シャン様、ご機嫌ですね」
不意に聞こえた声に振り返ると、補助をしてくれていたシシリアがニコニコと微笑んでいた。
「ん? そうか?」
「えぇ、珍しく鼻歌を口ずさんでいましたよ」
シシリアに指摘され、初めて気が付く。何だかちょっぴり恥ずかしい。
「何かいいことでもありましたか?」
サラダを盛り付けながらシシリアは聞いて来た。
「ん~特には無かったけどな。まぁ害虫駆除が出来て多少はスッキリとした気分だな」
ハンバーグを焼いた後の肉汁を使って、特製ソースを作りながら答えた。
先程まで魔の森でシュヴァートと共に魔物狩りに勤しんでいたわけだが、そこで因縁深いマンティスと遭遇。
辛苦を舐めさせられた憎き宿敵だったが、圧倒的な力でもって瞬殺。その後もダンジョン領域内に存在していたマンティスを片っ端から駆除していったのだった。
いつかは殲滅しなければならないとずっと頭の片隅にあった懸案事項が、晴れて無くなったのだ。妙に気分が良いのも当然だろう。
木皿――シシリアお手製――に盛り付けたハンバーグに特製ソースを掛け完成。
「美味しそうですね」
シシリアに同感だ。めちゃくちゃ美味そう。
完成した料理をワゴンカートに乗せ、居室――ではなく、謁見の間へと運ぶ。
今までは人数も少なかったし、問題になって無かったけど……そろそろ食堂でも設置するべきかね。
「それにしてもシャン様はお料理がお上手ですね」
その途中で、シシリアが不意に感心したように言ってきた。
「まぁ一人暮らしが長かったからな」
前世では長い間ずっと一人暮らしをしていたんだ。これくらいの料理なら一応は作れる。まぁ前世ではここまで美味い料理は作れなかったけどね。シシリアから還元された「家事」スキル様々だな。
「そう……だったんですね」
俺の答えを聞いて、何故かシシリアは悲しそうな、それでいて慈しむかのような眼差しを向けて来た。
多分俺が悲しそうな表情をしていたからだろう。昔の事を思い出すと、やっぱり胸に来るものがある。
小学六年生の夏休み。両親と妹、家族みんなで旅行に出掛けた先で……交通事故に遭った。
自動車と自動車の正面衝突事故。対向車線から自動車が飛び出してきて――。
俺が覚えているのはそこまでだ。次に記憶しているのは病院のベッドで寝かされている記憶。
自動車は大破。家族は俺以外即死だったそうだ。というより、俺が生き残ったのが奇跡だと、警察の人は言ってたっけ。あんまり覚えていないや。あの時の記憶は飛び飛びだし。
退院してからもすっげぇ忙しかったしな。両親は駆け落ちで実家とは没交渉だったもんだから、頼れる親族も居なかったし……。
まぁそれでも学校の先生やら役所の人やらが助けてくれて何とかなったな。両親が残した遺産もかなりの額になっていたし、お金には全く困らなかったのが救いだったな。
それから中学に上がり、MMORPG『セブンズフェリアル』に出会って……夢中になれる何かがあったからこそ、俺は絶望せずに済んだんだと思う。少年だった俺には酷過ぎる現実をその時だけでも忘れられた――。
「――シャン様、大丈夫ですか?」
ふと耳元で聞こえた声に、ハッとする俺。見れば、シシリアが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
「あぁ、ごめんごめん。大丈夫だからサッサと運ぼうか。折角美味そうに出来たんだし、冷めると勿体ないだろ」
取り繕うように笑って誤魔化すと、俺はサッサと歩いていく。
《……》
シシリアは終始心配そうな表情を浮かべたままだったが、黙々とワゴンカートを押して、俺の後に付いて来る。
「……」
謁見の間に向かう短い時間、ずっと黙ったままだった。だが、それが俺にとっては逆に良かったと思う。変な慰めや、同情なんてして欲しくないからな。
謁見の間に着くと、そこではテーブルやら食器やらを準備しているシュヴァートたちの姿が。
「小娘その一、お前は飲み物を準備しろ」
「わ、わかりましたっ」
「小娘その二、そこはシャン様がお座りになられる場所だ。我が変わろう。お前は他の場所を」
「わかったのです」
……。
「ん? おぉこれはこれは、シャン様。直ぐに準備致しますので、しばしお待ちを」
シュヴァートが俺に気付くと、手を止めて恭しく一礼した。そんなシュヴァートの様子を見て、慌てて頭を下げるリーシャとココ。だが、それがマズかった。
――ガシャンッ! パリンッ!
慌てて頭を下げた拍子にココが食器を盛大にぶちまけてしまった。
「おいッ! 小娘その二ッ! 何をやっているッ!」
シュヴァートが叱責し、ココが慌てふためく。
「はわわぁ、しまったのですっ!?」
すぐさまココがしゃがんで割れた食器を片付けようと手を伸ばした瞬間。
「馬鹿者ッ! 素手で割れた食器を拾うなッ!」
「あれれ~? 消えちゃったのですっ!?」
シュヴァートがまたしても叱責し、ココが割れた食器に触れる前に、影空間に収納した。
「……ハァ、もう良い。小娘その二は、小娘その一を手伝え」
「ココちゃん、こっちに来て手伝ってくれないかしら」
「はいなのです。直ぐに行くのです」
バタバタと騒がしい光景を黙って見ていた俺は、ゆっくりと振り返りシシリアを見た。
「なぁ、シシリア。どこからツッコめばいいんだ?」
シシリアは苦笑している。
「わたくしの時も初めは『小娘』でしたし、暫くはいいんじゃないでしょうか」
そう言えばそうだったな。いつの間にかシシリアの事を名前で呼んでいたんだし、時間が解決してくれるだろう、多分。
その後、「家事」スキルを有するシシリアが加わった事によって、一瞬で準備が整う。
俊敏に動くシシリアをキラキラとした眼で見詰める新米メイドたち。シシリアを見習って、頑張ってくれと、心の中でそう切実に願った。
「じゃあ、食うか」
俺がそう言って、椅子に座り手を合わせて……あるぇ? 何で皆立ったままなの?
「ん? どうしたんだ? はよ座れよ」
「いえ、私共は執事とメイド。ご主人様であらせられるシャン様とご一緒させて頂くわけには参りません」
シュヴァートがそうキッパリと言い放った。何だか若干胸を張ってドヤ顔なのが気になる……。
「シャン様。前にシュヴァート様から『執事としての教養を身に付けたい』と、仰られて……その……」
シシリアが俺の耳元で囁きながら教えてくれた。
なるほど。このシュヴァートのドヤ顔は、執事として立派に受け答え出来たと、満足している表情なんだな。
だけどな、シュヴァート。周りをよく見てみろ。ココなんてお腹を押さえて、涎を垂らしながら指を咥えているぞ。リーシャはそんなはしたないマネはしていないけど、ジッと真剣な表情で真っ直ぐハンバーグを見詰めているし……さて、どうするべきか。
「シュヴァートの気持ちは判るけど、俺一人だけ先に食うのもなぁ~……折角美味そうに出来たんだし、温かい内に食べた方が――」
「はっ、畏まりました。おい、シシリアと小娘その一、その二。さっさと席に着かんかッ!」
シュタッと着席し、シシリアたちに着席を命じるシュヴァート。あまりの変わり身の速さに、俺は苦笑し、シシリアとリーシャは唖然としていた。
「はいなのですっ! リーシャちゃん、速く座るのですっ!」
その中でただ一人、瞬時に適応してみせたココ。速く速くとリーシャの腕を引っ張る。
困惑顔のリーシャが視線で問うて来たので、何も問題は無いと頷いてやる。すると、ホッとした表情を見せ、リーシャは着席した。
あ~そうか。俺の不興を買ってしまうのではないかと、不安だったんだな。ここを追い出されてしまえば、路頭に迷うのは確実なんだし。
取り敢えず全員が着席。俺は手を合わせて「頂きます」と言ってから、早速ハンバーグを一口食べた。うん、やっぱり美味いな。
もう一口食べようと持ち上げたところで気付く。皆がジッと俺を見詰めていることに。
あ~そうか。こういった事でも言ってやらないといけないのか……面倒くせぇ……。
「ほら、温かい内に食べろ」
許可を出してやると、一斉にハンバーグを攻略しに掛かるシュヴァートたち。パクッと一口食べると……。
「「「「~~~~ッ!」」」」
一様に恍惚な表情を浮かべた。……おい、シュヴァート。何でお前は泣いてやがるんだ。
「こんなお肉食べた事が無いのですっ! おいしいのですっ! ご主人様すごいのですっ!」
ご主人様……? あぁ、俺の事か。
「そうか。喜んでもらえたのなら何より。ココ、『お肉』じゃなくて、これはハンバーグって言うんだ」
「ハンバーグなのです? ハンバーグさいきょーなのですっ!」
ニコッと満面の笑みを浮かべるココを見ていると、なんだかこっちまで笑顔になってしまうな。
一方、そんな騒がしいココと打って変わって、シシリアとリーシャは……。
「「(バクバクバク)」」
ただ静かに、そして無心でハンバーグを次々と口に運んでいた。……ちょっと怖い。
それから和やかな雰囲気で食事を終えると、不意にシシリアが溜息を付く。どうしたのか気になって訊ねると。
「いえ……もう食べ終えてしまったんだなぁと思っただけです」
「そ、そうか」
「シャン様がお作りになられるお料理は、どれも初めて見るお料理で、そしてどれも美味しいものばかりです」
シシリアはそっとお腹を押さえて、少し不安そうな顔をした。うん、これは俺にも判るぞ。絶対に訊いてはいけない事なんだろうな。
「どうしたのだ、シシリア。腹に手を当てて」
お、おい、シュヴァート!?
「い、いえっ! 別に何もっ!」
「ふむ、そうか。ならばいいが……少し太――」
「アァンッ!?」
決して乙女が出してはいけない声が聞こえた気がしたが……うん、俺は何も聞いていないぞ。
「んじゃ、片付けはよろしく」
俺は即座に戦略的撤退を敢行。〈影移動〉を使用し、居室へと向かう。
影空間に入る瞬間、何やら聞こえた気がしたが……まぁ気にしないでおこう。うん、それがいい。
「シシリアは怒らせちゃいけない奴だ」
《そうですね。今回はシュヴァートが全面的に悪いと思いますよ》
今後、シシリアを怒らせないように気を付けようと固く、固く心に誓うのだった。
俺が居室へと戻ると同時に、扉がノックされた。
「入れ」
「失礼致しますわ」
入室の許可を出してやると、新しい魔物――サキュバスが一礼と共に入室してきた。
「何か問題があったか?」
サキュバスはジョージ達の尋問を任せたのだが……それ程時間は経っていないし、何か問題でも起こったのかと問いかけると。
「いえ、何も問題はありませんわ」
問題は無いとサキュバスは言い切った。
では、一体何用か? 視線で続きを促す。
「尋問の結果、判明した情報をご報告させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「え? もう?」
尋問を任せてまだ半日も経っていないぞ。
「えぇ。とても協力的な方々で御座いましたわ」
うふふと妖艶に微笑むサキュバス。よく見れば、なんだかツヤツヤとしてないか……? 一体何をしたのだろうか……。
「気になります?」
「いえ、大丈夫です」
即答して拒否する俺。なんだか聞いてはならないことのような気がするしな、うん。
「そうですか……残念で御座いますわ」
サキュバスは物凄く残念がっているけど……大体予想は付くし……なんだか怖いし……。
「あぁ、シャン様。ご心配せずに。わたくしはまだ乙女で御座いますよ、うふふ」
「あ、うん。それは良かった?」
何が良かったのかは俺自身も判らないけど。とにかくサッサと報告しろとサキュバスを促した。
「では、ご報告させて頂きます。どうやら彼の者たちは、闇ギルド「三つ首」の中でも末端構成員だそうで、組織について重要な情報はご存じないそうですわ。規模も構成員数も把握していないみたいですわね」
「まぁ魔の森へと向かわせるぐらいだから、下っ端とは思っていたけど……そうか」
予想はしていた事だが、少し残念だ。
「えぇ、ただ組織についての情報は得られませんでしたが、依頼主については多少把握しておりました」
「確か……ロードスティン王国の王子だったっけ?」
「まぁ! 流石はシャン様で御座いますわね。既にそこまでの情報を得られているとは」
心底感心しているというようなキラキラした表情を浮かべるサキュバス。
「シャン様が仰る通り、依頼主はロードスティン王国第一王子ラディウス・フォン・ロードスティン。依頼内容は、『シシリア・ヴァン・ブラッドフォールンの捕縛又は確保』ですわ」
「捕縛又は確保? 俺には一緒に思えるんだが」
「生死は問わずという事で御座いましょう」
なるほど。生きたまま捕縛又は、死体の確保といった感じか。生身でも死体でも、とにかく王子様はシシリアを確保したいというわけか。
「王子――ラディウスだったか。そいつの思惑は判っているか?」
「いえ、彼の者たちは把握しておりませんでしたわね。ただ、ラディウス王子に関する情報はある程度知っていたようですわ」
ほう。それは聞いていて損は無いな。
サキュバスから齎されたラディウスに関する報告をまとめてみると……。
性格は非常に穏やかであり、平民にも分け隔てなく接する優しさを持っている。頭脳明晰で国政にも関与し、様々な施策によってロードスティン王国は非常に豊かになったとか。
また、武術の才もあり、王国騎士団団長に匹敵する剣の使い手らしい。魔物討伐にも率先して参加し、国民から絶大な人気を誇っているらしい。
……どこの完璧超人だか。俺とはかけ離れた優れた人物に間違いないな。これでイケメンだったりしたら……俺、絶望してしまうかも。
「――それに、容姿端麗で女性からの人気が凄まじいそうですわ。おや? どう致しました?」
ぐっふ……。俺の心にクリーンヒット。ライバル視する訳じゃないけど……勝てる所が無いよぉ~……エ~ン。
「い、いや、大丈夫。無情な現実に打ちのめされたりしてないからねっ」
「そ、そうで御座いますか……」
やめてっ! そんな居た堪れないような瞳で俺を見ないでっ!
「えっと……続きをご報告しても?」
「あ、うん。どうぞ」
「では。今わたくしがご報告した内容は、一般的な国民が有しているイメージで御座いますわ。裏社会では、また違った印象のようですわね」
「裏の顔があるってことか?」
「えぇ、そうで御座います。詳細は判っておりませんが、彼の者たちは非常にラディウス王子を恐れているようでしたわ。今回のラディウス王子からの依頼は、組織として絶対に失敗することが出来ないと、上役から口酸っぱく言われていたそうです。失敗すれば、組織としての活動が出来なくなるとも」
「ほう。ラディウスは裏社会にも影響力があるってことか」
「それと、彼の者たち以外にも各所に構成員を放っているとも」
チッ。面倒臭い事になった。シシリアの捜索に、ジョージ達以外の構成員を導入しているってことは……。
《再びこのダンジョンに、ラディウス王子の息のかかった侵入者がやって来るかもしれませんね》
ヒイロの言う通りの可能性は高まった。ジョージクラスの奴らであれば、撃退することに関しては何も問題は無い。ただ……撃退に成功する度に、三つ首は不審に思うだろう。この魔の森へ向かった部隊だけが帰って来ないことに。
いや、既にジョージ達を監視していた構成員が居たかもしれない。ダンジョン領域には足を踏み入れずに、距離を置いて……。
「シャン様、他にもご報告したいことが」
「ん? まだ何かあるのか?」
「今回の件とは関係ありませんが……どうやらカトレア王国で食糧の買い占めが起きているそうですわ」
「食料の買い占め? 飢饉でも起こったのか?」
俺は小首を傾げながらそう問い掛けると、サキュバスは首を横に振った。
「そうではありませんわ。戦争の準備だと思われます。食糧の買い占めと同時に、武器発注も増えているそうですし」
「戦争か……」
小さく呟く俺。
『戦争』。平和な現代日本で育った俺には、あまり具体的なイメージが持てない。どこか昔の事だと思ってしまう。だけれど……教科書や歴史書で語り継がれる戦争の凄惨さはよく知っている。
「目標はどこだ? ロードスティン王国か?」
サキュバスに訊きながらも、俺はそれは違うだろうとどこかで感じていた。その直感はどうやら正しかったようだ。
「いいえ。アルメニア王国ですわ」
アルメニア王国。リーシャとココの生まれ故郷だ。リーシャとココの村が襲われたと聞いていたし、リーシャが言っていた『見慣れない人族の兵隊さん』とは、カトレア国軍ではないだろうか。
カトレア王国とアルメニア王国の戦争。その原因は全く不明だが……何となくラディウスが関与している気がしてならない。何の証拠も無いんだけどね。
まぁ見知らぬ国同士が戦争しようが、俺としては全く問題ない。冷たいかもしれないが、関係ないっちゃ、関係ないしね。
ただ、両国とも魔の森に隣接しているのだ。対岸の火事と思っていたら、飛び火しましたでは笑えない。
これはちょっと直接出向いて調べる必要があるかもな。ダンジョンを離れるのは、めちゃくちゃ心配だけど……。
《私としては危険なマネはして欲しく無いのですが……》
そうは言ってもなぁ~……。後手に回ることだけはしたくないし。
「どうすっかなぁ~……」
俺は天井を仰ぎ見て、頭を悩ますのであった。
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*次回更新日は、2019/9/21 16:00の予定。
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