第一六話 新しい眷属たち
牢屋を後にした俺は謁見の間へ向かう。
進化中のグリューをどこか安全な場所へと移送しないとね。進化中は一番無防備になる時だし。
謁見の間に入ると、中央に佇む謎の美青年がいた。俺の気配を敏感に感じ取ったのか、その美青年はゆっくりと振り返った。
緑髪が右眼を覆い隠し、額から生えた一本の角。スッと鋭い目元が涼し気で、ミステリアスな印象の美青年だ。
身長は俺と同程度。程よく引き締まった細身の肉体。腰ミノ一つで――って、腰ミノ!? つーか何故裸!? 今度の侵入者は露出狂なの!?
「シャン様、お勤めお疲れ様です」
スッと綺麗な所作で跪く謎の美青年。あ、もしかして……。
「グリュー……なのか?」
「はい」
戸惑いながらも問い掛けると、即座に頷く謎の美青年改めグリュー。
「えっと……もう進化完了したのか?」
「はい、無事に」
シュヴァートの時は結構時間が掛かっていたよな? 眼を離したほんの数十分で進化し終えたのか。
「随分と細くなったけど……強くなったみたいだな」
ホブゴブリンの時は立派な体躯だったのに……今では細マッチョのイケメンくんだ。ギャップが激しいぞ。
体格は随分と小さくなってしまったが、内に秘めた力は凄まじく高まっているようだった。
《スキル「魔力視」を取得しました》
ヒイロの報告が脳裡に響いた瞬間――渦巻く魔力・魔素を感覚的に捉える事が出来るようになった。
「シュヴァート並みに強くなったみたいだな」
「えぇ、そうですね。私に匹敵するかもしれません」
シュヴァートがグリューを真剣な表情で見詰めながら頷いた。
俺の配下の中で一番の強者は何を隠そうこのショタ執事のシュヴァートである。まぁ、戦闘員はコイツだけだったが。
最近では、俺に隠れて一人で魔物を狩っているようで、LV38まで到達していた。
因みに、俺の現在のレベルは44。俺も魔物を狩ってレベルアップしているのだ。まぁ自分一人だけの力じゃなく、『支配者』の効果によって配下が取得した経験値の一部を還元してもらっているんだけど。
「滅相も御座いません。今はまだ、シュヴァート様のように自身の力を十全に使いこなせておりません」
恐縮するグリュー。というか、シュヴァートにも様付けなのね。眷属の中でも序列があるのか?
「まぁ進化したばっかりだから、それは仕方がないだろ」
「シャン様の仰る通り。グリューよ、慌てずに、自身の力を使いこなせるように、日々精進せよ」
「御意」
ん~……なんか俺よりも余程シュヴァートの方が支配者としての佇まいが出来ているように思えるなぁ~……。
「それに、今後は同僚だ。私に敬称など不要。今後はシュヴァートと呼べ」
「はっ、判りまし――判った、シュヴァート殿」
いや、判ってないじゃん、グリュー……。つーか、シュヴァートもうんうんと頷いているけど、それでいいのか……?
眷属同士のアホなやり取りに若干頭痛を覚えたが……まぁ気にしないでおこう。取り敢えず、グリューのステータスでも確認しておくか。
名前:グリュー LV31
種族:鬼人族
称号:シャンの眷属
性別:雄
年齢:0才
髪:緑 瞳:青 肌:白
特殊能力:〈鬼ノ眼〉
技能:「剣術」「気配察知」「身体強化」
魔法:―
耐性:―
ホブゴブリンから進化して種族が鬼人族となったようだ。シュヴァート同様、魔物召喚項目では見たことがない種族である。
スキルはシュヴァートと比べて四つと少ない。だが、特殊能力〈鬼ノ眼〉は、戦闘に於いてはかなり優秀なスキルだ。
〈鬼ノ眼〉……自身を中心として、半径数メートルの範囲内――力量に応じて拡大――を俯瞰して視認可能。知覚速度十倍。
近接戦においては優秀な特殊能力だろう。試しに俺も使用してみると……。
「なるほど。こんな感じなのか」
「どう致しましたか? シャン様」
思わず呟いてしまうと、未だアホな会話をしていたシュヴァートが耳聡くそれを拾った。
「あいや、ちょっと新しいスキルを試してみたんだよ。グリューの特殊能力〈鬼ノ眼〉って奴を」
この謁見の間ぐらいの広さであれば、俺を中心に俯瞰して視認出来るようだ。こりゃすごく便利だな。
まぁ「魔力視」があるから俯瞰視認はあんまり必要ないかもだけど、知覚速度十倍は凄い。時の流れがゆっくり感じる。
ただメリットだけではなく、デメリットも判明してしまったわけだが。
「どうやら壁の向こう側は視認出来ないみたいだな」
壁の向こう側は真っ暗となっており、何も認識出来なかった。どうやら同空間しか視認出来ないみたい。室内戦などの閉鎖空間では気を付けなければいけないだろう。
判明した内容や注意点をグリューに伝えてやると。
「流石はシャン様ッ! もうそこまで使いこなされているとは」
キラキラとした眼で俺を見上げるグリュー。あ、因みにグリューはまだ跪いたままだよ。
「俺――いや、私はまだこのスキルを使いこなせておらず、汗顔の至り……」
悔しそうに、そして情けなさそうに唇を噛み締めるグリュー。拳がギュッと握り締められ、微かに震えていた。
悔しがり過ぎだろ、コイツ……。シュヴァートといい、グリューといい……俺の眷属ってメンドクサイ特性でも兼ね備えているのか?
「あ、シャン様。こちらにおられましたか」
眷属の面倒臭さに辟易していると、背後から声を掛けられた。
振り返って見れば、扉からひょこっと顔を出すのはシシリアだった。
「ん? 何かあったか?」
「いえ、ご報告しておこうかと思いまして。リーシャさんとココさん、お二人はシャン様のお言い付け通り、お風呂に入って貰った後、軽めの食事を摂り、私の部屋で休んでもらって――」
ニコニコと微笑みながら俺に報告してくるシシリアだったが、不意に言葉が止まった。そして、みるみるうちに顔を真っ赤にして――。
「キャァァアアア!」
甲高い悲鳴。シシリアはバッと顔を手で覆い、その場に蹲る。
「シシリア、ど、どうしたっ!?」
片手をパタパタと慌てるように振り、あわあわとするシシリア。
「は、は、はだ、は、はだ」
「はだ?」
「裸ぁあ! なんで裸の人がいるんですかぁあッ!」
裸の人……? はて、そんな露出きょ――あ。
振り返ってみれば、そこには跪いたままのグリューが。跪いているもんだから、丁度腰ミノが身体の影に隠れて、真っ裸に見えてしまう。
「グリュー、立てッ!」
「はっ」
俺が命令を下すと、即座に立ち上がるグリュー。
「シシリア、ほら見てみろ。ちゃんと履いているぞ」
俺が必死にそう言い聞かせるが、中々見ようとしないシシリア。手に覆われて表情は判らないが、真っ赤に染まった耳がシシリアの心情をよく表している。
「履いているから大丈夫だ。なぁ、グリュー」
「はい。ご安心を。履いております」
グリューはビシッと腰ミノを指差す。……至って真面目な顔しているけど……アホみたいだぞ、グリュー。
内心の思いは決して口には出さない。出してしまえば、余計面倒な事になることは判り切っているからな。
「あ、安心出来ませんっ! 例え下着を履いていたとしても、裸じゃありませんかっ! 何か着て下さいっ!」
あ、それもそうか。シシリアは公爵令嬢として育てられたんだし、こういったものに免疫は無いよな。……ん? 何か引っかかる気がしたけど、まぁいいか。
俺はササッとシステムウィンドウを操作し、衣服を召喚する。
「グリュー、これでも着とけ」
ふぁさっと放り投げてやると、グリューはいそいそと身に付けていく。
「シャン様、この太い紐はどのように?」
「あぁ、前を重ねて、腰に巻くんだ。取り敢えずは、帯の端は中に入れとけ」
俺がグリューに渡した衣服は、ズバリ和服だ。着替えたグリューを見ると、やっぱり思った通り。コイツは着流しが似合う。
それから暫くシシリアを宥め、彼女が落ち着いた時には、何だか精神的に疲労困憊になってしまった。
少し休もうと、玉座にドサッと腰を下ろす。ハァ~なんか疲れた。
「シャン様、紅茶で御座います」
「サンキュー」
シュヴァートが小さなテーブルを運び、紅茶を淹れてくれた。
何だか最近ますます執事が板について来たなぁ~と、少し感心しながら紅茶を一口。
「ぶぶぶぅぅぅうううう!」
あまりの不味さに噴き出してしまった。
「も、申し訳御座いませんっ! お口に合わなかったでしょうか?」
慌てて頭を下げるシュヴァート。そして、不安そうに上目遣いで訊いてくる。……あざとい奴だ。
俺は無言で紅茶を差し出す。受け取ったシュヴァートは困惑顔でカップを見詰めていたが、俺がクイッと顎で示すと、カップに口を付けた。そして――。
「ぶぶぶぅぅぅうううう!」
と、勢いよく噴き出したのだった。
シュヴァートにも不味いって判ったんだな。良かった、コイツの舌がバカじゃなくて。つーか、味見しろよ、味見を。
申し訳御座いません、申し訳御座いませんとひたすら謝罪するシュヴァートに、気にするなと声を掛け、取り敢えず汚した個所の掃除を命じる。
シュヴァートの不味い紅茶を下げ、シシリアが新しく紅茶を淹れてくれた。うん、美味い。
さて。まずは今後どう動いていくべきか考えようか。
取り敢えずは……そうだな、魔の森周辺国家の動向が気になるところ。特にロードスティン王国ね。
闇ギルド「三つ首」の構成員までも動かしたロードスティン王国の王子。出来れば、その素性を知りたいところ。
王子に関してはシシリアに訊けば、一番いいんだろうけど……。
シュヴァートと共に仲良く掃除しているシシリアをチラッと横目で窺う。
今ではすっかりメイド業が板につき、いつも明るく微笑んでいるが……俺は知っている。時折、暗い表情を見せているのを。
俺が訊けばちゃんと答えてくれるだろうが……今はまだそっとしておくべきだな。
《マスターのご判断は正しいかと。シシリアは表面上笑顔を絶やしておりませんが、やはり精神的に弱っております》
そう、だよな。流石に今のシシリアに訊ねるのは酷だよな。
シシリアがダメなら、やっぱりジョージ達を尋問するべきだろう。ただ、問題は……誰を尋問官に任じるかだが……。
シュヴァートもグリューも性格的に向いてなさそうだわ。シシリアも無理だろうし、リーシャとココは論外。やっぱり新しい魔物を召喚するべきだな。
出来れば高い知能を有している奴がいい。シュヴァートもグリューも馬鹿だからな。
《高い知性を有している種族はこちらをご覧下さい》
ヒイロに提示された魔物召喚項目を流し読みしていく。
DPも潤沢にある訳じゃないからなぁ~……どうしようか……お、コレなんていいんじゃね?
俺は即決して、ポチッと項目をタップする。すると、謁見の間の中央に魔法陣が浮かび上がった。
「な、何が起きたんですかっ!?」
突然浮かび上がった魔法陣に驚くのはシシリアだ。そう言えば、シシリアは魔物召喚を実際に目にしたことは無かったっけ。
「驚かせて悪い。魔物を召喚したんだよ」
「ま、魔物を……ですか? わ、わたくし席を外しておきましょうか?」
「ん? 別にそこまでしなくていいさ。取り敢えず、ちょっと端に寄ってくれれば」
俺は配下を脇に退け、ジッと魔法陣を見詰める。
いつ見ても不思議な現象だ。魔法陣から放たれる淡い光の粒子。次第にそれは形を成していき、新しい魔物が召喚される。
艶やかな長い黒髪。微笑を浮かべるぷっくりとした唇。涼やかな目許にはセクシーな黒子。女性的な湾曲したシルエットを浮かび上がらせる黒いドレスに、胸元を押し上げる大きな双丘。そして、一番特徴的なのは、頭部に生えた小さな黒い翼と、細長い尻尾だろう。
「お初にお目に掛ります、マイマスター」
うふふと微笑み、そう挨拶をする新しい魔物。ただ微笑んでいるだけなのに蠱惑的な色香が醸し出され、俺は思わずゴクリと唾を飲み込む。
「……シャン様?」
《……マスター?》
地獄の底から響いて来たかのような低く冷たい声。ビクッと身体を震わせ、視線を向けると……シシリアが絶対零度の眼差しで俺を見詰めていた。
こ、怖ぇ~……マンティスと遭遇した時よりも怖いんだけど。つーか、シュヴァートにグリューもッ! 何ササッとシシリアから距離取ってんだッ! 今こそ、テメェらが身体を張って俺を助けるべき時だろうにッ!
このままではヤバイ。そう感じた俺は、あからさまにゴホンと咳払い。どうにか取り繕う。
「俺はシャンだ。一応、ダンジョンマスターをやっている」
「シャン様で御座いますね。素晴らしきマスターを得る事ができ、わたくしは幸せ者ですわね」
頬に手を当てうっとりする新しい魔物。ちょっとした仕草なのに、妙に色っぽい。
まぁそれは仕方がないのかもしれない。何せこの新しい眷属は、サキュバスなんだから。
「早速で悪いんだけど、一つ仕事を頼まれてくれないか?」
「何なりとお申し付け下さいませ」
「今、牢屋にいる奴らの尋問を頼みたい。殺さずに出来る限りの情報……そうだな、特にアイツらが所属している組織の詳細と、依頼主の素性を聞き出してくれ」
「畏まりましたわ。シャン様のご期待に添えるよう尽力致しましょう」
優雅に一礼するサキュバス。ぽよんと揺れる見事な双きゅ――ゲフン、ゲフン。突き刺さる視線の冷たさに、強引に意識を切り替える。
「よろしく頼むな。じゃあ、シュヴァート。牢屋まで案内してくれ」
「はっ、畏まりました。行くぞ、女」
「えぇ、お願い致しますわ」
シュヴァートはサキュバスを伴って、謁見の間を後にする。
残された俺たちは……極度に張り詰めた空気に、誰もが口を閉ざしていた。まぁ、その原因はシシリアなんだけど。
「……随分と綺麗で胸が大きい方でしたね、シャン様?」
「お、おぉ。そ、そうだな」
痛い、痛いよぉ~、冷たい視線が痛いよぉ~。誰か助けてぇぇえええ!
冷や汗をタラタラと垂らしながら、ただただ耐え続ける俺。どれぐらいの時間が経ったのだろうか、不意に小さな溜息が聞えた。
「……はぁ。まぁいいでしょう。精神魔法が使えるから、サキュバスを選んだのでしょうし。……それにシャン様の趣味も判りましたしね」
最後の方はごく小さく呟かれたが……しっかり聞えちゃってますから。
「シャン様。俺――いや、私はそろそろ鍛錬をしたいのですが……退出させて頂いても宜しいでしょうか?」
空気が緩んだのを感じ取ったのか、ずっと沈黙を保っていたグリューがそう言ってきた。
「別に『俺』でいいぞ、無理することは無いしな。そうだな……もう用件は無いし、出て行ってもいい――あ、待て。いい事を思い付いた」
ポンッと手を打ち、ササッとシステムウィンドウを操作する。
再び、魔物召喚を行い、ゴブリンを二十匹追加召喚した。……せ、狭ぇ。
「コイツらをグリューに預ける。訓練し、このダンジョンの精鋭部隊に鍛え上げろ」
今までは魔の森という土地柄もあって、侵入者は少なかったが、ジョージ達という侵入者がダンジョンまでやって来たのだ。今後どうなるか全く予想出来ない。
ならば、少しでも防衛能力を高めるべきだ。その第一弾として、グリューにゴブリンを鍛えさせ、防衛戦力に組み込むことにした。つーか、今まで防衛戦力と言えるだけの戦力が無かったことが問題だな。まぁDP不足問題もあったし、仕方が無いと言えば仕方がないか。
「はっ、承知しました。この者共を立派な戦士として育て上げましょう」
スッと跪き、頭を垂れるグリュー。その後ろでも二十匹のゴブリンが一斉に跪いていた。壮観だな。
あ、そうだ。シュヴァートの奴にも部下を付けて、ゴブリンと共闘させるのもいいかもしれないな。
「よろしく頼むよ。後、訓練用にコレを使え」
グリューに訓練用の武器類を渡し、退出を促す。ゴブリンたちが退出し、すっかり静かになった謁見の間。
「……で、何で俺の後ろに隠れてるんだ?」
ゴブリンを召喚してからずっと俺の背後にシシリアは隠れていた。
「えっと、それは……」
口ごもって視線を彷徨わせるシシリア。俺は促すように顎をしゃくる。
「ゴブリンはちょっと苦手と言いますか……その……女性にとっては非常に危険な魔物なので」
「あぁ、なるほど。そういうことか」
シシリアの言い分を聞いて、俺は納得した。
「まぁ野生のゴブリンは危険だろうが、俺が召喚した奴らは大丈夫だぞ。無暗に襲ったりはしないし、俺がさせねぇから。安心しろ、シシリア」
ポンポンと安心させるようにシシリアの頭を撫でた。
「あうぅ~……」
シシリアは耳まで真っ赤に赤面しつつも、嬉しそうに俺の手を受け入れていた。
《ちっ》
不機嫌顔で舌打ちをする桃髪美少女のイメージ……。
「シャン様、只今戻りました」
「ひゃあっ!?」
スッと俺の影から飛び出して来たシュヴァート。シシリアは可愛らしい悲鳴を上げて飛び退く。
《よくやったっ! シュヴァートよ、褒めて遣わす》
お前は……ハァ。
「む。どうやら驚かせてしまったようだな。……ん? どうしたシシリア、顔が赤いぞ」
「なななんでもああありませんかかからッ!」
不思議そうに小首を傾げ、追及するシュヴァートに、あわあわと慌てふためき必死に取り繕おうとするシシリア。
そんなシシリアの様子を、俺はニヤニヤとしながら見守る。すると、ハッと気付いたシシリアが、むぅと頬を膨らませて怒った。
「もうっ! 知らないっ!」
プンプンと怒ったまま退出していくシシリア。怒った顔も可愛いなと思う俺であった。
《わ、私は? 私も可愛いですかっ?》
いや、ヒイロは疑似人格だろ? ちょくちょく押し付けて来る桃髪美少女のイメージは可愛いとは思うが、お前の妄想だろうし、何とも言えません。
《……はぅぅ》
さて。シュヴァートも戻って来たし、そろそろ魔物狩りにでも行くとするか。なにせ、今さっきめちゃくちゃDPを使っちゃったしな。
ということで、シュヴァートと共に〈影移動〉で魔の森へ。
システムウィンドウでマップを確認。魔物の位置を把握し、真っ直ぐ向かう。
「いい空気だ」
スウ~ッと胸一杯に新鮮な空気を取り込む。魔物が跋扈する鬱蒼とした森だけど、空気だけはホント美味いよな。
自然豊かな風景を眺めつつ移動すると、カサッと茂みが動いた。
――グルゥゥ。
重低音じみた唸り声を上げながら出現したのは、丸々と太ったワイルドボア。
因みにだが、魔物は食べられる。というか、前世で食べたどの肉よりも美味いのだ。ワイルドボアなんかは特に脂身が甘くそれでいてサッパリとしていて……じゅるり。あぁ思い出しただけで涎が溢れ出しちゃう。
さて。今晩のメインはコイツで決まりだな。ということで、サクッと倒し――。
「シッ!」
いつの間にか飛び出していたシュヴァートが、短く呼気を吐き出し、手刀を放つ。
ワイルドボアの首筋を鋭く斬り付けた。
――グォォオオッ!
重く濁った悲鳴。ワイルドボアの首元から鮮血が噴き出す。
最後の悪足掻きとばかりに大きな牙でシュヴァートを狙うが……。
「フンッ!」
鋭く突き出した拳撃が容易く牙を打ち砕いた。
ドシンッと地面を揺るがしながら、倒れ伏すワイルドボア。ピクピクと痙攣しているが、もはや風前の灯火。直ぐに動かなくなってしまった。
「シャン様を睨み付けるなど、不遜の極み。死してなお、許されざる愚行。毛一つ残さず葬ってくれよう」
シュヴァートの影が膨張し蠢くと、死体となったワイルドボアに襲い掛かった。
「ちょっと待ったぁぁあああ!」
俺は慌ててシュヴァートを止めた。
ピタッと制止する影。振り返ったシュヴァートは、何故止められたのか判らず小首を傾げている。
「如何致しましたか?」
「『如何致しましたか?』じゃねぇよ。折角の獲物なんだから、粗末にすんな。それは持ち帰って晩飯にするぞ」
「よろしいので? コヤツは不遜にもシャン様を睨み付け――」
「睨み付けられた位で、そこまでやる必要は無しッ!」
はぁ……シシリアの件で少しはマシになったと思ったらコレだ。シュヴァートはホント俺を崇拝し過ぎているなよな。
「とにかくそれは影空間に仕舞っておけ」
「畏まりました」
シュヴァートは恭しく頭を下げると、ワイルドボアを影空間に収納した。
アイテムボックスなどの収納スキルは所持していないが、〈影操作〉と〈影移動〉の合わせ技によって、影空間に物を収納できるようになったのだ。まぁ、時間経過してしまうし、生ものの保管には適していないんだけどね。
それにしてもシュヴァート……強くなったな。最初はただただワイルドボアから逃げるだけで必死だったのに、今では瞬殺だもんな。
シュヴァートが見せた体術は、特殊能力〈狼牙拳〉だ。人化状態でも戦えるようにシュヴァートが編み出したオリジナル体術である。特殊能力まで昇華させたんだから、ホント大したものだ。
その後もシュヴァートと共に魔物狩りに勤しむ。というか、ほとんどシュヴァート一人で屠っていくもんだから、俺は暇で暇で仕方が無いんだけど。
まぁ眷属を働かせて、自分はのんびりとする。それが支配者のあるべき姿なのかもね。
そんな事を考えながら、次の獲物をマップ上で探していると……。
「ふむ。アイツか」
「どうかなされましたか?」
俺の呟きを耳聡く拾ったシュヴァートが問い掛けて来る。
「ん? あぁ、ちょっと次の魔物は手を出さないでくれないか? どうしても俺一人で戦いたい」
コイツだけは、どうしても自分の手で屠らなければ気が済まない。コイツ――忌まわしきマンティスだけは。
「………………判りました」
暫く逡巡していたシュヴァートだが、俺の決意を受け取ったようで、渋々ながらも頷いた。
今までは俺の前を先行していたシュヴァートが、スッと俺の後ろへと回る。
「悪いな」
「いえ」
俺が謝意を示すと、シュヴァートは何も問題は無いと首を横に振った。
それから暫く、無言で歩く俺たち。そして――遂に見つけた。
蟷螂の上半身に、蠍の下半身を有する虫型モンスター――マンティス。
――キシシシシシ。
嗜虐的な性格を表すかのような酷く耳障りな鳴き声だ。
どうやらあちらさんも俺たちに気付いたようだ。大鎌をカチカチと鳴らし、まるで新しい獲物が向こうからやって来たと喜んでいるように見えた。
レベルは48と、俺よりも四つも高い。だが……。
「負ける気がしねぇ」
俺はニヤリと不敵な笑みを浮かべると、無詠唱で火魔法を発動させる。
右手にボゥッと揺らめく拳大の蒼い炎。
大鎌を振りかぶり迫るマンティスへ、容赦なく蒼い炎を叩き付けるッ。
「塵も残さず消え失せろ」
――ボォゥッ!
勢いよく燃え上がる蒼炎。存在の全てを燃やし尽くす劫火。
俺は最後まで見届ける事無く、スッと踵を返す。
マンティスが完全に消失するまでに掛かった時間は、僅か七秒の事だった。
*ここまでご覧下さって、誠にありがとうございます。
*次回更新日は、2019/9/18 16:00の予定。
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