第一五話 巫女と幻獣
*リーシャの種族を変更しました。神獣種→幻獣種。
――『謁見の間』。
俺の眼前には、元ゴブリンのホブゴブリンと、薄汚い二人の幼女たちが跪いていた。
シシリアも多少は回復したようで、シュヴァートと共に脇に控えている。
最近外部の者と接する機会が増え、急遽増設した部屋なのだが……まぁ謁見の間と銘打っているけれど、正直名前負け感が否めない。
十畳程の広さと、取って付けたかのような石柱。そして、玉座――木製の椅子に赤い布を掛けただけ――しかこの部屋には無い。荘厳な彫刻や調度品など一切ないのだ。な? 名前負け感半端ないだろ?
とはいえ、こういう外部の者と接する為の部屋は必要だったのだ。今までは俺の居室に直接通していたんだからな。危機管理の観点からも必須施設である。
さて、怯える幼女二人は後回しでいいだろう。まずは、このホブゴブリンからだ。
「まずはホブゴブリンからだな。どうやら訓練でもスキルが取得できることがお前によって判明した。これはかなり重要な情報だ。よくやった」
「はっ、お褒めに預かり恐悦至極」
ホブゴブリンはブルッと身を震わし、感動に声を震わせていた。……大袈裟な奴だなぁ~。
訓練によってもスキルは取得可能。この情報の価値は非常に高い。さらに素晴らしいのは、俺の眷属が取得したスキルであっても『支配者』の効果により、俺も取得出来ていることだろう。
剣なんて振ったことも無かった俺だが、このホブゴブリンのおかげで「剣術」を取得できたのだ。ホント、『支配者』様々である。
因みにだが、『支配者』によって俺に還元されるスキルは、眷属が取得したスキルの『ほぼ』全て。『ほぼ』なのは、シシリアの特殊能力〈吸血〉、及びこれに付随する「闇魔術(操血)」は取得出来なかった。何かしら条件があるのだろう。今後検証していこうと思っている。
「これまでの成果と今回の活躍。何か褒美をやろうと思うんだが、何か欲しいものはないか?」
信賞必罰は世の常だしね。頑張ったコイツには、何かしら報いてやりたい。何か欲しいものがあったらあげちゃうよ? 常識の範囲内でね。
しばらく黙っていたホブゴブリンだったが、遠慮がちにおずおずと口を開く。
「……では、名を……名を頂けますか?」
「名前? そんなんでいいの? 新しい剣とかじゃなくて?」
「はい。俺――いや、私たち魔物にとって、名は己が命のようなもの。是非ともシャン様に名付けをして頂きたいと」
そういうものか?
《そういうものです》
よく判らんけど、名前が欲しいなら付けてやるか。
「ん~そうだな……お前は……グリューと名付けよう」
「グリュー……」
あるぇ? なんかホブゴブリンの奴、固まったまま微動だにしないんだけど……。
「お、おい。気に入らなかったなら違う名を――」
「いえッ! シャン様ッ! 素晴らしい名を頂き、誠に有難き幸せに存じます。今生一の至福……おぉ~ッ! 今よりグリューとお呼び下されぇぇぇええええ!」
まさしく絶叫。嬉しすぎて思考限界ぶっちぎったみたいだ。
《もしかして危ない人ですかぁ?》
ヒイロ、そう言ってやるな。多分嬉しすぎてぶっ壊れただけだと思うぞ。
《そうですか……今後の付き合い方を考えねばなりませんね》
それは……うん、同感だ。今後の接し方を考えないといけないのかもしれない。
「は、はは……ま、まぁ喜んでくれたなら良かったよ」
頬が引き攣りながらもなんとか愛想笑いを浮かべる。ずっと咆え続けているし、ちょっと怖い……。
チラッと辺りを見れば、シシリアも幼女たちも頬が引き攣っているね。あ、シュヴァートだけは嬉しそうに微笑みながら、拍手してやがる。
目一杯叫んだホブゴブリン改めグリューは多少落ち着いたのか、はぁはぁと荒い息を吐きながらもやっと静かになった。
「今後一層、シャン様に尽くし、敬い続けることをシャン様に誓いましょうぞ!」
「あ、うん。これからも頑張って」
あぁ~もう……どんな顔をすればいいのか判らないよ……。
《笑えばいいと思います》
いや、笑えねぇから。
「では、暫し失礼をば」
キラキラとした瞳で俺を見詰めていたグリューはそう言うと、ぶわっと緑の繭に身を包まれてしまった。
ギョッとする一同。まぁ俺は一度見たことがあるんだけどね、シュヴァートの時に。それでもやっぱりちょっとビックリしちまうな。
この緑の繭は、進化の繭だ。シュヴァートの時は黒色だったけど、今回は緑色なのか。魔物によって色が違うのかな?
さて、グリューはどんな姿に進化するのか、今から待ち遠しいが……まずは先に処理しなければならないことがある。
「まぁグリューの事は一先ず置いておいて」
俺は視線を幼女たちに向けた。敏感に視線を感じたようで、ビクッと震える幼女二人。青ざめ、強張った表情で俺を見上げている。
「待たせて悪かったな。まずは名前を聞こうか」
なるべく穏やかに言ったつもりなんだけど……あうあうと上手く口が動かせないようだ。こりゃあ、時間を置いた方がいいかな?
「おい、小娘共。シャン様が名をお聞きになられているのだぞッ! サッサと名乗れッ!」
シュヴァートが耐え切れず、一喝。ひぃっと悲鳴を上げ、ますます震え出す幼女たち。
「落ち着け、シュヴァート。まだこの子らは小さいんだ。怖がらせるな」
「はっ、申し訳御座いません。出過ぎた真似を」
俺には従順で慇懃な態度なのになぁ……他の奴にはホント厳しいよね、シュヴァートって。
「判ればいい。えっと……シシリア。頼めるか?」
こういった時には穏やかなシシリアの方がいいだろう。程よく緊張を解してくれるはずだ。
「畏まりました。お任せ下さいませ」
メイド服なのにとても優雅に一礼するシシリア。チラッとシュヴァートに視線を送って、ドヤ顔を見せつけるのは、見なかったことにしよう、うん。シュヴァートも悔しそうに奥歯を噛み締めるな。
「初めまして。わたくしはシシリアと申します」
シシリアは怯える幼女たちに近付くとニコッと微笑み、目線を合わせるかのように膝を折った。
「そんなに怯えなくても大丈夫ですよ。シャン様はお優しいお方です。大丈夫、もう何も怖い事はありませんから」
優しい微笑のまま話すシシリアに、幼女たちの警戒心が緩む。
「ご、ごめんなさい」
「ごめんなさいなのです」
「うんうん、大丈夫よ。落ち着いてシャン様にご挨拶しましょうね」
シシリアが俺に手を向けて示すと、幼女たちはまだまだ固い表情ながらも俺にしっかりと向き直り、ちょこんと頭を下げる。
「リ、リーシャです」
「ココなのです」
二人の幼女はリーシャとココと名乗った。
白髪に黒のメッシュ、頭上にぴこっと生えた猫耳が特徴なのがリーシャ。モフモフ好きの俺としては、是非とも仲を深めて触れさせてほしいものだ。
ココと名乗った幼女は、黒髪茶眼といった日本人っぽい雰囲気のある女の子だ。まぁこんな美幼女、日本ではそうそうお目にかかれないだろうがな。
因みに彼女たちのステータスは以下の通り。
名前:リーシャ LV3
種族:虎人族(幻獣種・白虎)
称号:先祖返り
性別:女
年齢:10歳
髪:白黒 瞳:金 肌:白
特殊能力:〈獣人化(モード白虎)〉
技能:―
魔法:―
耐性:―
名前:ココ LV2
種族:土人族
称号:鍛冶の巫女
性別:女
年齢:10歳
髪:黒 瞳:茶 肌:白
特殊能力:〈鍛冶〉〈鉱物鑑定〉
技能:「頑丈」「剛力」
魔法:―
耐性:「火耐性」「熱耐性」「打撃耐性」
……な? 俺がどうしても確保しておきたいと思った理由が判っただろ?
二人とも面白いステータスをしている。鍛冶の巫女に幻獣種……。
「リーシャとココだな。俺はシャン。まずは君らに聞きたいことがある。何故、あんな奴らと行動を共にしていた?」
何となくは予想が付いているが……話のきっかけとしてはこの話題が最適だろう。
「ココはリーシャと逃げてたのです。でも、あの怖い人たちに捕まっちゃったのです」
「逃げたとは?」
「悪い人たちから逃げて来たのですっ!」
精一杯伝えようとしているのだろうが……正直ココの話は要領を得ない。まぁ、何かから逃げていたところ、偶然アイツらと出会い、捕まったという事なんだろうが。
「ココちゃん、わたしが説明するから、ね?」
「お願いなのです」
リーシャが少し興奮気味のココを窘める。ふむ、ココは年齢よりも幼い感じだが、リーシャはしっかり者っぽいな。
「えっと……まずは、わたしたちの事を話さないといけないと思います。ちゃんと説明できるか判りませんけど……わたしたちはアルメニア王国の辺境村に住んでいました」
アルメニア王国ね。確か魔の森の南……ロードスティン王国とカトレア王国に挟まれている小国だったはず。
「その村は決して裕福とは言えませんが、皆で助け合い、わたしたちは幸せに暮らしていました」
「みんな仲が良かったのです」
「ココちゃんの言う通り、本当に仲良く幸せに暮らしていたんです。でも、ある日……」
次第にリーシャの顔が曇っていく。
「村に兵隊さんたちがやって来ました。わたしが初めて見る人族の兵隊さんたちでした」
初めて見る人族の兵士? という事はアルメニア国軍ではない?
「兵隊さんたちは村の皆を集めて言いました。『穢れた血を引く悪しき亜人共を粛正する』と」
「みんな殺されちゃったのです……」
「悲惨の一言でした。無抵抗だったのに……わたしたちは何も悪い事をしていないのに……ううぅ」
当時を思い出したのだろう、リーシャとココは身体を震わせながら嗚咽を漏らした。
「落ち着いて、二人とも。大丈夫だから」
堪らずシシリアが二人をギュッと抱き締める。暖かな抱擁に少し落ち着いたのか、ふぅと小さく息を吐き出し、リーシャは話を続ける。
「わたしたちはバラバラに逃げ出しました。逃げるしか生き残る方法が無かったんです。わたしはココちゃんと、それから数人の大人の人と一緒に魔の森に逃げ込んだんです。でも……」
「人族の兵隊さんたちはココたちを追って来たのです」
「そう、人族の兵隊さんたちはわたしたちを追って来ました。ずっと、ずっと……逃げても、逃げても追い掛けて来るのです。だから、まだ幼いわたしとココちゃんを逃がす為に、大人の人たちは、足止めに回ってくれて……最後にはわたしとココちゃんだけになってしまいました」
幼い二人を逃がす為に、命を捨てたのか……。
「皆が頑張ってくれたおかげで、わたしたちは人族の兵隊さんには捕まらなかったんですけど……偶然出くわしたあの人たちに捕まってしまったんです」
なるほど。これで話が繋がったな。この二人は、村を蹂躙した兵士から必死に逃げ出し、そして運悪くジョージ達に捕まってしまったというわけか。
「なるほど、話は判った。辛いとは思うが、聞かせてもらいたい事があるんだけど……質問しても大丈夫か?」
「あ、はい。大丈夫です」
未だ顔面蒼白のままだが、気丈にもリーシャは答える。うん、この娘は気弱だけど強いな。
「まず一つ、君らの村が襲われた理由は判るか?」
「ごめんなさい。確かな理由は判りません。だけど……」
「だけど?」
「わたしたちは人族に嫌われているので……」
……嫌われている?
「シャン様、亜人の方たちは……その……あまり地位が高くありません。わたくしの母国――ロードスティン王国やその他多くの国では亜人の方たちは殆ど下働きと言いますか……その……」
シシリアが何とか濁しながら説明してくれた。シシリアの口ぶりから想像するに、ほとんどの国家では亜人たちの地位は低く、下働き――いや、奴隷として飼われているといった現状だろう。
「それはアルメニア王国でも同じか?」
「いえ、アルメニア王国では比較的マシな方だと聞いています。なので、多くの亜人の方たちがアルメニア王国に集っているそうです。わたくしが聞いた話では、数代前の国王の命を救った亜人の方がいるらしくて、それ以降、国の方針が変わったそうです。しかし、それでも国の中枢――要職に就かれる方はいません」
「なるほど。つーことは、アルメニア王国は周辺国家から見れば、異色な国家というわけだな。過激派からしてみれば、鬱陶しい存在ってところか」
「……えぇ、端的に言えば、そうなりますね」
シシリアは悲しそうに頷いた。まぁ人種問題は、シシリアにとっても大きい事柄だからな。
悲しそうな表情をするリーシャを見れば、リーシャにも俺とシシリアの会話の内容が判っているみたいだな。幼いながらも聡明な子だ。
一方、ココは……あぁよく判ってないんだな。俺たちを見て小首を傾げている。
「まぁそれはどうすることも出来ないし、今は脇に置いといて……」
まだまだリーシャから聞きたいことがあるんだけど……流石に疲労が溜まっているな。精神的にも、身体的にも。辛い記憶を思い出したことによって、俯き加減でどんよりとしている。
「今後、君たちはどうする?」
「どうするとは……?」
「ん~っと、今君たちには二つの選択肢がある」
俺は指を立てながら話す。
「一つは、ここに留まって暮らす選択肢だ。聡明なリーシャならもう気付いているだろ? ここがダンジョンだってこと。そして、俺が一体どんな存在なのかを」
リーシャの瞳が動揺に揺らめく。やっぱり判っていたんだな。
「……わたしはどうなっても構いません。ですがっ! ココだけは、お見逃し下さいっ! お願いしますっ!」
「リーシャちゃん!?」
バッと勢いよく土下座するリーシャ。話に付いて行けず、混乱するココ。
「落ち着け。別に取って食ったりしねぇから」
「……本当ですか?」
リーシャの瞳には疑念の色が濃く映っていた。まぁそれは仕方が無いのかもしれない。リーシャが経験した事を考えれば。
「信じるか信じないかは、君自身の判断だ。俺が懇切丁寧に説得するつもりは一切無い」
キッパリと言い放つ俺とリーシャの視線が真っ直ぐ衝突する。
「ただし、これだけは言っておく。もしここで暮らすという選択肢を取った場合、きちんと働いてもらうからな。ただ飯食らいは必要ない。それと、ここに居る以上、奴隷術を受け入れてもらう」
俺のダンジョンは人材不足なんだ。猫の手も借りたい程にね。だから保護という形は採らない。
「ど、奴隷ですかっ!?」
奴隷と聞いて、怯えるリーシャとココ。そんな彼女らに微笑み掛けるのは、シシリアだ。
「大丈夫ですよ、リーシャさん、ココさん。奴隷と言っても、貴方たちが想像している様な酷い事にはなりませんから。わたくしもシャン様の奴隷ですが、良くして貰っていますよ」
「あ、貴方はそれでいいんですかっ?」
「えぇ、勿論です。何もないわたくしたちがシャン様の庇護下に入る。ただそれだけですわ」
シシリアの穏やかな表情から何かを感じ取ったのか、顔を見合わせるリーシャとココ。
「……もう一つの選択肢はどんなものですか?」
必死に頭を回転させているのだろう。リーシャは少しの沈黙の後、そう問うて来た。
「もう一つの選択肢は、ここに留まらず、出て行く事だ」
リーシャとココは俺にとって今後必要な人材になることは明白だ。本音を言えば、是が非でも確保したい。だけど……後の事を考えれば、今ここで自分自身の意志で決めさせるべきだ。じゃないと、後々問題になる。
「出て行く場合は、ここで見聞きした全ての事柄に対して、決して誰にも口外しないと誓ってもらう。俺は誓約魔法という魔法を使える。これは互いの意志の元に交わされた誓約に対して、決して破られることのない拘束力を持った魔法だ。これを使う」
《えっ!? いつの間にマスターはそのような魔法を覚えたのですかっ!?》
……まぁそんな便利な魔法は使えないんだけどね。
《う、嘘なのですか……》
うん、なんかゴメンね? てか、ヒイロ、お前は俺と同化しているんだから、俺のステータスは筒抜けだろうに。
「その魔法を受けると、何かしら悪影響などありますか?」
「無いな。ただ単純にここについての情報を口外出来なくなるだけだ」
「そう……ですか」
リーシャはそう小さく呟いて考え込む。そんなリーシャをココが心配そうに見つめていた。
暫しの間、静寂に包まれる謁見の間。
どれくらい時間が経っただろうか。心配顔のココが耐え切れず、ふと小さく呟く。
「リーシャちゃん……」
リーシャはココに優しく微笑むと、しっかりと俺に向き直った。
金色の澄んだ瞳。あぁ、リーシャは瞳が綺麗なんだ。真っ直ぐで、清廉で……。
ふと、そんな事を思う俺に、リーシャは背筋を伸ばし、頭を下げた。
「まずはお礼をしなければいけません。ありがとうございます、第三の選択肢を出さないでくれて」
「……一体何のことかな?」
あ~……やっぱり気付いたか。まぁリーシャなら気付くよな。一応とぼけてみたものの、判ってますよと、リーシャの眼は物語っていた。
「その上で、わたしから改めてお願いしたいことがあります。どうか、わたしとココちゃんをここに置いて下さい。お願いしますっ!」
「えっと、うわっと……お願いしますなのですっ!」
よく判っていないだろうに、ココはリーシャと共に頭を下げた。
「判った。君らを受け入れよう。ただし、働いてもらうからな。取り敢えずはシシリアの元でメイドになってもらうか。シシリア、頼めるか?」
「畏まりました、シャン様」
即座に承諾するシシリアは、後輩が出来て嬉しそうだった。
「メイド……ですか? 夜伽は――」
「うん、リーシャちょっと黙ろうか」
ニコッと笑みを浮かべ、リーシャの不穏な発言を圧殺する。
「やっぱりシャン様は……小さい子が……だからわたくしには……」
「おい、そこッ! 違うからッ! 冤罪だからッ! ブツブツ言わないッ!」
シシリアめぇ~……覚えてろよ……。
危うくロリコンのレッテルを貼られてしまいそうになり、強く強く否定しておく。
さて、取り敢えずやるべきことをやるか。
俺は立ち上がって、リーシャとココの元へ。まだ俺を完全に信用出来てはいないのだろう。俺が近付く度に二人の身体が強張っていく。
「そんなに身構えるな……って言っても無理か。痛い事は何もしない。ただ奴隷術を使うだけだ」
俺はそっと二人の頭に手を置き、奴隷術を行使する。
魔力が集束し、リーシャとココの首元に刻まれる赤と黒の紋章。
「はい、完了。奴隷と言っても、制約は一つだけだ。ここの情報を部外者に漏らさない事。それだけだ」
安心しろとは口に出さず、わしゃわしゃと二人の頭を撫でてやる。
さて。この場で決める事は粗方終えた。では次に取り掛かることにするか。
「シシリア、リーシャとココを風呂に連れて行け。その後は食事を摂らせ、休ませろ」
「畏まりました。さぁ行きましょう、リーシャさん、ココさん」
「はいなのです」
「えっと……いいのですか?」
「えぇ、シャン様はまだお仕事が残っているそうなので。わたくしたちが居るとお邪魔してしまうかもしれませんから」
「そういうことなら。シシリア様、これからよろしくお願いします」
「お願いしますなのです」
「えぇ、こちらこそ。それとわたくしも貴方たちと同じメイドです。敬称は不要ですよ」
うん。シシリアが上手くリードしてくれているようだし、こっちは問題なさそうだな。
「シュヴァートは、もうひと仕事だ。行くぞ」
「はっ」
ずっと静かに控えていたシュヴァートに声を掛け、俺は謁見の間を後にする。
リーシャとココの件が無事終わったので、次はジョージたちだ。
ヒイロ、アイツらの様子はどうだ?
《先程目覚めたばかりで、少し戸惑っているようですが、問題はありません》
了解。引き続き俺が行くまで監視を頼む。
《畏まりました、マスター》
以前、シシリアを捕らえた時に使用していた牢屋は改装されて、今ではシシリアの私室となっている。あぁ~……リーシャとココの部屋も要るのか……ん~まぁ暫くは三人で共同生活してもらおう。
それはさておき。以前の牢屋はこういった事情で使えなくなっているので、新たに牢屋を設置し直した。今回の牢屋は、シシリアの時とは違い、剥き出しのコンクリート壁に鉄鎖だけといったザ・牢屋である。
さて、一応シュヴァートに注意しておくか。
「今からアイツらと話すんだけど……シュヴァート、キレんなよ? 多分、アイツら相当態度悪いと思うし」
「………………畏まりました」
へ? 何、その間は……。
そこはかとない不安を抱えながら、牢屋に辿り着いた。
鉄格子越しに中を覗くと、そこには鉄鎖に繋がれたジョージたちの姿が。
「よぉ、元気にしてるか?」
気安く声を掛けると、ジョージ達の鋭い視線が俺に突き刺さる。
「……何者だ、テメェ」
「別に名乗る程の者でもないさ」
肩を竦めて飄々と返すと、癪に障ったのだろうカロルとラスキンが額に青筋を立てて激昂する。
「テメェ、ふざけんなッ! こっから出しやがれッ!」
「俺たちにこんな事して、ただで済むと思うなよッ!」
ギャァ、ギャァとまぁ五月蠅いことで。ジョージだけは俺を鋭く睨み付けるだけで押し黙っているけど。
やれやれ……自分がどんな立場なのか全く判ってないようだな。
俺はハァと溜息を吐き出した後、スッと目を細めて、一言。
「黙れ」
重く低い声音。感情を押し殺し、鋭く叩き付けた。
「ぐっ!?」
「~~ッ!?」
たった一言。効果は抜群。鋭い刃のように放たれた一言に、ギャアギャアと喚いていたカロルとラスキンが息を詰まらせ黙った。
「さて、お前らには三つの選択肢がある」
プレッシャーを収めてニコッと微笑むと、人差し指を立てて話していく。
「一つ、肉体を切り刻まれ、動けないようにしてから、生きたまま魔物の餌にされること」
ひぃっと短い悲鳴を上げたのは、ラスキンだった。
「二つ、拷問を受けて、俺が知りたい情報を強引に喋らせてから殺されること」
顔面蒼白になりながら頬を引き攣らせるカロル。
「そして三つ、素直に情報を話し、苦痛なくあの世に旅立つこと。さぁ、どれがいい?」
ニコッと微笑みながら穏やかに問い掛けた。脅す時に笑顔な奴って怖いよね。
ずっと押し黙ったままだったジョージが、俺を真っ直ぐ睨み付けながら口を開く。
「……どっちにしたって俺たちを殺すってことか」
「い~や、それは違うね」
「何?」
「一つ目と二つ目の選択肢は、お前が言うように殺すって事なんだけど、最後の三つ目だけは違う」
こういった状況で、感情に任せて喚き散らさない奴は強い。
「違う違う、全然違う。何せ三つ目なら寿命で死ねるんだからな」
「……どういう意味だ?」
「そのままの意味だ。俺に協力し、素直に質問に答えれば、生かしておいてやるってことだ。まぁ制限は付くがな」
選択肢を与えているようで与えていない。元々、俺にはコイツらを今殺す予定は無い。このまま飼い殺しにして、DP供給源となってもらう予定なのだ。
DP獲得方法をちょっとおさらい。DPの獲得方法は四つだ。
1、ダンジョン内にダンジョンマスターの配下ではない侵入者がいる状況(強さ――MP量など――により取得DP上昇)
2、ダンジョン内で侵入者の死亡(強さ――MP量など――により取得DP上昇)
3、ダンジョン内で糧となる何かを吸収する(物によって取得DP上昇)
4、自然回復(ダンジョン領域の規模に応じて取得DP上昇)
この中で短期的なDP獲得量が最も多いのは、二つ目の『ダンジョン内で侵入者の死亡』だろう。
今まではDP不足だった為、積極的に領域内の魔物を狩り、DPを取得していたわけだが……目標であったダンジョンコアの複製には成功している現状、焦ってDPを取得する必要性は無くなっている。
その為、今後の事を考えれば、長期的にDPを取得できる『ダンジョン内にダンジョンマスターの配下ではない侵入者がいる状況』を意図的に作り出すべきだと考えたのだ。
まぁたった三人だけでは微々たるものだろうが、計画の第一歩としては上々だろう。
「……もし、俺らがテメェに協力的なら、いつかは解放される可能性もあるってわけか」
顎に手を当てて、思考を巡らすジョージ。色々考えているとこ悪いんだけど、その可能性はゼロだ。
「はぁ? 何言ってんの、お前。解放するわけねぇだろ」
俺は冷たく言い放った。
「強盗殺人犯で強姦魔の大罪人が二度と日の当たる場所に出られるとは思うなよ。つーか、物騒な闇組織に所属しているお前らを解放するバカがどこにいるってんだ」
冷たい言葉にギョッとするジョージ達。
「て、テメェ、何故それを――」
「知っているかって? そんなもん教えるわけねぇだろ。バカか、お前。頭の中、ワカメでも詰まってんのか、アァンッ!?」
なんかだんだんと腹が立ってきた。このまま話し続けると、衝動的に殺してしまいそうだ。
「とにかく、よく考えるんだな」
これ以上、同じ空気を吸っていたくない。尋問は誰かに任せるか。
俺は言い捨てると、踵を返す。そんな俺の背にラスキンが堪らず喚く。
「あ、悪魔めッ! テメェには人の心がねぇのかッ!」
……はぁ。大罪人が何言ってんだか。というか……ふむ。
「人の心、ねぇ……そんなもんねぇよ。だって俺は――」
俺は立ち止まると、肩越しに振り返り、ニヤッと残酷な笑みを浮かべた。
「――悪魔だからな」
普段は隠している漆黒の翼をバサッと広げた。
唖然とする三人。そして、何を相手にしていたのかに理解が及ぶと、次第にそれぞれ絶望の表情を浮かべるのだった。
*ここまでご覧下さって、誠にありがとうございます。
*次回更新日は、2019/9/15 16:00の予定。
*ブクマ登録、評価、感想等々よろしくお願いします。
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