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第一四話 訳アリの侵入者たち


 ――ピーッ、ピーッ、ピーッ!


 突然、鳴り響く緊急アラート。


「な、何ですか!? 一体、この音はっ!?」


 突然の事に驚くシシリア。あぁそう言えば、シシリアがここで生活し始めて、初めての警報だな。


「これは緊急アラート。ダンジョン領域内に何者かが侵入してきた時に、警告音が鳴るようになっているんだよ」

「し、侵入者ですか!? だ、大丈夫なのでしょうか?」


 不安そうにシシリアは俺を見詰めて来る。


「今から確認すっから」


 緊急アラートと同時にポップアップしたシステムウィンドウをササッと操作。

 あぁ~そう言えば、初めて使うなぁ。ちゃんと機能すればいいんだけど。テストでは上手く機能したが、さてさて……。


 俺はシステムウィンドウを操作し、別ウィンドウを起動。限界一杯まで拡大し、壁に投写する。


「これは……魔の森ですか?」

「そ。魔の森の映像を中継しているんだよ」

「す、すごい……」


 壁面に投写されたウィンドウ。そこには緑豊かな魔の森が映し出されていた。

 うん、上手くいっているな。ちゃんとシシリアにも見えているようだし。


 因みに、俺が普段使っているシステムウィンドウは、どうやら俺以外の者には見えないらしい。

 前にシステムウィンドウを操作していた時、シシリアに『何をしているのですか? 空気を掴む練習?』と、可哀想な人を見るような目で見られ、それが発覚したのだ。……ちょっと傷付いたのは秘密。


 ダンジョンの権能使用許可さえ出せば、配下の者にもシステムウィンドウが使えるようになるが……おいそれと使用許可なんて出せない。

 ダンジョンの権能は、規格外の力だしね。信頼出来る奴じゃないと、悪用されたらかなわないし。


 とはいえ、緊急事態の際、円滑に情報共有する為には、第三者にも可視化出来るようにする必要があった。

 色々と検証した結果、ヒイロが演算処理を行う事によって、別ウィンドウであれば可視化出来ることが判明。珍しくヒイロが役に立った。


《珍しくとは何ですかっ、珍しくとはっ!》


 いや、珍しくで合っているだろ? お前がいつ役に立ったっていうんだ、ん?


《そ、それは……いつもお役に……》


 オドオドした桃髪美少女のイメージが。役に立っていない自覚あるんじゃねぇかッ!

 ずーんと落ち込むヒイロは放っといて、今、シシリアが見ているのが可視化された別ウィンドウである。


 さて。その別ウィンドウに映っている映像のからくりを説明しよう。


 従来のシステムウィンドウでは、ダンジョン領域のマップが二次元で表示されており、魔物や侵入者、その他生物はマップ上で色々なピンで表記されていた。

 そのピンをタップすれば、〈分析〉先生によって詳細なデータが表示されるのだが、姿形、外見といった情報は得られない。

 そこで俺は監視カメラを思い出し、どうにか映像を中継できないかと考えた。


 試行錯誤の末、俺が見つけ出した解決策。それはイービルアイというダンジョンモンスターを各所に放つというものだった。


 テニスボール大の単眼に翼が生えたような容姿であるこのイービルアイだが、かなり変わったモンスターだった。一番の特徴としては、レベルの概念が無く攻撃力も防御力も皆無。ただそこにいるだけの魔物である。

 これだけなら使えない魔物だと思うだろ? でも、めちゃくちゃ便利な魔物なのだよ。何せ、大きな単眼を通して映像を中継する機能を有していたんだから。


 俺はこのイービルアイをダンジョン領域内各所に配置した。今、俺たちが見ている映像は、その一つから中継されているものである。


「奥に何かいますね」


 物珍しく映像を見ていたシシリアが気付く。

 確かに画面隅の方に何かが映ったが……角度、距離共に悪い。俺はイービルアイを操作し、近付かせる。


「動きましたっ! シャン様が操作しているのですか?」

「あ、うん。俺が動かした」

「すごいですっ! シャン様は何でも出来るのですねっ!」


 いたく感動しているみたいだけど……何でもは出来ないよ?


「シャン様ッ! ご無事ですかッ!」


 俺の影からシュタッと飛び出して来たのはシュヴァートだ。緊急アラートを聞き、駆けつけたのだろう。


「シュヴァートか。いいタイミングで来たな。今、侵入者の映像を確認しているところだ。お前も見ていけ」

「はっ、畏まりました」


 恭しく俺に頭を下げるシュヴァート。そんなシュヴァートにシシリアが紅茶を差し出している。


 さてさて。シュヴァートも来た事だし、そろそろ映像に集中しようか。ようやく侵入者を捉えたところだし。


「一、二、三……全部で五人か……ん?」


 画面に映し出されたのは男女五人の冒険者のようだった。いや、正確には男三人だけが冒険者のようであり、女二人は薄汚い格好をした幼女にしか見えなかった。


《音声を拾います》


 ヒイロがすぐさま音声を中継させてくれた。


『チッ。トロトロ歩くんじゃねぇ!』


 ドンッと、幼女を蹴り飛ばす最後尾の男。


「ひどい……」


 シシリアが眉をキュッと吊り上げ憤慨しているようだった。


『ジョージ、やっぱりこのガキ、ここで捨てちまわないか?』

『足手纏いだよなぁ』


 幼女を蹴り飛ばした男が心底ウンザリといった風に言うと、もう一人の男が賛同する。


『そう言うな、カロルもラスキンも。折角拾った獣人だぜ? 貴族の変態共に売り飛ばせば、いい金になるだろ』


 ジョージと呼ばれた先頭の男が二人を宥める。どうやらコイツがリーダーのようだな。


『それにいざとなれば、コイツラを囮にでも出来るんだからよ。なんて言ったって、ここは魔の森だぞ? 囮は必要だろうが』


 キッと二人を睨み付けるジョージ。すると男二人――カロルとラスキンはまるでゴマをするかのように厭らしい笑みを浮かべる。


『まぁジョージがそう言うならいいんだけどよ、なぁラスキン』

『お、おう、カロル。頭のいいジョージに任せれば問題ねぇな』


 ハァ~……何とも下っ端臭い奴らだな。これが一般的な冒険者なのか?


 ササッとシステムウィンドウでコイツラの詳細を確認する。



名前:ジョージ LV33

種族:人族(ヒューム)

称号:ロードスティン王国所属Cランク冒険者

(偽装状態:闇ギルド「三つ首」所属・強盗殺人犯・強姦魔)


名前:カロル LV30

種族:人族(ヒューム)

称号:ロードスティン王国所属Cランク冒険者

(偽装状態:闇ギルド「三つ首」所属・強盗殺人犯・強姦魔)



名前:ラスキン LV28

種族:人族(ヒューム)

称号:ロードスティン王国所属Dランク冒険者

(偽装状態:闇ギルド「三つ首」所属・強盗殺人犯・強姦魔)



 はい、クソ野郎確定。称号が物騒過ぎるな、コイツら。


 それにしても気になるのは……偽装称号だな。闇ギルド「三つ首」か……。


「なぁ、シシリア。三つ首っていう闇ギルドの事は知っているか?」


 俺がそうシシリアに問い掛けると、シシリアはバッと勢いよく俺に振り返り、目を見開いて驚いていた。


「シャン様が何故、その名を……」

「知っているのかって? それは今知ったからだな。アイツらがどうやらその三つ首の構成員らしいぞ」


 俺が画面を指差して言った。


 先頭を歩く男――ジョージは、頬に傷があり、鋭い目付きで周囲を警戒しつつ進んでいる。他の二人より、強そうな雰囲気を持っている。


「彼らが三つ首の構成員……」


 ジッと画面を見詰めるシシリア。その瞳には若干恐怖の色が浮かんでいるようだった。


「おい、シシリア。シャン様がお尋ねになっているのだぞ? はよ、お答えせぬか」

「あっ! すみません、シャン様」


 シュヴァートが叱責し、シシリアが慌てて俺に頭を下げた。そしてシシリアはつっかえながらも闇ギルド「三つ首」について知っている限りの情報を伝え始める。


「わたくしも詳しくは存じておりませんが……三つ首という闇ギルドは、手を汚すことを嫌う貴族の裏仕事を請け負う組織だそうです。暗殺から裏工作まで、表には出来ない貴族の闇を一手に引き受けているようです」

「なるほどね。貴族とのパイプがあるから検挙も出来ないってわけか」

「シャン様の仰る通りです。貴族と癒着している為、三つ首による犯行は見逃されている、そんな噂を聞いたことがあります」


 貴族と太いパイプがある闇ギルドか。厄介だな……。


「その三つ首とやらの規模は?」

「申し訳御座いません、シャン様。そこまでは判り兼ねます」


 ……そうか。まぁ公爵令嬢だったとはいえ、王国の闇の部分をシシリアが知っているわけないか。

 ただ俺の予想としては、闇ギルド「三つ首」はかなり大規模な組織ではないかと思う。何せ、コイツラの称号が偽装状態だからな。


 以前、シシリアから聞いたステータスの偽装方法。それは迷宮から出土される魔導具によってステータスを偽装するというもの。しかもその魔導具はかなり貴重な代物と聞いている。


 小さな組織がそんな高価な魔導具を所持できるはずが無い。規模も資金力も相当なものだと考えていた方がいいな。


 そこで俺はハッとした。もしかしてシシリアがステータスを偽装出来たのは、この三つ首が関与しているのではないだろうか。

 可能性としては充分にあるだろう。もし、そうであったのなら、三つ首は公爵家と繋がりがあったということ。こりゃ相当デカい組織かもしれない。いや、もしかすると……。


「なぁ、シシリア。もしかして三つ首はロードスティン王国の王家にも繋がっていたりはしないか?」

「申し訳御座いません。それはわたくしには判り――」


 シシリアはハッとして画面を見詰めた。そして、わなわなと震え出す。


「もしかして……この方たちは、わたくしを……?」

「落ち着け、シシリア」


 俺は震えるシシリアの肩に手を置いた。すると、途端にシシリアの震えが止まる。


「シャン様……申し訳御座いません。ご迷惑ばかり……」


 シシリアの震えは止まったが、その顔色はかなり青白い。


 少し休ませた方がいいな。そう思った俺はチラッとシュヴァートに視線を送る。

 その視線の意味を理解したようで、シュヴァートは頷くと、シシリアに向けて口を開いた。


「シシリア、貴様は少し休め」

「わ、わたくしは……大丈夫です」

「フン、そんな顔で言われてもな。とにかく休め。そのままではシャン様の邪魔になる」


 シュヴァート、辛辣ぅ~。マジで容赦ないよな……。


「シャン様、シシリアを部屋まで連れて行ってもよろしいでしょうか?」

「あぁ、頼む」

「畏まりました。おい、行くぞ」

「……判りました。シャン様、少し休ませて頂きます」


 シシリアが俺に一礼し、シュヴァートを伴って退出していく。


 ふぅ~……。言葉遣いは荒いけど、何だかんだ言ってシュヴァートもシシリアの事を気に掛けているようだし、アイツに任せておけば大丈夫だろう。


 温くなった紅茶を一口飲み、画面に目を向ける。どうやら少し見ない内に、かなりこのダンジョンに近付いているようだ。


『なぁ、ジョージ。そろそろ飯にしねぇか?』


 そう言ったのは最後尾に付いているラスキンだ。押し付けられた子守と、魔の森特有の緊張感に辟易しているようだった。


『俺も賛成すっぜ。こうも気を張ったままじゃ、疲れちまう』

『……そうだな。少し休むか』


 ジョージがそう言うと、カロルとラスキンは顔を見合わせてニッと笑い合う。


『ただ、そこまで時間は取れないぞ。今回の依頼は絶対に失敗できん』

『わーってるよ。何せ、あの王子からの直々の依頼だしな』


 ほうほう。王子様から依頼ねぇ。確かシシリアの元婚約者が王子だったよな。


『おいッ!』


 つい口を滑らしてしまったラスキンに対して、ジョージが鋭く睨み付ける。


『わ、悪いッ!』

『ジョージ、落ち着けよ。誰も聞いてやしないって』


 カロルが仲裁するが……残念。バッチリ聞いてますよ、俺がね。


『……チッ。二度とヘマするんじゃねぇぞ。組織はそんなに甘くねぇからな』

『そ、そうだな。マジで悪かった。気を付けるわ、マジで』


 ジョージの言葉に、ラスキンは身を震わせて謝った。


 構成員にも恐れられる組織か……。出来れば、コイツらから情報を得たいところだな。それに……。


 俺はチラッと画面に映る幼女二人を見やる。寄り添い、怯える二人の幼女。


 この二人は何としてでも確保したいところだ。《マスターはロリコ――》あ、言っておくが、決してロリコンじゃないからな、俺はッ! それと、善意からでもない。この二人は使えると思うんだ。


 暫くすると、侵入者たちはどうやらダンジョンに続く洞窟を発見したようだ。


 ジョージがハンドサインを出すと、カロルが先行。洞窟入り口に張り付き、慎重に中を窺う。

 問題なしと判断したのだろう、カロルがササッと手招きをし、一塊となって洞窟内に侵入していく。


 洞窟はそこまで広くはない。直にダンジョンへ通じる扉を発見することになるだろうな。まぁ、見つかっても問題ない。ここから生きて返す予定は無いしね。


 カロルが松明を灯し、進む侵入者一行。もうすぐ扉が視界内に入る――と、その時。


『止まれ』


 カロルがサッと手を伸ばし後続を止めた。すぐさま戦闘態勢を取るジョージとラスキン。


『先客か?』

『あぁ、どうやら魔物だな』


 ジョージが問い、カロルが答えるが……魔物? はて、いつの間に魔物が侵入したのだろうか? 魔物がダンジョンに近付けば、緊急アラートが鳴るはずだけど……そんなログは残ってないし……。

 俺の頭上に疑問符が乱舞する。まさかダンジョンの監視網を欺いた魔物がいるのか!? だとしたら、死活問題になりかねない。一体どんな魔物なのか……。


 俺はグッと拳を握り、画面をジッと見詰める。


「『何だ、あれは!?』」


 俺とジョージの声が偶然にも重なった。


 洞窟の奥、暗闇から這い出る人影。緑色の肌、筋骨隆々とした体躯。手には剣を提げ、歩み出るのは、人型の魔物だった。


 こんな魔物見たことが――と、そこでふと俺はあることに気付く。


「そう言えば、あそこにはゴブリンを一匹配置していたっけ?」

《はい。マスターが検証の為にゴブリンを配置しておりました》


 ヒイロに言われて思い出した。そう言えばゴブリンを配置していたっけ。

 人型の魔物の持つ剣にも見覚えがある。というか、俺があげた剣だ。ということはつまり……この緑の魔物は、元ゴブリン?


 急いでステータスを確認すると……。



名前:― LV28

種族:中鬼族(ホブゴブリン)

称号:シャンの眷属



 ほぇ~。いつの間に進化してたの? つーか、レベルもめちゃくちゃ上がっているし、「剣術」スキルもちゃんと取得しているし……。


『……オーク? いや、違うな』

『ジョージ、俺はこんな魔物見たことがねぇぞ!?』

『ゴブリンに似ている気はすっけど……ゴブリンにしてはデカいよな』

『あぁ、そうだな。もしかすると、コイツはゴブリンキングなのかもしれねぇ』

『おいおい、ゴブリンキングだとぉ!? なら近くに配下が潜んでいるかもしれねぇぞ! どうする、ジョージッ!?』


 残念。ソイツはゴブリンキングじゃなくて、ホブゴブリンなんだよね。


 未知の魔物に慌てふためくジョージ達をしり目にホブゴブリンはスッと剣を構える。

 ピタリと剣を正中に構えるホブゴブリン。画面越しでも伝わる異様な雰囲気。


 あ、ヤバ……。レベル差があってもジョージ達は負けちゃう。いや、別にコイツらはどうなってもいいんだけど、後ろで抱き締め合い、恐怖に震える幼女二人は殺させるわけにはいかない。


『奥の幼女二人は殺すなッ! 他の奴らも戦闘不能にして出来れば確保しろッ!』


 俺はイチかバチか、ホブゴブリンに念話を送った。すると――


『――御意』


 と、即座にホブゴブリンから念話が返って来た。


 ふぅ~……なんとか幼女は確保できそうだな。つーかコイツ……いつの間に喋られるようになってんだ!? 前は「ゴブ、ゴブ」としか言ってなかったのに。

 まぁそれは後で確認するとして。一応手は打っておくべきだな。


『シュヴァート、聞こえるか? ちと頼みがあるんだが――』


 念には念を入れて、シュヴァートに指示を出すのだった。




        ◇   ◇   ◇




 今日も今日とて、日課である素振りを繰り返すゴブリン――中鬼族(ホブゴブリン)に進化を果たしたのだが、自身はまだゴブリンのままだと勘違いしている――。


 シュッ、シュッと空気を切り裂く音がリズムよく刻まれる。だが、不意にゴブリンは素振りを止め、スッと目を細めた。


 ゴブリンが見詰める先は、この洞窟の出入り口だ。暫くジッと見詰めていたゴブリンだったが、小さく息を吐き、ゆっくりと視線の先へと歩んでいく。


 暫く進むと、視界の先に人影が。その数、五つ。


 ――ふむ。どうやら初めての客のようだ。


 この洞窟はダンジョンに通じる唯一の道。ここの守護を任された――と思っている――ゴブリンにとって、身命を賭してでも守り抜かなければならない。


 ギャーギャーと喚く侵入者たち。どうやら自分の姿を見て驚いているらしいことはゴブリンにも判った。


 ――俺には関係ないことだ。侵入者は抹殺する。それが俺に課せられた使命。


 ゴブリンはスッと正中に剣を構える。何千、何万と繰り返し振られた剣は、ピタリと正中で停止する。

 僅かな乱れも無い美しい構え。この日の為に積み重ねて来た研鑽の結果が、やっと発揮できる。


 知らず知らずのうちに、ゴブリンの口角が吊り上がっていた。


 と、その時。


『奥の幼女二人は殺すなッ! 他の奴らも戦闘不能にして出来れば確保しろッ!』


 至上にして最高の美声が脳裏に響いた。


 ――シャン様からの勅命!?


 一瞬、驚いてしまったゴブリンだったが、逸る心を抑えて返答する。


『御意』


 たった一言。だが、この一言に込められた思いは強い。


 ――シャン様から直々に勅命を頂けた。今日、この日に感謝しよう。そして、この愚かな侵入者共にも幾ばくかの感謝を。


 ゴブリンがそんなことを考えている事など、ジョージ達は知る由もなく。


「チッ。ゴブリンキングだろうが、元はゴブリンだッ! 蹴散らすぞッ!」


 ジョージが恐怖心をかき消すかのように叫び、吶喊。

 ロングソードを振りかぶり、大上段からの一撃を放つ――が……。


「何ィッ!?」


 ゴブリンがスッと剣を横に受け流した。


 態勢が崩れてしまうジョージ。その隙を見逃さず、ゴブリンは剣を振ろうとし――寸前で、サッと後方に退く。

 ゴブリンが数瞬までいた場所を通過する槍。ゴオゥッと音を立てて空を切る。


「チッ!」


 カロルが舌打ち一つ。即座に槍を引き戻し、態勢を立て直す。

 その間にもラスキンが双剣の手数の多さを駆使して、ゴブリンに迫っていた。


 ――キンッ、キンッ、キンッ!


 甲高い音が洞窟内に響く。


「おらぁ! らぁ! らぁぁぁああ!」


 ラスキンが声を荒げて双剣を振るうものの、ゴブリンは静かにその全てを往なし、受け流し、弾いていく。


 攻めるラスキン、防ぐゴブリン。


 一進一退の攻防を繰り広げる二人。だが、この戦場には後二人残っている。

 態勢を立て直したジョージがゴブリンの背後から迫り、カロルがカバーに付く。

 例え、ジョージの剣撃を躱したとしても、即座にカロルが槍撃を放つ布陣だ。


「オォォラァァア!」


 裂帛の気合と共にジョージがロングソードを振るった。

 ゴブリンに避ける素振りは見受けられず、ジョージはニヤリと嗤う。だが――。


「なッ!?」


 キンッと弾かれるジョージのロングソード。目を瞠るジャージが見たのは、全く振り返ることも無く背後に剣を回したゴブリンの姿だった。


 剣が流れ、態勢が崩れる。ジョージの緩慢とした視界の中で、ゴブリンがゆっくりと振り返り――ゾワッと背を走る危機感。


 その危機感は正しかった。だが、もはやジョージに出来る事は何もない。


 振り返った勢いを乗せたまま、ゴブリンが一閃。


 ジョージの視界には、ロングソードを握ったままの右腕が宙を舞っていた。


「ぎゃぁぁああああ!」


 身体を貫く激痛に、漏れ出す悲鳴。

 ジョージは崩れ伏すと鮮血が噴き出す肩口を抑え、地をのたうち回る。


「テメェッ!」

「ぜってぇ、ブッ殺スッ!」


 激昂するカロルとラスキン。怒涛の攻撃を放つが、怒りに身を任せた攻撃は精彩を欠き……。


「「ぐへッ!」」


 ゴブリンによる斬撃をまともに受け、身体を壁へと強打。まるでひしゃげたカエルのような悲鳴を残し、昏倒してしまうのだった。


「痛ぇ、痛ぇよぉ」


 激痛によって気絶することも出来ず、のたうち回るジョージ。


 ゴブリンはゆっくりとジョージの元へ近付くと、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔面を無情にも蹴り飛ばした。


「あべしッ!?」


 ゴロゴロと転がっていくジョージ。壁にぶつかると、そのまま気絶してしまう。

 ゴブリンは油断すること無く、辺りを見回し……フッと息を吐き、警戒を解く。


 ――パチ、パチ、パチ。


 不意に聞こえる拍手の音。ビクッと若干反応したゴブリンだが、直ぐにその音の正体に気付き、ゆっくりと視線を向ける。


「中々の働きであった。これならばシャン様にもご満足頂けることだろう」


 暗闇から歩み出て来たのは、執事服を着こんだ少年――シュヴァートであった。


「シュヴァート様、何用で?」

「ん? 我は貴様のフォローを仰せつかったのだ。シャン様直々にな」

「それは……俺が失敗すると?」


 ゴブリンは少しばかり緊張した面持ちで問い掛けた。


「そうではない。貴様が勅命を確実に遂行するであろうことは、我には判っていた。勿論、シャン様にもな」


 淡々と告げるシュヴァート。それが却って真実味を帯び、ゴブリンは期待されていなかったわけでは無いと判り、ホッと胸を撫で下ろす。


「我が赴いたのは、コヤツらを牢へぶち込む為だ」


 シュヴァートはそう言いながら、血を流すジョージの元へ向かう。

 懐から下級ポーションを取り出し、傷口に無遠慮に振り掛けた。


「何をしている?」

「ん? 応急処置だが?」

「何故、そのようなことを?」


 何故、侵入者に対し、慈悲を与えるのか。ゴブリンには理解出来なかった。


「簡単な事だ。シャン様がコヤツらから聞き出したいことがあるらしくてな。最低限の治療を施せとのお達しだ。何でも重要な情報を持っているらしい」

「なるほど。流石はシャン様だ」

「うむ、我も同感だ」


 眷属の二人から異様に持ち上げられるシャン。その様子を、イービルアイを通して見ていたシャンは気恥ずかしさに身悶えしていたのだった。


「さて、貴様も手伝え。サッサとコヤツらを牢へぶち込むぞ」

「了解」


 シュヴァートが気絶したままのジョージの首根っこを掴み、引き摺る。少年然としたシュヴァートが大人を片手で引き摺っている光景は何ともシュールであるが、この場には誰もそれを指摘出来る者は居なかった。


 ゴブリンは壁へと打ち付けられ昏倒したカロルとラスキンをずいっと両脇に抱える。


「おい、そこの小娘共」


 シュヴァートはジョージを引き摺りながら、怯え震える幼女の二人に声を掛けた。


「ひぃっ!? お、お助け、く、下さいっ! どうか、どうかっ!」

「ご、ごめんなさいなのですっ! わ、わたしは食べても美味しくないのですっ!」


 互いを抱き締め合い怯える幼女二人は、懸命に慈悲を乞う。


「五月蠅い、喚くな」


 シュヴァートが低い声で言った。大声で叫んだ訳でも無いのに、やけに響く重い声音。


 ひぃっと悲鳴を上げ、押し黙る幼女たち。


「とにかく付いて来い。これ以上、シャン様をお待たせするわけにはいかん」


 シュヴァートが淡々と言い放つと、そのまま背を向けてダンジョンへと向かって行く。


 幼女たちはどうするべきか判らず、お互いに顔を見合わせた。


「ど、どうするのです?」

「判らない。でも……」

「でも? 何なのです?」

「このままじゃあ、どっちにしたってわたしたちは生きていけないでしょ?」

「なら、付いていくのです?」

「う、うん。そうしようか。どうなるか判らないけど……」


 うんと頷き合い、震えながらも立ち上がる二人。お互いを支え合いながらシュヴァートの後を追っていくのであった。



*ここまでご覧下さって、誠にありがとうございます。

*次回更新日は、2019/9/12 16:00の予定。

*ブクマ登録、評価、感想等々よろしくお願いします。

*誤字脱字、設定上の不備、言い回しの間違い等発見されましたらご指摘下さい。


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