42話:仲間たちで沖縄旅行2
時間は何時頃が良いと聞くと、ショーは21時からだから20時半頃で良いのではと言うので、その頃にタクシーを呼んで欲しいと伝えた。部屋に戻り、ゆっくりして、着替えて、20時半にホテルフロントに集合し、タクシーに分乗して1メーターで到着した。ステージは、アメリカン・ポップスのインテリアで飾られ、非常に懐かしく思えた。
20時45分頃に4人組のグループ、1人がポニーテールに、裾の広がった、まさにアメリカンガール姿で出て来て大きな拍手が巻き起こった男性1人がギター、もう1人がサックス、もう1人がボーカルで、数分、楽器のチューニングをして、21時に、挨拶をした。智惠さんが、これ、ケントスじゃないと、店の人に聞くと、そうですといった。
1985年オープンして、一度、3年前、ケントスからゴールドディスクと名前を変えたと言った。そして、最初に、なつかしい、男性のボーカルでダイアナが聞こえてはじめると、場内は、興奮状態になり、聞き入っていた。次の曲が、バケイションで、ボーカルが女の子にかわり、サックスが鳴り響き、手拍子が鳴り響いた。
次に、テキーラと言う曲で、サックスの独奏が鳴り響き、リズムも、のりのりで、6人も、笑顔で、じっくり聞いていた。スタンバイミー、監獄ロック、パイプランでキターが、うなり、ソウルトレインなど、時間も忘れて、楽しんだ。ふと時計の針を見ると、0時を過ぎて、1時近い。やがて、1時に、ショーが終わり、あっという間の5時間だった。
気分上々で、店を出て、タクシーを止め、ホテルに戻った。すると、さっき,ケントスを教えてくれた、お兄さんがいて、ゴールドディスク良かったでしょうと、言い、ハイタッチしてきたので、思わず、6人全員が、ハイタッチして、最高だったと,お礼を言い部屋に戻って、爆睡した。翌日は、朝9時過ぎまで、起きられず、智惠さんが、仕方ないのでフロントに行き、全員分の宿泊代を精算。
部屋に戻り、各自を起こして、フロントに10時に集まった。その後、近くのカフェで、モーニングセットで朝食をすまして、11時に、モノレールで,那覇空港へ行き、そこから、「アウトレットモール・あしびな」行きのバスに乗って、12時過ぎに到着した。まだ、昨晩の楽しいお酒が残っていて、アメリカンコーヒーを飲む人が多く、海藤努と内藤哲人が、がっちり、ステーキを頼んで、昼食をとった。
女性達が、1時間程、モールを歩いて、ショッピングを楽しみ、男子達は、食事やコーヒーを楽しんで過ごして、午後1時半に、ワゴンタクシーを呼んでもらい、タクシーで5分のサザン・ビーチホテルに到着しチェックインした。その日は、ホテルの部屋で仮眠したり、サザンビーチホテルの前のビーチを散歩したり、部屋から景色を眺めたり、個々に、時間を過ごしていた。
やがて18時になりホテルのレストランのディナータイム18時半に席についた。するとバイキング形式で、いろんな、果物、スイーツ、料理が盛りだくさんで、めいめい好きなものを選んで、海が見える窓際の特等席に陣取った。そして、ロマンチックな夕日を眺めながら、ゆっくりと昼食をとった。その晩、女性達は、スパーに出かけて、きれいになって、また今夜も酒盛りして楽しんだ。
その時、智惠さんが、明日、沖縄平和祈念公園と、ひめゆりの塔を見学して、このホテルに戻り、もう1泊して、沖縄旅行が終了しますと伝えた。そして、眠くなった人から床についた。翌朝9時に、起きて、10時半にホテルにワゴンタクシーを呼んでるのでフロントに集合する事になった。やがて、10時半になり、ワゴンタクシーに6人が乗り込み、ホテルを出て20分ほどで、沖縄平和祈念公園に到着した。
そこは今までの雰囲気とは異なり、景色は、きれいだが、何とも言えない重苦しい雰囲気を感じた。しばらく歩くとついたてのような戦没者慰霊碑があった。膨大な数の慰霊碑が並んでいて多数の戦没者の名前あった。その後、沖縄県平和祈念資料館に入館すると、数々の戦没者の遺品や、戦争時の洞穴での生活や悲劇的なエピソードが書かれており、それを見始めた,女性達は,ハンカチを取り、あふれ出る涙を頻繁に、ふいていた。




