39話:東日本大震災の影響
また内藤哲人と海藤努が何とか金を作ろうと株投資を再開。その後、良品計画が3月15日を注目していた海藤努が、2775円になった時、2800円で1万5千株買いを入れ買え4200万円で購入した。海藤努の残金が2800万円になり智惠さんが5千万円を旦那さんの海藤努の口座に入金して残金を7千万として海藤努の投資資金を7800万とした。
その後、2011年3月25日、内藤哲人と海藤努と、智惠さんが中華街で会い昼食をとりながら株式投資の話をした。海藤努が、内藤に、いつ頃、日本株を買ったら良いかと質問すると下げ止まりと言い下げ止まりは、いつ頃だろうかと聞くとわからないと言った。内藤が、ここからは、私の長年の勘だがと言って人間の心理というものは、そんなに急に良くなることはない。
つまり2011年が、底だと思わない方が良いと言った。その理由は、日本の優良企業は、円高に弱い、だから、円高が収まらない限り、急上昇は期待出来ないと言った。数日後迄に狙うべき株をリストアップして、内藤が、海藤努に送ると言った。7日後、2011年4月1日メールが届いて長年のチャートとPER,PBR,ROEから見て割安で上昇が期待出来る銘柄の資料を送ってきた。
ヤフー、村田製作所、セブンアイ、企業業績と株からみて割安株はSMC、オービック、オリックス、オムロンだった。それを5銘柄ずつヤフー、村田製作所、セブンアイ、東京精密を内藤が見ることにした。その他の割安株、SMC、オービック、オリックス、オムロンを海藤が見ることにした。海藤努が、内藤に、どんな株を買おうと、考えてると聞くと、今の状況では、わからないと言った。
その後、福島第一原発事故による、放射能汚染問題で、福島圏内のいくつかの村が、帰還困難区域として指定され、住民が追い出され、陰鬱な気持ちが日本中に充満した。さらに全国の原発が稼働しないために電力使用量を制限する深夜方法の中止や計画停電が、初めて実施された。
そして2011年、忘れられない東日本大震災と大津波の年が過ぎ去り、2012年を迎えた。しかし、日本の株式市場は、まだ反転の兆しが見えずにいた。2012年3月28日、春は、久しぶりに、車で、箱根の湯本温泉に行き、心と体を休めた。宿泊したホテルの近くでは、桜も咲き始めていた。その旅行の帰りに、早川港で、昼食に旨い魚を出す寿司屋に入り、たらふく食べてきた。
その後、西湘バイパスから見る相模湾は、何にもなかった様に穏やかだ。やがて、平塚を過ぎて、茅ヶ崎の烏帽子岩が見え、藤沢から横浜新道を抜けて、みなとみらいに帰った。その後、内藤、海藤努も毎日のように日本株を見ていたが、一進一退を続けて買うチャンスがなかった。2012年6月になり内藤から海藤努にオリックスが安いが、金融株は買い難いと連絡があり買いを断念した。
その後、2012年8月1日の朝8時40分に内藤から電話で、村田製作所を成り行きで買おうと、海藤努に電話が入り、1万株ずつ成り行き買いを入た。3610万円で内藤と海藤努が買いを入れ、海藤努の残金が3190万円になり、内藤の残金が3390万円となった。その後、これからは、株式を見ずに、上昇するとこを祈ろうと言った。
やがて2012年が終わり2013年を迎えた。2013年春頃から,日経225も上昇を初めて、内藤も回答努もひと安心した。2013年10月には、内藤夫妻と海藤夫妻の4人が、熱海の温泉に2泊3日で出かけて美味しい金目鯛を食べて熱海の海岸を散策してリフレッシュした。また、温泉につかり英気を養った。また、株の成功を祈願して、熱海で一番有名な来宮神社をお参りした。
また境内の大楠の木に株の成功をお願いしてきた。やがて2014年を迎える頃には、日本株の上昇のピッチが、上がった。2014年は、久しぶりに夏、8月1日から海藤夫妻は、避暑のため北海道、旭川空港に飛んだ。列車で稚内へ行き利尻島、礼文島にわたり散策して1週間滞在。その後、旭川、札幌を経由して小樽に移動し1週間滞在した、札幌の町を散策したり余市のニッカウイスキーの工場を見学したりして過ごした。




