30話:仲間とポルトガル、スペイン旅行1
それなら決まり、斎藤の方から、アドバイスして欲しい事を、いつでも電話してくれと内藤が言った。すると斎藤が小中学校時代の内藤を思い出すと、どうも危なっかしいなと言うと大笑いとなった。14時に会合を終えて海藤のみなとみらいのマンションに場所を移して、飲んで、つまみを食べながら夜19時までの大宴会となり19時半に解散して、斎藤夫妻、内藤夫妻が帰っていった。
やがて2009年を迎えて海藤夫妻が、初詣でに行き家内安全、健康、商売繁盛をお願いしてきた。そして、毎年のことだが、風邪をひかないように人混みに出ないようにして、静かに生活をしていた。日射しの良い日に海岸を散歩して体調管理をはかった。やがて2010年4月25日を迎え、成田空港、朝10時出発し、スイス・チューリッヒ空港に15時半着。
待ち時間2時間半で、スイス・チューリッヒ空港18時発でリスボンに4月26日の19:50に到着して、予約していたリスボンのホテルには、20時半に到着。ホテルの部屋は、広めのツイン、広くて感じが良かった。ホテルのフロントの人とポルトに2日間出かけ、その後、また帰って来て、その後、マディライア島・フンシャルへ5月2、3日、宿泊し花祭りを見学する予定だと説明した。
すると了解しましたと言い、もし変更がある時には、できるだけ早めに知らせて下さいと言われ、フロントを後した。そして各自部屋で、休んだが、時差のため、よく眠れず、翌4月27日、朝10時半過ぎに起き、軽く朝食をとり11時半にホテルを出てタクシーで15分で、アズレージョ博物館に送ってもらった。ポルトガルを旅すれば、毎日、必ず目にするのが、アズレージョ。
「アズレージョ」とは、ポルトガル伝統の装飾タイルのこと。ポルトガルの街を歩けば、教会やホテル、レストラン、民家など、あちこちで多種多様なアズレージョに出会う。ここは、元・マドレ・デ・デウス教会を改装して建てられた博物館で、15世紀から現代までの芸術的、歴史的価値の高いアズレージョの傑作が集結。「アズレージョ」という単語は、アラブ語で「モザイク片」を意味する「アズレイチャ」に由来すると言われてる。
現在のアズレージョの原型となったタイルは、14世紀にイスラム教徒によってスペインに持ち込まれ、15世紀後半にスペインのセビーリャからポルトガルへと輸入された。17世紀には、戦いや狩猟の場面を描いたアズレージョが王宮や貴族の館の内壁を飾り、方、教会や修道院では、聖書や聖人といった宗教的なモチーフを描いたアズレージョが盛んに用いられた。
大量生産が開始された18世紀、公共の建物や一般の建物にもアズレージョが取り入れられ、描かれるモチーフの幅も広がった。アズレージョに使用される最もポピュラーな色は青ですが、黄色や緑といった多彩色のアズレージョも多々見られる。一枚のタイルに1つの模様を描いたものから、何枚ものタイルをつなぎ合わせて一枚の絵画のように描いたものまで、形や表現手法もさまざま。
ここは、ポルトガルのアズレージョを勉強するには、うってつけの場所だった。博物館内に残る礼拝堂に見る、黄金の装飾や絵画、アズレージョが一体となった荘厳な空間は圧巻で、ポルトガル・リスボンに来たら、是非、訪れるべき場所と言える。じっくり、様々な種類のアズレージョを見て、写真を撮り、その後、修道院の礼拝所、祭壇と壁、天井を彩る絵画の素晴らしさに心を奪われた。
そこで、多くの写真を取り続けた。そして、博物館を出た頃は、日が傾き、午後17時を過ぎた。散歩し終えて、夕食をとった。19時にホテルに帰り、今晩、ファドレストランを予約して欲しいと、智惠さんがフロントの人に依頼すると了解しましたと言った。20時半にタクシーを呼び、おつまみとワインのついたナイト・セットで予約しておきますと答えた。
その後、部屋に戻り、各自シャワーを浴びたり、ベッドで休んだりして、20時過ぎに、ホテルのフロントに集まった。夜20時半にタクシーを2台が到着し、乗り込んだ。ファド・レストランに着いた。ナイト・セットで予約してあり、ポルトガルワインと、おつまみが出され、8人掛けの大きなテーブルに案内されてた。




