未来を想像する 来年
未来を想像するのは結構難しい。何故なら今無い物をそこに見出そうとするから。何でだろう?未来が今と変わらなくたって別に構わないはずなのに。何故、新しい物、新しい環境、新しい考えがあるはずだと思ってしまうのか。
しかも時間の差によって妥協が生まれていたりする。100年後は凄いことになっているはずだけど、来年は今と変わらないと思ってしまう。100年後だって来年の来年以降の積み重ねのはずなのに。
100年は来年の積み重ねだ。だから今から99年後の未来の来年でもある。これを巻き戻して行くと結局今年と来年の関係まで戻ってしまう。今年と来年は変わらない。なら99年後と100年後だって同じはずだ。
でも来年と100年後は違うと考えてしまう。
多分それは未来の尺度だ。100年後は未来という想像の世界だけど来年は現実なのだ。本当は来年だって未来なのにそこには現実だけがあって未来はない。
勿論これは人により考えが変わる。年齢によっても違うだろう。12歳に取っての来年は人生の9%近い時間を占める。記憶がある範囲で計算すればもっと数字が上がるだろう。小さな子に取っては1年とはそれ程長いものなのだ。
だけどこの比率は歳を重ねるほど下がる。50歳に取っては1年なんてたったの2%である。50歳はたった2%の未来に如何ほどの期待を掛けられると言うのだろうか?今年は去年の繰り返し。そして来年は今年の繰り返しと思ってしまうのを誰が責められるというのだ?
勿論外的要因で環境が激変することもある。災害だったり病気だったり事故だっていつ会うかなんて誰にもわからない。でもその件に関しては年齢はあまり関係ないか・・。
未来を予想するってのは難しい。過去は既に決定したことだけど未来は万通りの選択肢が存在するからね。株価が右肩上がりだからと言って何時までもそれが続くことはないのは既に大人の人なら経験しているはずだ。太陽だって何時までも光り輝くことはない。まっ、もっともこれは時間の尺度が大き過ぎて人間には実感出来ないことだけど。
そんなあやふやな未来でも予想せずにはいられない。というかその予想は殆ど願望だ。
でも願わずにはいられない。来年もこの幸せが続きますようにと。もしくは来年こそは幸せになれますようにと。そして何人かはその幸せを掴むために自ら歩き出すのでしょう。
今年は去年の続きで来年は今年の続きでしかないけど、それってつまり積み重ねだからね。その方たちの夢が叶う事を祈って今回はしめたいと思います。
作者より
う~んっ、なんか暗いな。未来ってもっと明るいものじゃないのか?まぁ、来年って近過ぎて冒険できないのかな?なんせ、昨今の状況って能天気なことを言える状況じゃないからねぇ。




