第八十五話
「これでひと段落といったところか?」
ため息をつきながらの木下君の言葉にそうだねと頷き返す。
「キュンパラ」のストーリーで言えば、今日のクリスマスパーティでもし私と成松君がくっついていたとしたのなら、冬休みからはらぶいちゃなイベントを挟みながら成松君の性格が捻じ曲がる原因となった家庭の問題を二人で協力しながら解決していくことになるのだけど。私と成松君がくっつくことは無かったので、バッドエンドとしてゲームシナリオはここで終了になる可能性が一番高いんじゃないかな。
こちらの現実の問題としても、嫌がらせの犯人は玲奈さんだったみたいだしこれ以上続ける意思なんてないだろうし、噂の方も今日のあの衆人環視の中での成松君の堂々とした告白を見た後で尚も噂するような人はいないと思うから、どちらにしてもひと段落と言い切っちゃっても問題ないと思う。
「どうせなら最後まで見届けたかったかな」
「あれ以上は二人の問題だ、部外者が首を突っ込むようなことでもないだろう。それにこの時期に水を被りっぱなしでいたら風邪をひくぞ」
そう言って私が手に持ったままのハンカチを指差す。それで濡れっぱなしだった髪の水気を拭っていると木下君が続けて言葉を発する。
「それにしても、お前はあれでよかったのか?」
「なにが?」
「あのまま大人しく譲って良かったのか?と、固定ルートに進むくらいだ、それなりに好意はあったのだろう?」
はて、木下君は先ほどまでの私と玲奈さんのやり取りの一部始終を見聞きしているはずだし、前にも直接伝えている筈だけど。
「好きか嫌いかで言うのなら、確かに好きだとは答えるけれども、それはクラスメートとしての評価かな。恋愛対象の好きではないのだから、木下君のその質問に答えるなら全然問題ないよ、だね」
玲奈さんも今の木下君も勘違いというか思い違いの根拠としているのは私が成松君の固定ルートに進んでいることだと思う。本来ならその推測はある程度は正しいのだと思う。何週も出来るゲームの中での周回プレイ中ならいざ知らず、一周しか出来ない現実の中で乙女ゲームを体験するとしたのなら攻略対象に好きな相手を選ばない理由は無い。
だから、普通──乙女ゲームのヒロインに転生することを普通というのなら──なら固定ルートに進むような相手に対しては好意を持っていて当たり前なんだと思う。プレイヤーの行為そのものが好意の表れなのだから。
でも、その推測は私には当てはまらない。
「そもそも、私にはちゃんと他に好きな人がいるからね」
「・・・そうなのか?」
このまま言ってしまおうか、木下君のことが好きですって。
今日は、クリスマスパーティという日常とは違う特別な日で、ドレスという普段は絶対に着ないような恰好で──頭から水を被ってたり裾にちょこっとジュースがこぼれてしまっているけれど──、今は奇しくも木下君と二人っきりという絶好のチャンスなのだから。
胸がドキドキする、顔は多分真っ赤っかで木下君の事をまっすぐ見れそうにない。声を出そうと思っても引きつってしまいそうで、裏返ってしまったりしないようにしないと。
「うん、私が好きなのは──「おーい、華蓮ー!大丈夫ー?」
「ちょ、ちょっと由美っ」
部屋の外から掛けられた声とドアをノックする音にビクッと肩が跳ねる。と、同時に体から力が抜けて首から上にのぼっていた血が下がっていく。
「物部と在郷か。入っていいぞ」
「お邪魔しまーっす、ってあれ?」
「お、お邪魔します・・・」
由美が元気よくと沙耶香が遠慮がちに室内に入ると同時に私の体たらくに気が付く。
「あんなことがあった直後に木下君に連れてかれたから心配になって様子を見に来たんだけど・・・木下君に何かされてた?」
「何かとは何だ、俺がそんな不埒なことするわけないだろう」
入ってくるなりに私の様子を目撃した由美が変なことを言っているけれど、それに食って掛かる木下君というのも珍しい光景だと思う。その陰で沙耶香がしきりとこちらに対して申し訳ないとゼスチュアで訴えかけている。私が木下君のことを好きなことは由美と沙耶香にも言っていないけれど、この様子だと沙耶香にはバレバレになっているみたい。
とにかく、もう告白をしようという雰囲気は消え去ってしまった、振り絞った勇気も霧散しちゃってすっからかんだし。
でもいいや、ゲームだったら今日のクリスマスパーティを逃してしまったらバッドエンド一直線だったけれども、この世界は現実で、物語は終わらずにまだまだチャンスは巡ってくるのだから。
これからは乙女ゲームのヒロインでもなく、乙女ゲームの攻略対象でもない、ひとりの女の子とひとりの男の子としてゲームのシナリオに無い、オリジナルの物語を紡いでいけばいいのだから。
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