第八十話
二学期の期末試験を大過無く終え、終業式まで残すところ一週間になった。それはクリスマスパーティまで一週間になったということで、木下君の予想ではそのクリスマスパーティで私はこれまで一連のいやがらせの「首謀者」と対峙することになるということ。
「首謀者」というのが誰かは未だ持って判明していない。確かに嫌がらせを受けているのにそれを実行している相手が全然見えてこない、尻尾どころか影すら掴めない。
ゲームのシナリオだと今の時期くらいだともう首謀者が誰かというのは判明しているらしい。まあ、ゲームの中の宇都宮玲奈という人物はこっちの世界の玲奈さんとは姿かたちはともかく性格や能力は似ても似つかないらしいのでさもありなんといったところかな。
「今の宇都宮が本気で嫌がらせをしようと思ったら、犯人が誰か分からないようにしながらも、もっと陰湿で凄惨なモノになるだろうな」というのは木下君の弁。能力を評価してのことなのだとは思うけれど、同級生相手にその言い草は少しどうなのかと思う。
誰がやっているのかというのは現時点では想像も予想もついていないけれど、不幸中の幸いは身の危険を感じるような嫌がらせが無いってことかな。まあ、身体的には大丈夫でも精神の方まで大丈夫って訳じゃいないのだけれどもね、正体不明の相手からずっと嫌がらせされるっていうのはとてもストレスが溜まるものだ。
それでも、クリスマスパーティに向けてストレスを溜め込むことしか起きていないわけじゃなくて、楽しみに思えることもあるんだよね。
「ドレス?」
「うん、クリスマスパーティの。どんな風なのにした?」
授業と授業の間の休み時間、次の時間が移動教室のため由美と沙耶香といういつものメンツで並んで廊下を移動中のこと。
二学期の終業式の後に催される清鳳学園の生徒会主催のクリスマスパーティでは男子はスーツ、女子はドレスを着用なんだとか。いつだったかホームルームで話があったのだけれども、それまでそういったシーンとは無縁な生活を送ってきたせいかドレスコードの説明を受けてもさっぱりだ。
正直な所、制服でいいじゃないかと思う。これ一着で冠婚葬祭全てをこなせる学生にとって究極の正装だというのに。
クラスメートたちがフランクすぎるせいで清鳳学園が上流階級の集まりだってこと、すっかり忘れかけていたけれど、こういう機会があると思い知らされるね。
「華蓮もレンタルじゃなくてオーダーにしたんでしょ?」
「うんまあ、お母さんが張り切っちゃって」
「いやあ、楽しみだなあ、華蓮のドレス姿」
「なんで由美が楽しみにしなきゃいけないのさ」
「え、楽しみじゃん。華蓮の初ドレス、どうな風に化けるかなって、沙耶香だって楽しみでしょ」
「うん、そうだね」
清鳳学園の内部生の殆どは、今回のような華やかな場に合わせる服装の一着や二着といわずに所持している人が多い。中には機会があるたびに新しく仕立てると言う人もいるくらい。
でも外部生はその限りではなく、私の様にそれまでの人生でそういった機会とは無縁だったという人も多く、どうにかして用意しないといけない。
一応、最終手段というか、制服も禁止されてはいない。制服でいいじゃないかと思ったこともあるけれど、これは間違いなく最終手段だ。みんなが華やかに装っている中で自分だけ制服、間違いなく浮く、というか悪目立ちすると思う。それならまだ出席しない方がましかもしれない。
という訳で、クリスマスパーティに出席する人は、女子ならドレスを用意する必要があるのだけれども、既製のものを買うにしても、新しく仕立てるにしてもそれなりに費用がかかる。これからパーティ等に出る機会が増える見込みのある人ならともかく、学園から卒業したらまた疎遠になるという人も多い訳で、そういう人にしたら買ったり作ったりするのも勿体ない。
なので、それらの人向けに学園側が無料でレンタルをしてくれていて、私も最初はレンタルでいいかなって思っていたのだけれども。お父さんとお母さん、特にお母さんがやたらと張り切ってしまって新しくオーダーで仕立てることになってしまった。しかも三着。お母さんが言うことには「少なくとも三年間は機会があるんだから」らしいけれど、まだまだ成長してサイズが合わなくなったらどうするんだか。
ま、まあ?最初はあまり乗り気じゃなかったけれど、見本を見せてもらったり、生地の色を選んだり、仮縫いで体に合わせたり、などなど色々とやっている内に楽しくなってきてたのは仕方ないと思うよね、うん。
そうやって話題がドレスからそれに合わせるアクセサリに移り変わったりしながら階段に差し掛かったところで不意に背中を押されたような気がした。
「うわわ!?」
押された勢いが加わったせいで踏み出した足が階段とかみ合わずつんのめる様に前へと体勢を崩してそのまま階段を転げ落ちてしまった。
転げ落ちるた際にぶつけたらしい腰と手首の痛みに呻きながら顔を上げるとそこに居たのは驚いた顔のまま固まっている由美と沙耶香。それと、左手で右手を抑えるようにして顔色を青くさせている玲奈さんだった。
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