第七十五話
私は今、誘拐されて車でどこかへ運ばれているらしい。
らしい、っていうのは目隠しされていて周りの状況が掴めないから。でも車のエンジン音は聞こえてくるし、道路から伝わる振動で運転中らしいというのは分かる。
体中が痛い。両手首は後ろ手に粘着テープでグルグルに巻かれてガチガチに固定されていて碌に動かすことも出来ないし、両足首も同じようにされていて体勢を変えようとすることすら難しい。
そのうえでシートだなんて優しい場所では無くて運転席と後席のシートの間の狭苦しい床に詰め込まれているものだからガタガタと車が揺れる度に振動がダイレクトに体に伝わってくる。
それでも、体が痛いのはまだどうにか我慢が出来る。でも、目隠しをされてどこだか分からない所に連れていかれる怖さは我慢できそうにない。無事に帰ることが出来るのかなって、もしかしたらこのまま殺されてしまうのかもしれないとか想像してしまうと震えが止まらない。
那月ちゃんとのお茶会が終わってから、車で一緒に送ってくれるというので二人で店先でう運転手さんが車をまわしてくれるのを待っていたところ、那月ちゃんが忘れ物をしたと言ってお店の中に戻っていって少しの間一人で車が来るのを待っていた。
着信音が聞こえてきたのはそんな時で、鞄から取り出してディスプレイを見れば電話を掛けてきたのは木下君だった。
「もしもし、木下君?」
『森山か、今ひとりか?』
「ううん、那月ちゃんとお茶していて今から帰るところ。車に乗せて行ってくれるってことで今は車を待っているところだよ」
『そうか、ならいい』
「どうかしたの?何か用事があったとか?」
『例のイベント関連で、お前が誘拐されるイベントがあるのが今日だったからな。流石にそんなことが起きるとは思わんが用心に越したことは無い。今日は一人で行動しないようにしておけ』
「いくらなんでもイベントは起きないんじゃない?それって黒幕っていうか指示を出したのは玲奈さんってことになっているんだよね?こちらでの玲奈さんがそんなことするわけないもの」
そう言って笑ったのがフラグになったのかどうか、近づいてくるエンジン音に車が来たのかなって振り向いた刹那に思いっきり体が引っ張られたかと思ったら目の前が暗くなって、そして今に至る、と。
未だに車は目的地に到着する様子もないし、攫われたときのことを思い返していたら少しだけ考える余裕が戻ってきたかもしれない。
まさか木下君の心配し過ぎだよって笑い飛ばそうとした瞬間に攫われるとは、いくらなんでもタイミングが良すぎでしょう。
木下君の心配が当たったってことはこれってゲームの誘拐イベントなんだろうか。でも、そうするとこの誘拐を指示したのは玲奈さんってことになっちゃうんだけれども、それだとなんでこんなことをするのかが分からない。
ゲームのような理由でってのはまず無いだろうし、それ以外だとちょっと想像が付かない。実はドッキリで車が付いたら玲奈さんがあのプレートを持って待っているっていう展開だったりして。それなら今のこの体中が痛くなるような待遇はちょっと酷いと思うんだよね、絶対文句言ってやるんだから。
目的地に到着したみたいで車が止まったかと思えば目隠しと両手足の拘束はそのままに担ぎ上げられて建物の中に運び込まれてしまった。
荷物の様に部屋の片隅に下ろされてからもう十分以上は経っているけれど、いっこうに玲奈さんがドッキリでしたって登場する気配は無い。
まあ、ドッキリ云々は置いておいて依然として目隠しをされたままなので建物の中の様子とかは分からないのだけれども、話し声は聞こえてくる。その様子から少なくとも男の人が三人くらい、声からして二十代から三十代、もしかしたら四十代かも?声だけじゃちょっと年代は分からないよね。
猿ぐつわみたいなものはされていないから声を出すことは出来る、出来るけれども今までは怖くて声を出すことが出来なかったのだけれども、いい加減手に入る情報が少なすぎて不安が増すばかりになってきた。
「あ、あのう」
「ああん?」
「私はどうして誘拐されているんでしょうか?」
「そんなんちょっと考えりゃわかるだろうが、金目当てに決まってるだろ。まあ、そんなに怯えなくてもいいぜ、嬢ちゃんの両親がきっちり身代金を払ってくれりゃあ無事に返してやっからよ」
まさかの本物でした。いや、玲奈さんがやらせて、なんかよりよっぽどしっくりくるし、考えてみれば当然か。でも、どうして私なんだろうか?私の家なんて普通の一般家庭でそんなにお金持ちな訳ないのに。
あ、もしかして。
「清鳳学園の制服を着てますけど、うちはごく普通の一般家庭ですよ。身代金といってもそんなに大金を払えるとは思えませんけれども」
「馬鹿言ってんじゃねえよ、江里口家が一般家庭な訳ねえだろうが。こっちはちゃんと下調べしてんだよ、ごちゃごちゃ言ってねえで大人しくしてろ、あんまうるせえとぶん殴って黙らせるぞ」
え?あれ?もしかして私那月ちゃんと勘違いされてる?
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