第七十二話
「──玲奈さん」
「ああ、そうだ」
ゲームの中において玲奈さんは成松君のルートのライバルキャラ、それも典型的な悪役令嬢として描かれている。だから、この予想はすんなりと正解に辿り着くことが出来る。
「でも、それってゲームの中のことだよね?」
「そうだ。ゲームの中で宇都宮は悪役として森山華蓮への嫌がらせの主犯であることが暴かれ、学園のクリスマスパーティで成松と森山華蓮に糾弾されて学園から去る。まあ、ゲームでの宇都宮の所業は今現在、お前が直面しているような手ぬるいものでなく犯罪まがいなことにも手を出していたからな、当然と言えば当然の結末だが」
ゲームの中では成松君のルートに進むと私は攫われて閉じ込められたうえで襲われそうになる、らしい。ただし、そこはゲームなのでお約束として成松君が助けに来てくれることで何事もなく助け出される。この事件をきっかけに成松君が玲奈さんとの婚約の破棄を決心するってイベントなんだとか。そして私への拉致監禁と暴行を指示したことを責められて玲奈さんは学園を去っていくと。
もし、これから現実の私に同じような出来事が起きるとしたら、少し、いやかなり怖い。だって、現実の世界では助けが間に合うかどうかなんて分からないのだから。私が出会ったことのある物語ではヒロインのピンチにはヒーローは必ず助けに来てくれたものだし、その救いの手は必ず間に合った。だって、物語なんだものお約束は果たされるものなのだから。けれどもここは現実で、だからヒロインのピンチにヒーローが間に合うとは限らない。そもそも私にとってのヒーローって誰?って話だよね。
ゲームの中では私と成松君はお互いに好き合っていて、だからこそ成松君は必死になって探し出してくれて助け出してくれるのだけれども。現実の世界での成松君だって事態を知れば探してくれるだろうし助けようとしてくれるだろう。でもお互いに恋愛感情も無い筈の少し親しいクラスメート程度を相手にそこまで必死になってくれるかどうかは分からないもんね。
と、まあ、つらつらと悲観的なことを考えてきたけれども、実際にはそんな事態にはならないと思っている。
「この世界での玲奈さんがそんなことするかな?私に嫌がらせをして、誘拐させる、そんなことをする必要、ある?」
この世界とゲームの世界での成松君と玲奈さん。間柄こそ同じ婚約者というものだけれども、その実情は大分違っている。
ゲームの世界での婚約は玲奈さんの家の側から無理矢理押し付けられたもので、成松君の側も反目している異母弟に有利になる為に不満はあるけれど仕方なくみたいな多分に政略的でドロドロとしている。けれども、この世界では婚約は無理矢理なものでは無いと玲奈さんは言っていたし二人とも婚約に不満を持っているようには見えない。
私が成松君に対して恋愛感情を持っていないことは玲奈さんも知っているのだし、いくら今、噂があるからってそれに踊らされるような人でもないと思う。
「まあ、無いだろうな。ゲームの中の宇都宮玲奈というキャラクターはともかく、現在の宇都宮がそこまで幼稚な性格をしているとは俺も思わん」
あっさりと玲奈さん犯人説を否定する木下君。
それはそうだろう、ゲームの中での玲奈さんが婚約者を取られるという焦燥感から嫌がらせなどの行為に手を出したとするのなら、現実のそんなことを心配する必要のない玲奈さんが百害あって一利もないような手段に手を出す必要は無いのだから。
「ただ、宇都宮が最終的な犯人になる──いや、される可能性は高いと予想している」
「んん?どういうこと?」
「実際に宇都宮が犯人であろうとなかろうとクリスマスパーティで犯人としてお前と対峙することになるだろうということだ」
「え、ちょっと待って、私は今されている嫌がらせの犯人が玲奈さんだなんて思ってないよ!?成松君に聞いたって同じことを言うに決まっているのにどうしたらそんな状況になるっていうの!?」
私は今の嫌がらせの犯人が玲奈さんだなんて疑ってもいないし、それは成松君に聞いたって同意見だろうし、木下君だって玲奈さんがそんなことをする人物ではないと言ったばかりだ。
だというのにクリスマスパーティで嫌がらせの犯人として私と対決することになるっていわれたって意味が分からない。
「そこまでは俺にも分からん。だが、ゲームの強制力か俺たちをこの世界に転生させた何者かの意思かそれ以外の何かかは知らんが、登場人物の意思を無視して舞台だけでも整えようとする何らかの働きかけがあることは確かだと思ってもいい。ならば心の内の覚悟だけでもしておいた方がいいだろう」
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