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第六十八話

 コトリと置かれたコップには冷たいお茶が注がれている。秋も深まって季節は大分冬へと傾いているこの頃には珍しくただじっとしているだけで汗ばむような陽気に包まれる中を歩いてきた身としてはとてもありがたい。


 「ありがとうございます。えっと、昭恵さん」


 「ゆっくりしていってくださいね。なんせお坊ちゃんと同年のお客様でも珍しいことですのに、それが華蓮さんのようなお可愛らしいお嬢さんなんですもの。木下家にとってはまさに青天の霹靂のようなできごとと言っても過言ではありませんもの。旦那様も奥様も、今日のことをお知りになったらきっと驚きになられるに違いないでしょうね。あら、いやだ、お二人の驚き顔が見られるだなんて、今から楽しみだわ」


 テーブルにお茶を置いて空いたお盆を胸元に抱いて捲し立てるようにしてからコロコロと可愛らしく笑う。いや、昭恵さんのような年配の方に可愛らしいって形容は失礼だろうか。でもほんとうに、まるで大正ロマンスに描かれる女学生のような、そのまま年月だけが経ったような、そんな印象を受けるおばあちゃまだなって思うんだよ。

 


 「・・・こほん」


 「あら!あら、まあ、私ったらお邪魔だったわね。いやあね、お婆ちゃんが年甲斐もなくはしゃいじゃったりして。でもね、お坊ちゃんったら大旦那様の庵に籠りっきりで、お友達を招待したことなんてこれっぽちも無いんですもの。旦那様も奥様も、もしかしたらお友達が居ないのじゃあないかしらって心配されていたんですのよ。それが──」


 「ほら、昭恵さん。もういいから」


 木下君の不機嫌そうな咳払いにもめげずになおもお話を続けようとする昭恵さんの背を押して部屋から追い出そうとする木下君を眺めながら思うのは、こういう光景というのはどこの家庭でも似た様なものなんだなあって。


 「──ふう。騒がしくてスマンな」


 「ううん、仲が良いなあって。可愛らしい人だよね」


 「俺が人を連れてきたのがよっぽど珍しかったんだろうな。本人も言っていたが年甲斐もなくはしゃぎ過ぎだ」


 不機嫌そうに悪態をついてはいるけれど本気で腹を立てているわけじゃなさそうって感じるのは、ただの雇用主と使用人って関係じゃなくて、本物の家族に近い間柄なんだろうなって、そう思う。

 

 「初っ端から腰を折られたが、まあ、いい。それで、だな、今日お前を家に連れてきたのは見せたいものがあったわけだがその前に、お前は『キュンパラ』についてどこまで知っている?」


 木下君の口から出てきた問いかけはこの世界の元になっているであろうゲームのこと。他人に聞かれたり見られたくないと言っていたし前世関係の話だろうなってある程度の予想はついていたけれども、それでも噂や嫌がらせの話からなんでいきなりそこに話が飛ぶだろうか。

 いやまあ、そういうことなんだろうかってことは分かるんだけれどもやっぱり分からない。

 だって、この世界とあのゲームは違うもので、だから今の状況とあのゲームのストーリーとは別の物の筈なんだから。そのことは玲奈さんだって言っていた。目の前にいる木下君にしたって他の人にしたって、みんなゲームの設定とは違う状況になっているって。


 「えっと、前にも言ったと思うけれど。私が知っているのはパッケージと説明書に載っていることくらいだよ。それと、玲奈さんに教えてもらったこともあるけれど、それも本編への導入以前のことが殆どだからゲーム本編のことは殆ど知らないかな」


 「そうか・・・。お前は、この世界とあのゲームについてどう思っている?同じものか、別のものか」


 「え?それは、別の・・・違う世界でしょ?舞台設定みたいなものの影響は受けてるから全く関係ないとまでは思わないけれど」


 「違うという根拠はなんだ?」


 「だって、実際に玲奈さんはゲームとは違う行動をして、ゲームとは違う結果になっているじゃない。ううん、それだけじゃない、稔君だって稔君だって、百武先生だって説明書に書いてあることくらいしか知らない私にでも分かるくらいゲームとは違っている。それは木下君だってそうでしょう?」


 「そうだな、ゲーム通りならば俺は美術部には在籍していない。北島とも面識はあるが特に親交があるわけじゃない。ゲームの木下直昌と今の俺は全くの別人と言っていいだろう」


 木下君から出た北島さんという名前に一瞬ドキリとする。北島さん・・・フルネームを北島真里佳きたじままりかという、説明書にも載っていた人物、木下君のルートにおけるライバルキャラとして。

 今まで木下君の周りでその名前を聞いたことはないし、それらしい人を見たこともない。それでもやっぱりずっと気にはなっていたんだよ。本来なら、ゲーム通りなら、木下君と仲良くなろうとするのなら立ちはだかる人、成松君と玲奈さんのような婚約者という確定した間柄ではないけれども、それでもぽっと出の私などよりはよっぽど深い間柄になっていただろう人。

 木下君のあまり親しくなさそうな言葉に今はそんな場合じゃないって、そこは今の話とは関係のないことだって分かっていても、少しだけホッとしちゃったよ。

お読みいただき、ありがとうございます。

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