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第六十話

 「ところで・・・」


 一頻り先ほどの騒動への愚痴を吐き出してもらったところで昇降口の入口側へと視線をやる。二人は背を向けているので気付かないのだろうけれども、少し前からチラチラとこちらを窺う人影が気になっていたりする。


 「あそこからこっちを見てるのって、待ってるって言ってた弟さんじゃない?」


 「え?あ、ホントだ」


 成松君が顔を向けると気が付いてくれたことが嬉しいのか、表情に喜色を浮かばせてこちらに近づいてくる弟さん。なんというか、ピコピコ動く犬耳と激しく振られる尻尾が幻視できそうな雰囲気があるね。


 「来てたなら声を掛けてくれれば良かったのに、あんなところで何してたんだ?」


 「だってさぁ、遅れて来てみれば何か騒ぎが起きてるし、その中心が兄貴たちだし、その後も見慣れない女と話してるしで、出ていくタイミングが無かったんだよ」


 ああ、そこから見ていたんだね。あと、見慣れない女っていうのは私のことかな、まあ、弟さんからしてみれば初対面というか初めて見る顔だろうしね。


 「こらっ、そういう言い方は失礼だぞ。森山さん、コイツが弟の光幸みつゆきだよ、今は中等部の二年生だね。で、こちらがクラスメートの森山華蓮さん。それにしても森山さんよくコイツが弟だって分かったね、あまり似てるって言われないのに」


 「いやまあ、関係者っぽいかなっと思ったから、話に出てた弟さんかなって思っただけなんだけれど──」


 軽くお互いを紹介されて小さくお辞儀をしてから成松君の問いかけに答えつつ改めて成松君と弟さん改め光幸君とを見比べてみる。

 まず、大きい。中等部の二年生とのことだけれども、成松君と並んでいても身長の差が殆ど見られない。体つきの方もがっしりとしていて、その分よけいに大きく見える。

 顔立ちも成松君の家族というだけあって整っているのだけれども、成松君とはまたタイプの違った美形さんだ。成松君が貴公子然というかどちらかというと線の細い感じがするのに対して、弟の光幸君の方はというと、快活という言葉がしっくりとくるスポーツマン全開といった感じのイケメンさんだ。

 そういうタイプの違いからか、似ていないと評する人の方が多そうだけれども。


 「──うん、こうして見比べてみると似てるかな」


 どこが?って聞かれると、雰囲気が、としか言いようが無いのだけれど、別にご機嫌取りに適当に言っているわけじゃないよ。感覚的すぎて言葉にして説明しにくいのだけれども、こう兄弟として紹介されてすんなりと入るというか、ストンと落ちるというか、とにかく似ているなって思ったんだよ。


 「おう、分かってるなアンタ。えっと、森山・・・先輩だっけ?あの腹黒女よりよっぽど見所あるな!」


 私に成松君と似ていると言われたのが嬉しかったのか目に見えて機嫌をよくしてにかっと笑う光幸君。それよりも、腹黒女ってもしかして玲奈さんのことだろうか?だとしたら怖いもの知らずというか命知らずというか、玲奈さんと仲というか相性が悪いのかな?


 「どうかしたの?」


 「・・・いや、何でもない」


 ふと、光幸君が来てから一言も発していない木下君がじっとこちらを見ていることに気付く。何か言いたげだったのだけれどもはぐらかされてしまった。何か私、変なことで言ったのかな?

 

 「ほら、変なこと言ってないでそろそろ行くぞ。大学の方も回りたいって言ってたろ?森山さん、じゃあ僕たちはこれで失礼するね。直昌も悪かったな、変なことに巻き込んで」


 木下君の方を気にしている間に光幸君が何か言ったのかポカリと頭を叩いて窘めると、光幸君に学園祭を案内するからとその場を離れていった。光幸君の方はというと叩かれたというのに嬉しそうでやっぱりフリフリと揺れる尻尾が幻視出来そうな様子で付いて行った。ほんの数分の邂逅だったけれど光幸君がお兄ちゃん大好きってことだけは分かったかな。



 去り行く仲良し兄弟を見送りながら、さて私の方はこれからどうしようかなと考えたところでハタと気が付いた。ここに残っているのは私ともう一人、これはもしかしてチャンスというものではなかろうか?


 「えっと、木下君は今日は誰かと回る約束はしているの?えと、家族だったりとか」


 「うちはアイツ等のとこのように仲良くは無いからな、来てはいるだろうが一緒に行動するような予定は無いな」


 取りあえず第一段階クリア、心の中で小さくガッツポーズ。でもここからが本番なのだから気を緩めたらいけない。やっぱり何でもなかったことにしてしまいたい気持ちがむくむくと湧いてくるのをなんとか押し込める。

 勇気出せ、私。上擦ったりどもったりしないように気を付けて声を出せ。


 「私のところも来てくれるのは午後からで、もし木下君が良かったらでいいのだけれども、それまで一緒に、回ってくれないかな?」


 声に出した瞬間に目をギュッと瞑る。ただ、学園祭を一緒に回ろうって提案しただけなのに心臓がバクバクしてる。

 でも、言った、言えましたよ、私!


 



お読みいただき、ありがとうございます。

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