第五十七話
人間、驚きすぎると声も出ないといのは本当のことかもしれない。十秒か二十秒か、たっぷり時間を掛けてフリーズしていた思考が活動を再開してすぐにそんな益体もないことを考えている辺りきっとまだ絶賛混乱中なのかも。
ただ、不意打ちで真っ暗闇に落とされた割には恐怖でパニックに陥ったりとかしないで済んでいるのはきっと、ここにいるのが私一人だけじゃないってはっきりと実感できる人の感触とぬくもり──
「・・・森山さん大丈夫?とりあえず、手を放すか緩めるかしてくれないかな、爪が食い込んで痛いんだけど」
どうやら真っ暗になったときに咄嗟に手近にあった成松君の腕を抱え込んでしまっていたらしい。しかも、ご丁寧に爪まで立ててガッチリと。それも力の限りに掴んじゃっていたみたいだからかなり痛かったんじゃないかな。夏休みが終わったと言ってもまだまだ夜でも暑い日が続いているうえに寝る前ということもあってみんな半袖の体操服かジャージに着替えていた。成松君は半袖だったので今も素肌に爪が食い込んでいる感触がある。
「ご、ごめん!痛かったよね?」
慌てて手を放したのだけれどもすぐにまた今度は爪を立てないようにして腕を抱え込む。
「その・・・もう少しこのままでいいかな」
今、この手を放してこのまま置いていかれたら、なんていう想像が頭をよぎってしまうととてもではないが手を放すわけにはいかなくなる。今だって何も見えないこの状況で傍に誰かがいるっていう実感はこの抱え込んだ腕から伝わる感触が頼りだというのに。
この実感のおかげで悲鳴を上げてパニックにならずに済んでいるのだけれども、パニックにならずに済んだのはともかくとして悲鳴の方は上げていた方がよかったのかもしれないんだけれど。
さっきの大きな音は入口を閉められた音だと思う。多分、見回りの先生なんかが誰も居ないのに開けっ放しになっているのだと勘違いかして閉めて行ってしまったのだろうけれど、悲鳴を上げるなりなんなりしていればすぐに気が付いて戻ってきてくれたのかもしれないのにね。それにしたって閉める前に一言中に誰かいないか確認してくれればいいのに。
今からでも大きな音を立てれば気付いてくれるかな?と思うものの、その方法が問題だ。用具室という用途からなのか詳しくは分からないのだけれども、昼間に見た感じでは厚みのあるコンクリートの壁は閉め切られた今は防音性はしっかりしていそうだし。声を目一杯に張り上げたところでどれくらいまで届くのだろうか。
「外に誰かいないか?!まだ中に残っているから開けてほしいだけど!」
成松君が外に向かって声を掛けても開く様子は無いし少なくともここから声が届く距離にはもう居ないのだと思う。
暗くて自分の手すら見えないのでぶつかって棚を倒したりしないように──私ぐらいがぶつかったくらいじゃ倒れたりはしないと思うけれど年の為に──慎重に手探りしながら入口まで戻ってきたのだけれども扉はやっぱり開かない。
この用具室の扉は外側についている落とし金で施錠されるようになっている。普段はそこに南京錠も付け足されるのだけれど、管理上、生徒が鍵を預かることは出来ないのに開け閉めするたびに呼び出されるのも手間だし、どうせ中に盗まれるようなものは置いていないからという理由で私達が使わせてもらっている期間はそれは省かれている。
だからその落とし金さえ上げることが出来れば開けることが出来るのだけれども、流石に中からではどうにもならない。一応、明りとりの窓はついているのだけれども位置が高いうえに人が通れるほどには大きくない。現状では、私たちが自力で脱出することは不可能だと思う。
なので外に救援を求めないといけないのだけれども・・・、成松君はスマホを置いてきてしまったらしいし私のは故障か電池切れか電源が入らないしで連絡手段も断たれている。何度か間隔を空けて扉を叩いたりしてみているけれど、一向に誰かが反応してくれるということも無く扉が開きそうな気配はこれっぽちもない。
「はあぁ・・・。ごめんね、成松君。こんなことに巻き込んじゃったりして」
「気にしなくていいよ。というか、むしろ巻き込まれて良かったかな、おかげで森山さんが独りで閉じ込められたりしなくて済んだし」
今はもう誰かが気付いて探しに来てくれるのを待つしかないかということで背中合わせになって座り込んでいる。いつまでも成松君の腕にぶら下がっているのも気恥ずかしいということでこの形になったのだけども、これはこれで背中越しに伝わる体温が気恥ずかしい。
一応、沙耶香には出てくるときにスマホを探してくることを伝えているのでいつまでも戻らなければそのうち探しに来てくれるだろうけれども、何処へ行くとは伝えていないのですぐにここを見つけてくれるのかはわからない。用務員さんも日常の業務に利用しているので流石に何日も閉じ込められたままという事態にはならないだろうけれど、出来れば早めに見つけてくれないかなぁ。
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