第五十六話
成松君の提案にありがたく甘えさせてもらうことにしよう。まあ、用具室はもうすぐそこなのでスマホを探す時間を合わせても十分も掛からないと思うし、そんなことに付き合わせることを思うと申し訳ないのだけれども、安全な学園内とはいえ暗くて人気のないところに一人で行く心細さには勝てないよね、と。
今回の学園祭で私たちのクラスが大道具置き場に使わせてもらった用具室は普段は学園内の清掃用の道具などを収納するのに使われている。ちなみに清鳳学園では教室などは生徒達自身で清掃するようにしているけれど、それ以外の場所──主に校庭など──についてはそれ専門の業者さんの手によって清潔に保たれている──教室なども定期的に業者さんが清掃してくれているらしい。
何が言いたいかというと、生徒は普段は用具室に入る用事が殆ど無い、ということ。用具室と言われて思い浮かべるのは物が乱雑に置かれて狭苦しいイメージをしがちだけれども、そこは流石にお金持ちの名門校というか備品などは整然と置かれていて手狭という印象は無い、というか想像よりも広く見えると言っていいくらいで、一クラス分とはいえ大道具を置かせてもらえるスペースを確保できていることからもその点は確実だと思う。ただ、そんな整然とした部屋でも普段使わない人間からしてみたら物がどこに置いてあるか、とか、部屋の設備がどこに設置されているのか、なんてことは分からない。具体的に言うと照明のスイッチの場所が分からない。
多分、入口からはそう離れていることもないのだと思うのだけれども、ペタペタと触ってみた範囲にそれらしいものは見つからないし、もしかしたら棚の陰に隠れているのかもしれない。
一応、入口の軒先に取り付けられている人感センサー付きの自動照明のおかげで室内が全く見えないということは無いのだけれども、照度やら角度やらの要因でか、こう痒い所に手が届かないというか背中に手が回らないといった感じで探し物をするには少々どころではなく心許ない。
「うう、暗いなあ」
明るさで言えば人工的な明かりが殆ど無かった外よりも、頼りないながらも照明が付いている今の方が僅かながらではあるものの明るいといえるのだけれども、はっきりと見渡すことが出来ず、棚やそこに置かれている物の影がうっすらと判別できる程度の暗さと人のいない室内特有ともいえる空気感が何とも言えない雰囲気を作り出している気がする。
今更ながらにライトでも持ってくれば良かったと思い出して後悔しつつ室内へと踏み込む。センサーの感知範囲外に出てしまうと照明が消えてしまうかもしれないから成松君には入口で待機してもらって引き続き照明のスイッチを探してもらうことに。
これはやっぱり探すのは明日にして今日のところは大人しく帰った方がいいのかもしれないかな?でも、せっかくここまで来たのだし、成松君だってわざわざ付いてきてくれたのだし少しくらいは探してみようか。でも、置かれているものに触っても危ないかもしれないから下手に何かに触ったりしないでパッと見える範囲だけにしておこう。
そうして入口からは棚が影になっていて見えない位置、入口からの明かりがギリギリで届くか届かないかといった辺りの床に見慣れた大きさの影が。
拾い上げて頼りない明かりに照らしてみれば確かに私のスマホだった。
こんなに分かりやすい場所に落ちていたのなら誰かが気付いてくれても良かったのにと、つい先ほどまで落としたことにすら気付いていなかった自分のことは棚に上げて心の中で文句を言ってみる。
そんな偶然は無いとは思うけれども、万が一、もしかしたら同じ機種、同じカバーを使っている別の誰かのものかもしれないので中身の確認をと電源ボタンを押してみるも、これがうんともすんとも言わない。
「あ、あれ、何でつかないの?もしかして落としちゃったから故障?」
「ん?どうしたの、森山さん」
慌てる私を見かねてか近付いてきた成松君にも見てもらったのだけれども、やっぱりピクリとも反応しない。
「故障かもしれないけどキズらしいキズも無さそうだし、電池切れかもしれないね」
ええ?でも、朝に確認した時はフルに充電されていたし、別に電池の消耗が早いと感じたこともないのだけれども。それに、今日は朝からずっと作業の連続でマナーモードにしたまま殆ど操作をしていないのだから電池切れになるほどに消耗するとも思えないんだけれどな。
まあ、一応は見つかったのだし、朝まで充電してみてそれでも電源が入らなかったら、その時は改めて故障として見てもらえばいいかな。
「うん、取りあえず戻ってから充電してみるよ。付き合ってくれてありがとうね」
成松君にここまで付いてきてくれたお礼を言ってさあ戻ろうかというその時。
ガラガラガラ、ガシャン!という何か重たそうなモノが動く音と、金属を落とすような音がして、用具室から一切の明かりが消えて何もかもが見えなくってしまった。
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