第五十五話
失くしたスマホを探しに用具室に向かっている。多分、あそこで落としたのだと思うのだけれども、そこで見つからなかったら講堂の方だろうか、いずれにせよ探し物に適した時間帯とは言えないからざっと探して見つからなかったら一旦諦めて明日の朝に改めてしっかりと探す必要があるよね。出来れば、簡単に見つかってくれると嬉しいのだけれども。
しかし、落としたこともそうなのだけれど、これから寝ようかという段になるまで気付かないというのも迂闊としかいいようがない。自分では普段通りだとは思っていても校舎内に充満している学園祭という空気に浮かされていたのかもしれないね。
それにしても、明るさの違い一つでこうも受ける印象が変わってくるというのも不思議なことだと思う。今向かっている場所は普段から日中であっても人気は殆どないのだけれども、それでも明るいうちであれば一人で向かったとしてもそこに恐怖を覚えるだなんてことは全くない。なのに、ただ暗くなったという事象一つでここまで心細い思いをするだなんて。
元来、人というものは知らないもの分からないもの、見えないものを本能的に恐怖するという。であるならば、先を見通すことができず何が潜んでいるのかも分からず、見知った場所でも見知らぬ場所であるかのように変化させてしまう暗闇というものに人が恐れを覚えるのはごく当たり前の反応であって何一つおかしなことではないのであって。
なんて、益体も無いことをつらつらと考えてでもいなければそのまま回れ右して引き返して布団の中に潜り込んでしまいそうだ、現に今も着々と今探す必要などないではないのか、明日になって明るくなってから改めて探せばいいのではという意見が脳内で多数派工作を推し進めているのだから。
もし今ここで誰かに驚かされたりでもしたのならば間違いなく悲鳴の一つでもあげてしまうのだろうなあ。もしかしたら少々お下品ながらちび──
「森山さん?」
「ひやぁああわあああ!!?」
「うわあ!?」
バクバクバクとうるさいくらいに高鳴る心臓の位置に手をやりどうにか気持ちを抑え込む。大丈夫、出てくる前に済ませてきたから尊厳は守られている、筈。ナイスだ、少し前の私よ。
「ごめん、そこまで驚くとは思わなかった」
「こちらこそ、悲鳴なんて上げちゃってごめんね」
年頃の乙女としてはどうかという悲鳴を聞かれてしまった恥ずかしさなどはあるけれども、その声に驚かされたとはいえ彼に責任がある訳でもなく、整った顔を今は申し訳なさそうな形へと変えている成松君に謝罪を返す。
「それはそうと、こんなところでどうしたの?」
まだまだ灯りの残る校舎からはすでに陰になっていてこの辺りはもう真っ暗闇だ。私みたいに用事でもなければこんなところにいること自体が不自然で、人なんている筈がないと思い込んでいたからこそ先ほどは声を掛けられただけであんな悲鳴をあげる醜態をさらす羽目になったのだから。
「それはこちらの台詞かな、一人で暗がりの方に向かっていくのを偶然見かけたんだけど、なんだか不安そうな様子だったから何かあったのかと思って追いかけてきたんだけど」
どうやら私の事を見かけて心配したのか追いかけてきてくれたらしい、その結果があの悲鳴というのはなんだか申し訳ない気もする。不安そうな様子というのは暗闇に怯えていたことだと思うのだけれども、そのまま暗いのが怖かったと白状するのもなんだか子供っぽい気がして言いにくい。まあ、バレバレな気がしないでも無いのだけれどもね。
「それで、森山さんはなんで一人でこんなところに?」
「ああ、うん。ちょっとスマホを落としちゃったみたいで、探しに行こうかなと」
「こんな時間に?明日じゃダメだったのかい?」
「えっと、一応、落とした場所の目星、というか心当たりはあるので、パッと行ってパッと取って来ようかなって。もし、そこで見つからなかったら、その時は明日探そうと思ってたのだけれど」
若干、こちらを見る視線に咎めるものが混じりつつあることに気後れしながら説明をする。それに万全な警備態勢で安全には定評のある清鳳学園の敷地内なのだし、暗いのが怖いと言ってもさっと行ってさっと帰ってくれば何か問題がおきるとは思っていないし大丈夫だろう。
「女の子一人で放り出すのもアレだし付いていくよ、それに落し物がスマホならこちらから呼び出せば・・・って、しまった鞄の中に入れっぱなしだった、ごめん」
「ううん、どのみち学園内に居るときはマナーモードにしているから呼び出しても分からなかったと思うから。その、付いてきてくれるだけでも十分助かると言いますか心強いから、手間を取らせちゃって申し訳ないけれどもお願いします」
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