第五十話
美術部の合宿で行った避暑地にある湖、その湖での湖水浴中に起こった出来事で自覚した自分の想い。
その後の自分の行いを振り返ってみればそれはもう酷いものだったと思う。自分から繋いだはずの手を振り払うように離してしまったり、視線は追いかけているのに少しでも目が合えばパッと顔を背けたり、帰りのバスでも隣の席に座ったにも関わらず一言も話すことが出来なかったり。
正直、たった一つの想いに気付くだけで自分がここまで制御不能になるだなんて考えもしていなかったよ。挙動不審すぎて周りにはいくらか気付かれていたと思うけれど、木下君は・・・よく、わからない。不審には思われたかもしれないけれど、それでも木下君の態度は普段と変わっていなかったと思う、多分。
夏休みという冷却期間があって本当に助かったよ、顔を合わせなくてすむ時間が出来て少しは落ち着けたからね。
ただ、未だに誰かに相談したりとか出来ずにずっと一人で考え込んでいるせいで頭の中が煮詰まってしまいそうになっちゃっているけれども。
考えているのはこれから木下君にどう接するべきか、翻ってこの気持ちを打ち明けるかどうか。もし、私がただのプレイヤーでキャラクターとしての森山華蓮の独白を読んでいたとしたら、掲げられた選択肢に対してどんな選択をするのだろう。とりあえずセーブして突撃をさせる?それとも攻略サイトを横目にまだ踏んでいないフラグがあるからと思い留まらせる?でも、この世界はゲームではなくて現実で、セーブをして失敗すればやり直すことも、攻略情報を見て確実を期することも出来ないのだからどうしたらいいのか分からない。
グダグダと考えすぎというのは分かってはいるのだけれどもね。ただまあ、仮定として気持ちを打ち明けたとして、断られるだけならばいいんだ。いや、良くは無いのだけれどもね、でも成就を願うのならいつかは実行に移さなけれいけないのだし、それで断られたのならばすっぱり諦めるか振り向いてもらえるように再度の努力をするのかをその時にまた考えればいいだけだもの。断られた後も今の関係が続くのなら。
怖いのは今の関係が壊れること。入学当時、入学式の時にちょっとした接触はあったものの、それ以降は私が美術部に入部するまで全くと言っていいほどに接点が無かった。私の方も接触を極力避けていたこともあるけれど、それ以上に木下君は私に対して興味など持っていなかったのだと思う。入学当時の私ならともかく、今の私がそんな状態に戻ったのだとしたら、果たして耐えられるのかどうか。今だって、ただの可能性として考えるだけで胸が痛くなってしまうのに。
そして、その可能性はきっとゼロじゃない。仮入部期間が始まってすぐ、木下君は自分目当てで美術部に入ろうとしていた外部生の子を実際に追い出している。私に対しても牽制のようなことを言ってきたこともある。私がゲームの主人公に転生したことに浮かれて攻略対象のキャラとして自分のことを攻略するつもりならば諦めろと、あの時の私がそのつもりだったのならきっとあっさりと美術部を追い出されてそれ以降は無関心を貫かれてしまっていたのだろうと思う。
まだ半年にも満たない程度の付き合いではあるのだけれども、それでもきっと木下君は真剣な想いには受け入れるか断るのかどちらにせよ真摯に向き合ってくれるだろうことは予想できるのだから問題ない筈なんだ、他の子ならば。
でも、私は?私が彼に好きなのだと伝えたとして、「キュンパラ」なんて関係ないって受け取ってくれるのかな?森山華蓮というキャラクターが木下直昌というキャラクターに告白をしたのではなく、森山華蓮という一人の人間が木下直昌君という一人の人間のことを好きなのだと受け取ってくれるのだろうか。
夏休みの間、ふと時間が空くとそんなことばかり考えてしまっている。楽観的な考えと悲観的な考えが堂々巡りをしていて完全な結論なんて出る筈も無いのに。こんな時には誰かに相談をした方がいいっていうのは分かっているのだけれども、私の悩みには転生と言う事情も絡んでいて滅多な人には相談できない。私のこの事情を知っているのは木下君、玲奈さん、那月ちゃん。木下君は論外として、那月ちゃんは年下にこういう相談をするのはどうなんだろうって思うと、残っているのは玲奈さんなんだけれど、どうしてだろうか、このことを玲奈さんに相談する気にはなれないんだよね。普段はいろいろと明け透けに出来事なんかを話したり相談に乗ってもらったりしているのにね。
結局、どうすればいいのか全くわからないままに明日から二学期が始まるというところまで来てしまったのだけども、本当にどんな顔をして木下君に会えばいいのだろうね?
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