第四十六話
さて、那月ちゃんのことも気になるのだけれども、今は美術部の合宿中なのでそちらに集中していこう。
とはいうものの未だバスは目的地を目指して走行中、先ほど部長さんが休憩にサービスエリアに寄ることと、それ以降は目的地まで休憩が無いことを話していたから今は中間地点かもう少し進んだくらいかな。
サービスエリア内のバス専用の駐車スペースにバスが停まり車内から降りると、アスファルトの照り返しやら車の排気ガスやらの混じり合った何とも言えない熱気によって冷房で冷やされていた体が一気に暖められてしまう。
行列との戦いを切り抜けて用事を済ませてもまだ出発の時間まで余裕があったのでフードコートやお土産物のコーナーを見て回っているのだけれども、屋台で販売されていた特産品を使ったお菓子が気になってしまう。
少しの間見ていただけなのに結構、沢山の人が買っていたから有名なものなんだろうな。
一通り見て回ってそれでも一応、出発の時間には余裕を持ってバスに戻ってきたのだけれども木下君はすでに席に座って窓の外を眺めていた、というか男子組はほぼ全員がすでにバスに戻っていて銘々に寛いでいた。女子組なんてまだ戻って来てない方が大半だというのに、この辺りはやっぱり男子の方がさっぱりしているのかな。
「なんだ、何か買ってきたのか?」
「うん、ここで何かを買う気はあまりなかったんだけれど、気になっちゃってね」
戻ってきた私の手にある包みを見て声を掛けてきた木下君に、買い食いを見とがめられたような若干の気恥ずかしさを覚えつつ、そう返事をして隣の座席に座る。
手に持っていた包みを開けるとホカホカとした空気とともに甘い匂いが立ち昇ってくる。こんな暑いときに温かいお菓子どうかとは思うのだけれどもね。このお菓子、冷めていても美味しいらしいけれど焼き立ての方が絶対に美味しいと屋台のおっちゃんが力説していたからね、仕方ないね。
見た目はごく普通の大判焼きなのだけれども、中身がちょっと違うらしくクルミの餡子を使っているんだとか。
ひとかじり口に含むとクルミの風味が口の中に広がり普通の餡子とはまた違った甘さに包まれる。んー、甘くて美味しい。
二口目を食べたところで先ほどからずっとこちらに目線を固定し続けている人に気付いた。
「木下君も一つ食べる?クルミ餡を使っているんだって、甘くて美味しいよ」
「・・・頂こう」
少しの間だけ逡巡して、それでも手を伸ばして大判焼きを摘み上げて噛り付くと少しだけ木下君の頬が緩んだ気がした。
「何を見ている?」
「ううん、なんでもないよ」
私が見ていることに気が付いたらすぐにいつものきつめの表情に戻してしまったのだけれども、今見た光景はしっかりと脳内に焼き付いている。
普段から美術部の活動なんかでは向かい合って座ったりすることもよくあって、どちらかと言えば木下君の顔は見慣れている部類で、美形だなとかカッコイイなとかいう感想は常々抱いてはいる。
けれども、それらの感想はゲームや漫画のキャラクター、テレビに映るアイドルみたいな言わば鑑賞用に対するような感想だ。
でも、さっき見た表情は、美形だけれどもいつもしかめっ面ばかりしているクラスメイトがふとした隙に油断して見せた表情で、ああやっぱり同い年の男の子なんだなって実感させられるもので、不覚にもドキッとしてしまった。
それにしても、甘いものを食べて表情を和らげるだなんて、木下君って実は甘党だったのかな?今度甘いお菓子でも作って差し入れてみたらさっきみたいなのをまた見せてくれるかな。
「気に入ったのならもう一個食べる?」
「・・・・・・いらん」
相当気に入ったのか少し長めに迷ったうえで断ってくる様子がおかしくて、でもここで笑ったりしたら絶対に怒るだろうなあって表情に出ない様にこらえているのに気付いたみたいで、結局怒ってしまったのか拗ねてしまったのかそっぽを向いて窓側に固定してしまった。
そんな様子がおかしかったのか、実は少しだけ耳が赤くなっていることに気付いてしまったからか、結局、堪えきれずに吹き出してしまって目的地に到着するまで話しかけても返事をしてくれなくなっちゃったけれども。
「はぁい、注目ぅ。こちらとあちらの二棟が今回の合宿中にお世話になる貸別荘です!ここは貸切なので他の利用客などに気兼ねする必要はありませんが、他の敷地の建物には当然、別の利用客が泊まっていたりするので特に夜なんかは騒いだりしない様に!」
目的地に到着したバスを降りたところで部長さんの号令に目を向けるとコテージが二棟、ひっそりとした林間に建つログハウス風の外観がなんともマッチしている。
「じゃあ、部屋割りを発表するよぉ!男子はあっち、女子はこっち。男子はあなた達で適当に決めちゃって、女子は人数的に丁度いいから学年別に分かれて頂戴ね。移動で疲れただろうし荷物を置いたら少し休憩、一時間後から合宿を開始するからまたここに集合してね、はい解散!」
部長さんの号令に合わせてバラバラと散っていく部員たち。その流れについていきながら合宿にやってきたんだなあって密かにテンションが上がってきた。今日を合わせて二泊三日、がんばるとしますかって気持ちになるね。
まあ、その前に少し休憩だけれどもね。
お読みいただき、ありがとうございます。
先週の更新で投稿を始めてから一年が経っていましたね、時の経つのは早いものです。
これまで続けてこられたのも読んでくださる人がいるからだと思っております。
細々とですがこの調子で完結までもっていきたいものです。
改めて、これからもよろしくお願いします。




