第四十五話
今日は美術部の合宿初日で今は目的地への移動の為のバスの中、座席は例の如く?木下君の隣だ。
大型のバスなので座席には余裕があるし、どこに座れとかいう取り決めも無かったのに他の部員たちに押されるがままに隣に座らされてしまった。まあ、今回は少し木下君に相談したいこともあって大人しく便乗させてもらったというのもあるのだけれども。
なんだろうか、最近は頓に部活の中で私と木下君をくっつけようとする勢力(ほぼ全員?)の活動が活発になってきているような気がする。
別にそれ自体に不満がある訳じゃないのだけれどもね、彼等彼女等の期待するような意味では無かったのだけれどもそれでも仲良くなりたいと思っていたのも事実なのだし。事実なのだけれども、それでいいのか乙女ゲームよ、などとも思わないでもない。
「キュンパラ」の内容を知らない私が言えたことではないかもしれないが、こう、普通の恋愛シミュレーションゲームだったならば主人公が攻略対象のキャラに近づこうとするのを阻止というか邪魔しようとするものなんじゃないのだろうか、クラスの子らもそうだけれど全体的にほのぼのし過ぎではなかろうか。
なんといっても、そういった勢力の筆頭であるはずの玲奈さんからして自分の婚約者を攻略しろだなんてのたまうレベルだしなあ、まあ、あれは私をからかって遊んでいるんだろうけれども。
私としても嫌がらせされたいとか騒動に巻き込まれたいなどとは間違っても思わないし、今の状況は歓迎すべきというか甘んじて受け入れるべきとは思うのだけれども、みんなの温かいというか見守るような視線がいたたまれないんだよ。
とまあ、最近における私を取り巻く状況は置いておいて、今は木下君に相談したいことがあるんだった。
「ガス抜き、ね」
つい先日プールに招待されて遊びに行った際に玲奈さんに言われた?頼まれた?こと、ともう一人に言われた言葉でこれから先に那月ちゃんと会う時にどういった態度で臨めばいいのか少し悩んでしまっていることを木下君に相談してみているのだけれども。
「それで、なんで俺にそんなことを聞く?俺は江里口の姉とは殆ど面識なぞ無いぞ」
「んー、だって他に相談できる人って居ないし」
この件については玲奈さんに相談しようにも玲奈さんも当事者というか関係者だし、前世の話が絡んできちゃうからヘタに他人に事情を説明することも難しいしで、そうすると同じような事情を抱えている人で冷静な第三者で居られる人って木下君くらいしか知らないんだもん。
「はあ、さっきも言ったように江里口の姉とは面識が無いからな詳しい話は知らんのだがな、まあ、宇都宮の言うことも、江里口のご両親の懸念もどちらも分からんでもない。・・・本来なら赤の他人が勝手に話すのは良くないんだろうが、内部生なら大体が知っている話だからな」
「うちの学園は伝統的に内輪の結束が固いんだが、だからといって全員が全員で仲良しこよしというわけでもない。・・・まあ、要するに江里口の姉は一時期、周囲から孤立していた」
「え、なんで!?」
那月ちゃんってあんなに素直で人当たりも良くて可愛らしい子で、正直あの子のこと嫌いな人っているんだろうかってくらいなのに。
「お前の通ってきた学校には居なかったか?霊が見えるとか自分は何某の生まれ変わりだとかほざく輩は。そういう奴らが周りからどういう扱いを受けるかくらいは想像が付くだろう」
ああ、居たなあ。自分は異界の王女様の生まれ変わりで前世の恋人と今生でも出会う約束をしているとか、いずれ元の世界に戻って世を揺るがす敵との戦いに身を投じるとか壮大な設定を作り込んでいた子が。しかも、その設定を顔写真付きのブログで公開までしてたりして・・・彼女は今でも強く生きているんだろうか。ああ、でも私たちみたいな存在がいるってことは彼女の設定もあながちただの設定じゃあなかったのかも・・・って。
「あ、もしかして?」
「江里口の姉が記憶を取り戻したのはその時期なんだろう、そして彼女はそのことを周りに隠すことはしなかった」
ああ、やっぱり。
「幸い、というべきか、学園に通う連中は良家の坊ちゃん嬢ちゃんばかりだからか大人しいのが多いからな、いじめを受けるようなことは無かったがそれでも周りからは距離を取られることはさけられなかったというわけだ」
いじめを受けるまでには至っていないとの木下君の言葉にほっとしつつも、それでも今まで仲の良かった子たちに疎遠にされてしまうというのは辛かったろうなと思う。
「それ以降、周りに前世の話をすることが無くなったからなのかじきに周りに人が戻ってきたようだが、ご両親が心配するのも分かるだろう?」
うん、分かりましたとも。玲奈さんがガス抜きという言葉を使ったのも、那月ちゃんのお父さんがどうしてあんなことを言ったのかも。
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