閑話5
私の名前は江里口那月といいます。清鳳学園中等部の三年生です。家族構成はお父さんとお母さん、双子の弟の智也の四人家族です。
私にはあまり人には言えない秘密があります。あ、別に悪いことをしているとかそういうことじゃないですよ。ただ、他の人に話をしたところでほとんどの人は信じてくれず、人によっては怒り出す人もいるそうなのであまり人前では話さないようにとお父さんとお母さんに約束させられたんです。
どんな秘密かというと、私には私のほかにもう一人分、私が生まれる前に生きていた人の記憶があるんです。それもどうやらその人の生きていた世界と、私がいる世界は別の世界で、私みたいな人のことを「転生者」っていうらしいんです。
あ、この「転生者」っていう言葉や世界の事は玲奈お姉様に教えてもらいました。玲奈お姉様も私と同じ「転生者」で、この世界のことをたくさん知っていて、いろんな事を教えてくれました。
私の秘密を知っているのはお父さんとお母さん、弟の智也の家族三人と玲奈お姉様の全部で四人だけです。
お父さんとお母さんに記憶の事を話した時、その時はまだ、私はこの記憶の事を夢だと思っていました。夢の中で私はもう一人の私になってここではない別のところで暮らしている、そう思っていました。
でも、その夢はあまり面白くありませんでした。だって、その夢の中で私は、来る日も来る日も病院のベッドで寝ているばかり。私以外の登場人物はお医者さんや看護師さんばかり、たまに家族がお見舞いにやってくるけどお友達は一人も出てきません。ときどき私と同じように病院にいる子と仲良くなってもしばらくすると居なくなってしまいます。
たまにある面白いことといったら、アニメや漫画を見ている時くらいしかありません。それに、ときどき検査が長引いたり、体調が悪くて起きれなかったりで見逃すことがありました。起きているときに見逃した回を見れないかと調べたけど見つからなかったのできっと夢の中だけでしかやってないアニメなんだなと思いました。
夢の話をお父さんとお母さんにお話しすると、最初のうちは興味深そうに聞いててくれましたけど、何度もお話しするうちに困った顔になって、他の人には話さない様にと約束をしました。それ以来、夢の話はお父さんとお母さんにはお話ししていません。
それが夢じゃないって教えてくれたのは玲奈お姉様でした。玲奈お姉様と出会ったのは私が中等部の一年生のときでした。もちろんそれ以前も、学園の一つ先輩の中でも特別に目立つ存在の宇都宮先輩の顔も名前も知っていましたし、何度もお話をしたこともあります。宇都宮先輩が玲奈お姉様になって、よくお話しする間柄になったのが私が中等部一年生のときの、玲奈お姉様のお誕生日の日のことだったのです。
宇都宮先輩のお誕生日を祝うパーティは毎年お父さんが経営するホテルで行われていました。他にも宇都宮の家が主催するパーティではうちのホテルが使われることが多く、その関係でうちと宇都宮の家とは付き合いがあり何度かパーティに招待されていて、宇都宮先輩の誕生日のパーティにも毎年出席して、お祝いの挨拶もしていました。ですが宇都宮先輩はいつも大人の人に囲まれていて、ご本人もなんだか近寄りがたい雰囲気の人で気後れしてしまって挨拶以上の親しいお話はなかなかできずにいました。
その年のパーティもいつもと同じだと思っていました。お祝いの挨拶をして、宇都宮先輩は他の大人の人に囲まれて、私のお父さんやお母さんも大人の人との挨拶やお話に忙しくて。他にもパーティに招待されている同じくらいの年の子もいましたが、その子達ともパーティの時間のあいだずっと一緒にいるわけじゃなくて。
そんな時にいつもなら私の傍には智也がいました。私の方がお姉さんなんだからしっかりしないとって、智也の手を引いて、大人の人に話しかけられてもがんばって笑顔で応対なんかもできました。お姉さんぶってはいましたけど、智也がいて内心ではとても心強くて、握り返してくれる手にホッとしていました。
でもその年はパーティの前日に智也が熱を出して、当日には熱は引いていましたが念のために智也はパーティを欠席することになりました。そして例年の通り宇都宮先輩にお祝いの挨拶をして、お父さんとお母さんに連れられて他の大人の人に挨拶をして、一通り回った後に気が付けば私はパーティの中で一人っきりになってしまいました。
いつもは塞がっている右手が今年は空いているのが心細くて、他の子達と遊ぶ気にもなれず、いつの間にか私はパーティの会場の隅で一人、足をぶらぶらさせながら鼻歌を口ずさんでいました。
私の他には誰も知らない、夢の中にだけ存在するアニメ、その中でもお気に入りの作品の主題歌のメロディーで、他の誰が聞いてもその歌の正体なんてわからない、そう思っていました。
そんなときです、宇都宮先輩に声を掛けられたのは。
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