第二十五話
三十分程前
「んー、ついつい話し込んじゃったね、ちょっと遅くなっちゃったかも」
積もりに積もった思い出話は爛漫の花を咲かせてとどまるところを知らず、気付いてみればすでに日が傾いていて長くなってきたとはいえ、日が沈みきるまでの猶予もそれほど長くは残されていないだろう。
先ほどまで入っていた喫茶店は大通りから外れてお店を構えていて大通りほどには街頭もなく日が沈んでしまうと一気に暗くなって治安も悪くなるから、寄り道などせずにすぐに大通りに合流するようにと喫茶店のマスターからもお釣りと一緒に忠告も貰っている。
「いつもはお父さんと来るかもっと早い時間に出るようにしているんだけど、失敗しちゃったかな」
ちょっとバツが悪そうにしているけれども、私としてはそうやって稔君も時間の事を忘れてしまうくらいには再会の事を喜んでくれいているんだと思うと嬉しくなってくるもので。
とはいえ、マスターからの忠告もあることだし、さっさと大通りに出てしまうとしよう。大通りから外れているとはいっても一本かそこらで迷うほど入り組んでもいないので出ようと思えばすぐに出られるんだしそうそう滅多なことも起こらないだろうし。
──なんて思っていた時期が私にもありました。
フラグ乙とでも言って欲しいのか、ちくせう。こう、あったよね楽観的なこと言ったり考えたりするとフラグになって逆に実現してしまうっていう、何とかの法則ってやつ、何て言ったっけ。
私達の進路を塞ぐように立ちはだかる二人組の男、その恰好はこう、何年前?何十年前?のドラマや漫画にでも出てきそうないかにも「ボク、チンピラでぇす」って自己紹介でもしているかのような服装だ。こういう恰好って絶滅してなかったんだね。まさか自分の生活圏内に生息しているとは思っていなかったから、そんな場合じゃないってわかっていても少し感動してしまう。
「おーおー、二人ともマジカワイイじゃん。おっし、カラオケいくか、カラオケ。この近くに酒飲み放題ある店知っているからよぉ」
「いいねえ、いいねえ。オレの十八番が炸裂しちゃうよ?」
えっと、付いてくるの前提なの?しかも、お酒飲み放題って、私達どう見ても未成年でしょうが、そんな誘い文句でほいほい付いてくる様な人間に見えるんだろうか、もしそうだったとしたらかなりショックなんだけれど。
それにしても、かなり強引とはいえまだ普通?のナンパの範疇の筈なのに、見た目が加わると一気に犯罪臭が漂ってくるのはどうしてだろうね。あ、未成年にお酒を勧めるっていうのはアウトか、まだ現状ならグレイゾーン?
「あ、もしかしてクスリが欲しいとか?いいよ、いいよ、いいのがあるっつうの。これキメながらヤるとサイッコウに気持ちイイのがよぉ」
あ、これ完全にアウトだわ。驚きの真っ黒さでしたね。
犯罪云々関係なく関わり合いになりたくはないんですけれどね、連れていかれたら何をされるか分かったもんじゃないし。
さて、断ろうとしたって聞く耳なんか持たないだろうしここは逃げの一手でかな、こちらは転生者とはいっても巷の主人公のようにチートな能力が備わっているなんてことは無い、ひ弱でか弱いただの女子高生だ、ケンカ慣れしているであろう二人組を相手にして勝ち目なんかある筈がない。
大通りに一番近いのはこの人たちの向こう側、さすがに正面突破は厳しい。別の道はというと、この辺の地理は不案内なので下手に逃げて袋小路やもっと人気のない場所に迷い込んだら目も当てられない。ここはやはりさっきのお店に逃げ込んで助けを求めることが正解かな?
「おら、さっさと行こうぜ」
こちらが逃げの手を選択して実行に移すよりも早く業を煮やしたのか掴みかかってくるチンピラ一号、逃げ道を気にしていたせいか注意が逸れていたせいか、慣れない状況にすくんでしまったのか迫りくる手に全く反応できずに腕を取られそうになったその瞬間、目の前のチンピラの姿が視界から消え失せる。
「汚い手で蓮ちゃんに触らないでくれるかな」
「な、テメェ!──ゲハッ」
あ、ありのまま今起こった事を話すぜ、ってネタはいいから落ち着け私。混乱している場合じゃない。
いきなり視界から消えたチンピラ一号は何をどうやったのか全然、分からないけれども二号ははっきりと見えた。私の足元にゴミくずでも見るかのような冷たい視線を送る稔君に激高した二号が掴みかかろうした瞬間、綺麗に宙を舞って一回転してそのまま地面に激突した。
武道のぶの字も知らない私でも漫画やらで見て知っている柔道の有名な投げ技。一本背負いっていうんだっけ?掴みかかろうとする二号の腕を取ったかと思えば稔君がくるりと回ったら勢いそのままに地面へ真っ逆さま。
時間にして数秒、正に秒殺というものを目の当たりにしてしまった。地面に打ち付けられた衝撃からかチンピラの二人組は完全に目を回しちゃっているし、稔さんってとってもお強いんですね。
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