第二十一話
はて、誰だっったかなぁ。
知り合い・・・ではないなぁ。丸まった寝相のせいか半分ちかく隠れているがそれでも容姿がとても整っていることは容易に見てとれる。まぁ、カッコイイというよりカワイイ、年上のお姉さまに人気が出そうなタイプだけれど。これだけ可愛い子と知り合って忘れるだなんてありえないし、そもそも基本的にこの学園に知り合いは居ない筈、ましてや学年が違うなら猶更だ。
喉元まで出かかっているけれども言葉に出てこないような、芸能人の顔は分かるけど名前が出てこないときの感覚が近いかな。
もっとも、この学園でこんな美少年の顔に見覚えがあるとしたら心当たりなんて一つしか無いんだけれどもね。
あのゲームの、しかも五人の内の一人で名前はえーっと、何ていったっけ・・・え、え、えり・・・
「江里口?」
ああ!そうそう江里口、江里口 智也だ。思い出せてよかった、こういうことではっきりしないとモヤモヤが残って後味悪いもんね。
「って、あれ?木下君?」
「もうすぐ時間だから呼びに来たんだが・・・、何で江里口がここで寝てるんだ?」
いやー、それについては私の方が聞きたいかなあ、ホントいつの間にか隣で寝てるんだもん、ビックリだよね。
「気が付いたらいつの間にかここで寝てたんだよね。中等部の子・・・だよね?ここまで入ってきても良いの?」
「別に敷地の境に柵があるわけでも無し、禁止されてもいないしな。とはいえ服装の違いは目立つから行き来するような奴は滅多に居ないんだが」
こちらの疑問に答えながら送られてくる若干の呆れを含ませた視線はスルーさせてもらうとして。
皆が同じ制服を着ている中で自分だけ違う服装で歩き回るのは勇気のいることで、何かしらの事情でもなければ好き好んでこちらの敷地に侵入しようとする子なんて居ようもない、ましてや相手が全て年上ともなれば猶の事だろう。
スヤスヤと眠るその稀有な例を見やる、あどけない寝顔や華奢な体つきを見てもそんなに胆の据わった様な子には見えないんだけれどな。
暑くなる一歩手前といった陽気は気持ちが良くうららかという形容がよく似合う、絶好のお昼寝日和な放課後で私もお昼寝したなら大層気持ちよく寝られるんだろうなって思うけれども。
とは言え、長くはなってきたもののもうすぐに日が暮れ始める時間帯になるのだし、池を渡ってくる風にはひんやりとした空気が含まれていて今は気持ちが良くとも暮れ切ってしまえばすぐにでも体温を奪う風に様変わりするだろう。
となれば、このまま放っておいて行ってしまえば風邪をひくかもしれなくて、それはとても後味が悪い。気持ちよさそうに寝ている姿を見ると起こすのが申し訳ないというか勿体ないような気もするけれど放っておくという選択肢を取れない以上は起こすしかないよね。
決意?を固め、声をかけ、手を伸ばそうとした瞬間にパチリという音が聞こえそうなほどにはっきりと開かれた目と合い全ての行動が一時中断されてしまう、中途半端に伸ばされた手がなんだか間抜けな感じだ。
目が合ったまま動けずにいる間に時間だけが過ぎていく中でふと気づく、今のこの格好、見ようによっては寝込みを襲おうとしているようにも見えなくはないなあと。
立場が逆ではと一瞬だけ思いかけたが、先ほどまでの寝姿を思い出すに寝込みを襲いそうなお姉さま方も多そうだなあと思いなおす。とは言え私までもがそうであるという誤解は避けたいところ、幸いなことにすぐ後ろに木下君という証言者もいることだしひとまず声をかけようか。
「えーっと、おはよう?」
若干、怪しげな感じがしないでもないこちらの声が聞こえているのかいないのか、反応らしい反応を返すことなくマイペースに辺りを見回したあとに、くわぁと大口を隠すことも無く特大の欠伸をもらす様はなんだかホントに猫みたいな子だね。
「・・・おはよう」
「あんまり外で寝てばかりいると風邪をひくぞ」
「あれ、ナオマサがいる。なんで?」
「それはこっちのセリフだろう、ここは高等部の敷地だぞ。あと”さん”か”先輩”をつけろ」
私の頭の上を通り超えて交わされる遣り取りは単なる顔見知りよりは親しげで、さっきも思ったけどやっぱり木下君の知り合いみたい。
目が外れた隙に居住まいを正して二人のやり取りに耳を傾ける。こちらは顔と名前を知っているとは言えそれはこちらが一方的に知っているだけで、初対面であることだし木下君に対応を任せちゃった方がいいだろう、なんて呑気にかまえていたらまたこちらの方をじっと見ている?
「おねえさんは、だれ?」
クリクリとした大きな目に疑問をたたえ、コテンと首をかしげる様は正直、今すぐお持ち替えしたいくらいに可愛らしい。
前も今も一人っ子だった私としては可愛い弟や妹は憧れで、やっぱり今からでも本気で両親にお願いしてみようかな。
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