第二話
ちょいと日が経って四月である。入学式当日なのです。
あれから無事に合格通知をいただき清鳳学園へ入学することに相成りましたよ。
清鳳学園に通うにあたっての目標は大きく二つ。平穏無事に卒業することと、のんびりゆるやかに青春をエンジョイすることだ。
前世は受験勉強のせいで死んじゃったからね、結局卒業も出来なかったし。この二つを達成出来れば前世を乗り越えたと言っても過言でないでしょう、我が身も浮かばれるというものだわ。
その点でいえば清鳳学園は学部に拘らないならばよっぽどの低空飛行でなければエスカレータで内部進学が可能なので必死こいて受験勉強をする必要はなく、平均点をキープできればゆるゆるなのである。
「服装よぉし、寝ぐせよぉし。うん、完璧」
改めて姿見で服装チェック。指差し確認、要確認。清鳳学園は所謂イイとこの学園である。服装の乱れ一つでカーストの降下の恐れが大なのだ。ただでさえ一般庶民は低く見られがちなのだから付け入る隙は与えたくはない。
その辺の諸注意は母からしっかりレクチャーを受けている。母も清鳳学園のOGなので学内の事情にはかなり詳しいのだ。その母から話を聞いていたのも私が清鳳学園を受験した要因の一つ。
母の実家は結構な家格で、学園に通っていたころの母はザ・ご令嬢だったから、一般家庭からエントリーの私とでは立場が違うが上流からの目線や考え方、あしらい方などの話は為になる。
そんなお嬢様な母が父のような一般人とどのようにして結婚したのかは森山家の謎である。
「っとぉ、そろそろバスの時間ね」
正直、次のバスに乗り遅れてもまだまだ時間に余裕はあるのだけれど念には念をいれて早めに会場に着きたい。入学式で遅刻デビューとか目立つことこの上なしな初日を迎えるのは死んでもごめんだ。
普通であればここまで念入りにする必要はないのだけど、ここは「キュンパラ」の世界(仮)だ。学園物の乙ゲー世界において入学式といえば「出会い」イベントは定番中のド定番、もしもこの世界にゲーム補正なる強制力が働くとしたら他はともかくこれだけは避けえないかもしれない。
何事も起こらないのがベストではあるけど、今日だけは楽観してはいけないと思う。イベントそのものは起こるなら起こるで構わない、ゲームでいうならルート分岐どころか本編開始前のプロローグ的なものでしかないだろうから。
怖いのはそのイベントに伴う時間的、精神的なロスだ。顔見せ程度のあっさり系ならいいけれども、やっかいなゴタゴタに巻き込まれて仲良く遅刻しました。なんて事態は万難を排してでも回避したい。
ゲームの世界でありながらも現実の世界かもしれないなんてあやふやな世界なら、イベント自体は避けえなくても台本が用意されてない以上ある程度のアドリブはかませる筈、時間掛かる系のイベントなら開始時間を早くしちゃえば問題ないよねってスンポーよ。ふっ、我ながら完璧な作戦だわ。
「お母さーん、私、もう行くねー」
階段を降りてキッチンの母へ行ってきますのご挨拶、報連相は大事。
「はぁい。私たちも後から行くけど、華蓮ちゃんあんまりはしゃいだらダメよ?」
「お母さんは私を誤解している」
「誤解じゃなくて理解よ、車には気を付けてね?」
私がいったい何をしたというのか、解せぬ。母の誤解も解きたいところだけれど今はもっと優先することがある。残念だけれど今日のところはこれで許してやるんだから。
バスの時間まではまだ余裕があるので春の朝を堪能しながらゆっくり歩く。今年は気候がいいのかちょうどこの時期に桜の見頃が合わさってこれぞ入学式の朝という景色で、心なしか空気も甘く感じられて胸の内まで清々しい。
「あら、華蓮ちゃんじゃない」
「あ、原田さん。おはようございます」
声を掛けられてみれば庭先を掃き掃除していたらしく箒を片手にこちらをニコニコとした笑顔のご近所さん。御年80歳を超えているはずだけれども、まだまだ若々しくて可愛らしいおばあ様だ。
「今日から学校なの?随分と早い時間から出るのねぇ」
「今日が入学式なんです。時間が早いのは、実は楽しみで早起きしてしまいまして、丁度いいからゆっくり歩きながら登校しようかと」
この辺りの大人も子供も小さな頃から原田さんにはお世話になっているので皆原田さんには頭が上がらない。私もお菓子とか貰ったりでとても懐いていたのでちょっとした挨拶や会話だけでも嬉しくなってしまう。
「時の経つのは早いものね。いつも庭先を駆け回っていたお転婆さんが、今ではこんなに立派なお嬢様になっちゃって」
「ありがとうございます、でも、まだまだですね。今日も鏡の前で制服に着られている気がしましたもの」
「三つ子の魂百までと言うものね、新しい学校では暴れちゃダメよ、華蓮ちゃん」
「むう、原田さん”も”誤解してますね」
「やぁね、理解よ」
お読みくださりありがとうございます。