第十四話
「ねえ、ちょっと、聞いてるのかしら?!」
遠くへと飛ばしていた意識が強めの詰問によって引き戻される。
どうしてこうなったんだっけと、思い返してみるけれども、そう大した理由があるわけもなく、物語としてみればそれこそ掃いて捨てるほどに転がっているんだろう。
お花畑への渋滞を乗り越えた達成感と爽快感、お昼ご飯への期待感──とはいえ自分で用意したお弁当なので味の程は窺えるのだが、開放的なロケーションと皆で食べるというシチュエーションを考えれば当社比二割増しを超えるのでは、との期待も持てるものである。──に胸を膨らませながら、場所を取ってくれている彼女達を探し歩いていたところを、別クラスの女子集団に呼び止められ、あれよあれよという間に囲まれて今に至ると。
意識を戻して代表者っぽい娘に顔を向ければ、いかにも「私、憤慨していますのよ!」とでも言いたげにフンス!と鼻息も荒くしていらっしゃる。
「ええ、まあ、聞いてますとも。で、何の話でしたっけ?」
「んまあ!!やっぱり聞いてないじゃないの!」
いやいや、九割方聞き流してはいたけれども、話の要旨はきちんと心得ておりますとも。
取り囲んできた彼女たちが口々に言うことには、「成松様(と玲奈様)に気安く接するとは外部生のくせに何様のつもりだ」と。まあ、それだけである。
成松様(と、おまけに玲奈様)が如何に素晴らしい人柄(と家柄)であるか、貴方の様な人間(一般庶民ごとき)が気軽に近づくことのなんと畏れ多いことか、本来であれば私の様な高貴な家柄の者こそが侍るに相応しいとか、私はこんなに優れているのよとか、私の家はこんなに凄いのよとか、我が家の製品をよろしくお願いしますとか、それはもう入れ代わり立ち代わりに御高説を披露しておられるのです、が、それを私に言ってどうしたいんだ、この人たちは。
そもそも、成松君にしても、玲奈さんにしても、クラスメートの範囲内としてしか付き合いないんだぞ?まあ、玲奈さんについては今日のことがあるけれども、彼女たちにしてみれば、そちらは話のお出汁か刺身のつま程度でメインは違うんだろうが、今日のことにしても普段のことにしても、その程度のことですら彼女たちにしてみれば許容量の範囲外ということか。
玲奈さん曰くの”取り巻けない人たち”というのは、こういう人たちのことなのだろう。本来のゲームの世界であればこういう人たちが玲奈さんを取り巻いていたんだろうなあ。
結局のところ、取り巻けようが、取り巻けなかろうが、私のところに被害が来るのは変わらなかったわけですが、ちょっとイベント発生が早すぎませんかねえ?本来であるならばもっと親密度が上がってから発生するイベントじゃないんですかねえ?堪え性が無いにもほどがありやしませんかねえ?めんどくさいな、もう!
「ああ、居た居た。おーい、森山さーん」
そしていま、一番この場に来てほしくない人物が背後より登場。声だけで分かるって私凄いな!
チラリと背後に目をやれば、予想通りのお方が朗らかに手を振りながら此方へと寄ってくるのだけれども、貴方この雰囲気に気付いてらっしゃるでしょう!?なんなんだよ、その朗らか爽やかないい笑顔は、やる気満々だな、おい。ややこしいことになる未来しか見えないよチクショウ!
闖入者に気付いて慌てる”取り巻けない人”のお取り巻きと、ヒートアップして気付いていない”取り巻けない人”、そして此方へと忍び寄る影。あ、なんかもうこの後の展開が目に見えるかも。
「ちょっと貴女、いい加減にしてくださらない!」
意識が別の方に向いている私を、自分のことをバカにしているとでも思ったのか、思いのほか強い力でもってこちらの肩を突き飛ばしてくる。
お嬢様のくせに予想より強い力で押されたせいで踏ん張り切れずに、やっぱりこうなりますよねーと、弱冠の諦めをもって重力に身を任せる。
「──おっと」
私の中で大勢を占めていた予想の通りに、後ろから駆け寄ってきていた人物に受け止められる際に、カシャリと予想外の音が一つ。
まさかねぇと思いつつも視線を音の発生源へとやれば、そこにあるのは凄惨な姿へと変貌した白いお米と色とりどりのおかず達、落ち方が悪かったのか当たり所が悪かったのか、その内容物の殆どを母なる大地へと横たわらせた元お弁当。三秒ルールとかやわな理屈で挽回できるような状態を大きく通り越した今、ゴミとして処分される運命を免れ得ない被害者たちへと両手両膝をついて哀悼の意を送る。
「あ、わぁあ」
「──あちゃあ」
彼としても想定外なのか戸惑ったような声が漏れ聞こえる。無残になったお弁当を眺めて途方にくれてる場合じゃないよね、大半は私のせい──こんな場面にお弁当なんて持ってこないでよとは思わないでもないけれど──なんだから。お嬢様方?「私のせいじゃ──」とか「貴女が勝手に──」とか言い残して、素晴らしい速度でフェードアウト決めていったよ。
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