第百六話
泣き疲れて眠ってしまうなんていう経験はいつぶりだろう。
朝になって洗面所でご対面した顔は案の定というかぱんぱんに腫れていて、お母さんにもぎょっとされてしまった。
何があったのかと心配するお母さんとお父さんには、昨日見た映画が感動してと誤魔化しておいた。・・・誤魔化せてたのかな?
目元にあてた冷やしタオルのおかげで幾分かはすっきりしたけれど、盛大に腫れてしまっていただけに今日は外に出れそうにない。まあ、外出できないもなにも今日一日なにもする気は起きないのだろうけれど。
「華蓮に電話よ」
何もする気が起きないので部屋でうだうだとごろごろしていると、コンコンというノックとともに私宛ての電話が来ているとお母さんが知らせに来た。
携帯電話じゃなくて家の電話に連絡してくるとなると友達では無いのだろうけれども、一体誰だろう?飛び込みの営業とかだったら、今の気分では相手なんてしたくないんだけれどな。
それから少し時間が経って、電話の相手に会うために待ち合わせの場所へとやって来ていた。
相手からは都合が悪ければ断ってくれても構わないと言ってくれたし、私としても正直、精神的にも身体的にも今日は外出はしたくは無かったのだけれども、その人とはお話をしないといけないと思って会うことを決めた。
お店の人に名前を告げると相手の方はもう来ているとのことで席まで案内をした貰った。
「お待たせしました」
「ごめんなさいね、こんなところまで呼び出してしまって。家だとあの子が居てうるさいと思ったから──って、あら?その顔はどうしたの?」
「あ、いえ、その、なんでもありませんから気にしないでください」
大分、腫れもひいていたから大丈夫かなって思っていたのだけれども、簡単にバレてしまった。何でもないと手を振りつつ向かいの席に腰を下ろす。
案内をしてくれた人にそのまま注文をしてから今日の電話の相手──木下君のお母さんへと改めて顔を向ける。
「今日は急にごめんなさいね、突然予定していた時間がぽっかりと空いてしまって、この機会を逃すとまた当分は忙しくなっちゃうものだから。この間はあの子に無理言ってパーティに参加して貰ったのに、慌ただしくてゆっくりとお話しできなかったでしょう?だから、貴女とはもう一度ゆっくりとお話をしたいと思っていたのよ」
そう言う木下君のお母さん──妙香さんは木下君によく似た顔で、彼なら絶対にしないだろうな、という表情、花が綻ぶように笑った。
「あの子が部屋に上げた女の子がいるって昭恵さんから聞いて、どんな子なのかしらって思っていたの、そうしたらあの宣言でしょう?ますます興味が湧いちゃって」
「あの、その事なんですけれど、・・・ごめんなさい!!」
「──・・・、そういうことだったのね」
突然に頭を下げた私に面を食らう妙香さんに本当のことを告げる。あの宣言は咄嗟に吐いた私のウソであること。それから木下君と付き合っているように見せかける為に恋人同士であるフリをしたこと。昨日、勢いで告白してしまって・・・フラれてしまったことも。
「あの子ったら、お見合いがイヤなのは解るけど、貴女──華蓮ちゃんって呼んでいいかしら?──華蓮ちゃんを利用するだけ利用しておいて・・・教育、間違えたかしら」
「あの、私が木下君にお見合いをして欲しくなくて言い出したことで、木下君は我が儘に付き合ってくれただけなので」
「あら?華蓮ちゃんはあの子の事、もっと怒ってもいいと思うわよ?」
「そんな!短かったですけれど、フリでも嬉しかったですし、怒るだなんて」
私の我が儘に振り回されて、木下君のお家には迷惑を掛けちゃったと思うし、怒られるのなら私の方だと思うのに。
「木下君のご家族だけじゃなくて、お相手のご家族にもご迷惑をおかけしてしまったことは分かっているつもりです。二度と木下君に近づくなって言われても仕方ないと思っています」
「あの時、否定しなかった上に便乗したあの子が悪いのよ、華蓮ちゃんは気にしなくてもいいのよ」
本当のことを言ったら罵倒されるかもしれないって怖くって、それでも言わなくちゃいけないって覚悟をしていたのに、心の内で本当はどう思っているかは分からないけれども、優しい言葉を掛けてもらえて涙が滲んできてしまう。
「こんなことを言えた義理ではないのかもしれないけれど、あの子の事、見捨てないであげてくれないかしら」
「はい」
木下君には私の気持ちを受け入れられないって断られちゃったけれども、あれだけ泣いてもすっぱりと気持ちを切り替えることも出来ない私は未練タラタラで、今でもまだ全然諦めるなんてことは出来なくて。
どうやら私はとっても執念深いのかもしれないね。
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