第百五話
「それで、悩んでいたことはそれだけか?」
「え、うん、そうだけど?」
「それにしては随分と言い難そうにしていたな?」
そんなの、仮にも──本当に仮なんだけれども──付き合っている相手に、他の男性から告白されたなんて言いにくいに決まっていると思うのだけれども。それに──
「直昌君、さっきの『負担を掛けていた』の後、なんて続けるつもりだったのかな?」
どうして私はこんなことを聞いているのだろうか。今の自分の胸の内を占めるこの感情を何と呼ぶのだろうか。直昌君とのおデートに浮かれたり、相談しようと思っていてもなかなか言い出せないことが憂鬱だったりはしていても、それでも平静の範囲内にいられたのに今は何かが溢れそう。
「『やっぱり止めておいた方がよかった』?それとも『今からでも遅くないから解消しよう』かな?」
言葉にされることが怖くて直昌君の発言を遮ったのに自分で言葉にしていたら意味が無いでしょうに。直昌君は何もおかしなことは言っていない、おかしいのは私だ。聞きたくも言いたくも無い言葉が止まらない。
「木下君にとってはこの関係は『その程度』でしかないのかな?」
「俺にはありがたかったが、それでお前に迷惑を掛けるわけにはいかないだろう。俺の我が儘に付き合わせてお前の可能性を潰したんじゃ意味がない」
「迷惑なんて掛からないし、そんな可能性は存在しないよ」
あの先輩の手紙を受け入れる可能性なんてこの気持ちに気付いたときに消えてなくなっちゃったんだから。
「私から言い出したことだよ、途中で投げ出したりなんかしないよ」
「あくまで仮初めの関係だ、そこまで固執することじゃない」
──ああ、やっぱりそうなんだ。
もう、止まらない。この関係を壊してしまう言葉を止められない。
「拘るよ、しがみつくよ、だって本気なんだもん」
「私は木下君のことが好きだから」
言ってしまった、こんなタイミングとこんな場所で言うつもりなんて、全然無かったのに。
「そうか」
コトリと上げていたカップをテーブルに下ろす音がハッキリと聞こえる。お店の中は満員で活気にあふれて騒がしいくらいなのに。
それまでは優し気だった木下君の雰囲気が一気に温度を下げて、入学当初の出会った頃のようだ。
「お前の、いや誰のものであっても、今の俺の感情だけでその気持ちを受け入れることは出来ない」
そっか、・・・そっかあ。
「そろそろ出よう」
そう言うと木下君はすばやく伝票を拾い上げて清算を済ませてしまう。あ、今日は折半するって・・・、もう、そういう関係じゃないってことか。
喫茶店を出てバス停までの道程も、隣り合って歩いてはいてもその距離は喫茶店に入る前と変わらないはずなのにどこまでも遠い気がする。数十分前までは繋がれていた手はもう差し出されることもない。
家まで送るとは言ってくれたのだけれども、その申し出は断らせてもらった。だって、今は一秒でも早く一人になりたいから。
バスに揺られている間も、バス停から家まで歩いている間も、不思議と心は凪いだまま。
家に入って「ただいま」をして、晩ご飯までは部屋でゴロゴロして。
「今日はデートだったのよね、どんなことをしてきたの?」
「別に普通だよ。適当にブラブラして小物見たり、服を見たりしてから映画を見てお茶をして──」
お母さんと今日のことを話しながら晩ご飯を食べて──お父さんは残業だあって、晩ご飯には間に合わなかったよ。
お風呂に入って、パジャマに着替えて、布団に入ってあとはもう眠るだけ、それだけで今日という一日が終わる。
あとはもう、たったそれだけなのに、ポロポロと、ボロボロと勝手に涙が零れている。
ああ、そうだよね。今日、私は、大好きな人にフラれたんだ。悲しくないはずがない。
告白して、断られて、仮初めでも、本物じゃなくても、嬉しくて、暖かくて、ドキドキする、そんな関係も壊しちゃった。
バカだな、わたし。本物じゃなくても良かったのに、少しずつ本物に近づければいいって思っていたのに。
木下君はただ、わたしのウソに付き合ってくれているだけだって解っているつもりだったのに。
みんな、みーんな、考えなしに壊しちゃった。
いいよ、もう。今日は好きなだけ泣いちゃえばいいんだ。布団かぶって枕に顔を圧しつけて、枯れるまで泣いてしまえばいいよ。
明日、目が真っ赤になったって、ぱんぱんに腫れちゃったってかまうものか。朝、起きて、お母さんに驚かれたって構わないし、お父さんにオロオロと心配されてもいいんだよ。
・・・明日も学校、休みで良かったね。
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