第百三話
いつまでも待ち合わせ場所で立ち話をしていても仕方ないので早速移動、のその前に少し早いけれどもお昼ご飯を食べてからにしようということになった。お昼の時間には少しだけ早いのだけれども混みだす前に入れば落ち着いて食べられるだろうということでね。
「えっと、本当にここでいいの?」
「ああ、問題ない」
そうしてお昼ご飯の為に入ったお店はハンバーガーで御馴染みのファーストフード店。どこで食べようかという話になったときに意外なことに直昌君の方からリクエストをしてきたのだ。
「懐かしいな、こっちでは来る機会も無かったから久しぶりだ」
年始のパーティの規模からも分かっていたけれど、木下君のお家は成松君や玲奈さんのお家にも劣らない、正に良家というものでここのようなファーストフードと呼ばれるようなお店はおろかファミリーレストランなどの所謂庶民のお店には連れて行ってもらったことは無くて、外食と言えば専ら給仕の付くような高級店ばかりなんだとか。
平日は基本、車での送り迎えがあるし、休日にわざわざ出かけてまで行く理由もないからと「こちら」では今まで来たことがないんだって。
でもまあ、そこは直昌君も私と同じ転生者で、前世では当たり前のように一般庶民だったわけで、当然「あちら」では何度も利用していたことがある訳でして。良いところのお坊ちゃんやお嬢様が初めてファーストフード店に入ったはいいけれど、注文などのシステムが分からなくて戸惑う、みたいなある意味お約束な出来事は起こらずにすらすらと注文してましたけれど。
「特別美味しいとかいう訳じゃないけれど、たまに矢鱈と食べたくなる時があるよね」
注文したハンバーガーやポテトをパクつきながらそんなことを言う私も実は久しぶりだったり。直昌君と比べたら期間は短いんだけれどもね、中学生だった頃は何度かクラスメートと利用したりしていたけれど、清鳳学園に入学してからは滅多に来ることは無くなってしまったからね。
因みに、ここのお勘定、というか今日のおデートの費用は全て割り勘です。これは私からの提案というかリクエスト。直昌君は当たり前のように全部自分から出すつもりだったみたいだけれどもそこは強く要望させて貰いました。
お昼ご飯を済ませたら、今日はこの後映画を見に行く予定である。休みに出掛けることが決まって、さてどこに行こうかという話になったとき、そういえば由美が面白かったよと言っていた作品があったなって思い出した。ロングランヒット中の作品だったのだけれども、幸いなことに直昌君も見たこと無いらしく、じゃあそれでも見に行くかという運びに。
上映時間まではまだ余裕があるのでそれまでは併設された商業施設でブラブラと適当に冷やかしてまわっていく。
いくつかのお店を回ってそろそろ良い時間だし映画館に向かおうかという頃にふとすれ違ったカップルの姿が目に入った。手を繋いで寄り添って歩く姿はとても自然で仲の良さが簡単に見てとれる。
「華蓮?」
いいなあとか、羨ましいなあ、とか考えていたら足が勝手に止まっていたみたいで数歩先で振り返った直昌君に呼びかけられて我に返る。
「あっと、ごめん。なんでもない」
すれ違ったカップルに見入っていたことを誤魔化すように返事をしながら追いつくと、そのまま掬い上げるように右手を取られた。
「え、なに!?」
「あちこちと目移りしてはぐれて迷子にでもなられたら敵わないからな」
「・・・私もそこまで子供じゃないのだけれども?」
今さっき、現にはぐれそうになりかけていた身としては説得力に欠ける気もするが、それでも子供扱いで手を引かれるのは、なんというか理想とかけ離れ過ぎていると思うの。
それにもし、仮に、万が一、はぐれてしまったとしても今の世には携帯電話という文明の利器もあれば、目的地も定まっていてご丁寧に順路案内の標識も分かりやすく掲げられていて迷子になるとは思えないし。
私の抗議をさっくりと無視してさっさと歩き出した直昌君。もちろん繋がれた手はそのままなので引っ張られる形で私もつられて歩き出す。
そういえばあの時もこうやって手を引いてくれたっけと、自分の気持ちを自覚する切っ掛けになった時の出来事を思い返すけれども、あれ?あの時は自分から彼の手を取ったんだっけ?
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