第九十三話
木下家主催の新年を寿ぐ祝賀の宴も大過なく閉会を迎え、帰りも送ってくれるという車の中で私と木下君は少々、気まずい沈黙に包まれていた。いや、そう感じているのは私だけかもしれない。というのも木下君はあれからずっと何かを考え込んでいるようだったから。
木下君のお爺さんが離れていったあとすぐに、妙香さんも他のお客様の相手をしないといけないからと会場の別の場所へと移動していってしまって、その場に残されていたのは私と木下君の二人だけだった。
木下君の家族へと向かって吐いてしまった宣言に、気まずいやら後ろめたいような気持ちを払拭したくていろいろと話しかけてはみるものの、木下君から返ってくる返事は「ああ」やら「いや」やらの空返事ばかりで時間ばかりが過ぎてしまい、今に至るという訳だ。
ううん、なんであんなことを言っちゃったんだろうね、私ってば。調べようと思えばすぐにバレてしまうようなことなのに。
「すまなかったな」
「え!?えっと、何が?」
木下君の唐突な謝罪の言葉に狼狽えて、聞き返す言葉が裏返ってしまった。もしかして、気付かれないようにこっそりと吐いた溜息が聞かれてしまったのかな?
「慣れない上に所縁もない集まりに呼びつけて、身内のゴタゴタに付き合わせてしまったことがだ」
「ああ、うん・・・」
気にしないで、と言うのも変な気がして曖昧な返事になってしまった。慣れないパーティや木下君のご家族に会ってとても緊張したというのは確かだけれども、木下君といっしょにパーティに出れたことや、木下君のご家族に会えたことは純粋に嬉しいことなのだから、ほんとうに気にしてくれなくてもいいことなのに。そういえば、木下君のお父さんだけは遠目に見ただけで、直接お会いすることは出来なかったなあ。
「森山は・・・」
「うん?」
「森山は、どうしてあんなことを言ったんだ?」
「あんなこと」というのはパーティでの私の宣言のことだろう、っていうかそれ以外にないよね。
「えと、ごめんね。咄嗟だったから・・・」
「いや、謝らなくていい、責めるつもりじゃないんだ。俺が見合いをしないで済むように、ということは分かっているんだ」
その言葉が胸の内にツキリと刺さる。そうじゃない、そうじゃないんだよ、木下君。
確かにお爺さんがお見合いのお話を出した時、木下君はお見合いを嫌がっているようだった。妙香さんから水を向けられたときに私がああ言えば木下君がお見合いをしなくても済むかもと思ったのは本当のこと。
でも、それは木下君の為じゃないんだよ。木下君の為にだなんていうのはただの言い訳だ、自分を騙すためのまやかしだ。
ただ単純に、私が嫌だったから。木下君にお見合いなんてして欲しくなかったから。木下君が他の人と親しくなんてなって欲しくなかったから。ただの我が儘でしかないんだよ。
「以前、平穏な学園生活のために無用なトラブルは避けたいと言っていたろう?なのに自分から面倒に突っ込むような真似をしても良かったのか?」
うん、木下君の言う通り。入学したころは「キュンパラ」の世界に、ゲームの主人公に転生したことで巻き込まれるであろうイベントのあれこれ、しかも未プレイだったからどんなことが起こるか分からなくて警戒をしていた。
でも、それは入学した当時のこと。今ではもう、ゲームに登場していた人たちとはがっつりと関わって、大事なお友達になっている。面倒なトラブルが嫌だからって友人が困っているのを放ってはおけないよ。
渦中の人が好きな人だったのなら猶の事、もし関われなかったこと後から知ったのなら絶対に後悔するもの。
「いつまでそんなことを言っているのかな、木下君は。もうすっかりと関わっちゃっているんだから、・・・友達が困っているのに避けるようなトラブルなんて無いよ。それよりごめんね、咄嗟だったとはいえ勝手にあんなことをご家族の前で言っちゃって、・・・イヤじゃなかった?」
「いや、むしろ助かった。あのジジィは昔から勝手にアレコレと押し付けてくるからな」
もし、肯定でもされたら再起不能になりそうなことを恐る恐ると聞いてみて、返ってきた言葉に急上昇する。なるべく顔に出ないようにしているけれども、どうかバレていませんように。
「さて、これからどうするか。家族には森山が俺の恋人として認識されてしまったが・・・」
自分から言い出したことなのに、木下君から発された恋人という言葉にドギマギして顔を俯ける。車内が薄暗くて良かった、明るかったなら絶対に赤くなっている顔を隠すことが出来なかったから。
「まあ、学園にいる間はバレはしないだろうし、特段何かをする必要も無いか。怪しまれたとしても俺がフラれたことにすれば──」
「それはダメ!」
あ、しまった。
木下君の言葉を遮ろうと、思っていたよりも大きな声が出てしまったことに自分でもびっくりしているけれども、それ以上に木下君が目を丸くしている気がする。
ええと、何かうまいこと言葉を繋げないと・・・。
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