第九十一話
パーティが始まってから少しして木下君にそっと近づいてきて耳打ちをする人が。飲み物を給仕してくれている人たちと同じような服装をしているからホテルのスタッフさんかな?
「森山、母が呼んでいるみたいだ。一緒に来てもらっていいか?」
あ、今日のメインイベントが来たみたい。もともと、今日のパーティに私が招待されたのって木下君のお母さんが私とお話ししてみたいって言っていたからだもんね。
それにしても、どんな用件なんだろうね、自分で言うのもなんだけど、私のような一般人を自分の家が主催するパーティに招待してまでというのは。お話がしたいだけなのならお家で直接という訳にはいかなかったのかな。
木下君の先導についていった場所には木下君によく似た人が立っていた。いや、この人と木下君の関係を考えるならこの人に木下君が似ているのか。そんな風なことを考えるくらいには二人はそっくりさんだ。木下君を女性にして年齢を重ねていけばこうなるんじゃないかって容易に想像が出来るくらいには。パーティの最初のあいさつをしていたお父さんは遠目にしか見ていないのだけれども、正直、あまり似ていないなって思っていたのだけれど、木下君はお母さん似だったらしい。
「貴女が森山華蓮さん?こんなところに呼び出してしまってごめんなさいね。直昌の母親の木下妙香よ、はじめまして」
「あ、は、はじめまして、木下君のクラスメートで森山華蓮と申します。えと、木下君とは同じ美術部でとてもお世話になっています」
好きな人のお母さんへのご挨拶という重大イベントに対する動揺に加えて、木下君によく似た顔に浮かべられた柔和な笑顔に、同姓であるにもかかわらずドギマギしてしまう。
木下君との初対面では冷たい、というかあまり他人を寄せ付けないという雰囲気を第一印象に持っていたので、心のどこかでお母さんもそういった感じではと思っていたのだけれども、予想とは違っていてとても優しそうな人なのだと感じた。
「昭恵さんに聞いていたいたとおり、とても可愛らしいお嬢さんね」
「はあ、昭恵さんには黙っていてもらえるよう、お願いしておいたはずなんですけどね」
「昭恵さんにも事情があって話してくれたのよ、怒らないであげて頂戴ね」
「はいはい、分かりましたよ」
「まあ、可愛くない態度だこと。そんな姿を華蓮さんに見せちゃっても良かったのかしら?」
「それで、こういう集まりに慣れていないと言ったにも拘らずに森山をこの場に呼んだ理由というものは、いつになったら教えてもらえるんですか?」
緊張でガチガチになっている私の目の前で行われる親子のやり取り。一見、仲が良さそうに見える──妙香さんの方は実際にそうだと感じるけれど、木下君の方はなんだか他人行儀、とまではいかないけれども少しだけ壁があるような。
「それはもちろん、今まで全然、女っ気の無かった直昌にやっとできたガールフレンドにあいさつしたかったからよ」
「それだけですか?だったらなにも、こんな場に──「それと、彼女にもこの場に居てもらった方がいいと思ったからよ」──?・・・それは、どういう意味ですか?」
妙香さんの言っていることの意味が呑み込めずに聞き返している木下君だけれども、私は私で頭の中が疑問符でいっぱいだ。大事な一人息子に出来た女友達が気になると言うのは母親としては当然のことなのだろうから理解できるけれども、その後に続いた私がこの場に居た方が良い理由となると全く想像が付かない。
「お養父様が直昌のことでなにやら画策しているみたいだから昭恵さんに相談してみたら華蓮さんのことを話してくれたの。それで華蓮さんをこの会に招待させてもらったのよ」
んん?妙香さんのお養父さんってことは木下君のお爺さんってことだよね。その人が何かしているとして、どうしてそこで私の名前が出てくるの?
「・・・あのクソジジイが?」
んん!?何やら聞き慣れない言葉遣いが聞こえてきたような!?
清鳳学園は良家の子女が集まる学園なだけあって、そこに通う生徒、特に内部生はみんなお行儀がよい。それは言葉遣いにも表れていて、入学して以来は乱暴な言葉遣いとは疎遠な生活を送っていた。
それは木下君にも当て嵌まっていて、その彼がまさか身内に対してそんな風に乱暴な言葉を使うのが意外で思いっきりの動きで木下君の方を見ると難しそうな顔をして考え込んでいる。先ほどの言葉も無意識に漏れてしまったといった感じだ。
「おお、直昌!ここにおったのか、探したぞ!まったく、ウロチョロと動きおって、少しは落ち着かんか!」
背後からとってもお元気というか快活な声が響き渡る。振り返ると見事な白髪を撫でつけ豊かな白髭をたくわえたご老人がいた。この人が木下君のお爺さんなのかな?
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