メッセージカード
その日、朝一番で、元気な女の子が『タクヤ結婚相談所』に駆け込んで来た。
彼女の名前はメイ、年齢は十六歳ということで、ユナと同い年だ。
この日も、助手としてユナが来ており、メイは同じ年代の女の子がスタッフであることに驚き、そして喜んでいた。
しかし、彼女の相談は、厳密に言うと、結婚相談とは言えないようなものだった。
「惚れ薬とか、相手に自分の事を好きになってもらう魔法って、ないですか?」
俺とユナは、お互いに戸惑いの表情を浮かべて顔を見合わせた。
「えっと……メイちゃん、そういう相談をしてくるっていうことは、好きな人がいるのね?」
「あ、はい……どうして分かったんですか?」
顔を赤らめてそう答えた……だめだ、この子、相当な天然だ……。
タマゴ型の小さな顔、目もぱっちりと大きくてとても可愛らしく、男の子にも人気がありそうなのだが。
「君の言葉を聞いていればわかるよ……けど、残念ながらそんな便利な薬とか魔法はなくて、ここでは、『最も幸せになれる結婚相手』を占う事しかできないんだ」
「……すごーい! だったら、占ってもらっていいですか? あ……でも、それがヨハンじゃなかったらどうしよう……」
「なるほど、君の好きな相手は、ヨハンっていうんだね」
「……すごーい! どうして分かったんですか?」
……なんか、疲れる……。
このパターンだと、占いの相手がその『ヨハン』ではない可能性もあるのだが……とりあえず、料金が銀貨一枚、つまり一万ウェンであることを告げると、そこは事前に調べていたらしく(外の看板にも記載していたが)、素直に出してくれた。
そして占いを始めると、彼女は
「神様、どうか、ヨハンでありますように……」
と、真剣に祈っている。
うーん、やりづらい……これでお目当ての彼氏でなかったなら、どんなにガッカリされることだろう……。
ユナも不安そうだったが、俺がその占い結果……金髪の優男で、花屋で働いていることを告げると、彼女は目を輝かせ、
「ヨハンだわ! 彼、母親と一緒に花屋で働いているの!」
と、大喜びだった。
そして、結婚して一緒に花を売って暮らしたい、とも。
まあ、本人が望んでいた結果だったし、実際に結婚して最も幸せになれる相手と出たのだ、職業としてもうまくやっていけるのだろう。
しかし……それで万事解決かと思いきや、そうすんなりとはいかなかった。
告白する勇気がない、というのだ。
確かに、俺の占いは『結婚したら幸せになれる』という事は保証できるが、告白して即、つきあえるようになるかどうかは保証の限りではない。
まあ、たいていはうまくいくのだが……。
相手から告白される方が、ずっと楽ではある。だからこそ、彼女は惚れ薬とか言っていたのだ。
「……いいこと思いついたわ! メイちゃん、私が特別に、相手をトリコにするお菓子の作り方、教えてあげる」
「え……あなたが……えっと……」
「こう見えても、私、魔法が使えるの」
彼女はそう言って、右手の親指と人差し指の間に、バチバチと小さな電撃をスパークさせた。
それを見たメイは、ますます瞳を輝かせ、
「ぜひぜひ、お願いします!」
と食いついてきた。
そして二人は、意気投合して、隣の『ユナ超級ハンター依頼受付所』へと向かった。
――二日後、またもや朝一番で、メイが『タクヤ結婚相談所』へ駆け込んで来た。
この日もユナが来ており、俺達二人に、
「おかげさまでうまくいきました! 本当にありがとうございました!」
と、手土産の鉢植えまで持ってきてくれたのだ。
こういうお礼をされると、占術師冥利につきるというものだ。
彼女が帰った後、二人で本当に良かったと話をした。
「ユナ、お菓子を作ったとか言ってたけど、どんなものだったんだ?」
「お菓子だけじゃなかったけど……ちょっと持ってくるね」
なぜか彼女は少し顔を赤らめ、隣の建物に行き、そして焼き菓子の入った袋と、なにやら茶色いカードを持ってきた。
「この二つを、セットで渡したの。これ、タクの分。私も彼女に対する見本として一応、作ってたのよ。食べてみて」
「俺にも? それは嬉しいなあ……」
素直に礼を言った。
カードには、
「貴方に幸せが訪れますように」
と書かれている。
「このお菓子、本当は魔法なんか、かかっていないんだけど、メイちゃんには『相手の心が自分に向くように』という祈りと、おまじないを込めるように言っていたの」
「へえ、それは本格的だな……」
魔法がかかっていない、と言うことは、単なる焼き菓子だ。
それでも手作りで、思いが込められていたというのであれば、もらった方は嬉しいだろう。
俺も、ユナが俺の分として作ってくれていたのであれば、素直に嬉しい。
星形の焼き菓子を食べてみると、サクッと心地よい歯ごたえで、次に甘みと香ばしさが、口の中全体に広がった。
卵もふんだんに使っていたようで、まろやかさもあった。
「うん……これは美味い……」
正直にそう感想を言うと……すぐ脇に置いていたカードが、うっすらと光を放った。
えっ……と思い、そのカードを見てみると……さっきのメッセージの下に、
『貴方と目の前の彼女は、運命の赤い糸で結ばれています。~タクヤ結婚相談所~』
というメッセージが浮かび上がってきた。
「これは……」
俺は目を丸くして、微笑んでいるユナを見つめた。
「……魔法を使ってたのは、こっちのカードの方。彼女、告白する勇気がないって言ってたから……『美味しい』とか、『美味い』とか、そういう言葉に反応してメッセージが浮かび上がるよう、細工してたの。凄いでしょう? 彼女に渡したのには、二人の名前を入れていたんだけどね」
ユナは得意げだ。
「……なるほど、凄いな……もらった方も嬉しいだろうな。こんなのされたら、本当に好きなら、彼の方から告白したくなるだろう……でも、これってかなり手間がかかったんじゃないのか?」
「うん……込める魔力はたいしたことないんだけど、細工するのに半日かかっちゃった。まあ、これで一組のカップルが成立したんだから、苦労した甲斐があったと思ってるよ」
どうやら、彼女はボランティアでこの仕掛けを作ってあげたらしい。
「なるほど……でも、無料でやってあげてたら身が持たないんじゃないのか?」
「もちろん、今回だけ特別よ。初めての試みだったし、もし次から同じ事するなら、銀貨三枚はもらわないといけないね。でも、三回目となればもう少し手際よくなるかもしれないけど」
「三回目? 前にも一度、作ったこと、あるのか?」
「ううん……そうじゃなくて……」
と、なぜかそこまでで言葉を濁し、彼女は少し赤くなっていた。
「……あっ、そうか、このカード……これが二回目か。じゃあ……ひょっとして、これも半日かけて作ったのか?」
ユナは、こくりと頷いた。
「……俺のために?」
さらに赤くなって、ユナは再度、こくりと頷いた。
その可愛らしさに、俺も顔が熱くなるのを感じた――。
このカード、手間がかかりすぎるので、プレミアム商品となりそうです。