これは俺が君を愛しているだけの話
「っ、崎代くん!」
相変わらず真っ赤な炎のような髪を持つ、高校時代からの友人のMIOちゃんが、ギョッと目をひん剥いて駆け寄って来る。
高校時代は、長く腰辺りまであった髪は、短く肩に掛からない長さに切り揃えられていた。
「MIOちゃん、黒い服って似合わないね」
ストンとした黒いワンピースを着たMIOちゃん。
正直に言って似合わないと思うので、そのまま口にしたけれど、丸めていた目を、細く鋭く釣り上げられてしまう。
視線を、MIOちゃんが走って来た方向に向ければ、同じように黒を基調とした服を着ている、高校時代の友人達。
それぞれが、目を丸めたり、眉を寄せたりしている。
「そんなことどうでもいいの!それより、何その格好!こんな日に……」
「MIOちゃん。こっちのが先約なんだよ」
高校時代は、にこにこ、いつもにこにこと笑っていたMIOちゃんが、今は俺に掴み掛って声を荒らげる。
垂れがちな目も、緩やかな曲線を描いている眉も、今では上を向いていた。
怒っているのだから、当然なのだが。
珍しく怒りを露わにするMIOちゃんだけれど、気持ちは分かるし、当たり前のことだけれど、俺にも俺で譲れないものがあった。
掴み掛っている、MIOちゃんの手を解けば、駆け寄って来た友人が、引き剥がしてくれる。
引き剥がしてくれたのは、オミくんだ。
MIOちゃんの正真正銘のイトコで、高校時代とは印象が大きく変わっている。
隠していた片目を露出させているのが、その印象を大きく変える要因だろう。
俺を見て、その両目を細めている。
「……オミくんは黒が似合うよね」
「褒め言葉になってねぇよ」
今にも崩れ落ちそうなMIOちゃんを支えながら、俺を見て顔を歪めたオミくん。
その顔は、高校時代と変わらなかった。
それにどうしても嬉しくなって笑った時、二人の横に立つ、もう一人の友人と目が合う。
癖のある髪も、黒縁眼鏡も変わっていない。
その眼鏡の奥で、瞬きを一つ、二つ。
「文ちゃん」
瞬きをしていた文ちゃんの名前を呼ぶ。
瞬きが終わり、文ちゃんもまた、同じように俺を呼んだ。
「崎代くん」
声は大人びた響きを持っている。
それに、黒も似合っていた。
そんな文ちゃんは、俺の足元から視線をゆっくりと上げていき、頭の天辺まで舐めるように見る。
目を伏せてから、そっと息を吐く。
MIOちゃんは感情が先立って見えるけれど、オミくんはそういうのを見せずに周りに任せる。
文ちゃんは良く見て言葉を選ぶから、感情に関しては後回しだ。
だからこそ、俺の服装を見てから俺の顔を見る。
「……有難う。とても、似合ってるわ」
眉を下げながら、笑ってくれた。
そして、俺の肯定してくれた。
それを聞いて、MIOちゃんは嗚咽混じりにオミくんにもたれ掛かり、オミくんは目を閉じる。
何してるんだ、という周りの空気は変わらないが、文ちゃんの言葉でそんなもの、どうでも良くなった。
皆が皆、暗い顔をして、同じように暗い黒い服を着た中で、俺だけが異質だ。
真逆の白いスーツを着て、奇異の目に晒されながらも、俺の足は一直線に前へ進む。
阿呆みたいに沢山の花の中、大きく印刷された、大切な女の子の笑顔があった。
高校時代の、濃紺色のブレザーを着て、薄く唇を開きながら笑っている女の子。
長い前髪が風に巻き上げられて、その表情をより見やすくしていた。
既に成人しているのに、学生時代の写真を使うのは、詐欺とか言われないんだろうか。
女の子はいつだって、一番可愛いその瞬間を選び取るのか。
「……あー、でも、作ちゃんはそういうの興味無いから、別かなぁ」
視線を下に下ろし、それに合わせて腰も下ろして、膝を折り曲げる。
レンタル衣装の白いタキシードは、慣れなくて、少し動きにくい。
覗き込んだ顔は、元々の白さに青みが差している。
それでも、伏せられた睫毛は長く、小さな影を生み出し、結ばれた唇の厚みも変わらない。
「今日は約束の日なんだけど。俺、実はすっごい、今人生で一番恥ずかしくて照れてるよ」
持って来た、レース素材のベールを広げる。
俺のは貸衣装だけど、作ちゃんのは全部揃えて買ったんだよ、なんて言えば、いつもの無表情を崩して、顔を歪めることだろう。
大きく波打つ癖毛も変わることなく、お姫様みたいだ、なんて一人で笑ってしまった。
ベールの次に、同じように手に持っていた、カラフルなブーケを作ちゃんの横に。
水色、赤、青、紫、オレンジ、選び抜かれたその色は、イメージカラーだと笑っていた。
水色は作ちゃんで、赤はMIOちゃんで、青はオミくんで、紫は文ちゃんで、オレンジが俺でしょう、知ってるよ。
作ちゃんは発色のいい水色の髪飾りを好んで付けていたし、MIOちゃんは高校時代から髪の色が赤で、オミくんの黒髪には青混じりで、文ちゃんの瞳は紫混じりで、俺は暖かな陽だまりみたいだって。
何だかんだ言って、準備の時は、これが一番楽しそうだったかなぁ、なんて、大して古くもない記憶を漁る。
それと同じように、白いパンツのポケットを漁り、小さく頼りない金属を手にした。
鈍く光るそれは、作ちゃんの細くて白い指先に合う、シンプルなものだ。
俺もシンプルな方が好きなので、有難い。
組まれた作ちゃんの手を取り、指先に通した指輪は、緩くもなく、キツくもなく、作ちゃんの指に収まった。
再度、指先を組ませれば、元通り。
周りには真っ白な花が敷き詰められて、目を伏せて指先を組んで眠る作ちゃん。
真っ白な着物に、真っ白なベールを引っ掛け、鈍色に光る指輪とカラフルなブーケ。
そのアンバランスさに小さく吹き出してしまった。
「っ、ははっ。ちょっとバランス悪いけど、とっても似合ってる」
するりと撫でた頬は冷たかった。
どっかのアニメか、漫画か、小説かに、死んでるなんて信じられないよね、とか、眠ってるみたい、なんて表現があったけれど、正しくその通りだ。
今にも起き出して、ブーケを引っ掴んで、俺に押し付けてくるんじゃないか、なんて想像、妄想。
「……俺は、作ちゃんのことを、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、健やかなる時も病める時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつ時まで――死が二人を分かった時でも、愛し続けることを、此処に誓います」
ゆるりゆるり、ゆっくりと思い出す言葉。
本来なら、今日、別の教会で、神父様からの有難いお言葉みたいに聞くはずだったもの。
ほんの少しの改変くらい、見逃してくれるはずだ。
別に、神様なんかに誓うつもりもない、俺が俺に、作ちゃんに、誓うだけのものなのだから。
冷たい唇に、自分の唇を押付けるけれど、熱が溶け合うことはなかった。
閉じた瞼の裏側では、ゆらゆらと揺れる灰色の煙が見えて、焦げ付くような匂いすら感じるような気がして、誰かの嗚咽を聞いていた。