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03 現代の魔法少女が日常を忘れたようです。

あぁ、いったい何が起こったんだろう。


目の前に浮かぶ、その地獄絵図を前にして、私はただただ、呆然と立ち尽くすしかなかった。


私が抜けた洞窟は家の裏手の山の上のほうにつながっていて、家だけでなく、私がいた場所のほとんどが一望で来た。



燃え盛る赤は家や森を舐め、その勢いはとどまることを知らない。

川面も普段ではありえないような色をしている。



空はすでにひび割れ、もとに見えたあの青空はどこにも見えない。


体中から力が抜ける。


頭が現実の受け入れを拒否する。


目を閉じようと、耳をふさごうと、体を動かそうとしようとも反応が一切帰ってこない。



その眼はただ階下に見える地獄をみせ、その耳はただ誰かの悲鳴を私に届ける。

ありえない、ありえない。


頭の中はすでにぐしゃぐしゃ。


何も考えられない。


何も思わない。



おばあちゃん、田中さん、カタラトフ。みんなみんな、どこに行ったのか、大丈夫なのか、ただただ、頭が現実の受け入れを拒否するばかり。





―――――――――――――――――――


ガサガサ


そのまま呆然としていると、近くの小さな茂みから何かが動く音がした。


「カ、カタラトフ?」


声をかけてみるも、返事はない。

そっと、近づいて茂みをかけ分けてみる。


「にゃー…」


「子猫…なんでこんなところに?」


それはカタラトフとにた真っ黒の子猫。ただ、目の色だけは茶色だったが。

別に山の中なんだから、猫がいたっておかしくないじゃないか。

そう思ったが、頭が正常な判断ができない。


「にゃー?」


何かに首をかしげるような動作をする子猫。

そのままそれは私に近づいてきて、ぺろりと膝を舐めた。


「いたっ!」


いつの間にけがをしたのか。

膝に大きな擦り傷ができていた。

さっき腰を抜かした時に作ったのだろうか。

それとも洞窟で転んだ時に作ったのだろうか。


もう、そんなことどうでもいい。


『ポータルone、目標を確認』


猫のその先、そこに変な服を着た兵士。

その手には銃器をもち、その先は私を向いている。


『こちら―――、無力化のうち、確保せよ』


『ポータルone、了解』


私の目の前で行われる、機械を通した会話。

その音はどことなくカタラトフのだす安物の機械の音と似通っていた。


「そこの少女、両手を上にあげろ」


ただ、ただその目の前の男に言われた通りに腕を上にあげる。


「よし、そのままゆっくりと手を後ろに回せ…妙な真似をするなよ」


言われた通り、まさしく人形のように。

子猫は私の足元でなぜかその人間に対してその小さな体で精いっぱいの威嚇をしていた。


さっきまで私のほうを向いていた銃器が子猫のほうへ向かう。





――――パンッ



一発の、乾いた音がした。


『どうした、今の発砲音は何だ』


兵士が持っていたトランシーバーから音が聞こえる。


「こちらポータルone、怪しい猫がいたので射殺しました」


『了解した。目標はどうしている』


「間もなく確保がすみます」


右耳から左耳へと流れていく会話。

私の意識はただ、その子猫に向かっていた。


小さな舌。

それはさっきの私の膝を舐めたもの、


小さな頭。

それはさっき私の足にこすりつけられたもの。



打たれたはずの猫からこぼれる血はとても少なかった。

さっきまで確かに息をしていたはずのそれはもう、何も鳴かないただの肉になってしまった。


なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで




頭の中がパンクする。

頭が現実を受け入れる。



そうか、これは、現実だったんだ。


目の前にあるそれは私の命を奪うものなんだ。


きっと、おばあちゃんもカタラトフも、田中さんも。みんな、みんなきっと死んでしまったんだ。

もしかしたらどこかで生きているかもしれない。でも、そんなこと本当にあるんだろうか。


わからない。わからない。


ただ、それでもこれだけはわかる。





―――――――――私はここで死ぬわけにはいかないんだ





足元に置いてある杖を握る。


「そこ、動くな!」



銃が私に向けられる。

その指先はトリガーにかけられ、弾を打ち出すのに数旬もかからないだろう。


ーもし、その指を動かせたら、の話だけど。



ボトリ

ガシャン



二つの音が断続して起こる。

それは前の男の両腕と銃が地面に落ちた音。


子猫とは比べ物にならない量の血が、その断面から流れ落ちる。


男はその現実をまだ認識できないのか、自分の両腕と、地面に落ちた両腕を何回も見比べている。


「あ、あ、あぁああぁああああああああああああああああああああ……」



ボトリ 


最初は大きかった叫び声が小さくなる。

パクパクと、地面に落ちたそれが、もう出ないはずの音を出そうと必死に口を動かす。

目がぎゅるぎゅると動き、そして白めになって動かなくなった。


バタッ


遅れてその首から上の消えた体が地面に横たわる。


『ポータル、ポータルoneどうした!今の叫び声は何だ!』


その腰、トランシーバーから音が聞こえてくる。

あぁ、何か言っているな。

ただ、それだけしか思わない。


目の前にある死体にも、首にも、腕にも、鉄砲にも。

何の、何の感情も浮かんでこない。


そっと、足元にある子猫のそれを持ち上げる。

ぎゅっと、胸に抱けば、まだその体からは温かさが感じられた。


「みゃ――…」


小さな、小さな声だった。

ともすれば、聞き間違えか、空耳かと間違えてしまいそうなほどに、小さな声だった。


「いき…てる?」


返事は帰ってこない。

でも、その密着した小さな体からは確かに弱いながらも心臓の動く音がする。


「たす、けな、きゃ…」


ふらり、というのが見た感じからは正しいだろう。

どこかに行くのか、誰も知らないけど、とにかくこの子をどこかに運ばなきゃ。


どこに運べばいいかわからないのに、ただ、そんな気持ちにせかされるまま、歩を進める。



そしてその途中。

私は不思議な光に包まれた。




ザ――――――――――――

『こちらポータルtwo、目標をロスト。ポータルoneの死体を発見。付近に目標の影はなし。直ちに帰還します』







――――――――――――――――――――――――――――――


ぷくぷくと、口の中から空気が漏れて、球を作って浮かんでいく。

上の、遠くのほうからかすかな光が差し込んでくるのが見える。


(だれ、そこにいるのは…)


そのなか、一人分の影が浮かんでいるように見えた。

長い髪、女の人だろうか。


ーーーー、------------。


何か言っているのだろうか。その声はまったく私のところまで届かない。

近づこう、そう思ってからだをうごかそうとするけど、まったくゆうことを聞かない。


体はどんどんと沈んでいく。

視界の端から、私の髪もゆらゆらと揺れているのが見える。


ーーー、-------------。


何を言っているのか、どんな声をしているのか、どんな顔をしているのか。

私の気持ちとは裏腹に、どんどんその人との距離は離れていく。


そして、私の意識も、どんどんと、薄れていく…。




ペロリ。


頬をいきなり冷たい感触がなでる。



ペロリ。


まただ。今度は少しざらざらしている。




ペロリ、ペロリ、ペロリ。


「う、んん…」



何度も続けられるそれはとてもざらざらして、ほっぺたが少し痛かった。


ふと、沈みかけていた意識が浮かんでくる。


ペロリ、ペロリ。



「ここ、は、どこ?」


目を覚ますと、そこは見慣れない天井。

木目が浮かび、梁がつけられている。


いまだぼんやりする目をこすり、体を起こすと、胸から何かが落ちる感触出した。


「あ、これ…」


金色に光るペンダント。

チェーンにつながれたそれは私の首にかかっている。

どこか、どこかで見たような物。


なぜかそれを見ていると、悲しくなってくる。


涙が次から次へと零れ落ちる。


「にゃー」


枕のそばから猫の鳴き声がした。


「こねこ…」


みゃーみゃーとなくそれは、見るとどこか安心した心地になれる。


「ここいったいどこなんだろう…」


体にかかっていた、薄いシーツをどけ、足をベットから地面に卸す。

そのまま立ち上がろうとすると、頭痛がして足元がふらりとした。


「なにか、杖…?」


ちょうど近くに立てかけてあった杖を握る。

それは、私の手にちょうどフィットした。


タン、タン、と床を杖を突きながら歩く。

その後ろをさっきの子猫が心配そうに鳴きながらついてくる。

部屋の中を見回してみるも、何か見覚えのあるものは一つもない。


窓の外に見える森も、机に置かれた本も。

立て枯れられている時計も見覚えのないものばかり。


取り付けられていた扉のほうへ、そっと歩を進める。

キィ…


蝶つがいが音を立てて開く。

その音に若干びくりとしながらも、そっと、扉の外を観察。

誰もいない廊下がそこにはあって、ちょうどこの扉の様なものがいくつかほかにもあった。


そっと、扉を全部開けて体を廊下のほうへ進める。

いまだ人の気配はない。


と、子猫が扉があいた拍子に廊下の先へ歩いて行った。


「あ、まって…」


私の声もむなしく、子猫は先にあった階段を下りていく。

私はといえば、心もとなさを感じて、その子猫の後をゆっくりと追いかけるしかなかった。


階段にたどり着き、下を覗き込んでみるも、もうそこに子猫の姿があるわけでもなく。


「にゃー」


かすかにその声だけが聞こえてきた。


「そこにいるの?」


階段を下りた先にあった少し大きめの扉。

ガラスが撃ち込まれたそれはとても落ち着きのある物。

そっと、片方の扉だけを開けて中を覗き込んでみる。


カリカリカリ、と、子猫がキッチンの下の扉をひっかいているのが見えた。


扉の隙間から体を滑り込ませ猫のそばに腰を下ろす。


「おなかがすいてるのかな…」


勝手に(たぶん見知らぬ人の家の)扉を開けるのは行儀の悪いことだとは思ったけど、この子もおなかがすいているみたいだし、と、心の中で言い訳して開ける。


子猫を隣にどけて、扉を開ける。猫缶が入っていたので、これかな?と子猫の目の前に持っていくと、その目が缶に吸い寄せられる。


ホイッホイッ、と動かすとそのまま顔ごと動かす子猫。


パシン


「いたっ」


爪は出ていなかったからさほど痛くなかったけど、つい痛いといってしまうのはなんでだろうか。

私が焦らしすぎたせいか子猫から猫パンチをもらってしまった。


「わかった、わかったから、すぐ開けるから」


その間を片手に、窓際に移動する。子猫は私の後ろを素直についてくる。


「ほら、ここでおたべ」


缶の蓋を開けて掌に載せて子猫に向ける。

本当は器とかを使ってあげたいんだけど、さすがにそこまで勝手にするわけには行けないし、でも、缶のままだとケガさせてしまうかもしれないし、と、揺れ動いた私の心の中での決着が手出しだった。


がつがつがつがつ


よほどおなかがすていたのか一心不乱に私の手の上の餌を食べる子猫。

時折私の指を舐めるしたがくすぐったくてついつい手が動いてしまう。

そして、それに合わせて動く子猫の顔。


子猫のおひげが手をくすぐって、つい笑い声が出てしまう。



「ん…そこに誰かいるのか?」


びく、と体が止まる。


私がいる窓辺のその近く。

ソファーの上に一人の男性が寝そべっていた。


「ふぁあ、よくねた…。あぁ、君起きたんだね。大丈夫だよそんなに構えなくても」


「あ、あぁ・・・」


「って、言ってもやっぱり最初はそうなるんだよね、みんな…」





私の目の前に立ったその人、といって正しいのかわからないけど、本来人の顔があるはずのところには真っ黒な犬のような顔があった。


「僕の名前はアヌビス。ここの森の番人をしているものだ。君をどうこうしようとするつもりはないからとりあえず落ち着いてもらえないかな?」


「えっと、その、はい」


一見その見た目に驚いたけれど、確かにその声は優しかった。

いちど、大きく深呼吸をして心を落ち着かせる。


「あの、取り乱してすみませんでした」


「いや、慣れてるから構わないよ。むしろ、それが最近の楽しみでもあったりするしね」


…優しそうな人だとは思ったけど、意外と性格が悪い人なんだろうか。


「ははっ、冗談だよ冗談。そんな冷たい目で見ないでおくれよ」


「は、はぁ」


私がそう答えると、彼?はにっこり笑った。

…たぶんだけど。口の横がぎゅいっと広がって、少し怖かったのは秘密です。


「さて、きっとさっき起きたばかりなんだろうけど、聞きたいことがいくつかある。真剣に聞いてもらえるかな?」


ピン、と空気が張り詰める感じがした。

先ほどまで温厚な雰囲気を出していた彼のトーンが一気に変化した。


「僕が君を最初に見かけたのは森の御社の前だった。君はそこで倒れていたんだが、いったい何をしていたんだい?」


空気が冷たい。先ほどまであった風も感じられない。

張り詰めた空気。アヌビスの目は真剣だ。ともすれば私は死んでしまうかもしれない、そんな心地すらした。


「そ、そ、わたしは…」


「君は?」


私の言葉を促すように追随する彼の言葉は余計に私を苦しめた。

何か言わないと、何か答えないと。


彼の地雷に足を踏み入れる前に。時計の針が振り切れる前に。


でも、私には何も答えることはできなかった。



何をしていたのかも、どこから来たのかも。


名前も、なにも。




ーだって、私は記憶がなくなっていたから。




―――――――――――――――――――――


「記憶がない?」


「えっと、そうです」


何とか勇気を振り絞ってその言葉を口にすると、彼はその空気をいったん引っ込めて何か思考するように目をつぶった。


「あの、信じてもらえないかもしれないけど、本当なんです。…わたし、自分の名前もわからなくて」


「あぁ、いや、そのことは信じるよ。君のその目を見る限りあながち嘘でもなさそうだしね。僕、これでも人を見る目には自信があるんだ。とくに、この鼻は人の嘘のにおいもかぎ分けられる。君からはそんなにおいはしてこないから、信じるよ」


「そ、そうですか」


ほっとして、体の力が一気に抜ける。

記憶がないという一大事なのに、そのはずなのにさっきの質問から抜けられたのだと思うとそんなこと些細なことのように感じた。


「さて、しかし記憶喪失か。それは困ったね。できることなら君にはすぐにここから出て行ってもらいたかったんだけど、その様子だとどこに帰るべきかもわからないだろう?」


「は、はい」


「はぁ、本当はお勧めしないんだけど、しかたない。君にはここで記憶が戻るまでしばらくの間生活してもらうことになる。ちなみに、これは提案ではなくて命令だととらえてもらってもいい」


とても疲れた雰囲気でため息をつくアヌビス。

でも、そのあとのセリフはまさに今の私にとっては渡りに船なのではないだろうかと思う。

確かに私には記憶がない。

ここがどこかもわからないし、自分がどこから来たのかもわからない。


もちろんここ以外に行く当てもないし、仮にどこかに飛び出したとしてもそこが安全だという保障もない。


さっきの剣呑な雰囲気はともかく、彼の人間性?はまだ信用できるとおもう。

その根拠は?って聞かれても答えるのは難しいけど、何となく彼のことは信用していいって思う。


なら、私の返事はこうにきまっている。


「こちらこそ、よろしくお願いします」




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